男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

同窓会に出かけたはずの夫が、会場にたどりつけずに戻ってきた……。夫婦の『長いお別れ』の日々は静かに始まった。
アルツハイマー病、それが年々ひどくなりゆくとき、彼あるいは彼女とどうつきあうのか。本書は日常に重い課題を投げかけてくれる。

・「ねえ、お父さん。つながらないっていうのは……」(p153)は母の本音。そして次女が、母の本当の労苦を確かに識るシーン(p209)はとても切ない。
・忘れるということ。それでも夫は妻が近くにいないと不安そうに探す(p259)。「確かに存在した何か」の件にはグッときた。

自分が「その立場」ならどう振る舞うだろうか。母と三姉妹、孫たちの中にヒントはあるだろうか。そして「その時」までのQOLを考えるとき、それが確かに家族や友人の「絆のかたち」であるなら、とても幸せな人生を送れたと言えるのだろう。人生のターミナルはかくありたいと願い、温かな気持ちで書を閉じた。

長いお別れ
著者:中島京子、文藝春秋・2018年3月発行
2018年7月12日読了
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長いお別れ (文春文庫)
中島 京子
文藝春秋
2018-03-09




20世紀初頭から戦中・戦後、大阪万博まで、京都工芸繊維大学美術工芸資料館の有する美麗なポスター229点。全ページフルカラーの美麗な図版と解説を楽しめる。

・飲食、ファッション、化粧品・薬、趣味・嗜好品、船舶・鉄道、博覧会・映画、戦争プロパガンダ、ポスターの未来の全8章から構成され、大正・昭和初期を中心に明治~昭和30年代までのポスターが紹介される。それぞれの章の解説がわかりやすく、ポスター図版をより楽しめる仕組みとなっている。
・江戸伝来の引き札、明治の美人画・絵画から、西洋由来のデザイン重視・商業美術ポスターへの変遷は、なるほど、印刷技術が発達し、杉浦非水に代表されるデザイナーが登場する1920~1930年代なのか。
・化粧品のポスターは華やかだ。デパートとともに、女性の新しいライフスタイルを牽引したとある。資生堂やクラブ化粧品のポスターは現代でも通用するかも。
・交通関係では『東洋唯一の地下鉄道』(1927年:p175)がやはり秀逸だな。朝鮮総督府の金剛山、華北交通のポスターも珍しい(p193)。
・真っ赤でシンプルな富士山の図章を用いた「紀元二千六百年記念 日本万国博覧会」のポスター(1940年)は、とても印象深い(p216)。
・掲示され見られるポスターだけではない。家庭に配布され、見られるマッチのラベルも、昭和には多彩なデザインのものが登場したことがコラムで解説される(p156)。当時の風俗のみならず、ランドマークや地下鉄開通などのトピックスもわかり、興味深いな。

本書はコンパクトな文庫本サイズだが、1ページに一葉のカラーポスターが掲載され、十分に楽しむことができた。
まぁ、欲を言えば、もう少し大きな版で鑑賞したいところだが。

日本のポスター
編著者:並木誠士、和田積希、青幻舎・2018年3月発行
2018年7月8日読了
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ジャポニスム。19世紀中葉の西欧を席巻したこの興味深い熱狂は、1867年パリ万博を契機に花開いたとされる。その西洋文化への影響は現在に至っても研究対象としての魅力を失わない。一方で「万博デビュー」を果たした江戸幕府(と薩摩藩、佐賀藩)の思惑はどうであったのか。この辺りも興味深い。
本書は、1867年および1878年のパリ万博とジャポニスムの接点に焦点を当て、「物」と「人」を通じて、いかなる「日本」像がフランスと日本の相互作用の中で形成されていったかを、社会的なアプローチから探求する。実に興味深い一冊だ。

