男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

『少女の友』『少女の国』『主婦之友』『婦女界』などの少女雑誌・婦人雑誌に掲載された高畠華宵の全盛期(1924~1931年頃)の表紙画・挿画を素材に、大正~昭和ヒト桁世代の女学生、町娘、モダン・ガールのおしゃれ事情、すなわち服飾・小物、ヘアスタイル、美容・メイク術、マナー、悩み事を俯瞰する一冊となっている。
・和服、洋服、帽子、バッグ、シューズのカタチ、色、柄、素材など、シーズンごとに流行は目まぐるしく変遷する。そして当時から雑誌媒体とデパートが女性ファッションの発信源であったことがわかる。
・和服と洋服が混在していたのもこの時代の特色だ。明治時代の日本髪は束髪に変わり、断髪に着物も先端的だ。パラソルを掲げてアスファルト道を颯爽と歩くキモノ女性(p29)……いいなぁ。
・「モダンガールの資格十カ条」(p18)が面白い。お汁粉よりもジンジャエールと各種カクテル、蓄音機はジャズ、ヴォーグなど外国の流行雑誌、ダンスホール、土曜日曜夜の銀ブラ。そして男を上手に操る、か。
・昭和初期には二重瞼が歓迎され、すでに整形手術(!)も行われていたという(p76)。女性の美への執念、おそるべし!
・「乙女のための抒情詩」(p108~)には女学生のポエムが多数掲載され、華宵の挿画とあいまって素晴らしい作品群となっている。僕は『月夜の円舞曲』が気に入った。
・大正期より注目されるに至った職業婦人のトピックが興味深い。丸の内オフィス街の通勤者の約一割が女性だったとは知らなかった(p116)。

高畠華宵の作品はどれも魅力的で、彼にインスピレーションを授かった女学生たちの瑞々しい感性もまた素晴らしい。
情勢が落ち着いたら弥生美術館を覗いてみようかな。

華宵のおしゃれ教室 麗し乙女のロマンチック・バイブル
弥生美術館・松本品子編、河出書房新社・2007年12月発行

僕は静止画中心だが、SONY ZV-1ホワイトのルックスに惹かれて、つい買ってしまった。
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・液晶モニタの開閉だけで電源on/offできるのは楽チン。
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・ホワイトボディに青のZeissロゴも映え、所有する満足感も高し。
・1インチセンサの写りは、小型ボディを思えば十分(大型テレビで観賞さえしなければ)。
・動画ボタンが別れており、スチル⇒動画⇒スチルなど、思うがままに撮影できる。面倒なモード切り替えは不要。大型内蔵マイクも十分な感触。ただし4K動画撮影時間は5分と短いな。
・愛機α7SⅢ(SEL35F14GM装着)、α6000(SEL20F28装着)と大きさを比較してみる。
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ポケッタブルでこんなに軽くて、瞳AFを含めて簡単に撮影できるのは本当に素晴らしい。今度、動画にもチャレンジしてみようかな?

