男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

貧しくとも幸せかつ心豊かに人々が暮らすルップマイゼ共和国で、マリカは生まれる。生後一日目にして与えられたのは小さな赤い手袋、ミトンだ。そう、この共和国の人々にとって、ミトンが生きる象徴であり、気持ちを伝える媒介でもある。恋をして、一生懸命に生きたマリカの生涯が、ここに綴られる。
ロマン・ロラン『ピエールとリュース』、テニスン『イノック・アーデン』を彷彿させる、美の香り豊かな文章。そして温かな挿画が物語を惹きたててくれる。

・共和国にはYESの言葉が存在しない。プロポーズの返事にミトンを心を込めて編み、自然の中で結婚式を迎える……なんとも素敵じゃないか。
・氷の帝国に支配される共和国。長い長い年月、人は耐えて、明日を信じ、そして旅立ってゆく。
・一日だけの長生きを神に願う描写が良い。(p115)
・最終章。「だって、泣いていても何も生まれないじゃないですか」(p188)この強さを、そっと胸に刻みたい。
・巻末にカラーで紹介されるは、モデルとなったラトビア共和国だ。1991年、ソビエト連邦の崩壊と前後して独立を取り戻した彼らの喜びは、報道を見て聴いていた僕にも伝わってきた。そして、マリカも最愛の夫と「手をつないで」静かに旅立つ(p191)。最後は涙なしでは読めなかった。

第6章、そのラストを読み返すのは辛い。胸に希望の灯のともる時、人は明日を信じて生きてゆくことができる。きっと、良い明日を信じて。

ミ・ト・ン
著者:小川糸、平澤まりこ、白泉社・2017年11月発行
2018年11月12日読了
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ミ・ト・ン (MOE BOOKS)
小川 糸
白泉社
2017-10-27



1925年に勃発した五・三〇事件を題材に、貿易商社・GEやAEGなどの国際的企業人、国で食っていけない流れもの、ロシア人亡命者、港湾の苦力、インド人商人、そして売笑婦。彼らとまじりあう日本人会社員・参木と甲谷の姿を通して、猥雑なエネルギーに満ち満ちた上海の姿が活写される。
いわゆるモダニズムの手法を駆使して書かれた文体は新鮮だが、読みやすい。

・上海の街の姿、特に夜の露地の描写が群を抜いている。襤褸を纏って眠る苦力、欧米人に群がる極彩色に着飾った売笑婦、裏露地の猥雑な商店、怪しげな物売り……。現在の上海からは想像できない混沌が、目前に顕われるようだ。
・祖国を追われた白系ロシア人。もと上流階級の彼らに生きる術は少なく、若い女性となればなおさらだ。参木の腕を取りながら「モスコウに帰りたい」とつぶやくオルガの姿が印象的だ(p83)。
・二八章、お柳の中国人の旦那と、木材商・甲谷とのやり取りは圧巻だ。中国の大きさを見せつけられた最後には、阿片に溺れる姿を見せつけられる甲谷は何を思うだろう。
・やがて勃発するは、日系紡績工場での中国人工員による罷業と死人、そして日貨排斥の嵐。邦人が街角で襲撃され、上海全市で大規模なストライキが発生し、食糧難となる租界。そんな中でも参木は、甲谷は女を愛で、自らの死を思い、飢えた胃袋を肴に煙草を飲む。
・随所に顕われるは、中国人の底意地の悪さ。これは現代と変わらないか。
・巻末の「横光利一の『上海』を読む」は五・三〇事件の背景と経緯が中国人の視点から解説される。2012年の反日暴動。上海で、北京で、瀋陽で、日系デパートや自動車工場が破壊される有様が蘇った。なるほど、反帝国主義、現在まで続く「反日」の源流は1925年に溯るのだな。

巻末の解説で唐亜明氏が述べるように、「人類はまちがいなく交錯した歴史の流れのなかで生きてきた」(p341)ことに同感。歴史教科書の内容をアジアで統一しようとする試みなどは一笑を買うであろう。
著者は序文(初版)に書いている。「自分の住む惨めな東洋」と(p312)。作中、李の山口宛の書簡(p276)に記された、世界支配を目論む西洋白人への東洋人の対峙こそ、著者が問題にしたかったことなのだろう。

上海
著者:横光利一、岩波書店・1956年1月発行
2018年11月10日読了
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上海 (岩波文庫)
横光 利一
岩波書店
2008-02-15



