男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

19世紀のイギリスは理想的な立憲君主制のもと、二大政党による見事な議会政治が機能した模範国であったと言われる。だが本書を一読すれば、このような"幻想"は見事に打ち壊される。理想の君主とされるヴィクトリア女王は頻繁に政治に介入し、首相を罵倒し、閣僚人事には自分の好き嫌いをあからさまに表明して変えさせようとした。また一時期日本で持てはやされた二大政党制のトーリーとホイッグ、保守党と自由党は何度も内部分裂し、採決では裏切り者が続出した。選挙期間中の贈収賄は当たり前であった。
本書はグラッドストンとディズレーリ。七つの海に君臨した19世紀イギリスを代表する偉大な政治家の生い立ちから政治信念と、彼らの限界、そしてヴィクトリア女王の"性格"に焦点を当て、今日的視点からイギリス政治を追う一冊となっている。
・奴隷を所有するカリブ海の大農場主にして従男爵の息子であり、イートン校に通う15歳のグラッドストン少年の演説が残っている。下層階級に教育を与えることは、彼らにとって有益か、とのディベートに、彼は善良にふるまうために資質を向上させれば義務に忠実となるだろうと、上から目線で述べるとともに、彼ら職人の勤勉さや才能を眠らせ、希望を砕き、精神を抑圧したままにしておくことは「道義的に正しくなく、政治的にも当を得ていない」との意見を開陳した(p18)。これが政治家になってからの彼の政治行動を律する二つの尺度となる。だがオックスフォード大学ので討論では参政権の拡大に反対する。曰く、参政権の行使には特別の能力と責任感を要し、それを有するものは限られているから(p24)である。非民主的ではあるが、こんにちの日本の政治状況をみると、案外的を得た意見であるとわかる。
・一方のおしゃれな文学青年、ディズレーリである。彼の父の代までの名前はD'Israeli、すなわちイタリア語でイスラエルの人、であった。商人の父がキリスト教に改宗してからDisraeliと改名したとある。なるほど。少年は孤独を愛し、読書にふけり、少年の父は「あの無名の多数者、すなわち自己を欺きつつ自己に不憫で、凡庸の枠のなかで消えてしまうような、つまらぬぬ芸術家の大群」に入れるのを良しとせず、17歳の息子を弁護士事務所に就職させた。珍奇な服装に凝り「ハイソサエティに入るには血縁か巨富か天才のいずれかが必要」と理解していた息子は投資に手を出し巨額の債務を抱え、それがゆえに次々と小説を発表し、負債の穴埋めにかかった。人生はいつどうなるかわからない。この頃、トルコ、エジプト、パレスチナなどを旅行したことが、のちの彼の対外膨張政策に影響するのである。
・堅物のグラッドストン議員の結婚観。娯楽を39項目に細分して一つ一つを検討し、宗教生活に影響しない結婚生活を女性に問う……。失恋の量産も已むを得まい。そして世はチャーチスト運動の全盛期。こちらも若き議員のディスレーリは労働者階級の悲惨な状況の改善を主著するが、日の目を見るのはまだ先のことである。そして彼は政治小説『シビルすなわち二つの国民』で富者と貧者の交わりのない二つの国民からなる英国を風刺する。
・ディズレーリとグラッドストンの最初の直接対決は、1853年度予算案の審議においてである。大蔵大臣ディズレーリの素人予算案は各方面から攻撃を受けた。「小説家の予算案」は議会で否決されると保守党内閣は総辞職、新大蔵大臣にはグラッドストンが就任する。彼の画期的な税制「革命」案、すなわち不動産の相続税の新設は外国人ですら驚愕するものであったという。
・クリミア戦争、アロー号事件、スエズ運河建設問題、ナポレオン三世暗殺未遂事件、インド大反乱。この時期には外交問題が山積していたんだな。そして労働者に選挙権を与える革命的な選挙法改正運動。労働者階級が政治に無関心であれば、議会が不活発となりうる……このグラッドストンの思想は現代日本にもそのまま当てはまりそうだ(p114)。
・19世紀後半はディズレーリ内閣、グラッドストン内閣が何度も交互に成立し、政党内部は分裂し、議事に混乱をきたし、政党の再編がなされた時代であり、帝国主義的膨張の時代であり、下層階級の基本的人権と政治的権力の拡張の時代であった。連接する「植民地」アイルランド問題は常に影を落とし、スエズ運河株式取得問題ではユダヤ人ロスチャイルドや新聞記者が政治に介入し、インド国有化に至る、と。ロシア・トルコ戦争とベルリン会議のビスマルクの逸話も興味深い(p165)。それにしても、立憲政治の黄金時代と言われるこの時代のイギリスでも、王室の政治への露骨な介入はしばし行われていたんだな。
・時代は移る。自由党の絶対的な指導者にして76歳の老首相、グラッドストンの前に立ちはだかるは、バーミンガムの若き成功者、ジョセフ・チェンバレンである。ジェネレーション・ギャップとでも言おうか、現在では当然のこととされる民主的な社会福祉政策の数々をチェンバレンに説かれても、グラッドストンにはもはや理解できなかったことは悲劇ですらある。
・国民から"グランド・オールド・マン"と親しく呼ばれるようになっても、グラッドストンはヴィクトリア女王にとっては「この半気ちがいで、いろんな点で、まるでこっけいな老人は大嫌い」(p192)なわけであり、彼の死後に追悼の辞を送ることすらしなかった。これが女王の冷たい側面であったのか