いわゆるアカ学生だった菅野省三は東京帝國大学を2年で放逐された。豚箱めぐりの末に「お辞儀」をしての出所。1931年をピークとする世界恐慌のなか、大学を追われた知識人にまともな就職口などなく、いまは実家の伝手で、阿藤子爵家のしがない写字生としての毎日を送っている。狂信的な軍部の引き起こした二・二六事件を契機に、急速にファッショ化の度合いを強める日本社会。独伊への接近と、イベリア半島での激しい内戦に次の世界大戦の予感をはらみつつも、まだこの安定した社会が続くと信じ、それを変革しようとする意識は、もう省三にはない。言論の自由が奪われつつあるなか、彼は故郷の図書館を根城とし、ある歴史研究の計画を立てようとしていた。
有力政党政治家を父に持つ垂水家の令嬢、多津枝は省三の幼馴染。亡きイギリス人が父であった万里子はとぼけた感覚が周りと違っている。大学時代の仲間で新聞記者の木津に、研究室にこもる小田、桜田門外で水戸藩士に殺害された井伊大老の孫であり、俗世間から距離を置いて能に執着する老伯爵。妖艶な阿藤子爵夫人。登場人物の豊かさとその人物造形、そして激動の昭和10年代の舞台と相まって、まさに大河ドラマというにふさわしい作品だ。
・華族とブルジョア社会の描写を基本としつつ、江戸から引き継がれた旧態依然とした南九州の商家=省三の実家のありようや、つつましい生活を送る木津=下層中産階級の生活など、昭和初期の目の前に展開されるような描写は物語に深みを与える。
・外に女を作った木津を恨みつつ、それでも愛を失わず、元気に生まれてくるであろう息子のことを楽しみに病院からの駅までの田舎道を歩く木津の身重の妻、せつ。それだけに『夕雲』のラストは哀しすぎて、思わず目をそむけた(上p267)。看護師となり、左翼活動に身を投じた彼女の最期は壮絶だ(下『崖』)。
・実用化は戦後とはいえ、小説に描かれるほどテレビジョンの概念が浸透していたのは意外だ。上流階級に限られるが東京でメルセデス・ベンツやアルファ・ロメオを乗り回す描写といい、朝食のオーブントースターといい、想像以上に現代の生活基盤が浸透していたことがわかる。
・妖艶な阿藤子爵夫人の過去と息子、忠文の秘密。万里子の省三への思い。スタンダール『赤と黒』の逸話と絡み合って、特に下巻は興味深い展開を見せる。
・増田家の松子夫人のキャラクターは愛らしくて憎めない。物事を深く考えない頭や、鯖のような丸い眼に、ぽちゃぽちゃした手。いつも何かを口にし、丸々と太ったその姿は、しかし、下層階級を戦場に追いやって、自らは軽井沢に避難する無責任な特権階級の姿でもある。
・省三の実家は大分の造り酒屋であり、政治勢力を二分する伊東家との確執は伝統にまで昇華された。だが若い世代=慎吾と省三に育まれた緩やかな友情は、慎吾に悲劇的な進路を選択させる。
・序盤で女学校一年生だった万里子も二十を超え、結婚話を次々と断る日々。その胸の奥底に秘めた想いは、ある日突然の奔流となって彼女の頬を涙で濡らす。多津枝の深謀も効果を発揮し、シナ事変=日本の侵略戦争下の世相をしり目に、無事に結ばれる省三と万里子。だが新婚夫婦にも非人道的な赤紙は容赦ない。「生活のすべての消滅」(下p387)
・後半1/4は戦争文学の体裁となり、日本軍がいかにえげつない行為を中国大陸で働いたかが克明に描かれる。暴行、掠奪は思いのまま。役に立たなくなった現地人使役人は銃殺。小さな老婆を蹴り飛ばし、穴に隠れた若い女性に手りゅう弾を放り投げるなんて……。
・昭和10年代=1935年からの10年間。それは戦前のモダン都市文化が最高潮に花開くと同時に、日本版ファシズム=軍国主義によって日本精神が徐々に歪められ、蝕まれてゆく時代でもあった。その中にあって古来の精神=本当の日本文化に忠実であろうとする江島宗道老人伯爵の姿はすがすがしく映る。

良心的兵役拒否、あるいは脱走者には銃殺の運命が待っている。「なんのためにおきた戦争で、誰のためにたたかうのか、理由のわからない戦争で死んで行くのを悲しみ、いっそ腹がたち、めちゃくちゃに絶望しそうだ」(下p367)。この、慎吾のノートに残された言葉こそ、為政者を含む特権階級から庶民に強いられた戦争の本質を表している。
日本の勝利は狂信的な軍部と特権階級をますます増長させる。一方で敗戦は庶民を極限まで虐げ、他国軍隊による蹂躙が予想されるが、日本の新生が期待できる。戦地で葛藤する省三の選んだ道は……。せめて、せめて、残された万里子と二人の息子、真一に小さな幸あらんことを願う。

迷路(上)(下)
著者:野上弥生子、岩波書店・2006年11月発行
2021年5月1日読了
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迷路 上 (岩波文庫 緑 49-2)
野上 彌生子
岩波書店
1984-05-16