退役海軍提督を祖父に持ち、ウォールストリートの金融業界に努めるエリート・アメリカ人青年ラリーは、プロポーズした恋人に「日本をみてくること」を告げられる。京都、大阪、別府温泉、そして東京。見知らぬ日本の姿に一喜一憂しながら、ラリーは旅路の果てに何をみるのか。
著者ならではのユーモアとペーソスを楽しめる一冊。

・スマホやPCを持たない、往年の旅のスタイル。これは一度やってみたい。
・旅先で出会う人々。京都で一目ぼれした和装の女性と関係を結び、夜の大阪城を見上げながら旅のオーストラリア人と日本文化を議論し、"地獄"で温泉滞在20年の老アメリカ人と哲学を語る。アメリカ式生活を良しとする商社マン家族の孤独な少年とその母親に己の姿を映し出す。一期一会。
・やがてラリーは北海道・釧路へ向かう。ただ、丹頂鶴の舞う姿を求めて。そこで思わぬ人と出会い……。
・ラリーの祖父の言動には重みがある。「人間はみな、地球というバトルシップのクルーだ」(p133)として、普段見かけない老人ホームレスに躊躇せずに施しを与える。その貴い意識こそが軍人であることを許される所以か。こういう男を共に持ちたい。

ひとり旅。それは自分の過去を振り返ることであるが、著者は「大きな愛を知ること」でもあると解釈する。
釧路での"発見"はやや安直な気もするが、そこは御愛嬌か。

わが心のジェニファー
著者:浅田次郎、小学館・2018年10月発行
2018年10月23日読了
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1945年、敗戦・分割占領されたベルリンの米軍慰安所でウェイトレスとして働くアウグステの日常から物語は始まる。突然ソヴィエト監視所に連れられ、毒殺された旧知の演奏者について尋問を受けるアウグステ。ここで僕は既視感にとらわれる。冒頭から遠慮なく投げかけられるは、ひとの本質を突く強い文章。そう、これは『朗読者』『階段を下りる女』のベルンハルト・シュリンクを読んでいる感覚、いや、それを超越した骨太さだ。アウグステと"ユダヤ人"カフカの旅を追う「本編」とナチス政権下でのアウグステと両親の苦闘を描く「幕間」のバランスも見事だ。
・Ⅰ章ラスト近くの「高い建物が消え失せて…」の文章には唸らされた(p92)。
・廃墟となった繁華街の中で、それでも楽しく生きようとする人々の描写は心に残る(p138)。
・中盤で明かされるはカフカの運命。俳優として"演じる"ことの真の意味が語られる。
・「幕間」と、特にⅢ章のカフカの独白に表現される全体主義の恐ろしさよ。軍需用ユダヤ人、そして夜間の強制移住の恐ろしさは身の毛もよだつ(p266)。人間性の根幹からの否定。「ドイツ人は皆ヒトラーに洗脳されている」とアメリカ軍士官に言わせたのは絶妙だ。「…どれが"まとも"なのか教えてくれよ!」(p269)
・カフカにとっての"あいつ"。「まだ息があるのに埋めるな」(p267)。アウグステにとってのギゼラ(p214)。一生ついてまわるは後悔の念か、それとも忘却への願いか。
・ベルリン爆撃の描写は迫真だ(p427)。ブロックバスター爆弾と焼夷弾の恐ろしさが強く伝わってくる。
・知人はどんどん死んでゆく。ナチス親衛隊の手により、ユダヤ人収容所により、イギリスとアメリカの空爆により。「最後のひとりまで戦え」。ちぎれたハーケンクロイツ旗。「あんたも気をつけな。生き延びてまた会おうよ」(p432)赤軍の猛烈な侵略を受けたベルリン市民の最期は壮絶だ(p434)。誰もが殺しあう日々……。
・そして、密告者、隣人の喪服の女性が、自殺を試みた瀕死の女性が、アウグステに語ったある事実(p437)……。

物語に通底するは、非占領国民の強さと"哀しみ"だ。4か国の外国人に蹂躙され、未来を見通せない中で日々生きていくことの困難さよ。
戦後70年を経過しても"ナチ狩り"に執念を燃やすドイツ人の姿は、わかるような気がする。それは自らへ課す贖罪でもあるのだ。

