男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

チャールズ・ディケンズ23歳。身に付けた速記術を駆使しての新聞記者の手腕を唸らせて、ジャーナリズムの草分けとしての名声を確実に得てゆく。教区篇、情景篇、人物篇の三部で構成される"スケッチ"は、まるでその場で見て聞いているかのような臨場感あふれる筆致でロンドンの昼と夜を描写する。
・1830年代ロンドンの悲惨極まる庶民の暮らし。わが物顔で街を跋扈する教区委員と民生委員のお歴々。差し押さえ業者の下僕だった(激しい選挙戦を勝ち抜いた)新任役人の生々しい話、紳士たちの所業、中流家庭のミス/ミセス率いる複数の婦人会の競争の激しさ。『我らが教区篇』の描写は悲喜こもごもだ。
・人もまばらな早朝の街角、高級住宅街もいまは貧民街の『セブンダイヤルズ』の昼間の喧噪、等、『情景篇』はロンドンの街と人々の生の姿を描き出す。それにしても一着の古着、少年用のスケルトン・スーツから一遍の哀しい家族の物語を紡ぎだすディケンズの想像力は大したものだ(『モンマス・ストリート瞑想』)。縁日に群がる老若男女の様子をおもしろおかしく縦横無尽の筆で語りつくす『グリニッジ・フェア』は、その場の喧騒がダイレクトに伝わってくる。
・『人物篇』では下層ミドルクラス、ワーキングクラスの労苦と楽しみがあぶりだされる。現代日本とあまり変わらないな。

短編小説は12編を収録。
・『Mr Mins and his Cousin 決断の時』犬と子供嫌いのミンズ氏のもとにやってきたのは……。ディケンズ21歳のデビュー作。一流のドタバタコメディは強烈におもしろい。
・『Horatio sparkins 然るべき人物』投機で成り上がった中流階級一家の「貴族趣味」を語彙豊富に語る小喜劇。小説の面白さここに極まるといったところ。
・『The Steam Excursion 晴れのち曇り、こともなし』テームズ川を下る船上パーティでの二つの家族の見栄の張り合いに、ギター演奏に歌曲に、揺れる船内でのディナーに、泣き叫ぶおぼっちゃま。ニヤニヤさせられた。
・『Passage in the Life of Mr.Watkins Tottle 結婚、ああ結婚』ワトキンス・トトル氏に振りかかった難儀』は50代独身男の求婚話をめぐるコメディ。こうはなりたくないなぁ。
・『The Drunkard's Death憐みの祈りもなく』家族を抱えながら酒に走り、悲劇は悲劇を呼び込む……。散り散りになった家族の哀れさが涙を誘う。本書随一の悲しいストーリー。

他に『The Bloomsbury Christening 二つの戒め』『Mrs. Joseph Porter 'Over the Way'幕は上がった』など。
やはりディケンズ! 人物や情景の描写力は群を抜き、話の展開も面白すぎます!

Sketches by Boz
ボズのスケッチ
著者:Charles Dickens、藤岡啓介(訳)、未知谷・2013年6月発行
2020年5月18日読了
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ボズのスケッチ
チャールズ・ディケンズ
未知谷
2013-06-19


イギリスの伝統的なファッション。それは世紀末から1920年ごろにかけてのモダニズムの時代に生まれたものであり、いつしか「伝統」が加えられた。
本書は、トレンチコートとレインコート、乗馬服と女性用スーツ、メイド服、プリント柄のコットン・ドレスを取り上げ、国民性と時代背景から、それらがどのように「伝統的なブリティッシュ・ファッション」へと昇華していったのかを探る興味深い一冊となっている。
・マッキントッシュ(雨がっぱ)、アクアスキュータム(ラテン語で"水を通さず")、バーバリー(ギャバジンを発明)。当時の最先端技術を駆使した男性用防水トレンチコートとゴム引きコート(僕も愛用。蒸れるけど)によって英国を代表するブランドが、1830年代~1850年代の技術革新によって顧客、それも王室を含む上流階層の支持を得て、世界的に発展する様子が、シャーロック・ホームズ作品を交えて解説される第二章が興味深い。「イギリス人が国民性と自負する実用性の重視、発明の才と工夫の結晶である」(p44)
・V&A美術館に1920年代の男性用「グレシャム・レインコート」および女性用レインコート「パーフェクタ」のカタログが保管されているという(p46)。いつか現物を見に行こう。
・ホームズ作品によると、19世紀末にはファッショナブル性を併せ持つwaterproof(アクアスキュータムとバーバリー)はミドルクラス以上の男性が、mackintoshはそうでない男性が愛用したことがわかる(p50)。
・著者によれば、イギリス紳士とはすなわち「技術革新と知性に裏打ちされた男性服の美学を実践する人」(p63)である。その現代的なダンディズムは、いまも廃れることを知らないように思える。
・メイド服はなぜあそこまでシンプルで無装飾なのか。そこにはミドルクラスの価値観(女性は働かず家庭の天使とされる)と要求(プライベートでも慎むべき)が多分に現われ、しばしば女性労働者(ワーキングクラスは男女問わず働く)との軋轢を生みだしたことが実例を交えて解説される(第四章)。
・1875年創業のリバティ商会(リージェント・ストリートのリバティ百貨店)の活躍、特にエステティック・ドレスでの成功は、イギリスのテキスタイル産業に「芸術的特徴」を組み込み、それをパリやイタリーのそれに並ぶブリティッシュ・ファッションにまで昇華させた点で著しいとある(第五章)。ジャポニスムや中国趣味、インドのカシミールなど帝国のデザインを大胆に取り入れ、綿業の機械的発展と相まって、"正統派"ファッションにアンチテーゼを突きつけた点は面白い。