・1867年パリ万博では、日本からの出品物は中国、タイのものと混同され、ジャポニスム旋風の巻き起こる前の西洋人の認識レベルがわかろうというもの。そればかりでなく、出品者は「大君政府」「薩摩太守政府」「佐賀太守政府」とされてしまい、フランス人に「日本は封建領主制の連邦国家である」との誤解を与える結果になった。薩摩にとっては思惑通りだが、面子をつぶされた幕府にとってはただ事ではなかったろう(p71)。一方で日本家屋と3人の女性、武士模型と「切腹」、工芸品への官民の品評は素晴らしく、万博を契機に、それまでアジアに埋没していた「日本」がハッキリと認知されていったのは嬉しいところ(p77-82)。
・本書の凄味は、日英仏外交文書や各種書簡といった一次資料を駆使し、幕府、薩摩藩、フランス、イギリスの外交関係の複雑さを読み解く第二章にある。特に将軍慶喜と駐日フランス公使ロッシュの思惑と期待とは裏腹に、時のフランス外務省の取った態度(薩摩藩の優遇)が幕府使節団をイギリスへ接近させるようになることは、歴史的事実として興味深い。
・1867年パリ万博の開会式に、独立国としての「薩摩琉球国」として参加した薩摩藩。幕府より2か月早く訪欧し「日本政府」から独立した万博出品区画を確保するなど、その手腕は特筆されよう。幕府は薩摩藩の動向を把握していたにもかかわらず対抗することができなかった。そして薩摩は現地メディアを用いて「大君政府と薩摩政府は帝のもとで同格であり、日本は連邦制国家である」ことを喧伝することに成功する(p152)。日本国内での「勢い」が海外においても発揮された例か。
・かの五代友厚も、1867年パリ万博薩摩藩使節として、また「薩摩琉球国」の立役者にして後に日本帝国フランス総領事となるモンブランと、明治政府のもとで対仏外交に深く関わっていたんだな(p193)。
・明治初期には日仏政治関係は冷え込む。それに反して、フランス人の日本文化への興味は増大してゆく。なぜ、ジャポニスムの流行がフランスにおいて生まれたのか、第三章ではその経緯が明らかにされる。そして西南戦争によって荒廃した国内の各方面を鼓舞し、わずか28歳にして1878年パリ万博への日本の参加を実現させた人物、前田正名の活躍は特筆されよう。著作のみならず、現地メディアを駆使して「正しい」日本イメージの喧伝に成功したのは、彼の功績である。
・1878年パリ万博への日本の出品物。専門家からは輸出を意識しすぎて日本の独自性が失われつつあると非難されるも、メディアと民衆には好意的に受け止められた。フランス工芸界は日本的要素を懸命に取り入れ、そして……。

20世紀初頭、フランスから生まれて新しき熱狂を巻き起こしたのは、「日本的自然」を取り入れたアール・ヌーヴォーであった。ジャポニスム旋風は終焉したが、姿かたちを変えて彼の地の文化に溶け込んだといえよう。

パリ万国博覧会とジャポニスムの誕生
著者:寺本敬子、思文閣出版・2017年3月発行
2018年7月7日読了
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前作『日本人村事件』から1年後の1886年8月、ロンドンより汽車で数時間のドーバー海峡を見晴るかす海岸にある伯爵の別荘、アルカディア・パークが舞台となる。ヴィタ奥様とロード・ペンブルックとの確執、エジプトから持ち帰られたミイラのある噂、謎の結社『ミネルヴァ・クラブ』と、前作よりもミステリー要素が高められている。そして貶められた地位に留めおかれた淑女たちは、男性支配のイギリス社会に抗いはじめる。