「歴史における個人の力は大きいが、歴史の流れに抗してまで個人の力が影響を及ぼすことはできない」(p214)
すでに帝国主義に突入した世界の中にあってはイギリスは強くなくてはいけない。個人の意に反しての対外膨張政策、諸外国の占領。しばしば個人の信条を歪めるほどの決断であったろう。また福祉政策の充実については、正直、自らの理解・納得を得ないままに進めざるを得ないこともあったろう。
明治・大正の日本において理想的な政治家として崇高された自由党の「虞翁」グラッドストン。そして稀有な文学的才能を併せ持ち、強硬的な対外政策と社会福祉を同時に推し進めた保守党のディズレーリ。この二人の「飾りのない」人物像を知ることができたことが、本書の収穫であった。

新・人と歴史 拡大版29
最高の議会人 グラッドストン
著者:尾鍋輝彦、清水書院・2018年7月発行
2022年6月26日読了

イギリス人のシニシズム。それは彼らの誇りでもある。本書は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』、サヴォイ・オペラ『ミカド』、シェイクスピアの演劇、アガサ・クリスティの作品、ミュージック・ホールのコメディ等を題材に、イギリス文化の特徴を探る興味深い一冊となっている。
・『サウンド・オブ・ミュージック』をイギリス人は誇りにしつつ、表だって褒めない。そのアングロサクソン人種のシニカルさには根拠があると著者は述べる。英語表現の素直な表現を多用しない英語、ストレートな表現を慎む国民性、だが一方で感傷的なセンチメンタリティを発揮するなど、英国で育った著者ならではの観察眼には納得だ。あと『エーデルワイス』はオーストリア民謡だと、僕は本気で思っていたぞ(本作のミュー時間る板尾楽曲だったとは)。
・W・S・ギルバートの自画像(p65)。その自他ともに認める「ひねくれた」性格が生み出した戯曲が、ヴィクトリア時代から現代に至るまでのイギリス人を熱狂させた秘密は何か。作曲家サリヴァンの甘く優美な楽曲と「ひねくれた」セリフが出会うとき、なんとも言えない相乗効果を発揮するらしい。その発展形が現代のミュージカルなんだな。ヴィクトリア女王もお気に入りだったというDVD『ミカド』を今度鑑賞しよう。
・アガサ・クリスティの描く1930年代のミステリーでは、しばしば上流階級の領地の居所、すなわちカントリー・ハウスが舞台となる。そう、彼女自身がアッパー・ミドル・クラスの出身で社交界を知る女性であることから、彼らの暮らしぶりがリアルに描写されることが特徴でもある。彼らの従僕、使用人たちの世界はとても厳しいが、町の人と違って上流社会と接する機会あればこそ、イギリスらしい文化が生まれるのである。

帝国が膨張してグローバル化を進めた結果、イギリス社会は急速に多民族化した。カントリー・サイド、村の生活を求めることは、すなわち「多民族国家イギリス」ではなく「古き良きイングランド」への憧れである(p161)。これは現代生活に無いもの、すでに失われた古き良き日本の姿をいつしか求める我々の姿に重なって見えるな。

へそ曲がりの大英帝国
著者:新井潤美、平凡社・2008年7月発行
2022年6月12日読了

旅の魅力ってなんだろう。もちろん人それぞれなのだが、林芙美子にとってのそれは「庶民の生活を知る」ことにあったことが、本書に記された台湾、満州、シベリア~西ヨーロッパ、樺太、北京の旅日記からうかがえる。ベストセラー作家なのに、わざわざシベリア鉄道の三等車を選ぶなんて、好奇心の塊のような人だ!
本書は、1930年から1936年までの林芙美子の紀行文を再編成したものである。ベストセラー『放浪記』は改造社版から新潮社版へ移る際に文体のところどころが「お上品」に改められたが、本書には林芙美子の性格が率直に現れ、とても親しみやすい旅日記となっている。