機能的な乗馬服が求められた背景(乗馬スクールへ通うミドルクラスの増加)、21世紀では当たり前に服飾に求められる「健康・衛生」の観念が19世紀のミドルクラスの精神(規律・道徳)によるものなど、ファッションの変遷には理由がある。そして「ジェンダー規範、社会階級、仕事とレジャー、アートと消費社会」(p180)とフランスに対するコンプレックスが、現代にも通底するブリティッシュ・ファッションの哲学だと理解できた。

メイド服とレインコート ブリティッシュ・ファッションの誕生
著者:坂井妙子、頸草書房・2019年2月発行
2020年5月16日読了
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大正3年から昭和21年にかけて発表された7編を収録。欧州旅行を体験し、20世紀の日本で存分に生きた野上弥生子による造形確かな人物たちの共演を楽しめる短篇集だ。
・『死』既婚30女の集う会合の話題に、今夜は自分たちの見て経験した人の死が取り上げられる。少女時代の遊び仲間の死。老女のたくましいまでの生への執着。だが地方から上京した「わたし」の経験、すなわち祖母の死は、それは死と呼べるものであったろうかと自己に問うこととなる。
・「家風に合わない」ただそれだけの理由で女が離縁を強いられた時代が長らく続いた日本の家族制度に強い憤りを感じたのだろう。『或る女の話』では、15歳で商家に嫁いだ「おせん」の奇特な半生を、野上弥生子は深い愛情をもって描く。日清戦争、肺病、狂気、極端な村の選挙運動……夫を五度も変えるという運命に翻弄された女には「自覚」が芽生えるのか、実家に居場所すらない「おせん」は新たな縁談よりも女中奉公を選ぶが、それも悲しい結末に終わり……。人が自立することの意味を考えさせられる。
・『茶料理』青年と少女の淡い淡い恋ごころ。15年後の逢瀬は何を思い出させてくれるのか。
・軽井沢の避暑地を6月から11月まで一人で過ごす初老の"渡欧歴のあるへぼ作家"、和子。昭和16年1月、何もかもが急激に変わる世の中で山中の自然を満喫しながら、限られた地元民との淡い交流を美しく過ごそうとする和子。サブちゃん、おせきの半生も泣かせるし、ラストの「これからの世の中」を予感させる短い日記も素晴らしい。『山姥』は本当に美しい一遍だ。
・『明月』死に目に会えなかった母の通夜のシーンが涙を誘い、またすがすがしさにも包まれる。亡き人を囲んで一同が集い、話を話として語るを楽しむ。そう、的確な記憶を持つおしゃべりこそ、「まことに私たちの上代の歴史や芸術が、いいつぎ、語りつがれて来た」(p242)歴史的資産であることに、東京に住まう"私"は気づくのだ。そして灰となった母の一部を"私"は軽井沢の別荘に埋葬する。「まどかなる月のもとに眠りませ」(p250)は名言であろう。
・『狐』肺病の治癒のため、東京の三菱銀行を辞職し北軽井沢に移り住んだ萩岡は、ふとした縁で狐飼いの道を歩む。満州「事変」から泥沼の様相をみせる日中戦争に真珠湾攻撃。ミッドウェイを経て当然の負け戦へ。急変する世の中と異なって平穏な萩岡夫妻の生活にも、やがて肺病の死の影が迫る。佐々木との友情、複雑な実家との関係、そして愛する妻、芳子に何を残すのか……。殺しあう人間社会の性とはかかわりなく狐たちは活動する。美しい自然の描写も実に良い。

どの作品も甲乙つけがたい、個人的には"当たり"の一冊。本書ピカイチの一遍を選ぶとすれば『茶料理』だろうか。

太陽が雲に隠れ、周囲の情景が急速に魔を伏す様子(p14)といい、赤裸々になった恋心(p118)に、青空(p207)。野上弥生子の表現力には舌を巻く。
近代文学を手にすること。それは日本語の豊かさ=人間描写のあらゆる可能性を実感できるということを実感した。