・「金色の雌獅子」の異名をとるヴィクトリア朝レディ・トラベラー、ミス・ナポレオーネ・コルシ。髪はまとめず、上背も高く乗馬服の上に孔雀模様のインド更紗を纏って貴族のパーティに出席するその雄姿は、表紙画の通り。
・「暴君は老いても暴君である」の最終段、癇癪もちで謹厳な老伯爵の前で、2人のレディ、ミス・コルシとヴィタ奥様が「土埃を蹴立てて丘を駆け下ってきた姿」に一同唖然とさせられるシーンにはニヤリとさせられた(p124)。
・後半は事件が続発する。「死者は生者を呪詛するか」の深夜の図書室(p174)。あの時の伯爵の立場だったら、『ミイラ』には実が凍えるほど驚いただろうな。
・復讐のやりきれない哀しみ。せめて彼女たちの残り少ない人生に幸訪れんことを……。

華やかな貴族と社交界。ヴィクトリア女王治世の裏側の、女性たちの苦しみが見事に描かれる。それだからこそ、毎日を生きることに意味がある。
「守るべきものは守る」(p240)
おおっ、素晴らしき明日とわれらがレディに「乾杯!」

LADY VICTORIA : THE MYSTERIOUS MINERVA CLUB
レディ・ヴィクトリア 謎のミネルヴァ・クラブ
著者:篠田真由美、講談社・2018年6月発行
2018年7月7日読了
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ナチス・ドイツの傀儡であるフランス・ヴィシー政府は、ユダヤ人の子供を次々と拘束・殺戮した。終戦時に生き残った者は1万人中わずか300名という。見て見ぬふりが横行する中、パリ5区に1926年に建設された大モスク(グランド・モスケ・ド・パリ)の指導者と仲間たちが、ユダヤ人を積極的にかくまいフランス南部へ避難させた逸話が明らかにされる。

本書の全篇にわたる美麗な絵と簡潔な文章が、1946年に起きた思い事実を淡々と読ませてくれる。イスラム文化の特徴とナチスに怯えるユダヤ人の姿をよく捉えた絵がとても印象に残る。

「我が同胞よ、あなたの心は寛容である」(p29)
この心温まるエピソードはオスカー・シンドラーや杉原千畝のようにもっと喧伝されてしかるべきなのだが、アルジェリア独立戦争が「フランス白人とムスリム(カビール人)の紐帯」をまるで無かったことにしてしまう様相はとても哀しいことだ。

パリのモスクではないが、僕も2016年8月にアウシュビッツを訪問した際、言葉に表すことのできない無力化を感じた。膨大な犠牲の上に「人道に対する罪」の法概念が誕生し、われわれの世界に活かされていることを想うと、「人の力」の偉大さにあらためて敬服せざるを得ない。

THE GRAND MOSQUE OF PARIS : A Story of How Muslims Rescued Jews During the Holocaust
パリのモスク ユダヤ人を助けたイスラム教徒
著者:Karen Gray Ruelle、Deborah Durland DeSaix、池田真理(訳)、彩流社・2010年7月発行
2018年7月2日読了
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パリのモスク―ユダヤ人を助けたイスラム教徒
カレン・グレイ・ルエル
彩流社
2010-07-15

1885年、ロンドンはナイツブリッジに開かれた「日本人村」。宝飾品詐欺、殺人、放火による全焼と事件は続く。合衆国出身の奥様に、アイルランド人執事、フランス人レディ・メイド、中国人コック、アメリカ黒人キッチン・メイド、、インド人フットマンと実に国際色豊かな使用人たち。「チーム・ヴィクトリア」の活躍がはじまる。
・泥水を飲んで生きてきた女。複雑さと偶然の重なりあった事件の一端が一挙に明らかにされるのは、それまでの物語の進行に比べて性急な気もするが、「……の顔が、眼の中で二重写しに滲んだ」(p251)の件は良いと思う。二重の異人の悲劇か。
・「翡翠の香炉」事件。その終着は、ギルバート=サリヴァン・オペラ『ミカド』の舞台と絡み合い、実に見事(p260)。舞台装置といい、時代考証といい、良く練られた物語だ。
・鹿之助と史郎、そして佐絵。第九章「夢の終わり、旅路の果て」の苦悩は、男ならよくわかる。裏切りに次ぐ裏切り。史郎の振る舞い(p274,288)にはグッと来たぞ。
・幻想のジャポニスムの終焉(p298)。それでもレディ・ヴィクトリアの優しさが溢れるエピローグは実に心地よい。「……善悪の外にあるものとして、ただ平安を祈るものなの」(p301)