迷路 下 改版 (岩波文庫 緑 49-3)
野上 彌生子
岩波書店
1984-05-16





1851年ロンドン万博行きトーマス・クック社の「パック旅行」から東京ディズニーランドまで、古今東西の観光旅行事情を著者の実体験と絡めて楽しく解説する良書。斎藤茂吉、田山花袋、森鴎外、夏目漱石、アガサ・クリスティ、コナン・ドイルらの人物、作品らも引用され、興味深い一冊となっている。
・大洋を横断するオーシャン・ラインにしろ、オリエント急行にしろ、現代の航空旅行では得られない優雅さとロマンへの愛着(p74)が確かに存在したんだな。
・「鴎外『オリエント急行』に乗る」の章。1887年の赤十字総会での、いまだ人種差別をぬぐえない欧米諸国に対する森林太郎の言動は特筆ものだろう(p84)。そんな彼の色恋沙汰も愛嬌か。『独逸日記』を読みたくなってきたぞ。
・イギリスでは産業革命が、日清・日露戦争に勝利した日本では軽工業の発展が中産階級の輩出をもたらし、それがレジャーを普及させ、観光業を促進させたのか。
・個人的には、日本初の世界一周旅行の章を興味深く読めた(『九十日間世界一周』)。神戸では数十本の幟が風にはためき、オリエンタルホテルの用楽隊が景気をあおるお祭り騒ぎ(p202)。サンフランシスコでは9階建て、客室数512の巨大ホテルに委縮した一行も、2か月後の欧州では、言葉を話せなくともホテルを飛び出し、買い物や公園に出かけ、電車に飛び乗る、と勇壮だ。なるほど、まだ高根の花だったにせよ、ジュール・ベルヌの時代からわずか半年で、世界旅行は一般人のものとなったのだな。それにしても参加者全員がルーズベルト大統領に謁見できたのはすごい。

他にも『巌窟王』とマルセイユ、『金色夜叉』と熱海、『ナシルに死す』とアスワン、『八十日間世界一周』と横浜など、興味深い記述が満載。楽しい読書を体験できた。

観光の文化史
著者:中川浩一、筑摩書房・1985年7月発行
2021年3月26日読了
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観光の文化史
中川 浩一
筑摩書房
1985-07T


都市の自己イメージはいかに形成されるのか。神戸のそれが「海と山のある、ハイカラでモダンな近代建築の集まる港都」(p145)なら、その具体的な構成要素は何か。
本書は、明治・大正・戦前昭和の懐かしい「古き良き時代の」神戸の建築物を、絵葉書を題材に取り上げる。カラーページの少ない(6ページのみ)のが減点ポイントかな。
・神戸といえば、やはり山と海に囲まれた坂道、「異国情緒あふれる北野から山手」界隈に代表される街並みを思い浮かべる。六甲山脈から俯瞰して、居住地の山麓・異人館、生活の街、交易の居留地、憩いの海岸と、エリアの役割は明確(p9)。そして北野坂、ハンター坂、トアロードが縦につらぬき、これが神戸の特徴でもあるんだと改めて思わせてくれる第1章は読んでいて楽しい。
・「港町のランドスケープ」。大正期の神戸メリケン波止場を海上から撮影した写真は、当時の高層ビルの立ち並ぶ光景が上海の外灘(Band)を彷彿させる。そうか、当時は高速道路の高架橋がなかったから、これだけ「絵になる」のか(p46)。
・大正2年、日本国内初のアスファルト舗装ができたのが、居留地に隣接する元町界隈だったとは知らなかった(p55)。すずらん灯は有名だが。
・灘~東灘の阪神間モダニズムの建築も実に興味深い。御影公会堂は僕も好きだ。
・なるほど、昭和初期には、六甲山上を周遊するバスが営業していたのか(p130)。

雑誌媒体がなかった時代、絵葉書はドキュメンタリーの要素も持っていたんだな。なるほど、絵葉書を見れば当時の世相がわかろうというもの。
今度、カメラをもって山本通やメリケンパークを闊歩してみよう。新しい発見があるかも。

JAPAN'S WESTERN ARCHITECTURE IN KOBE
神戸のハイカラ建築 むかしの絵葉書から
著者:石戸信也、神戸新聞総合出版センター・2003年12月発行
2021年3月17日読了
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神戸のハイカラ建築 むかしの絵葉書から
石戸 信也
神戸新聞出版センター
2003-11T


植民地人はみなイギリス人である。これが幻想であることに最初に気づいたアメリカ独立派の反抗活動は、まさに彼らがイギリス人と同じ価値を有するがゆえに、イギリス人と同じ権利を必要とするがゆえに起こされたものだった。「第一章 アメリカ喪失」「第二章 連合王国と帝国再編」では、北米13植民地と西インド諸島を中心とする第一次帝国が瓦解し、インド・東アジア世界を含む第二次帝国へと変遷する様相が描かれる。
・ボストン茶会事件の欺瞞:インディオや黒人に変装した白人による犯行には義憤すらおぼえる。
・放任してきたアメリカを喪失した後、インド統治法、カナダ統治法、アイルランド合同法を成立させて現地社会への介入を示したイギリスは、一方で「帝国の中心が周縁を支配するには限界がある」(p56)ことも知った。これが帝国各地への間接統治につながるのだ。
・それにしてもアイルランドは悲惨。じゃがいも飢饉で土地を追われる姿は、まさに植民地人の悲劇(p103)。イングランドによる過酷な統治の記憶は永遠に残るだろうな。今度『風と共に去りぬ』を観てみよう。