旅路の果てに、それでも希望は、ある。ベルリンは晴れているか。これだけの物語を紡ぎ、胸奥深いところを緩やかに刺激する文章を書きあげた著者の力量に脱帽だ。

ベルリンは晴れているか
著者:深緑野分、筑摩書房・2018年9月発行
2018年10月16日読了
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虚偽の報道で利益を得る者、訂正されない誤報とメディアの責任。ジャーナリストの矜持と個人の見得と名声。中盤までの展開からこのようなテーマを想定していたが、"レベル"が違った。終盤の圧倒的な展開に著者の凄みを思い知らされた。

それぞれがジャーナリスト個人の姿を追う連作短編集の形式で物語は進行する。巨大新聞社の体質、虚報がもたらす被害者の悲劇の人生、ネットの出現と新聞離れ、記者という仕事のやり甲斐以上の誇り(p115)、テレビの堕落、司法権力とメディアの結託・特権。そして、匿名性とネット時代の人権。

新しい時代の、得体の知れない大波(p270)に抗うこと。
タイトルの「歪んだ波紋」の意味は、最終章で明らかになる(p272)。そしてその処方箋も。

フェイク・ニュースとレガシーメディアとの関係。テクノロジーが引き起こす新しい"社会革命"。これが真実なら恐ろしい事態が進行していることになる。メディア・リテラシーが問われて久しいが、彼らはその上を行く。厳しい現実だ。

歪んだ波紋
著者:塩田武士、講談社・2018年8月発行
2018年10月6日読了
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歪んだ波紋
塩田 武士
講談社
2018-08-09

2018年9月17日(月)晴

■旧開智学校校舎

5時50分起床。朝食バイキングは和食テイストに。
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8時50分チェックアウト。良い宿でした。荷物を預けて観光に出発。
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市内周遊バス「タウンスニーカー」に乗車し、重要文化財・旧開智学校校舎へ9時15分に到着。
明治6年開校か。
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明治期の洋風建築。
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明治~昭和の教育現場を再現した内部は興味深いものがあった。
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■旧松本高等学校……。
交通手段に乏しい観光地なので、近くの営業所でタクシーを呼んでもらった。
1,500円かけて旧松本高等学校へ。
え? 臨時休館? 台風21号の影響で破損? そんなぁ……。
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しかたがないので歩きます。

■松本市美術館

10時45分、松本市美術館へ到着。インパクトあるなぁ。
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全館、草間彌生の水玉がアイデンティティとなっている。
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常設展示、洋画家・田村一男の作品などを観る。ふむふむ。

『弁天本店』が良かった。
観光客にまとわりつき「小銭」をねだるガキたち。
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お気に入り
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こんなのもあるんだな。アルファベットが斬新。
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十辺舎一九
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■中町通りを歩く。
松本民芸家具・中央民芸ショールームが良かった(写真忘れた)。
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中の橋を渡って繩手通りへ。絵になるな。
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昼食は明治10年創業の蕎麦処「弁天本店」で。レトロな雰囲気バツグンの店だ。
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ホテルに戻り、荷物を受け取る。タクシーを呼んでもらってJR松本駅へ。
お土産をたくさん買ってしまった。

ワイドビューしなの16号がやってきた。復路もグリーン車だ。
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17時過ぎに名古屋駅へ到着。のぞみ117号に乗車し、ビールを飲みつつ、新神戸経由西明石へ。

これで初秋の上高地・松本旅行は終わりです。
最後まで拙文にお付き合いくださり、ありがとうございました。


2018年9月16日(日)曇り

■上高地散策その2

朝は5時20分に目が覚め、穂高連峰の日の出を垣間見ることができた。
6時~もったいないので歩く。すがすがしい空気。天候は回復するも厚い雲が山頂を隠している。
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朝食は和洋のバイキング。まぁまぁか。
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で、部屋に戻ると、おもいがけないデザートが待っていたのだ。
穂高連峰の稜線! 素晴らしい窓からの眺望に歓喜!
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9時40分にチェックアウトしてバスターミナルへ向かいます。上高地ホテル白樺荘、良いところでした。
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河童橋からの眺めも見納めです。雨だった昨日と違い、河童橋は人で大渋滞。
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■松本へ
10時40分に上高地バスターミナル4番乗り場を出発。昨日のうちに整理券を入手していたので、スムーズに乗車できた。
11時45分、新島々駅へ到着。
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待ち時間の間、頭に布(?)をかぶせた東南アジア系の女性と会話。マレーシア出身で、登山用リュックにピッケルなどの本格装備を持参した女性3人組。日本へ来てくれてありがとう。僕もマレーシアへ行ったことがあるんですよ。もう20年も昔ですが。