三週間かけての台湾縦断は、婦人毎日新聞社主催の講演旅行であり、複数の女性作家と旅路を共にしたとある。講演だけでなく、退屈な日本人支配階級との会談、組織的な観光。それでも著者は合間を縫って現地をテクテク歩き、現地人と会話を交わし、その地の息吹を感じることに喜びを感じ取る。雨に煙った基隆の印象が深い著者にとって、台北は「教室に入ったような窮屈さ」(p17)を感じ対話総督との会談では本心ここにあらずと良妻賢母を論じ、解放台北場外で息を継ぎ「旅は自由行動に限る」(p19)と再確認する。その気持ち、よくわかるぞ。若い台湾女性を「道を歩く瞳がみずみずしく光って」いると称する一方(p34)、内地人(日本人)が苦力をこきつかっているのを見ては、足から血がのぼるような反感を持つ。これぞ林芙美子だ。

1931年11月から翌年6月にかけて、いよいよ長春~哈爾濱~満州里~シベリアを経由してモスクワ、パリ、フランス北部、ロンドンへの旅が始まる。帰りの旅費まで考えてなかった『三等旅行記』、「呑気と云えば呑気なことでしょう」(p84)と著者は屈託ない。
・「あれが夕陽かしら、暗色になりかけた野原の果てに、狂人が笑っているような夕陽の赤い炎」(p57)これは哈爾賓で目にした夕景の描写。空も良く物価も安い、と著者はこの地を気に入る。そして官僚的仕事には「奉天のツウリスト・ビュウロウなんて、あってもなくても同じ事だ」(p70)と手厳しい。
・無責任な野望を抱く関東軍の引き起こした事変のさなか、満州の駅はどこも兵員でごった返している。暗殺や事件の噂が後を絶たない混乱の哈爾濱、北満ホテルの部屋で、それでも著者はパリ行きを決意する。列車がソヴィエト・ロシア領に入り、いよいよシベリア鉄道に乗り換える。列車はシベリアの寒気の中をひた走る。雪で光った晴天。シベリアの光のない小さな太陽。ガラスを重ねたように光る雪道。人魂のようにポトリと落ちる樹の上の雪の塊。大きな二重窓の外の世界を著者は存分に楽しむ。
・列車内のロシア人は物持ちの外国人客をブルジョワを呼ぶ。食堂車を利用せず、貧しい食事に汲々とする一般国民=プロレタリアの姿を列車内で垣間見て、著者はソビエト体制の矛盾を鋭く突くが、ロシア人は薄笑いを浮かべるばかりだ。「いずくの国も特権者はやはり特権者なのだろう」(p111)そして列車はパリ北駅へ到着する。
・薪ざっぽうみたいに長いパン。物を食べながら街中を歩けることに感動を憶えながら、着物を召して黒い塗下駄でぽくぽくとパリの石畳を歩く小さな体躯の著者はパリジャン、パリジェンヌから注目を集める(足に板をぶら下げている、と呼ばれる)。シネマ『オランピア』で本場のヴァリエテを観る。上半身むき出しで乳房は銀色のバンドで小さく隠して踊る姿。汽車をテーマにした踊りは、宝塚少女歌劇団の演目の元となったものに相違あるまい(p128)。
・少数の知識階級ではない。「フランスを支えているのは百姓とエトランゼだ」(p130)。
・かつて劣悪環境なセルロイド工場の安賃金で著者が色塗り労働をしたキューピー人形が、パリの百貨店で高額販売されていることに仰天するシーンがある(p134)。セレブ作家ならMade in Japanな事実を誇らしく思うのだろうが、彼女の心境はいかなものだったろうか。
・19030年代になってもパリの紳士はシルクハットをかぶっていたのか。『パリの屋根の下』に見る鳥打帽は、プロレタリアの男がかぶるものだそうな(p136)。
・ミレーの故郷とは知らずにバルビゾン村へ着物で赴く著者。袖を振って「空を走るのか」と真面目に聞く老人もかわいいじゃないか(p149)。
・ロンドンでは日本は「中国を侵略する大野蛮国」として扱われ、トラファルガー広場では中国婦人による反日デモが繰り広げられる。パリでは中国の青年が『国難通告』と書かれたビラを配り歩いていた。日本人は「豊富な隣のものを失敬することもやむを得ない」とたまらない理論を平気で吐く(p173)。「コンチクショウ! 日本は軍人さえなければいい国だのに……」(p137)
・復路はマルセイユ、ナポリ、コロンボ、新嘉坡、上海とインド洋を経由する船旅である。ポート・サイドでは大きな盆のような月を見て、紅海では海の色がひどく赤がかる様子を目の当たりにする(p191)。しめて426円の旅費であったとある(p203)。大卒エリートサラリーマンの月給が60円の時代の「女ひとり旅」であった。

