男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。


本書は、イギリスの実在の探検家、サー・リチャード・フランシス・バートンの半生を綴る。インド、アラビア、スワヒリ=東アフリカ。多様性という言葉ではくくり切れない、帝国世界のあらゆる姿を目の当たりにしたとき、人はどこまでその内部に同化することができるのか。
・イギリス東インド会社の士官としてインドはムンバイ、バローダ、カラチに赴任したバートン大尉。他のイギリス人士官と違って複数の現地語を習得し、ヒンドゥー、ムスリムの分け隔てなく現地人の間に溶け込み、ヒンドゥー神官たちの娼婦、クンダリーニと出会い、シンド州を支配する将軍の諜報網となり……。
・バートン大尉の第一の召使、ナウカラムは、まるで『八十日間世界一周』のパスパルトゥーを彷彿させる。彼と市場のラヒヤ=公認書記の会話とバートン・サーヒブ(白人の旦那様)に仕える愛人、クンダリーニの存在が、インド編の面白さを構成する。そして売春宿と反英ネットワークを見つける手柄を立てるが……。まるで19世紀のインド西部に住まうようなリアルな感覚を味わえる。

「インド出身イスラム教徒」になりすまし、同行者やキャラバン隊に正体を見破られることなく、聖地メッカへの巡礼をなしとげたバートン。『アラビア』の章ではカアバ神殿への巡礼(p418)、ベルゼブブへの投石のシーン(p448)など、興味深い描写が展開される。
イギリス政府のための調査だけにとどまらず、現地人に溶け込むことで、メッカでは真のムスリムへの改宗の衝動にとらわれる点等にも、彼の愛すべき人間性が現われている。

東アフリカ編も面白い。バートンの行動記録と三つの人生を生きたアフリカ人、シディー・ムバラク・ボンベイの語りから物語は進む。
・アフリカ内陸部での幼少期、奴隷狩り後のインドでの生活、解放されてからのザンジバルへの定着。シディーの人生もバートンに劣らず興味深い。
・ザンジバルと内陸の三つの部族は「こんなにも違う」のに、白人は「同じ」と断定する。
・生死を賭けた旅路の果てにタンガニーカ湖を発見した喜び(p597)。そしてそれがナイル川の上流でないとわかったときの落胆。バートンは病に伏す。探検の同行者にしてライバル、ジョン・ハニング・スピークがナイル川の上流とされるニャンザ湖を先に「発見」し、女王と自身の母親の名前である「ヴィクトリア湖」に名付け替えたことは、バートンにとって一生悔いの残るできごとだったに違いない(p630)。
・「長い間考えてやっと、湖や山や川にたくさんの名前があっても別にかまわないだろうって結論を出した」(p631)この多様な人生を生きたシディーの考えこそ、素晴らしいものだと思う。

タンガニーカ湖を発見した功績からSirの称号を得て、晩年は領事としてイタリアに赴任し、そこで生を終える。カトリックの中で、孤独なイスラム教徒として。そして千夜一夜の翻訳家として名を遺した。


DER WELTENSAMMLER
世界収集家
著者:Ilija Trojanow、浅井晶子(訳)、早川書房・2015年11月発行
2018年6月10日読了
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世界収集家
イリヤ トロヤノフ
早川書房
2015-11-20


■2010年3月12日(金)ロンドン塔へ

今度は部屋の鏡台の蛍光灯が切れたのでフロントへ電話。交換しにしたのはアフリカ系の大きく屈強な黒人だ。フロントと客室係は白人、設備係、清掃係は有色人種。なんだかなぁ。
交換前の蛍光灯はGS製(made in Hungary)、新しいのはOSRAM製(made in German)とのこと。

購入したポスター類は、ホテルから自宅に郵送してもらうこととした。

さて、ロンドンを見て回ろう。
15系統のバスは後部に螺旋階段のある旧型のダブルデッカーだが、この型がロンドンらしくて良い。
後方から乗車し、車掌の持つハンディ端末にオイスターカードをかざす。2階席へ。

13時にロンドン塔へ到着。入場料は17ポンド。少し高い。でも、来て良かった! 13世紀からの塔の歴史をたっぷり堪能できた。
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・塔内の展示は、王家の武器庫としてのそれなんだな。
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・13世紀から17世紀までの塔の構造の変遷は、王朝の変化と時代ごとのニーズに密接しているんだな。
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・ロンドン塔から眺めるタワー・ブリッジも良い。
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・タワー・ブリッジはどこから見ても絵になる。
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■リージェント・ストリート、ピカデリー広場

高級店が多い、アキュアスキュータム本店、バーバリー、コーチ……。
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ここで、この界隈で、財布の心配をせずポンを買い物をできる身分になることを自分に誓った。

夕食はホテルのレストラン「Homage」で。欧米人ばかりの客層で、アジア人は僕ひとり。見えない壁は、やはりあるんだろうなぁ。


■公共トイレ?
ストランド通りをホテルへ向かって戻る途中、奇妙な光景を見かけた。僕の前を歩く男性が、周りをきょろきょろしながら、壁のようなものに向かってジッパーを下した! なんと、繁華街の歩道の途中に「立ちション」コーナーがある。しかも4人同時に「処理」可能な構造で、互いの顔が見えない工夫までなされている。よくこんなものを置いたなぁ(本当に必要な時はありがたいけれど)。
馬の信号機と並ぶ二大発見だ。

しかし、ロンドンはどこもかしこも工事中だ。19世紀に完成されたインフラはガタがきて、どんどん交換しなければなならいからだ。極端な例では、「地下鉄駅まるごと工事中のため、通過します」なんてアナウンスもあったし。道路もどんどん穴をあけるので、交通渋滞は日常茶飯事だ。

■2010年3月13日(土) 帰国です。

5時40分起床、6時25分にホテルをチェックアウト。40分に地下鉄に乗り込み、7時30分にヒースロー空港に到着。
驚いたことに、早朝の地下鉄は満員だった。ずっと立ちんぼは免れることはできたが、困ったもんだ。

7時45分にチェックイン。今度はプレミアムエコノミーからビジネスへの変更はなし。まぁ、これが普通だが。
係員の対応は実に良い。サービス業、かくあるべし。ホテルTHE WALDORF HILTONのフロントの「レジ係」もこれを見習うべきだ。