やぁ、上高地線電車の復路は「なぎさトレイン」なんだな。
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12時7分、新島々駅を出発し、12時36分に松本駅へ到着した。

昼食は駅ナカの有名蕎麦屋をチョイス。15分も待ったが、海老2匹入りの美味しい天ぷら付きざるそばを堪能することができた。1,900円なり。
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で、晴れたのは良いが、暑い。外気温27℃か。

市内を周遊するバス「タウンスニーカー」に乗ったは良いものの、渋滞に巻き込まれ、なかなか進まない。ここはタクシーをチョイスするべきだった。
丸の内で降車し、少し歩いて14時50分に「松本ホテル花月」にチェックインした。

ここは松本民芸家具を贅沢ふんだんに使用したインテリアが
特徴で、雰囲気バツグンの良ホテルだった。部屋をグレードアップしたらよかったかなぁ。
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ホテルで松本城のチケットを購入。団体割引料金でお得。

■国宝・松本城!

「松本ホテル花月」から歩くこと10分。中世・戦国時代から現存し、築城400年を誇る国宝・松本城へ到着。本日の観光のハイライトだ。
ワールド・ビール・フェスティバルなる催しが開催されているせいか、すごい人の出だ。
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で、天守閣へ向かうと……待ち時間40分? 時刻はすでに15時30分。見学は17時終了。どうしようか……。
とりあえず並ぶと、心配をよそにどんどん列は進む。スタッフによる松本城クイズも楽しく、待ち時間は長く感じられなかった。
16時には天守閣へ入場できた。
靴を脱ぎ、ビニール袋に入れて持ち歩く。

内部は黒塗りの太い柱が並び、圧倒される。
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内部の展示も充実している。
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5階、6階への階段は狭くて急で……これはお年寄りにはキツイだろうな。
5層6階、天守閣最上階から城下を眺める。
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天井の構成はこんな感じ。
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階段が急でも人が多すぎても、この天守閣は値打ちがあった!
このアングルからの情景が気に入った。
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虹なんて観るのは19年ぶりだ。
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時刻は16時50分。本日の観光はこれで終わり。ホテルへ戻ります。


■I;cazaで夕食
「松本ホテル花月」のステンドグラスを超えた1階にそのレストランは存在する。
創作フレンチは芸術、その極みを目指す逸品がここにある。

秋の散歩道、大地からの贈り物、煙に巻いて巻かれて、ナベとハンマー、御吉兆! 海の「底」から、大地と海のアンサンブル、ひまつぶし、食後はユートピア! 最後は葉っぱで。
……これ、すべてメニュー名なんです。

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サーブのタイミングも良く、スタッフはフレンドリー。何より美味でした。
信州ワインも上品な味わい。満足。
ここは大浴場も広く、ゆっくりできた。
ほろ酔い気分で続きます。


三連休を利用してのコンパクトな旅行。上高地は雨だったが、清浄な空気と水に触れ、3,000m級の穂高連峰の眺望を堪能できた。いにしえの黒い城郭・松本城と昭和のモダン建築の姿も愉しめた。

【参考データ】
交通
2018/9/15土
 新幹線ひかり460号 西明石8:24(8:20)発~名古屋9:40(9:34)着
 特急ワイドビューしなの7号 名古屋10:07(10:00)発~松本12:08(12:04)着
 アルピコ交通上高地線電車 松本12:45発~新島々13:15着
 アルピコ交通上高地線バス 新島々13:30発~上高地14:36着
2018/9/16日
 アルピコ交通上高地線バス 上高地10:40発~新島々11:45着
 アルピコ交通上高地線電車 新島々12:07発~松本12:36着
2018/9/17月
 特急ワイドビューしなの16号 松本14:53発~名古屋17:01着
 新幹線のぞみ117号 名古屋17:33発~新神戸18:37着
 新幹線こだま757号 新神戸18:41発~西明石18:50着

宿泊先
 2018/9/15土 上高地ホテル白樺荘(1泊)
 2018/9/16日 松本ホテル花月(1泊)


■久しぶりの信州は雨じゃないか

2018年9月15日(土)

名古屋までのひかり号(N700系車両)はグリーン車を選択した。出発が少し遅れたが、快適なので問題ない。
名古屋で駅弁を購い、特急しなの7号に乗り込む。実はこちらのグリーン車のほうが広くて快適だったりする。
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12時8分に松本駅へ到着。残念なことに雨が降っている。
松本バスターミナルは駅から少し離れている。この辺は、アーケードを拡充するなどの配慮が欲しいな。
で、当初計画の「長距離バス、中の湯で路線バス乗継で上高地着」の切符を相談したら、アルピコ交通の係員さんは親切に「上高地線=鉄道+直通バス」のことを教えてくれた。こちらの方が楽で早いとわかり、その場で現金払いで買うことに。大人一人往復4,550円。たぶん、リーズナブルなのだろう……。