支那大陸では国民党軍と共産党軍の闘いが熾烈を極める。「こんな広い中国に戦争がないのが不思議だ」として、北が勝っても南が勝っても、我々の生命財産なんか守ってくれない。平和になってさえくれれば良い、と地元民は現実的で、タフだ(p77)。
・当時の紫禁城は荒れていた。かつて王侯貴族が闊歩した石道にも、黄玻璃の屋根瓦にも草が生え、敷地は雑草が生え放題。そして80万坪の祝祭の地、天壇に立って著者が思うのは、やはり庶民のことである。そして「人間の夢想もここまで来れば手を放って呆れるばかり」と容赦ない(p249)。
・かつて代々の親日家だった女性のため息を、著者は悲し気に耳に入れる。日本への思いも「こんな風になっては」もはや何もなくなった、と。「私を目を閉じるより仕方がない」(p252)

1934年の樺太への小旅行も面白い。
・開発の手の届かない稚内の街の描写は素晴らしい。大泊から豊原までの列車の中から見て驚いたことは、樹木という樹木がことごとく伐採されていること。樺太を事実上支配する王子製紙の社員に訊くと「無尽蔵だから伐採する」との応答。なるほど、「王子島」のどの駅にも木材がひしめき合ってる。知取ではオホーツクの海を見て「こんなに、暗くて孤独な海の色を見たら、誰だって手紙が書きたくなるに違いありません」(p229)。ここでも王子製紙の工場群が新聞紙、模造紙、パルプ等を製造している。幌内、敷香(しすか)では白夜に近い体験(午前二時には夜が白む)をする。

「地図を見ている事はユカイです。人間が大きくなりますよ」(p168)とは同感だ。
岩波文庫『林芙美子紀行集 下駄で歩いた巴里』と重複する部分が多いのは止む無しだが、勢いあまる彼女の行動力を存分に追体験でき、とても満足している。ところどころに光る名文も楽しませてもらった。

愉快なる地図 台湾・樺太・パリへ
著者:林芙美子、中央公論新社・2022年4月発行
2022年6月6日読了

記憶カメラさんのBlogに触発されてX-Pro3を購入し、35ミリ(XF 35mm F1.4 R)、23ミリ(XF23mm F2 R WRシルバー)、18ミリ(XF 18mm F2 R)でクラシックネガの世界を存分に愉しませてもらった。

富士フィルムカメラの魅力に引きずりこまれた僕は、次にコンパクトズームなX30を手に入れて近所の小旅行でパチパチ。携帯性は重要だと再認識。だがX-Pro3にXF23mm F2 R WRを常用していると「カメラは35ミリ一本で良いのではないか?」と思い始め、巷で評判の良いX100Vを探す。どのネットショップも売り切ればかり。中古も高い上に、タマが少ない。で、少し待っていると、楽天ショップで新品を発見し、無事にポチることができた。
いま、X100Vブラックが僕の手元にある。デザインの良さは言わずもがな。軽すぎず、重すぎずで手に持っての質感が素晴らしい。
つまり、道具としての満足感が非常に高いのだ。
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良い買い物をした。これからクラシックネガとOVFで撮りまくるぞ!
(メインカメラ、SONY α1の嫉妬の声が聞こえる……。)
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貴族未亡人にして冒険好きの女主人と少し変わった使用人たちが活躍するシリーズ第二弾は、本作の主人公と位置付けられるローズが登場する。
・デヴォンシァの田舎から出て来てロンドンの人の多さに目を回した14歳の新米メイド、ローズが、失踪した兄の手がかりを探しにイーストエンドの阿片窟へと向かう。アメリカ人の探偵(早耳ビル)が同行したとはいえ、彼女のその大胆な行動から「ヴィタ奥様」の家の一員になる資格は十分だろう。
・十分に練られた構成。「ロンドンでの兄の友人から託された人形」(p250)や「金髪のかつら」をつけて臨時のパーラー・メイドを務めるローズとその思いもよらない展開(p211)が、物語をおおいに盛り上げてくれる。
・メイド百人斬りの若き伯爵、その又従兄弟とローズの姉の関係、兄の復習心、ローズの勇気。ピンカートン社の探偵早耳ビルが良い味を醸し出しているが、そうか、彼のモデルはロバート・ダウニー・Jr.なのか。
・「誇りと気概と意志」(p49)。この言葉は良いな。