で、VATの手続きを終えて、スカイチームのラウンジで朝食を摂ることにした。ここ、ヒースローのビュッフェは種類も量も豊富で良いぞ。でも日本語の新聞も雑誌も皆無だ。C国とK国のはあるのに。
お土産……ハロッズでウエッジウッドの紅茶カップとソーサーを1客分購入してしまった。割らないように気を付けないと。

ヒースロー国際空港からパリまでは約1時間。昼食を食べ終えてすぐに降下だ。

シャルル・ド・ゴール国際空港では、セキュリティ・チェックの列が異様に長かった。そしてボーディングの際にピー音がして、何やら嬉しい予感。わざとらしく「Any problem?」とたずねたところ、「Good news!」とのこと。やった! ビジネスクラスへのアップグレードだ! プレミアムエコノミーを予約して正解だった。早めにチェックインしたのが良かったのかな?
14時15分、AF292便は関西国際空港へ向けてtake off!
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ロンドン上空もそうだったが、CDG空港上空は無数の飛行機雲がまるでアートのようだ。見ていて心地が良い。
ランチにボルドーワインをつけて、優雅な気分。高級ワインはタンニンが美味い!
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しかし往路のAF291便に比べてAF292便のクルーは質が劣る。愛想がほとんどない。

翌3月14日(日)9時45分、関西国際空港へ到着した。日本はひどい湿気だな!


■はじめてのLONDONの印象

1.やはり先進国! 科学技術分野に限れば米欧日に後れを取るかもしれないが、トータルな社会システム-試行錯誤しながらも人類社会にとっての理想を追う姿勢は、この現代社会において他の国々に先んじているように思う。
2.長い歴史! 種々の君主が戦を重ねて形づくられてきた国。その上で他国と協調し、伝統の上に先進的な試みを重ねるのは、われわれも過去に見習ってきたところであろう。21世紀においてもなお不変であるように思う。
3.歴史の点でもう一つ。過去の帝国主義支配を、社会に内在化させた点は注目するべきだろう。「白人以外もいるだろう」レベルの認識で入国したのだが、とんでもない誤りだった。むしろビジネスの現場、生活の場でも有色人種は英国社会に完全に溶け込んでいた。この点は米国と変わらないのか。否、英国のほうが優れているような印象を受けた。ただし階級意識が残留している点には留意すべきか。肌の色の違いではなく、従事する「職」にして階級差が歴然としている印象だ。街を歩いて、金融・医療・先進工学はTOP、その他エンジニアは2nd、ワーカーは再会のイメージを強く抱かされた。
日本も負けていないはずだが、否、僕自身も見習うべき点は多々あり、今後の成長につなげていこうと思う。良い意味でのエリート社会である英国。なにか他人より秀でた確固たる点を延ばさないといけない。
(と、当時の旅日記に書いてありました。)


それにしても、もっと良いカメラを持っていくべきだった。Kodak V570では力量不足だった。


ここまで駄文にお付き合いくださり、どうもありがとうございました。

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エマ 10巻 (HARTA COMIX)
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■2010年3月11日(木) ベーカー街へ!

ロンドンは大きい。すべてを見るのはとても無理だと悟る。

8時起床。バス139系統に乗り込む。バス2階の車窓から街を観察、と。リージェント・ストリートのグレート・クオドラントは本当に美しい。
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ドーセット・スクエアで降車し、しばし歩く。高級住宅街グロースタープレイスは19世紀の雰囲気をありありと残している。
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郵便ポストはこんな感じ。
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ベーカーストリート駅に到着。1912年に建造。
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■シャーロック・ホームズ博物館

入口で並んで待つこと10分、そして中へ。タウンハウスの内部は狭い。階段も狭い。
(3月は10分で入れましたが、夏は、それはもうひどい順番待ちの行列でした。)
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2階はホームズのリビングと寝室。このカオス感が素晴らしい。メイドさんに写真を撮ってもらえるサービスは嬉しい。
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3階はワトソンとハドソン夫人それぞれの部屋だ。
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4階は、ホームズ物語の中の複数のシーンを再現していた。
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4階の上はヴィクトリア時代のトイレ。どう見ても水洗ではない。

記入帳と覗くと、一日に300人以上来訪するようで、日本人も結構多い。ストランドマガジンの挿絵のポスターとマグネットをお土産に購入した。

■ヴィクトリア&アルバート博物館

入場料金は無料だが、3ポンドを寄付する。内部は広い!
外観も展示品もイギリスの歴史を感じさせてくれる。
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ヴィクトリアン・テキスタイルの「緑の部屋」はカフェに使用されていた。


■陸軍博物館

ロンドン・タクシーに飛び乗り、陸軍博物館へ。客が少ない。
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二度の世界大戦がともかく、ボーア戦争、クリミア戦争の展示に重みが置かれていたのは、さもありなん。
・伝統ある陸軍の赤い軍服は、ボーア戦争の時からカーキ色になったそうな。
・ビルマでの捕虜の扱い。日本兵の姿は醜悪に表現されている。目が細く吊り上がり、怪物のような顔だ。しかたないか。

17時30分で閉館。隣接するチェルシー病院(ロイヤル・ホスピタル)を観る。
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■大英博物館

バス171番と74番を乗り継ぎ、大英博物館へ。グレート・コートは迫力。
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ロゼッタ・ストーン、エジプトのミイラ、王の棺、アッシリア、メソポタミアの遺跡。
良い。とても数時間で廻り切れない。
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ローマ皇帝
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20時30分に閉館。歩いてホテルへ向かう。
ホテルのレストランへディナーを食べに向かうと「閉店」だと?
またまたルームサービスとなってしまった。
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歩数計は……29,487歩。
続きます。

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■2010年3月10日(水) バッキンガム宮殿

案の定、原因不明のままで復旧させた室内照明が、今朝も点灯しない。すかさずマネージャを呼ぶ。
結局、上級グレードの部屋に替えてもらった。しかし、再パッキングの時間を取られ、朝食を終えて部屋に戻ると10時20分。この時間のロスをどうしてくれるんだ。
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窓の外を見ると、インド大使館の周りにインド人がいっぱい並んでいるのが見える。出発!
ホテル前のAldwychバス停に来たバスに飛び乗る……東行きだった。ええい、このままセントポール大聖堂に行ってしまえ!