12時45分に松本駅7番ホームを出発したアルピコ交通上高地線電車は、十数個の田舎っぽい駅を経由し、13時15分に新島々駅へ到着した。
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上高地線イメージキャラクター「渕東(えんどう)なぎさ」がお出迎え。
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ここで乗り換え。13時30分に新島々を発車したバスは、稲核ダム等を経由し、14時28分に大正池に到着。もし晴天だったら、ここから河童橋まで1時間強の道のりを歩いていたかもしれない。
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14時36分に上高地バスステーションに到着した。トイレはチップ式か。ホテルまで我慢だ。
バスステーションから歩くこと10分、河童橋がみえてきた。ここはかるく眺めて、奥に見えるホテルへ入る。
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15時15分、今夜お世話になる「上高地ホテル白樺荘」にチェックイン。河童橋を渡り切ったところに位置し、ロケーションは最高(のはず)だ。
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公式HPから「穂高連峰独占のリニューアルツインルーム」を予約したのだ。穂高連峰が良く見える。これで天気が良ければ……。(この思いは明朝、叶えられることになる!)DSC01658
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■上高地散策その1

1時間ばかり休憩の後、田代橋へ向かって歩くことにした。1時間強の散歩コースだ。ホテルで大きな傘を拝借、と。

梓川の流水の綺麗なこと! 空気まで美味い!
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台風の影響か、倒木が多いな。

ウエストン碑って、これだけか……。
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折り返し地点の田代橋だ。
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自然の良さがよくわかる。
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河童橋が見えてきた。
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17時40分にホテルへ戻る。

夕食はこの手のホテルで多い和風フレンチ。
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特筆すべきは肉料理。湯葉でつつんだ信州牛(?)のフィレは最高の舌触りだった。これを食すために、もう一度訪問しても良いくらい!
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上高地ビール、赤ワインも美味だった。

おいしい料理に舌鼓を打ち、続きます。
(大浴場は洗い場が狭く、いま一つだった。)


1937年の東京。女学校を辞めて音楽私塾での女中奉公にいそしむ波津子は、ふとしたことから『乙女の友』編集部に雑用係の職を得る。不慣れな会社員生活。理解を示さない同僚。孤独感と辞意。それでも思いとどまることができたのは、幼馴染から譲り受けたフローラゲームのカードと『乙女の友』への熱い思いだ。それが、編集部員見習いとなるチャンスを呼び寄せて……。一方で戦局は熾烈を極め、1945年に向かって出版環境は厳しくなってゆく。
運命を時局に左右されるは庶民の哀しき定め。だがそれが一度きりの人生の礎となるなら、懸命に生きるしかない。

・マルチアーチスト・長谷川純二(中原純一)の表紙画と挿画を目いっぱい散りばめた『乙女の友』(『少女の友』)誌。長谷川の才能を見いだして大抜擢し、自らの詩へのイラストも任せた編集主筆、有賀憲一郎(内山基)。銀座にビルを構える大和之興業社(実業之日本社)社長と個性的な編集部員たち。川端康成や吉屋信子をモデルとした作家陣。愛読者の集い「友の会」(「友ちゃん会」)。そして昭和13年1月号附録・60枚の花占いカード『フローラゲーム』(『フラワーゲーム』)など、当時実在した華やかな世界観が本書全体に散りばめられている。一方で、楽しい誌面を世に送り出す労苦は並みのものではないことも理解できるようになる。
・「泣いてはいけませぬ」ヒヤシンスのカードの「言の葉」に何度も心を奮い立たせる波津子。縁(よすが)とするものは大切だ。そして、この「言の葉」が繰り返される昭和20年の地獄絵図の展開(p402)には圧倒された。
・子どもから大人になるわずかな期間、美しい夢や理想の世界に心を遊ばせる(p181)、「こんな時代だからこそ、少女たちには美しい夢を」(p111)、この有賀の信念は軍部や内務省の圧力を当初は跳ね除けるが……。
・『フルーツポンチ大同盟』が抜擢される怒涛の展開(p196~)ではワクワク感を楽しめた。「すがる思いで美蘭を見る。美蘭が横を向いた」(p200)は新人作家にとっての厳しい現実だ。
・有賀、社長、上里編集長の緊張しつつも、互いへの想いに溢れた「男の世界」も、本書の魅力を最大限に引き出している。「いや、ここにいる。君が先走ったことをしないと、確証が持てるまで」(p223)。うん、良い。
・「永遠に慕い続ける思い」(p229)、有賀憲一郎への波津子の淡い思いも、本書が大切にするひとつだ。
・やれなくても、やってやる!(p265)
・東京大空襲による銀座の消失。それでも、希望を捨てないことの強さ(p382)。
・「友へ、最上のものを」(p334) エピローグは涙が止まらない。