人生に希望を持て! 篠田真由美さんの著書ははじめて手にしたが、ヴィクトリア女王の世に、瓦解した幕府の臣民=日本士族を登場させた冒険譚はとても面白かった。

レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件
著者:篠田真由美、講談社・2017年3月発行
2018年6月30日読了
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『切符』
みんな貧しい中での、子供のころの人間くさく切ない体験。東京オリンピックで戦後は終わったのか。決してそんなことはない。この短編の中に、浅田次郎の主張が込められているように思う。
「痩せた体じゅうの骨が、こんちくしょうと言っていた」
そして、広志少年と千香子との関係がいつまでも続くように願ってやまない。

『特別な一日』
サラリーマン人生最後の日、それをいつもの一日にしようとする男。昇格、不倫の名残り、出来の悪い部下、会社への愛着心。すべてを「いつもの立ち飲み屋」でコップ酒として飲み干す夕暮れ。
最終段、「特別な一日」の意味が明らかになる。そうなると、飲み屋での「あきらめられない」の意味も明らかになる。切ない物語だ。

『丘の上の白い家』
こころの真っ白な男。誠実で純情で、でも生き方の不器用な青春の終わりは残酷だ。少なくとも「左官屋」のように、現実が真実を追い越す最期のほうが良いな。

他に表題作『夕映え天使』、『琥珀』、陸士時代の不思議な体験を告白した『樹海の人』を収録。

夕映え天使
著者:浅田次郎、新潮社・2008年12月発行
2018年6月22日読了
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夕映え天使 (新潮文庫)
浅田次郎
新潮社
2011-06-26


著者デビュー10周年ということで、買って放置していたデビュー作を読んでみた。
冒頭から最終章までぐいぐいと引き寄せられる展開に、登場人物の意志や性格のあふれ出る骨太の文体。納得の本屋大賞受賞作だ。
・だれしも護りたいもの、信じる者がいて、その思いが叶わなかったときの衝動は千差万別。そこに連綿性が顕われたときに生じた悲劇は、さらに悲劇を生み出す。
・「自分が直接裁いたことをどう思っていますか?」(殉教者)は、社会通念と隠された自己の思いを秤にかけること。重いなぁ。
・「信奉者」の章が秀逸。幼稚にして天才的な少年犯罪者の心理の深淵を覗くことは、われら大人にどのような責任を突きつけられることだろうか。
・「やればできる」のではなく「やることができない」には痛みを感じたぞ(聖職者)。

更生の第一歩。重すぎる一歩を、彼は踏み出せるのだろうか。翻って自分ならどうしただろうか。そんな思いを抱いて最終章を静かに閉じた。

告白
著者:湊かなえ、双葉社・2008年8月発行
2018年6月17日読了
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十代で実家を飛び出し、労苦の果てに零細企業に勤めながら小さな家庭を持つ真次。戦後、一代で確固たる企業王国を築き上げた父との確執。兄の死の秘密。みち子との関係。著者との分身とも呼べる真次の迷い込んだ「地下鉄の運ぶ不思議な時空間」の物語は、哀しくも心地好い余韻のなかで「家族」の意味を考えさせてくれた。

・焼け野原の銀座で、ソ連軍の蹂躙する満洲で、ギリギリの死線をかいくぐってきた男たちの姿は、凄まじい生命力にあふれている。「恨みごとなんぞ忘れて、先のこと考えましょう」(9章)
・モダン・ガールの闊歩する昭和初めの銀座の姿は、著者の筆にかかるとここまで艶やかになるのか(19章)。
・「運命というものの正体を、真次は確かにその目で見た」(20章)兄の最期とはいえ、キツイぞ。
・言葉よりも手と体が動く。少年時代の兄に対しての真次もそうだが、みち子の「行動」には、命のもつ輝きが感じられる。