これ幸いとばかりに、、昨日購入を迷って見送ってしまったポスターをセントポール大聖堂内のショップで購うことができた。結果オーライ。
再びバスに乗ってStrand通りを西へ。このあたりの雰囲気も眺めも実に良い。チャリング・クロス駅が左手に見えたら、すぐにトラファルガー広場だ。

Admiralty Archアドミラルティ・アーチはものものしい。
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アドミラルティ・アーチからトラファルガー広場を眺める。ロンドン・タクシーにダブル・デッカー。いかにも「ロンドン」といった雰囲気だ。
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St.Jame's公園を左手に眺めながら、The Mall ザ・マルを歩く。これは南アフリカ国旗? 誰か要人でも来ているのかな。
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Queen Victoria Memorial ビクトリア女王記念柱の向こうに、Buckingham Palaceバッキンガム宮殿だ。黒塗りのリムジンが出て行った。
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バッキンガム宮殿。良いな。
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■ウェリントン・アーチ~アスプリーハウス

ウェリントン・アーチへ向かう途中、第二次世界大戦の戦没者追悼碑を見かけた。さすが戦争を肯定する国だけあって、この種の碑が多い。
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ウェリントン・アーチ。思っていたよりしょぼい。
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「THE ROYAL FELLOW SHIP」か。うらやましい。
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公園の信号機が面白い。これは人と自転車しかないけれど、馬専用の信号機も存在するのだ(写真忘れた)。
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ロンドン1番地。ウェリントン公爵の公邸、アスプリーハウスに入場。内部は贅沢な調度品と圧倒的な絵画の量だった。
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■Churchill Museum and Cabinet War Roomsチャーチル博物館&キャビネット・ウォー・ルームズ
セントジェームズ・パークを歩いて東へ。チャーチル博物館&キャビネット・ウォー・ルームズにたどり着いた。
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キャビネット・ウォー・ルームズは戦時防空壕内閣閣議室であり、戦時司令部であったという。
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チャーチル博物館も充実した展示、無料のパンフレット類も豊富。
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■Westminster Abbey ウエストミンスター寺院
外観の見学だけでも楽しいぞ。
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ビックベンも見えるこの界隈はロンドン観光のハイライト。クロムウェル先生も。
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国会議事堂の威容は圧倒的だ。
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Millbankを南下し、Tate Britainテート・ブリテンを見る。
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Vauxhall Bridge Rd.を北上するとヴィクトリア駅だ。
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疲れたのでバスに乗車。ハイドパークコーナー経由でピカデリーへ。銀座を超える人と車の量。
フォートナム&メイソンでお土産の紅茶を購入。中国系店員の態度は良くないぞ。
歩いてピカデリー・スクエアへ。これがエロスの像か。地下鉄でコベント・ガーデン駅へ。ホテルへ戻る。

夕食はルーム・サービス。
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歩数計は28,104歩。良く歩いて疲れたので、続きます。




■2010年3月9日(火)

ホテルでの朝食=一人飯でのこと。近くのテーブルのいかにも「白人マダム。60歳代」な二人組が僕を見て話している。食事を終えて席を立つ際、僕の顔を見て「ワーカーズ・スタイル」とか言っていた。言い返せないけど、朝食にドレスコードはないだろうに。やはり「白人支配階級」の意識でもあるのかな? いや、やはり高級ホテルにおける僕の「ヴィクトリア時代の労働者風スタイル」が良くないのですね……。

そんなことはさておき、出発です。
テンプルを目指してFleet Streetを東へ歩く。両sideには、日本では見られないVICTORIA時代の面影を残す建築物が多い。
ガイドブックにない「○○の由緒ある~」「○○が世界で初めて行われた~」等のプレートが嵌められた建物が多い。やはり、歩く価値はある。遠くに見えるは、セント・ポール大聖堂だ。
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■セントポール大聖堂! シティを歩く!

結局、セント・ポール大聖堂に着いてしまった。
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内部に入る前に周りを見る。何か門がある。
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どうやら、中世のCITYの城門らしい。もともとStrand通りにあったそうな。
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尖塔の頂上は展望台となっている。
狭い階段を500段も上がる。……非常に疲れたが、ロンドン市街を一望できる眺望は素晴らしい。
(まだ、EU一高いビル、ザ・シャードは建築されていませんでした。)
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ショップではネルソンのポスターを購入するか迷い、見送る(翌日、購入することとなる)。
そして大聖堂の内部へ入る。
オーディオガイドの途中で操作を誤り、途中から各ポイントごとでの説明しか聞けなくなってしまった。
ドーム内は、この世のものとは思えないゴージャスな造りとあるが、心を奪われるほどではなかった。
1階には、メインのドーム内の豪華さはないが、南面に設けられた「ミドルセックス連隊の戦死者追悼」のコーナーに興味が湧いた。「THE 2ND BATTALION DUKE OF CAMBRIDGE IS OWN (MIDDLLSEX REG)」の指揮官と6人の士官と107人の兵士が眠る、とある。すなわち、南アフリカ戦争(1899年~1902年)で殉職した将兵の名がプレートに刻まれていた。
第二次世界大戦で戦死した33,000人の海兵の名前もある。

そしてドーム中心の直下には、ネルソン提督(HORATIO・VISC・NELSON)の墓が安置されている。あの提督最期の言葉「ENGLAND EXPECTS EVERY MAN TO DO HIS DVTY(DUTY)」が棺の下部に刻まれている。
床のモザイクは19世紀の女性受刑者によって敷かれたもの。で、このネルソンの棺は18世紀の別の有力者のためのものだったのだが、その彼が国王と対立したために、未使用で保管されていたという。ネルソンの遺体を葬る必要に迫られ、急きょ、この棺が持ってこられた、とあった。
ウェリントンの棺は、大聖堂の床に穴をあけて下したらしい。他にも、中世からの王族の棺なども置かれているみたいだ。
長居してしまった。14時10分だ。