野上弥生子短篇集
編著者:加賀乙彦、岩波書店・1998年4月発行
2020年5月9日読了
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野上弥生子短篇集 (岩波文庫)
野上 弥生子
岩波書店
1998-04-16


APS-C用のTouit 2.8/12(換算18mm)はコンパクトで良いのだが、オートフォーカスのジージー音が気になる。それにどうしてもフルサイズ用が欲しくなり、Batis 2.8/18を購入しました。
SONY α7RⅣへの装着感も良い感じ。そして軽い!
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明石海峡大橋を試写。思った通りのきめ細かな描写に満足です。
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次の旅行が楽しみになってきました(しばらく先のことでしょうが)。


戦中、戦後の市井の日本人の姿。生きようとする魂が浅田次郎の筆によって、目前に蘇ったように描かれる。
・天の河の見下ろす富士の裾野で、「帝國陸軍上等兵」と「陸自士長」が出会う『不寝番』は、短い会話の重みが男の胸に響く。「ジャングルの中や船倉の底や、凍土の下に埋もれていった日本人を、外国人のように考えていた自分」(p164)には刮目させられた。
・『歸郷』は帰還兵の悲劇と、それでも生きようとする小さな希望を、街の娼婦の人生を絡めて描く。「もしかしたら、あんたが、三人目の神様かもしれないな」(p47)
・皇軍の証である金色(コンジキ)の鵄(トビ)を、染井軍曹は焼け跡の銀座にみる。『金鵄のもとに』は衝撃的な内容と相まって読むのが辛い。あまりにも辛い。「あんなところに四万人の兵隊を送り込んで、食料は現地調達しろってんだから、はなっから敵はアメ公じゃねえや」(p206)「……もうお国の勝手で飢え死んじゃならねえんだ」(p212)これが戦争の本質だといわれれば、その通りか。

世代を超えて語り継がれるべき「非戦文学」。日本人の魂のあからさまな姿をみた。
「お国のためも糞もねえ」(p29)。
家族のためにできること、生きることを考える。僕も昨今の"自粛ムード"に安易に流されないようにしよう。

帰郷
著者:浅田次郎、集英社・2019年6月発行
2020年4月16日読了
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帰郷 (集英社文庫)
浅田 次郎
集英社
2019-06-21



フルサイズ用の望遠ズームレンズ、SONY SEL200600Gを購入。
フードを含めて全長400mmはすごい存在感。質量も2kg越え。専用のケース(というより巾着?)も附属している。
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α7RⅣに装着すると……おおっ、カメラ本体が小さく見える。
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とりあえず今夜の上弦の月を撮影してみる。
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APS-Cクロップでテレ端900mm、手振れ補正付き。期待が持てます。

数年前のケニア、タンザニア旅行では、α6000+SEL1670Zを携えていき「ほとんど役立たず」(ライオンに届かない悔しさ! カメラ初心者の大失敗!)だったので、捲土重来を期してもう一度東アフリカのサファリへ行き(今度は乾季!)、ライオンをしっかり撮るぞ!(できれば捕食シーンを。)


本書は、約2300点にもおよぶコレクションから厳選された代表作品をもとに、美術館での展示と同様、四つの時代を追って西洋美術史をたどる構成となっている。
ありがたいことに、序章から読みやすい文章とあいまって、西洋美術史としてのナショナル・ギャラリーの作品群が、美術に興味を抱く素人(自分です)にもわかりやすいように解説される。個々の絵画の背景と意味を考えると、なるほど、おもしろい!
・なるほど、ナショナル・ギャラリーは他国のように「王室コレクション」を開放したかたちではなく、最初から西洋美術史の教育・啓蒙を目的として設立されたのだな。ロンドンにいながら、ルネサンス期、15世紀フランドル絵画の真髄を堪能できる。素晴らしいことだ。
・二次元空間は天上世界、三次元空間は人間世界を表す(p22)。そして聖母の青いマントは神の叡智(天の真実)、変色している赤い服は慈愛を表す(p27)、か。
・側面像(プロファイル)に対するフランドル発祥の「四分の三正面像」(p33)が「古代のルーツ」(p46)を持つイタリア絵画にも拡まり、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが現われ……こうやって美術は進歩していったんだな。
・宗教画化を窮地に追いやったプロテスタント革命、都市経済の繁栄に伴う市民階級の台頭。社会の変化によって求められる絵画作品も変わるのだな。個人的には「世界風景画」が気に入った(p96)。
・それがフィクションだとしても、キリスト教がわかれば西洋美術は何倍も面白くなる。そして17世紀バロック絵画は、特にカラバッジオ『エマオの晩餐』、カラッチ『アッピア街道で聖ペテロに現れるキリスト』、レーニ『エウロペの掠奪』(p108)などは、その高尚さと物語性のわかりやすさで見るものを圧倒する。
・ロランらの理想的風景画も見逃せない(p130)。これらがグランド・ツアーを経験した英国貴族のピクチャレスク・ガーデン趣味(p136)となり、やがてゴシック・リバイバル(p145)が生まれるのか。
・ドミニク・アングルの新古典主義とドラクロワのロマン主義。同時代の出来事さえ「歴史」として主題にする物語性は、市民層に好まれたのだろうな(p214)。僕も、巨大かつ凄まじいまでのオーラを放つ『レディ・ジェイン・グレイの処刑』(p216)に対峙した時の衝撃は忘れられない。
・そして自分の視覚に忠実であろうとする印象派が現われる。ゴッホの『ひまわり』は圧倒的だった。