勇気づけられるエピソード満載。

「遅れてきたのですが、僕たちもまた『友』なのです」(p437)、最良を目指す精神は時代を超えて受け継がれる。この、読者に向けての著者のエールを胸に受け取り、感謝とともに書を閉じた。

彼方の友へ
著者:伊吹有喜、実業之日本社・2017年11月発行
2018年9月18日読了
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彼方の友へ
伊吹 有喜
実業之日本社
2017-11-17


1945年8月15日の玉音放送。その数日前の上海の緊張感がひしひしと伝わってくる。すでに敗戦の報道は街を駆け巡り、日本当局の統制は緩み、青天白日旗が掲揚され、ほうぼうで爆竹が鳴り響き、支那人は好き勝手な行動に走っていたことがわかる。
記録とは、つねに誰かの目を通してとらえられた「事実」であり、その積み重ねが「歴史」につながってゆく(p348)。優れた日記文学の価値、その希少さが本書にはある。

・8月11日、日本の敗戦が報じられた日の国際都市上海に残留する堀田の決意は固い。「学ぶのは今日この時、学識よりも経験よりも何よりも一番大切なものを見得るのは今日だ」(p24)
・1945年10月、敗戦後の虹口に集められた(捕虜収容所の様相)、白腕章を強制された日本人の生活は劣悪を極めるが、それでも堀田は本を買い集めるなど、知的生活に余念がない。内地への引き上げ、国共内戦、国民党政府の末端に至るまでの腐敗。「銃やピストルを持った巡捕や中国人自警団」(p51)が闊歩し、夜半に銃声が響き渡る中、酒を酌み交わし、日本と支那の今後を語り明かす夜は不安と希望の混淆したものだ。
・「文化の運命について」と題した11月22日の日記。荒涼たる煉瓦の堆積の中の一冊のぼろぼろになった大きな本(p95)。あはれという大和言葉の意味するところは興味深い。
・東北地方に残された日本人婦女子の運命。これを堀田は「戦争犯罪」とし、「戦犯は何も戦敗国ばかりが構成するものではあるまい」と断ずる(p161)。
・日記であるが故に、N女史(後の堀田夫人、中西伶子)への熱い想いはあますことなく綴られる。互いに既婚者である身の上だが、もはや隠すことのない情熱。
・「支那事変は中国にとっては、むしろ内戦の一種であったのだ」は極論かもだが、中国共産党、中国国民党、日本軍閥党の「東方の、アジアの内戦」はわかる気がする(p207)。「恐らく日本は中国問題については永遠に失敗しつづけるであろう」(p233)
・「意味といふものが一切失われる刹那」(p103)、罪と罰、「文学の本質は道徳だ。人間の運命を描いて、道徳に達すること」(p139)、「どれだけ苦しんだかが矢張り決定するのだ、その人の重さを」(p181)、「個人以外のものは信じまい」(p202)、「本当の孤独を今知らなければ、一生知ることはないだらう」(p237)などに、堀田の人生観、文学観が垣間見える。
・本当の歴史には、神の意志ともいうべきもの、筆の細工などにはかかわらないものがあるとする(p245)。堀田の言う「デモクラシイとは、恐らくキリスト教の別の形」(p249)も興味深い。
・中国人には公正の概念がなく救いがたい、「内戦は当然である」(p271)は厳しいな。
・随筆『暗い暗い地下工作』は秀逸だ。

日記の後半には、本物の文学者になる覚悟が読み取れる。いったい俺には、この世でなすべき何があるか(p303)。「乱世」に身を置くことで、文学者としての嗅覚が研ぎ澄まされてゆく。そして「広場の孤独」が生み出されるのである。

堀田善衛上海日記 滬上天下一九四五
著者:堀田善衛、編者:紅野謙介、集英社・2008年11月発行
2018年9月9日読了
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