いきなり予定変更になってしまったのは、道を間違えて目的の地下鉄駅にたどり着けなかったからで、まるで僕の人生みたいだ。……テンプルは明日以降に行こう。

次はGuildhallへ。正直、ここは何をする場所かわからなかったのだが、ロンドンがまだウェストミンスターと分かれていた「City of London」の時代に、重要事を決めていた場所だという。いわば自治体のはしりの議会の役割を担っていたわけか。このホールで決議された刑罰などが表示されていた。現在でも市議会が開催されているそうな。
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内部の展示は歴史的価値はあるのだろうが、正直ピンとこない。ギルドの組合だけあって、職種別の旗が多数、展示されていた。
ここを退出しようとしたら、周りの係員が慌ただしくトランシーバーで何か話している。取り巻きを多数率いるなんだか偉そうな人物が通る……エライ人を迎える緊張感は、どこの世界でも同じだなと思った次第。

で、ギルドホールの横の門から出て、王立証券取引所の玄関前広場へ。第二次世界大戦の戦没者を悼むメモリアル像が目立つ。その向こうのローマ柱の上にはANNE女王がどうしたこうしたと書いてある。
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次はBank of Englandへ。ここには博物館が併設されている。いざ、中へ。
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「こっちじゃない。横だ」と係員。どうやら銀行の正面玄関に入ろうとしたらしい。すみません。
側面に回り、目立たない入口へ。これじゃわからないよ。
ギルドホールもそうだったが、ここでもセキュリティチェックが行われる。
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イギリス初の、すなわち世界初の銀行制度が発足した1694年からの銀行の歴史、金貨と紙幣の価値の優劣などが紹介されている。

顧客帳なんて百科事典を4冊並べた大きさだし、(銀行の)憲章なんて、新聞紙3枚を拡げたような用紙に細かな字がびっしりと書き込まれている。マグナ・カルタみたいに1枚に書き切る必要でもあったのだろうか? それとも製本技術が未熟だった、とか?
ヴィクトリア(イギリスの擬人化)はローマ時代の西暦400年から健在だったとは知らなかった。

次は東へ。ロイド銀行。
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古い中世の教会と、最新技術の粋を集めたガーキン。この対称性がたまらない。
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ロンドン・タクシー(内部は広い)に乗り、次の目的地へ急ぐ。


■HMSベルファスト号

ここは当たりだ。少なくとも男にとって。入場料金16ポンド(パンフ込)の価値はある。重巡洋艦だ。第二次世界大戦後で活躍し、1965年に退役となったらしい。
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内部は軍隊の生活感まるだし。以前に観た海上自衛隊の護衛艦と同じような狭さだ。
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砲塔内部は初めて見た。
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魚雷
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あれ? 艦橋(コンパス・ブリッジ)を見ている途中なのに「終了時間です」って、まだ17時45分。公務員のやることは万国共通だな。
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■テームズ南岸を歩く

市役所の斬新な外観と、タワー・ブリッジの対比が良い。まぁタワー・ブリッジにしても、建設された当時は斬新的とされたに違いないのだが。
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歩いてミレニアムブリッジへ。テームズ川沿いを西へ歩くとシェイクスピア・グローブ・シアターだ。本日の公演は「マクベス」で、チケットはソールド・アウト。当然か。

歩行者専用のミレニアムブリッジを渡って、今度はフリート通りを西へ。インド大使館のそばを通るとすぐにホテルだ。
このAldwychオルドウィッチ界隈は気に入ったぞ!

ネルー像
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■トラブルです。

ホテルの部屋へ。あれ、天井灯が点かないぞ。エンジニアに来てもらったが、ブレーカをOFF/ONして復旧。「原因はわからない」って、ふ ざ け ん な。マネージャを部屋まで呼ぶ。「フルーツはいるか?」いらん。ホテルのクオリティを問うと「(僕の英語が)わからない」と。

夕食はルームサービス。サーモンサンドウイッチ、ストロベリームース、ガス水で20ポンドか。
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歩数計を見ると28,095歩。良く歩いた一日だった。
続きます。




19世紀に帝国主義を推し進め、いまなおThe CommonwelthとUnited Nationsを通じて世界に影響力を駆使するブリテン=大英帝国。その首都、ロンドンはローマ時代から戦争を通じて集積、熟成された文化の都でもある。いつか旅したいと思っていたが、ようやく現実のものとなった。

はじめてのロンドンだ。小難しいことは考えずに、まずは歩いて楽しむこととした。
ロンドン塔、バッキンガム宮殿などの定番コース、シャーロッキアンな観光名所、さすがに充実している複数の戦争博物館を訪れた。
ロンドンは何回も訪れる価値がありそうだ。

※古い旅行記ですが、せっかくですので公開することにしました。

【参考データ】
往路便
 2010年3月7日(日) 関西国際空港12時20分発AF291便、パリ行き
 2010年3月7日(日) シャルル・ド・ゴール国際空港19時00分発AF1880便、ロンドン行き
復路便
 2010年3月13日(土) ヒースロー国際空港10時15分発AF1081便、パリ行き
 2010年3月13日(土) シャルル・ド・ゴール国際空港13時40分発AF292便、関西国際空港行き

ロンドン宿泊先:THE WALDORF HILTON(ウォルドルフ:6泊)


■2010年3月7日(日)ロンドン行き

服装には迷ったが、ロングコートではなく、ブラウンの尻丈ジャケットを選択した。ハンチング帽と合せて「ヴィクトリア時代の労働者風スタイル」の完成だ。で、この姿で高級ホテルに泊まったものだから、旅行中、すごく後悔することとなる。

バスで9時50分に関西国際空港に到着。エールフランスのカウンターへ。えっ? プレミアムエコノミーは満席? ビジネスクラスに変更? ありがとうございます!
(いまじゃ考えられないくらい、良い時代でした。)

現金は480ポンドを用意した。11時5分に出国し、34番ゲートで待つ。
11時40分ボーディング。

座席は6D、エンジンの前。良席だ。
でかいエンジン。ボーイング777-300ERはかつての747ジャンボジェットに代わる各航空会社の旗艦となる。
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シャンパンも赤ワインも美味い。
ランチも美味。
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シベリア上空は-60℃。地表が雪と氷に閉ざされ、機体の窓にも氷が付着している。とても住めないぞ。
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夕食は魚を押しつけられた。あまりおいしくない。
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フランスの大地を上空から俯瞰した第一印象、それは「農業大国」だ。広い大地に邸宅がポツン、ポツンとあり、集落には小屋と思わしき小さな家が密集している。農地の色も異なり、中世の三分農園法を思い出したぞ。
あの「荘園」や「身分制」が形を変えて存続しているんじゃなかろうか。かつての荘園主が地主・企業主に変わり、労働者はあいかわらず、という。(妄想)
まぁ、この大地が、住民のアイデンティティを形成したんだろうなぁ。