ナショナル・ギャラリー(2回)、ポートレートギャラリー(1回)とも訪れたことはあるが、ルーブル同様、絵画の質と量に圧倒されてしまい、個々の絵画の意味など考える余地などなかったことを白状する。だが本書のおかげで、今年東京と大阪で開催されるロンドン・ナショナル・ギャラリー展では、より興味をもって鑑賞できることになりそうだ。

教養としてのロンドン・ナショナル・ギャラリー
著者:木村泰司、宝島社・2020年3月発行

約2300点にもおよぶコレクションから厳選されたフェルメール、レンブラント、モネ、ルノワールなど、61点の作品すべてが日本初公開。『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』には期待大なわけですが、76ページにもおよぶ芸術新潮の特集にも期待が持てます。
他国のように「王室コレクション」を開放したのではなく、寄贈作品をベースに最初から西洋美術史の教育・啓蒙を目的として設立されたナショナル・ギャラリー。収蔵作品の鑑賞=西洋美術の神髄に触れる試みを本誌上で追体験できます。
・「奇跡の展覧会を最大限に味わうべく、ギャラリーの魅力と名作を強力ナビゲート」(p11)とあり、宗教画・神話画、風俗画、肖像画、風景画、花の絵の5章に分け、『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』を監修された川瀬佑介さんの詳しい解説が披露される。『聖えみでぃうすを伴う受胎告知』徹底図解がすごすぎます。
・レンブラント(34歳、63歳)とマリー・エリザベート・ルイーズの自画像も良いです。
・ヤマザキマリ×池上英洋のマニアック鑑賞術も面白いです。ダ・ヴィンチの『岩窟の聖母』の秘密……。本当、味わい尽くさないと!

2014年と2017年にナショナル・ギャラリーを訪れ、ゴッホの鮮烈な『ひまわり』に対面しました。あと、巨大かつ凄まじいまでのオーラを放つ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』は必見です。あの衝撃を日本でふたたび味わえると思うと、いまから楽しみでなりません。
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古代から近代までの時空間が混交した古都の美を、64ページにわたって堪能できる第1特集が素晴らしい。
金閣寺、清水寺、嵐山、祇園……およそ京都の代表的なイメージを脇に置き、美術品、建築、庭園、キモノから食に至るまで、古来から現代までの多様な"art"の観点から64ページに渡って京都を語りつくすPen誌らしい特集となっている。
・狩野永徳、長谷川等伯、尾形光琳、尾形乾山、伊藤若冲、円山応挙、竹内栖鳳、上村松園。こうして並べられると、京都の美術史は特筆すべきものであることがわかる。
・「緑のある京都で実現した、現代アートによる仮想浄土空間」(p54)が興味深い。6月14日までに絶対に京都市京セラ美術館に行かねば。
・岡崎。明治の大事業により文化都市としての姿をあらわにした、大人が居心地のいい場所としてページを割いて紹介される(p58~71)。
・ダイナミックな写真を活用した「東京宝島」(伊豆諸島+小笠原諸島)のヴィジュアル記事も興味深い。感性を刺激する特別な時空間、いいなぁ。
「ますますアートの中心的存在となるにい違いない京都」(p29)とは、東京と比較すれば言い過ぎだとも思えるが、これから注目されるべきエリアであることは間違いない。
こんなご時世ではあるが、岡崎の京都市京セラ美術館と宇治の平等院鳳凰堂へ無性に行きたくなった。
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ZEISSの描写に惚れたから……Batis 2/25に続いて中望遠単焦点レンズ、Batis 2.8/135を購入しました。
ん、思ったより軽い。α7RⅣへの装着感も良い感じ。
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それではBatis 2/25ともどもリュックに放り込んで、お散歩開始です。
山陽電鉄・滝の茶屋駅にて135mm。
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25mmだとこんな感じ。
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大蔵海岸にて135mm。
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25mmだとこんな感じ。
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う~ん、135mmはくせもの。修行しないと!




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