第九章『美しき悪魔』が一気に物語を加速させ、収斂させる様子には目を惹きつけられる。青い目の悪魔。そうとも、もし彼女あるいは彼に出逢ったとしたら、僕も喜んで魂を差し出すだろう。そんな著者の描写にはしびれさせられた。

LADY VICTORIA : THE SECRET OF A NOVICE MAID NAMED ROSE
レディ・ヴィクトリア 新米メイド ローズの秘密
著者:篠田真由美、講談社・2016年8月発行

ときはヴィクトリア朝イギリス絶頂期。本書は、ロンドン郊外に家を構えたばかりの下層中産階級、シティの会社に事務員として勤めるプータ氏の日記の体裁を持つユーモア小説である。解説によるとパンチ誌に連載され、1892年に刊行されたとある。
当時の慣例に倣って名付けたわが家は「月桂荘」。友人のカミングス君にゴウイング君は頻繁にわが家に現れ、時に楽しい夕べを送り、時に小さな事件を引き起こす。20歳になった息子のルピンは会社を馘首され、さらに「お世辞にも美人と言えない」8歳年上の女を「婚約したから」と「月桂荘」に招待する。会社社長の紹介による、かのマンションハウスでの市長閣下主催のパーティーに招かれる栄光と、乱暴な御用聞きと忠実とは言えない住み込みメイドと、会社のやんちゃな17歳の新入社員との軋轢……。都市サラリーマンはなかなか多忙な毎日を送るのだ。
・下層とは言え中産階級なので服装には気を遣い、毎朝、乗合馬車でシティへ通勤し、帰宅してからは家具へペンキを塗る。まだ若いハウスメイドをよくしつけ、ときに乱暴な二輪馬車(いまのタクシーね)の御者と言い争い、クリーニング店への苦情を伝える日もある。日曜日には退屈なミサに我慢し、詐欺まがいのパーティーに招待されて一文無しになった夜もある。
・八百屋の小僧に燕尾服を汚され、靴を犬に舐められ、それでもパーティでは愛妻とのポルカ・ダンスを披露するのだ。
・息子の失職と再就職と投資熱。友人たちとの楽しいひと時と軋轢、友人に感化されて降臨術にはまる妻、晩さん会での牡蠣、投資先の倒産、息子の友人となった大富豪を前にしての財力の不平等配分への憤り。アメリカ人を友人に持つことの意味。
・そして日々いかなる事態に遭ってもユーモアを絶やさないことが、英国紳士が紳士たる故である。
主人公、プータ氏はその勤勉さが認められ、最後には会社社長からとてつもないプレゼントが贈られて円満に物語は収束する。ホーム・スイート・ホーム。肩ひじ張らない英国市民の生活を楽しく知ることができた。

The Diary of a Nobody
無名なるイギリス人の日記
著者:George Grossmith, Weedon Grossmith、梅宮創造(訳)、王国社・1994年12月発行
2022年5月6日読了
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無名なるイギリス人の日記
グロウスミス,ウィードン
王国社
1994-12-01





明治から昭和一桁期にかけて単身渡米し、下積み人生、あるいは博打的人生からはじめてほとんどアメリカ人になりきった日本人、彼らを総じて『めりけんじゃっぷ』と谷譲二は呼称する。本書は、彼らの波乱万丈の人生を著者自らの5年間の放浪の軌跡を交えて上奏したユーモアあふれる数々の作品からセレクトした、いわば『ジョウヂ・タニイの傑作篇』である。
・前書きが『放浪記』ならぬ『方々記』ときた。Hoboとはアメリカ俗語。一文無しであちこち浮浪して歩く人間のことをいうらしい。そして「放浪常習人(ボヘミアン)の心意気」(p7)には、思わずニヤリとさせられた。
・『テキサス無宿』。著者は従業員の半数以上が日本人、それも大学卒業者かアメリカの大学に在籍中の若者が占めるとある街のレストランで皿洗い見習いとして日銭を稼ぐ。日本にへばりつく学生の弱さを嘆き、鼓舞し、多少の「無茶とその気取り=博打的人生」を真面目に奨めるくだりが良い。で、このレストラン。夜には本物の(闇の)博打会場へと変貌するのだが、そこでのやりとりは熱く、ある意味アメリカ的といえる。明日にもニューヨークへ旅立つという同僚の貧乏学生の、その正体が明かされる描写が秀逸であり、そのタイトルがラストに回収される見事な一篇である。
・ノリに乗った谷譲二のハイブリッドな文体が縦横に踊る『キキ』が、これまたニューヨークの夜のうごめきを見事に体現して実に面白い。フランス女の虜となった日本男児はことごとくおめでたく彼女の餌食となって露と化す。「キキと黒薔薇の騎士」のくだりまで来ると、彼女の"セルフ・プロデュース"の才能に恐れ入るばかり。日本実業紳士は「紐育に呑まれたのさ」(p192) HOT・DOG! えいんね?(ain't it?)
・アメリカからオーストラリア航路船に乗船。黒人と南欧人に混じっての下級船員、それも石炭夫となって辛酸を嘗めるめりけん・じゃっぷ。「にっぽん、だんじ。にっぽん、だんじ」と繰り返し自分を奮い立たせながら働く著者自身の姿には、涙すら禁じ得ない。(『"Sail, Ho"』)
・著者のコスモポリタンの定義は明確だ。すなわち「地球人」とは「郷土人」であり、「人間は、要するに、人種、若しくは民族あっての個人なのだ」と無国籍論を看破するくだりが気に入った(p240)。