で、パリ郊外の住宅地の上空を多数の777が飛ぶのか。うるさいだろうに。

16時40分、シャルル・ド・ゴール空港に着陸、ターミナル2Eに到着。
ロンドン行きも同じターミナルだ。
このCDG空港、すでに6つもターミナルがあり、さらに増設工事中とある。

外気温は4℃。やはり日本よりも寒いな。

セキュリティではベルトまで外させられた。いやだなぁ。

エールフランスのラウンジへ。コーヒー+ピザ+フルーツに抑えておく。

あれ、19時発ロンドン行きのAF1880便が19時30分発になったぞ。
で、A321機にボーディング。シート8Aは最悪だ。ビジネスクラス~プレミアムエコノミー~エコノミーはカーテンで仕切られるが、そのカーテンが目の前。窓側だから足元は狭いし。

夕食が提供されたが、なんだ、これ? で、食べ終わらないうちに降下しはじめた……。
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GMT20時10分にヒースロー空港に到着した。
入国審査はスムーズ。なるほど、エレベータで地下に下りると地下鉄のターミナルか。
オイスターカード(3ポンド)に、運賃17ポンドを入金する。

で、看板がある。何々? 3月の6日から7日にかけて部分工事中で、時間がかかります? しかたないなぁ。
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21時15分、地下鉄に乗車。Heathrow Terminal4駅を出発し、Osterleyで降ろされて連絡バスに乗り換え、Hammersmith駅へ。そこからCovent Garden駅に到着した。
これも、また楽し!

Covent Garden駅で地図を見ていると、係員が親切に教えてくれた。
ホテル目指して歩く。気付かなかったが、すぐ右手にRoyal Opera Houseが優雅な姿でそびえている。
この辺りは劇場街か。
Strand Theatreの右隣が、今回お世話になるThe Woldorf Hiltonだ。すごく立派で困るぞ。
607号室はこんな感じ。
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あれ、変換プラグはもちろん、歯ブラシもないぞ。困った。
(海外ホテルでは歯ブラシセットは置いていません。)
さらに有線インターネット接続は24時間で15ポンド(2,100円)ときた。
(当時は、WiFiは普及途上でした。)

なんだかここまでくるのに疲れた。スケジュールは明朝立てることとしよう。


■2010年3月8日(月)3月のロンドンは、それはそれは寒いんです

われらがThe Woldorf Hilton Hotel
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8時30分起床。ホテルの朝食は良い。食べ過ぎた。そして歴史あるホテルの内装は実にゴージャス。
天気が良い! 出発だ。
これだ、求めていたのはこんな「ヴィクトリア時代っぽい」光景だよ。
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ホテルを出て、近くのSt.Mary Le Strandへ。閉まっている。
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イギリス空軍記念教会。ダウディング司令官の像がある。
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それにしても寒い! マフラーをぐるぐる巻き付ける。
次はウォータールー橋(ワーテルロー橋!)を渡って、テームズ川の南岸、ウォータールー駅へ。
日本の駅とあまりにもかけはなれた内部に少なからず衝撃を受ける。
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この国で「戦争」とは、第一次世界大戦を指すのだとわかる。
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ロンドンアイ。誰かと来たいな。
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ウエストミンスター橋。ここからの光景は実に気に入った。
(実はこれ以降、ロンドンを訪れるたびにここで写真を撮っています。)
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ロンドンの象徴、ビッグ・ベン
(当時はまだエリザベス・タワーと呼ばれていませんでした。)
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さて、トラファルガー広場に向かって歩こう。
ダウニングストリート10番地
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ホース・ガーズ
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第二次世界大戦に関するモニュメントか。
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こんな銅像がたくさんある。
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良い感じ
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ついに来た! トラファルガー広場だ。
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ネルソン提督は何を睥睨するのかな?
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チャリング・クロス・ホテル。美しい。
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チャリング・クロス駅構内。
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スタンフォード書店。今回はここでKashmir map、世界地図、各種地図を購入した。
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王立オペラ劇場。いつか鑑賞するぞ。
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コベントガーデンへ。ここで古い雑誌を購入することができた。
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いつかは入りたい、シンプソンズ・イン・ザ・ストランド。
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一旦、ホテルへ荷物を置き、再び散策へ。時刻は17時か。
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さて、ミュージカルのチケットだ。tktsへ行こうか迷ったが、直接劇場へ出向いた。
Queen's TheatreでLes Miserablesのチケットを42.5ポンドで購入。
で、夕食は劇場街の近くにある中華料理店に入店。……どこも同じ感じなんだな。

19時30分、ミュージカルは開演。1994年にニューヨークで観たのとは、また違った雰囲気だ。
・コゼットの母親が病死する、最後の最後に手をつなぐシーンが印象的。
・ジャンの最後の場面では、家族のだれにも看取られず、一人で死んでいった父のことを思い出し、思わず涙が出た。
座席は前から5列目の端のほうだったが、役者の息遣いまで伝わってくるよう。大きな感動を味わえた。

観劇の余韻を胸に携え、次回に続きます。

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■ダル・エス・サラームへ高速船で移動します

2018年5月3日(木) 6時40分起床、曇り、最終日。

7時35分にチェックアウトし、タクシーを呼んでもらう。ホテルスタッフに船の時間を告げると、時間が十分にあるので朝食を摂るように勧める。これもアフリカ的ポレポレなのだろうか。

クロワッサンとドーナツ、コーヒーだけの簡単な朝食にとどめておく。
ここのブラックコーヒーは苦みが少なく、実に美味だった。
そして、この素晴らしいインド洋の光景ともお別れか……。

8時にタクシーに乗車。なんと裸足で運転しているぞ。
あれ? 渋滞がない。予想外の8時5分に港に到着した。5USDがないので10USDを渡す羽目に。
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ザンジバルの出国カードを書く。ここの係員は制服を着用していないので、わかりにくい。
女性は普通のムスリム服(?)にカフィーヤを被っているだけだし。