「第三章 移民たちの帝国」では連合王国の植民地、アイルランドからアメリカ大陸、オーストラリアへ移民せざるを得ない人々の様相、”帝国の長女”カナダの非常な移民受け入れ政策、そして貧民対策、社会の安全弁としての移民政策の実態が浮き彫りにされる。そうか、大規模な移民政策のおかげで、近代の暴力革命が抑制されたとも言えるのか。

「第四章 奴隷を開放する帝国」では、帝国の拡大ともに大西洋三角貿易=奴隷貿易を推進したイギリスが、なぜ奴隷制度廃止を決議するに至ったかが解説される。トマス・ジェファーソンはじめ、アメリカ独立の指導者がみな奴隷所有者だったことも思い返そう(p107)。
・ブリストルとリヴァプール。18世紀の黒い積み荷、総数1200万人とされるアフリカ人奴隷の売買で莫大な富を蓄積した街では全体を上げて、過去の「人道に反する罪」への償いに未来志向を反映しようとしている。「和解のプロセス、そして行動を起こすこと。一時のごまかしではなく。勇気をもって歴史の痛みと向き合い、変わること」(p173)なるほど、イギリスには真の自浄能力が備わっている。このあたりが、大日本帝国の負の遺産に蓋をし続けるわが日本との大きな差異だな。
・1820年代の奴隷制度廃止協会の活動が、その後の女性参政権運動など、女性の諸権利を意識した活動につながるのが興味深い(p165)。

「第五章 モノの帝国」。イギリスといえば紅茶だが、それがどのようにして国民的飲料になるに至ったか。コーヒーが家庭外・男性限定なのに対し、家庭的・男女同権な紅茶の普及過程は興味深い。いっぽうで茶生産のための労働力移動は、21世紀まで続くスリランカの内戦を生み出すなど、帝国的な政策の影響は無視しえないものがある。

「第六章 女王陛下の大英帝国」。ヴィクトリア女王を「慈悲深い帝国の母」とする国民的視点が、実は1877年~1897年にかけて作られた伝統であることが明らかにされ、そのイメージ戦略の巧妙さが解説される。

「第七章 帝国は楽し」。ジンゴイズムという新語を作り出したのは、全盛期のミュージックホール(のちのヴァラエティ・シアター)だ。商人や会社事務員、労働者が夜な夜な集い、歌と酒を介して”わが帝国”をイメージするは、さぞ楽しかっただろう。そう、帝国への関心は、あくまでも想像でしかなかったのだ。

「第八章 女たちの大英帝国」。セシル・ローズにしろ、フローラ・ショウにしろ、イギリス国内の貧困を解決するための帝国主義、その拡大に異議を見出したのは、決して誤りとは言い切れないことがわかる。

「第九章 準備された衰退」「第十章 帝国の遺産」。大英帝国にとっての宿痾、それがボーア戦争であり、ボーア人民間人への非人道的な行為は、いまなお許されない。それはイラク戦争時のアブグレイブ刑務所における捕虜虐待と相まって、帝国主義への非難の先鋒となる。

本書は様々な視点から、帝国の拡大というイメージと実態を通じてイギリス人が自己像をいかに形成、変化させてきたかを問う。ひいては同じく帝国を経験した日本も「過去を超えて」いかように自己を規定するのか。せめて小さな自分のイメージを自省することからはじめたい。

興亡の世界史16
大英帝国という経験 
著者:井野瀬久美惠、講談社・2007年4月発行
2021年3月20日読了
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大英帝国という経験 (興亡の世界史)
井野瀬 久美惠
講談社
2007-04-18




戦前「少女の友」で絶大な人気を誇った中原淳一。本書は1940年~1976年に「ひまわり」「それいゆ」「ジュニアそれいゆ」「女の部屋」等に発表された著者の春夏秋冬にまつわる絵画作品と文章から、四季をテーマに再構成したイラスト集となっている。
・インパクトあるイラストは無論のこと、女生徒に手向けられた四季のメッセージはとても瑞々しく爽やかで、中原淳一の人柄とセンスがよくわかろうというもの。
・「春から夏のために」「無地の格子と縞の木綿で作る服」「それいゆジュニアぱたーん」など、センスあるファッションデザインも著者ならではか。
・イラストはどれも見ごたえあるが、個人的には「イノック・アーデン」(p35)がお気に入りだ。
・サイズ、テーマとも「乙女の本棚」シリーズに通じるものがあるな。

「この一年間、あなたは『時』を無駄なく使ったでしょうか?」(p80)う~む。そして最終ページ「message d'hiverお正月」に再びうなずかされた。心を敲くイラストと文章に脱帽だ!