20歳で渡米するも留学先の大学を飛び出し、北米中部~東部で下層労働者人生を渡り歩き、最後は石炭夫として働きながら帰国。日本人排斥法のために再渡米の道が閉ざされると、著者は縦横無尽な文筆の才をもって『丹下左膳』シリーズ等の作品を量産し、本書の『めりけんじゃっぷ』ものを描き、夫人を伴って世界一周の旅に出た。その結実が『踊る地平線』であり、僕は岩波文庫版を通読してその縦横無尽な文面に感銘を受けた。わずか35年の人生でも、太く強く前に進んだ著者の生き方に敬意を表したい。

≪大人の本棚≫
谷譲二 テキサス無宿/キキ
編者:出口裕弘、みすず書房・2003年6月発行
2022年5月3日読了

H・G・ウェルズといえばSF小説の大家だが、本国イギリスでは別の側面、すなわちヴィクトリア朝時代の社会派小説家としてもよく知られている(新井潤美「英国紳士の生態学 ことばから暮らしまで」より)。本書はロウワー・ミドル・クラスの中年男の決断とその行く末を、著者自身の出自と体験を十二分に活かして世に問うた意欲作である。
誕生の時は王侯貴族の扱いを受けた主人公も「クソ餓鬼」の年齢になると十分な教育も受けられずに社会へと放り出され、失業と再就職の苦難に直面しながらも労働の日々を送り、人なみに失恋し、やがて従妹の一人と結婚する。だが新居での結婚生活に初日から夢破れ、父親の遺産を元手に始めた商売もうまくゆかず、35歳のポリー氏は今日も消化不良に苦しんでいる。いよいよ借金が払えなくなる日が迫り、十分な保険金が妻の懐に入るよう入念に準備し、自宅兼店舗での放火自殺を決行するポリー氏。火を付けたは良いが、近隣の年老いた女性の身を思い、商店街を嘗めつくす劫火の中で彼女を助けると、一躍「街の英雄」となるのであったが……。
結局、ポリー氏は妻もこれまでの人生も捨て去り、一介の浮浪人となって村や町をさすらう第二の人生を選択した。ふと立ち寄った「ポットウェル・イン」でぽっちゃりした初老の女将と親密となり住み着き、帰ってきた彼女のヤクザ者の甥との死闘を経て5年の後、放火した自宅兼店舗のあった街に戻る。残してきた妻との再会と永遠の宣告。そして「ポットウェル・イン」の夕暮れの川岸で、人生についての一つの悟りを開くのであった。
・「帝国の誇りが必要とする最良の人間」(p12)。この定義に完璧に当てはまる人間はどれほど存在するのか。「急速に複雑化する社会」と「中産階級の下の大部分」に関する著者の考察は厳しい。そしてポリー氏のような人物は「社会の複雑さに釣り合う、集合的知性と秩序への集合的意志を育て損なった社会に多数存在する不適合者の一人」であるのだ(p53、p156)。
・「この世には、断固たる行動で変えられない状況というものはない」(p203)「人は、自分にふさわしい美を探して発見し、それに奉仕し、それを勝ち取って増やし、そのために闘い、死ぬ行く目がまだそれに向けられている限り、死を恐れずに何事にも直面し、何事にも立ち向かうべく、この世に生まれてくるのだ」(p231)「ポットウェル・イン」で、ある決断を迫られたポリー氏の、これは自身を鼓舞するであろう言葉が印象に残った。これまで自分に自信が持てず、逃げ隠れの連続であったポリー氏の人生に転機が訪れる瞬間である。
・静かなラストシーンが良い。「……歌が歌いたいんだ。自分は夕焼けのために生きていると思う時があるんだ」「僕は一種の透明な感情だろうな。穏やかで、暖かい……」(p270)