ボーディングパスにも出国スタンプが押された。
セキュリティチェックの後はVIPラウンジに案内されたが、自動ドアが壊れている。気の毒な係員が手で開閉していた。
ラウンジの中は暑い。エアコンは24℃設定だが、これじゃぁ外の方が良いのでは?
高速船の揺れに備え、酔い止めを飲んでおく。

このVIPルームはとても広く、十分な数のソファーが置かれており、ソフトドリンクもフリーのようだ。

9時5分時点でVIPルーム内には50人近くいる。昨日、チケットを買っておいて正解だった。

9時12分、高速船Kilimanjaro-6号にボーディング。座席は決まっていないみたいだ。
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レーダーは安心の古野電気製。
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座席には大型のタッチスクリーンまであり、飛行機の室内のようだ。
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色付きお湯のような紅茶と硬いパンが配られる。美味しくない。

で、出航予定時刻を15分過ぎても、後からポロポロと乗り込んでくるのは、アフリカ的ポレポーレってやつか。
9時45分出航。しかし、本当によく揺れる。

10時25分、アフリカ大陸東岸がみえてきた。
11時42分、ダル・エス・サラームへ到着した。よく揺れたなぁ。
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強い雨の中を下船。
これ、生きた鶏が入って鳴いています。
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で、タクシーのキャッチにつかまってしまった。
やはり白タクなんだろうな? まぁ、親切に荷物も持ってくれるし、トークも面白いし(英語×な僕でもよくわかる)、まぁいいか。
12時、荷物を受け取って港を出発。空港まで1時間弱かかるというので、市内の小観光はあきらめた。

タクシーはスパシオだが「TAXI」表記がない。まぁいいか。ここも右ハンドル車か。
ダル・エス・サラームの市街を車中から観察。正直、日本の地方都市と変わらないイメージ。
なるほど、スワヒリ語「アラカ」はgood、「トリスティ」はclean、「ムゲニ」はtouristか。

12時50分、タンザニア初代大統領の名を冠するニエレレ国際空港に到着。
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で、空港駐車場のエントリー・フィーが20USD? チップ5USD?
結局、45USDも支払う羽目に。
旅の最後に白タクにつかまるとは、油断していた。

12時55分、セキュリティチェックを受ける。あれ、電光掲示板だとエミレーツはONTIMEなのに、カウンターは閉鎖されたままだ。空港係員に訊くと「待つしかない」そうで、これもアフリカ的なポレポーレか……。もう慣れたよ。

待つこと30分、13時25分にチェックイン&スーツケース預け完了。で、また出国カードか!
13時40分出国&再びのセキュリティチェック。多分に、途上国の係員は態度が横柄だ。

さて、空港でお土産を買おうか……お菓子がないぞ!(ヨーロッパ産のチョコなんかいらん。)
紅茶、スパイス、ジュエルペンなどを購入。

14時25分よりラウンジでひと休み。ビールとクロワッサンとケバブ。虫は多いし、クロワッサンには何か混ざっているし、ひどいラウンジだ。ファースト&ビジネスクラス専用とは思えん。

15時55分ボーディング。777-300だ。シャンパンでのどを潤す。やはりCクラスは良いな。貧乏ラウンジとは雲泥の差だ。
隣席のインド人女性は声が大きい。こんな機内で電話せんでも……。

信じられない失態! 頭上の荷物を取り出した際に、シャンパンのグラスをひっくりかえしてしまい、ズボンとシートがシャンパンまみれのずぶ濡れに! アホか! 
で、キャビンクルーは「お席を替えましょう」とだけ言ってくれた。ありがたい。窓側ではなくなったが、助かった。
バッグの中にハンドタオルを入れておいてよかった。濡れズボンはなんとかなった。
マラリア予防薬のマラロンを忘れずに服用。

16時35分、タキシング開始。55分に離陸。5時間、3979キロの航空旅行が始まった。
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夕食は実に美味。今回の旅で最高の味だった。
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(すみません。メインの写真はぼけています。)

映画『Breakfast at Tiffany's』日本語吹替版を鑑賞。ヘップバーンはファニーで実に良い。

ダル・エス・サラームの幹線道路を走っている際、日本の地方都市に似ていたことを思い出した。中国人観光客が日本に来て「懐かしさを感じる」と答えていた、何かの記事を思い出した。ドバイや西欧を旅すると、「日本の地方はそんなに豊かではない」と感じるようになったことだし、日本はいつまでG7の椅子に座っていられるのだろうか。
そんなことはともかくだ、お腹の具合がやはり悪い。キツイなぁ。

21時58分、ドバイ空港に着陸。
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セキュリティチェックでアラームが鳴る。なぜ? 二回目はOKだった。

お土産を買おう。空港の免税店でデーツ(ナツメヤシの実)を購入したのは良いが、中国人女店員の態度の悪さと言ったら! 害悪を世界中にまき散らすなって。

お腹の調子が悪い。エミレーツ・ラウンジで休むことにする。

空けて5月4日の2時30分、Cエリアのラウンジへ移動。本当に遠いなぁ。
2時50分、ゲートC2へ入る。3時15分ボーディング開始。
関西空港行きのCクラスは満席だ。57分に離陸。
大阪まで7489キロ、9時間弱の旅だ。
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11時頃朝食が出たが、これは美味かった。
次もこの和食にしよう。
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エミレーツ便は食事の質が高い。それに、キャビンクルーのサービスも素晴らしい。
・枕:クッションとして使っていると「もう一ついかが?」と用意してくれた。
・トイレ:下痢で苦しんでいると「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
・水やドリンクの配膳のタイミングが絶妙だ。
だからDUTY FREEで買い物をした。
これまでノースウェスト(デルタ)、キャセイ、南アフリカ航空、エールフランス、オランダ航空のビジネスクラスに搭乗してきたが、サービスの質はエミレーツが優れていると思う。

11時45分、いよいよ。大阪へアプローチ。このフライトの間にまさか3回もトイレで苦しむとは思ってもいなかったぞ。

17時55分、関西国際空港へ到着。大阪は晴れ渡っている。

いちおう、空港の診療所(?)へ出向き、容体を伝えておいた。おそらく旅行性の下痢だろう、とのことだった。
生水だけでなく、誰がどんな手で触ったかわからない「カットフルーツ」もNGだと教えてもらった。たくさん食べたなぁ。

18時35分に入国。残金1,140USDを122,140円に両替。

GWだけあって、神戸・三宮行バスは満席だ。
三ノ宮を経由して、21時に自宅へ戻る。

これでケニア、タンザニア個人旅行記はおしまいです。
最後まで拙文にお付き合いくださり、ASANTE SANA!