地下鉄の車内で読み進み、13章の「銀座線のあのシーン」では涙が溢れそうになった。温かな気持ち。10年後にもう一度読みたい。

特別版 地下鉄に乗って
著者:浅田次郎、徳間書店・2006年7月発行
2018年6月14日読了
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地下鉄に乗って (講談社文庫)
浅田 次郎
講談社
1999-12-01





本書は、イギリスの実在の探検家、サー・リチャード・フランシス・バートンの半生を綴る。インド、アラビア、スワヒリ=東アフリカ。多様性という言葉ではくくり切れない、帝国世界のあらゆる姿を目の当たりにしたとき、人はどこまでその内部に同化することができるのか。
・イギリス東インド会社の士官としてインドはムンバイ、バローダ、カラチに赴任したバートン大尉。他のイギリス人士官と違って複数の現地語を習得し、ヒンドゥー、ムスリムの分け隔てなく現地人の間に溶け込み、ヒンドゥー神官たちの娼婦、クンダリーニと出会い、シンド州を支配する将軍の諜報網となり……。
・バートン大尉の第一の召使、ナウカラムは、まるで『八十日間世界一周』のパスパルトゥーを彷彿させる。彼と市場のラヒヤ=公認書記の会話とバートン・サーヒブ(白人の旦那様)に仕える愛人、クンダリーニの存在が、インド編の面白さを構成する。そして売春宿と反英ネットワークを見つける手柄を立てるが……。まるで19世紀のインド西部に住まうようなリアルな感覚を味わえる。

「インド出身イスラム教徒」になりすまし、同行者やキャラバン隊に正体を見破られることなく、聖地メッカへの巡礼をなしとげたバートン。『アラビア』の章ではカアバ神殿への巡礼(p418)、ベルゼブブへの投石のシーン(p448)など、興味深い描写が展開される。
イギリス政府のための調査だけにとどまらず、現地人に溶け込むことで、メッカでは真のムスリムへの改宗の衝動にとらわれる点等にも、彼の愛すべき人間性が現われている。

東アフリカ編も面白い。バートンの行動記録と三つの人生を生きたアフリカ人、シディー・ムバラク・ボンベイの語りから物語は進む。
・アフリカ内陸部での幼少期、奴隷狩り後のインドでの生活、解放されてからのザンジバルへの定着。シディーの人生もバートンに劣らず興味深い。
・ザンジバルと内陸の三つの部族は「こんなにも違う」のに、白人は「同じ」と断定する。
・生死を賭けた旅路の果てにタンガニーカ湖を発見した喜び(p597)。そしてそれがナイル川の上流でないとわかったときの落胆。バートンは病に伏す。探検の同行者にしてライバル、ジョン・ハニング・スピークがナイル川の上流とされるニャンザ湖を先に「発見」し、女王と自身の母親の名前である「ヴィクトリア湖」に名付け替えたことは、バートンにとって一生悔いの残るできごとだったに違いない(p630)。
・「長い間考えてやっと、湖や山や川にたくさんの名前があっても別にかまわないだろうって結論を出した」(p631)この多様な人生を生きたシディーの考えこそ、素晴らしいものだと思う。

タンガニーカ湖を発見した功績からSirの称号を得て、晩年は領事としてイタリアに赴任し、そこで生を終える。カトリックの中で、孤独なイスラム教徒として。そして千夜一夜の翻訳家として名を遺した。


DER WELTENSAMMLER
世界収集家
著者:Ilija Trojanow、浅井晶子(訳)、早川書房・2015年11月発行
2018年6月10日読了
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世界収集家
イリヤ トロヤノフ
早川書房
2015-11-20

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