生まれと境遇、社会的地位、幸せのかたち。哀しいことだが、努力によっても変えられないものが人生には確かにある。あがき、嘆き、苦しみぬいた上でのポリー氏35歳の決断は、本書を手にした者の形を変えての理想、あるいは新たな苦しみでもあるのか。

THE HISTORY OF MR POLLY
ポリー氏の人生
著者:Herbert George Wells、高儀進(訳)、白水社・2020年2月発行
2022年4月21日読了
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本書は「女学生」「令嬢」「モダンガール」にスポットライトを当て、彼女たちの生態を多くの写真、雑誌記事、イラストレーション、コラムで紹介する、カラーページも多く楽しい一冊となっている。
・1911年、授業の一環として女学生たちが所沢飛行場を訪ねて伊庭中尉(搭乗員兼教員)からレクチャーを受ける写真が印象に残った。当時の飛行機と搭乗員は、いまでいう宇宙飛行士みたいな存在だったんだな(p19)。
・ブランド志向は当時から健在。「女学校選び、お茶の水高女人気の秘密」が興味深い(p34)。
・女学校の学費、卒業後の進路、結婚相手に臨む職業、女学生の赤裸々な日用語(美しくはない……)等々も楽しく読めた。個人としては礼儀正しく、集団となっての電車の中の傍若無人な態度なんか、現在と変わらないじゃないか。
・「ピアニスト・吉田ちか子嬢のお宅訪問」(p76)は理想的なお嬢様の記事だ。
・雑誌媒体などでは、普通の令嬢は「〇〇嬢」で、公爵家の娘に限っては大名家の名残よろしく「〇〇姫」と表記されていたんだな。
・モダンガールについては、彼女たちが登場した大正末期から、世にモボ・モガブームを巻き起こした昭和一桁時代の風俗を交えて解説される。時代の先駆けとなるスタイル。丸ビルを颯爽と歩く「タイピスト」や女事務員、電話交換手、女店員、「東京駅前で人気を集める女運転手」や「ガソリンを売る女」、女給、ダンサーに婦人飛行士(!)と、職業婦人と呼ばれるこれも尖端的な女性たちの活躍は、いま見ても実に溌剌としたものがある。
・『婦女界』に掲載された「職業婦人として成功する秘訣」が興味深い(p112)。
・第4章「大正ガールズ情報局」では、彼女たちが愛読した少女・女性誌と、その誌面に掲載された美容広告情報、竹久夢二による街角ファッションチェック、新聞紙に寄せられた乙女の悩み相談が紹介される。

100年前にタイムスリップし、大正ガールズの活き活きした姿を垣間見ることができた気分。
森伸之さんのイラスト集(全6ページ)も素晴らしい出来となっている。むしろこちらを表紙にしても良かったのでは?