KWA HERI!
(スワヒリ語ね)





■世界遺産ストーン・タウンを歩く!

2018年5月2日(水) 6時20分起床

夜明けの海は快適。
昨日までのサバンナの光景も雄大だったが、インド洋のパノラマも良いぞ。
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隣室は空きなので、大海原を背景に、HomecomingsのSongbirdsを大音量で流す。アコースティックに透明感あふれるヴォーカルが乗る。実に気持ちが良い。




で、こう天候が悪いと明日のフェリーの運航が心配になる。要すれば飛行機でダル・エス・サラームへ飛ぶこともオプションで考えておかないと。(杞憂に終わる。)

7時に朝食。ストーン・タウンの海岸の真横でココナッツ・ミルクを飲み、ビーフを食す。良し。
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この時間になると漁船が大量に出航し始める。ほとんどがモーターボートだが、なかには帆船も混じっている。
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午後は荒天になりそうなので、午前中に街をうろつこう。8時30分に出発。
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Zanzibar Serena Hotelザンジバル・セレナ・ホテル
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日本車ばっかりだ。
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■Old Arab Fort オールド・アラブ砦
1710年ごろにアラブ人によって建築された要塞跡らしいが、だめだ、土産物屋と化している。
訪問の価値なし。
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驚嘆の家は、、、改装のため閉鎖中だ
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海岸線には大砲がいっぱい。
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そして港の光景は良い。
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■Palace Museum パレス博物館
ザンジバルの歴代の支配者=オマーンのスルタンから、エリザベス二世女王までの肖像画が見ごたえあった。
調度品も見事。入場料金3USD分の価値はある。
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バルコニーからの眺望
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■奴隷市場跡
ここは個人的に当たり。
奴隷制度。アフリカ人の中の「裏切者」がシステムを完成させたんだとわかる。
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悪名高いティップ・ティップとミランボ。彼らは同胞を売り払うことで自らの王国を築き上げた。
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彼女は「非常に高額な」奴隷
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奴隷密漁船を取り締まる英国海軍の功績が、これでもか、というほど紹介されていたのは御愛嬌か。
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今日の世界の奴隷制度か
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■Cathedral Church 大聖堂
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イエスはYesuなんだな。
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さて、街を歩こう。
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ここは「ザンジバル銀座」といった通り。メインストリートでさえ、場末の商店街のようだ。
有名ショップ(日本人経営らしい)でタンザナイトを観てみる。お値段3,000USD~。……今度、余裕ができたら買いに来よう。
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なんですか、これ?
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足が棒のようになってしまった。小休止。
「Stone Town Cafe」でパッションフルーツ・ジュースをオーダー。
4,000シリング+チップ1USD。店員に地図を見せて、現在位置を教えてもらおうとすると、なんと「はっきりした場所がわからない」との返事。まぁ、地元民なら地図を見ないでも「あの通りの、あのあたり」ってな感じで場所を把握するのだろうが……。
方向音痴の僕は困ったぞ。
タンザニアに入国後、データローミングは切れたまま。地球の歩き方とホテルでもらった地図を頼りに歩くしかない。

散歩がてら、フェリー乗り場へ到着。チケット売り場はフェリー乗り場の反対側、実にわかりにくい場所にある。親切に教えてくれた男性に僕は握手で返してしまった。彼のような人物にこそ、チップを渡すべきだったのだろうが。

で、チケット購入に必要なパスポートをホテルに置いてきたことに自己嫌悪を覚え、小雨の中を折り畳み傘を拡げ、ホテルへと戻ることに……。

Mizingani Rd.にはぶらついている連中の多いこと!
どいつもこいつもフレンド、タクシー、マネーとうるさいこと! すべて無視だ。

ホテルで昼食。パスタは美味だった。チップ込みで36,000タンザニア・シリング。
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13時20分だ。雨は上がったようだ。すると、とたんに暑くなる。

ホテルのプールサイドで昼寝。サングラスは必須。曇り空でも日光の強さを肌に感じる。
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さて、16時に出発。
フェリー乗り場へMizingani Rd.を歩くこと20分、無事に翌日の9時30分ザンジバル発、ダル・エス・サラーム行きの高速船、Kilimanjaro-6号のボーディングパスを購入できた。
「外国人だから」VIP席を奨められた。50USDをVISAカードで支払う。
なるほど、パスポートを提示することで国籍・氏名等の情報が入力されるわけか。

16時40分、ホテルへ戻る。また雨が降ってきた。

夕食はルームサービスにした。せっかくのビーフステーキなのに少し冷めているし、おいしくない。
ワインは部屋の「サービス品」を開けたのだが、美味しくない。
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……今日は一日中、お腹の調子が悪かった。ピシャット錠を飲んで寝よう。
(で、この後も下痢に苦しめられることになる。)

体調が良くないですが、続きます。




■ケニアとタンザニア国境の狭間で

2018年5月1日(火)5時起床

早めの朝食を摂り、6時30分にOL TUKAI LODGEオル・トカイ・ロッジをチェックアウト。

これからケニア-タンザニア国境をこえてアルーシャへ向かう7時間の陸路の旅が始まる。
この猿たちは僕を見送ってくれているのかな?
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標高5995m、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ山! 最終日にその雄姿をしかとこの目で見ることができた。良し!
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国立公園の出口でサファリ・レンジャーの女性が同乗してきた。ナイロビ行きバスに乗車できる幹線道路までだったが。
英語はできなかったのかな?