中原淳一 四季のイラストレーション
著者:中原淳一、立東舎・2016年4月発行
2021年3月15日読了
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G Masterレンズもこれで3本目。この35mm単焦点はとにかく軽い!
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後端ギリギリまでレンズが配置されていてビックリ。取り扱いに注意しないと。
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α7SⅢに装着してみる。バランス良く仕上がっているな。
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ショットガンマイクロホンECM-B1Mを装着。今度、これで神戸・元町をうろうろしてみようかな。(不審者?)
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とりあえず、明石海峡大橋をパチリ。
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これは良い買い物をした。長く愛用するぞ!

わがシスター、木蓮の洋子のつつましく透き通るような美しさ。夏の軽井沢で邂逅したアクティブな菫の花、克子の強い美しさ。彼女たち二人とも仲良くなりたい。そんな三千子の気持ちはゆらゆらと揺れて、運命に流されそうになる秋。そこに事件は起こる。
本書は、戦前日本のベル・エポック期、昭和12年の横浜・山の手のミッション・スクールを舞台に、高等女学校1年生(中一)、4年生(高一)、5年生(高二、最終学年)の交流と確執、心の葛藤が、後年ノーベル文学賞を受賞する川端康成の繊細な筆と、当時絶大な人気を誇った絵師、中原淳一のコラボレーションによって華やかに彩られる少女小説だ。
・入学したばかりの新入生を見定める上級生たち。そっと洋子から手渡されるポエム入りの手紙に、机上にささげられた克子の花束。春の出会いは乙女の期待を大きく膨らませる。それにしても外国語の授業光景は容赦なく、ほほえましいな。(1章 花選び)
・お嬢様たちの清く正しい学園生活。小学校から上がったばかりの千代子にとって、新しい生活は何もかも輝かしい。一方で母親へ甘える姿もほほえましい。
・牧場主の娘、洋子との邂逅は千代子にとって心の安らぎ。当時「エス」と呼ばれた関係も悪くはない。(2章 牧場と赤屋敷)
・浅間山の噴火、その煙を眺めてフランス人牧師は述べる。「朝の火山、緑の林、黒い髪、大変よろしい」これくらい心の余裕を持たないといけないな。そして軽井沢での克子の絡みは、千代子を徐々に変えてゆく。(6章 秋風)
・陰湿ないじめはいつの時代もあるんだな。だが克子の洋子への確執も、秋の事件で一変する。このあたりの描写は実に良い。(9章 赤十字)
・洋子が三千子に贈るクリスマス・プレゼント。それは……。洋子の心の底のきらめきがとてもまぶしいぞ。(10章 船出の春)
・完全復刻版では美麗な表紙と旧カナ版の、昭和13年初版の雰囲気を存分に味わえる。新かな版では、中原淳一の多数の挿絵が楽しめ、二度おいしい。おおっ、当時の女学生はセーラー服にベルトを締めていたんだな。

昭和13年に初版、それからわずか4年で47もの版を重ねた戦前の大ベストセラー。当時の少女が熱狂したのもうなずける。その源は、やはり美しき絆。本当に良い作品は時代を超えて永遠に受け継がれるのだな。

少女の友コレクション
完本 乙女の港
著者:川端康成、挿画:中原淳一、実業之日本社・2009年12月発行
2021年3月11日読了
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完本 乙女の港 (少女の友コレクション)
川端 康成
実業之日本社
2009-12-11




「留学の金が足りない」とか、神経衰弱のことを文部省へ「告げ口」したのは〇〇らしい等の記述(p52)は研究不足と思えるが、それは著者が冒頭に明記している通り。本書は、漱石の『日記』『倫敦消息』『断片』等の作品や遺稿、妻夏目響子や友人への手紙、関係者の手記などをもとに、ロンドンにおける漱石の活動を絵日記風に仕立てた作品であり、漱石理解の一助として楽しめた。

倫敦の夏目漱石
著者:鞍懸吉人、企畫室澪・1987年5月発行
2021年3月7日読了
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