大正ガールズコレクション 女学生・令嬢・モダンガールの生態
編著者:石川桂子、河出書房新社・2022年2月発行
2022年4月13日読了

西村天囚(てんしゅう)。彼は種子島西之表出身の大阪朝日新聞記者であり、かの『天声人語』の命名者にして主筆格。そして東京帝國大学の博士号を持つ漢文学者でもある。本書は、彼が主催者側として参加した1910年(明治43年)の欧米諸都市をめぐる第二回「世界一周会」の104日間の旅の記録を、中国思想史が専門の著者(阪大大学院教授)が、刊行された旅行記のみならず、西村直筆の旅行手帖と生家に残る2,000点もの資料を十二分に解読して活用した第一級の研究書となっている。
・神戸、横浜を出港してハワイ、サンフランシスコを訪問。大陸横断鉄道に乗ってシカゴとナイアガラの滝を見る。ボストンでは「知」に感動し、ニューヨークの摩天楼、フィラデルフィアの独立の精神を見分し、ワシントンD.C.ではタフト大統領と会見す。大西洋を渡るとロンドンに長期間滞在し、シェパードブッシュで開催中の「日英博覧会」をはじめとするイベント、博物館、名所旧跡を存分に見て聞いて、文明の本質とは何たるかを再考する。パリではその芳香とルーブル美術館に打ち震え、ジェノヴァ、ローマ、ナポリ、ヴェニス、ミラノで古代文明の偉大さとその残滓の寂寞さを知る。スイスの絶景を堪能し、ベルリンの新興国の首都の勢いを肌身で感じ取る。革命前夜のサンクトペテルブルグ、すでに親日となったモスクワを見聞し、ヨーロッパとアジアを直結するシベリア鉄道の人となり、無事に敦賀の港へ戻ってきた。実に104日間の旅程である。朝日新聞社の「日本人団体の世界旅行」の依頼を受け、交通機関とホテルの手配・値引き交渉のみならず、「大使、公使などの外交官」を動かして各国の税関をほぼフリーパスにするなど、英国の老舗トーマス・クック社の企画・実行力には驚嘆する。しかもツアーガイドはたった一人。それだけに同社が世の趨勢(ネット化)に追従できず、1997年に倒産したのが残念でならない。(僕もニューデリー空港での両替で店を利用したのだ。)
・明治の初めに岩倉具視らが決死の覚悟で赴いた欧州の悲壮な旅とは異なり、民間新聞社が企画した団体旅行に民間人が多数参加することの意義。40年を経たとはいえ、やはり当時の「海外渡航者」は強い使命感を有していたことが本書を読んで理解できた。
・その一人当たり旅行代金は、現在の価値に換算して700~1,200万円。参加者は総勢57人だが、企業経営者が目立つのもしかたがないか。
・アメリカ建国の地、フィラデルフィアでは「人智は日に月に新たにしてとどまる所を知らない。……独立自由の精神は満ち満ちてこの」独立記念館から溢れていると感慨を抱く(p105)。分かる気がする。またワシントンD.C.では貴族院議員・徳川公爵が上下両院を訪問したことに触れ、その紳士然とした態度が感銘を持って迎えられ、当時下院で威勢を振るっていた「日米戦争」論なるものが氷解するであろうことを期待のうちに記している(p108)。
・ニューヨークではカーネギー、ロックフェラー、モルガンら大富豪の邸宅を目にするも、想像を超えない造りから「彼らは天下を家とし、旅行遊覧を楽しむ」との言葉を残している(p338)。
・ロンドンではアメリカと大きく異なる「街の礼儀正しさ」に感銘を受ける。お国柄の違い。そして朝日新聞の同僚である長谷川如是閑(僕の愛読書『倫敦!倫敦?』の著者)と合流して日英博覧会の会場へ赴くしだいだが、大日本帝國が見せたい「国力」などではなく、イギリス人が興味を示したのは、もっぱら「心の中に抱く日本」「小さく美しい東洋のくに」のイメージであった。如是閑は嘆くが、已むを得まい。
・大英博物館では、まずその蔵書数(400万冊)に圧倒され、同時に500人が自由に閲覧できる体制に感銘を受ける。ギリシア、ローマの大理石裸像に抱く印象は、まぁ時代相応のものか(p145)。
・ローマ帝国の残滓が多く残されたイタリアの記述が多い。アメリカで日々新たなる文明を、イギリス、フランスに先進文明を見た「会員は、ついにその淵源にさかのぼってローマの遺跡を訪問し、古今盛衰の跡をしっかりと見なければならない」と、その意識と意気込みは実に高い(p185)。そして「(栄華を誇る人々が)指さし笑う野蛮のために(文明は)打ち破られる」「文明の極みは衰弱」であるとして、天囚の文明衰亡論が展開される(p188)。仏教と旧教の比較も面白い(p194)。『欧米遊覧記』は単なる紀行文ではないのだな。
・旅行を終えて敦賀港に帰着した天囚は「地球は果たして円き物なりけり」との言葉を残している(p385)。中国の古典を尊重しながら、西洋近代文明に謙虚に接し、日本の良さを再発見(p398)した104日間の旅。その価値はなるほど、計り知れないな。
・儒教経典によると「観光」は、他国の優れた点や文物制度をよく見る、というのがの原義だそう(p491)。そして現代に求められるは「民間団体による草の根交流」(p448)とある。同感です!

まるでVRの感覚。西村天囚の自由自在な筆と相まって、まるで本書を読む僕自身が乗船し、また旅行地に立っているかのような臨場感を味わえた。
また、天囚の紀行文には難解な漢文が多々散りばめられているが、これを当時の新聞読者は苦も無く理解できたという事実が衝撃的だ。思えば漱石の小説作品等もそうだし、当時を生きる日本人には漢文は基礎教養だったことが偲ばれる。これからのG2世界を生きるに際し、漢文は教養が必要になるかもしれない。「読書百遍、義自ら見る」(p392)か。

世界は縮まれり 西村天囚『欧米遊覧記』を読む
著者:湯浅邦弘、KADOKAWA・2022年2月発行

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