Lasetの街で一旦停止。出入国書類のコピーを取るらしい。
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それにしても強烈な日差しだ。
この辺りではロバ車(?)が使われているんだな。牛追い人の姿も。

8時15分、Loitoltokロイトトのケニア-タンザニア国境に到着。
あれ? イミグレーションオフィスに係員がいないんですけど?
しばらく待っていると、何事もなかったかのように係員が戻ってきた。アフリカ的ポレポーレ、ってやつか。
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両手指のチェック。「もう他に指はないか?」「10本しかありません」「よろしい」
こんな受け答えは良いとして、ろくに書類に目を通さず、出国印をポン! いいんだろうか。
国境警備兵はスマホに夢中だし、大丈夫かいな。

今度はタンザニア側「Tarakea」イミグレーションオフィスへ。
ケニアと比べて明らかに貧しい感じ。そもそも係員も警備兵も制服すら着用していない。

黄色い正方形(なぜ?)の入国カードを書き、8時55分に入国スタンプを受領するも、ドライバー氏の車両の入国審査に非常に時間がかかる。待つしかない。
数十人の黒人の中でひとりの東洋人は目立つ、目立つ。
バティックを腰に巻きつけ、頭にたらいを載せた若い女性が3人、ケニア側へ出国してゆく。物売りはたくましいな。

……まさか、国境で80分も足止めを食らうとは思ってもいなかったぞ。
9時45分、再出発。タンザニア側の景色はケニア側のそれとやはり異なる。イメージ先行かもしれないが、なんとなくプアーな感じ。
で、このあたりの道路は最高時速50km、30kmだと? 困るなぁ。
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10時10分、Oleleを通過。ケニアと大きな違いは、この国にはバイクが多いことか。
こんな山奥にもバス停があるんだな。
10時30分、Mammseraに入る。また曇り出した。
11時45分、雨が降り出した。そして渋滞だ。

12時45分、ついにアルーシャ市街へ入る。ここまでくれば一安心だが、雨は本降りに。
おや、車の天井の隙間から雨漏りだ。

おっ、アルーシャ中心部で信号機。驚いたことに、タンザニザ入国後、これがはじめての信号機となる。

■はじめてのタンザニア国営、プレシジョン・エアー機

13時30分、無事にアルーシャ空港に到着した。雨でぬかるみになった空港道路を、信じられんことに、農作物を満載した自転車が走る。リヤカーも走る。なんなんだ?

で、アルーシャ空港の駐車場は、ほとんどが日本車だ!

7時間弱の長旅ご苦労様。この三日間ありがとう、というわけでドライバーのエルカナさんにチップ後渡し分50USD+食事代10USDを奮発した。

みすぼらしい入り口を通ると、一応、セキュリティチェックはあるんだ。
プレシジョン・エアーのカウンターでEチケットを提示し、ボーディングパスを発券してもらう。
予約時のクレジットカードも提示を求められた。これもセキュリティの一環だろうか。

時刻は13時40分。あとは待つだけ。カフェらしき店でケーキ+コーヒーを注文(11USD)。
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今度は雷雨だ。しかし、地方空港とはいえ、ひどい空港だな。屋根はトタン板、壁はほとんどなし。
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大雨の中、14時45分にゲートをくぐる。
おお、あれがプレシジョン・エアーPW425便か。
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15時15分、雨の中を搭乗。ATR42/72、プロペラ機だ。
降りしきる豪雨の中、係員が搭乗客ひとりひとりに傘をさしかけ、飛行機まで歩いてくれた!
僕と一緒にほとんど濡れながら歩いてくれたのは女性キャビンクルーだった。

乗客にアジア人は2人。日本人は僕ひとりだ。
15時32分、離陸。ターボプロップファンの音はとても心地よい。

アルーシャ空港からザンジバル空港までの国内線フライト。搭乗前はタンザニア国営ということもあって不安であったが、安全確認からはじまり、紅茶・軽食をはじめとする機内サービスは先進国のそれと同様で、発進、着地も静かで安全であった。


■ザンジバル島

16時37分、ザンジバル空港に到着。おや、こっちも雨か。
何かこう、上空から見るとアフリカっぽくない。アラビアのイメージが漂う街だ。
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ザンジバルはもともとタンザニア(タンガニーカ)とは別の国だったので、わざわざイミグレーションがある。なんども入国カードを書かされるのは面倒だが、まぁこれも旅のうちか。
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16時55分に入国(?)完了。
しかし、この空港も貧しさがありありとわかる。空港バスは日本の学習塾の中古だし。

17時にオフィシャルタクシーに乗車し、ホテルへ向かう。乗車早々、スコールのような豪雨に見舞われ、幹線道路は川のようだ。
タクシーはクレスタ、道行く車もエスティマ、ヴィッツ等の日本車ばかりだ。

「これが大統領官邸」とドライバー氏。タンザニアとは別に、ザンジバル島にも大統領が存在するらしい。

17時20分、Zanzibar Serena Hotelザンジバル・セレナ・ホテルに到着。
部屋からはインド洋を一望できる! が、雨風がきついぞ。
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しばらく部屋で落ち着き、忘れずにマラリア予防薬、マラロンを服用。
外はもう真っ暗だ。

18時40分、ホテル内のバーでタンザニア産のビールを試す。本格的なラガーだ。
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バンド演奏が行われていたが、たいしたことない。

夕食はホテルのレストランで。ワインともども、まぁまぁの食事がサーブされた。
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ほろ酔いで、続きます。

■ケニア・再びのゲーム・ドライブ

2018年4月30日(月)5時30分起床

西の空では月が隠れ、東の空は明るみを増す。
朝6時のケニア・アンボセリ国立公園は、清々しい空気に満ち満ちている。
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コーヒーを飲んで、さぁ、ゲーム・ドライブに出発だ。

象の家族があちこちに。
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道路を横断する象さんたち。
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赤ちゃん象のラブリーさには脱帽です!
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なんでも、
・赤ちゃん象でさえも体重350kg。
・結婚シーズンなので赤ちゃん象が多い。

で、群れているのはメスの象ばかり。巨大なオスの象は単独行動をとるそうな。
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シルバーバックジャッカル
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ヌー
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ハイエナ。良く見えないや。
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キリマンジャロはまた雲に隠れている。
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サバンナは雨季で、活き活きしている感じ。
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若いオス象2匹、車の前を横断す。おおよそ25歳らしい。
で、象の寿命は60~65歳だそうな。
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で、彼女たちは密集して何をしているのか? 「塩で体を洗っている」そうな。
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ホテルへ戻ります。猿さんたち、邪魔なんですけど。
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ドライバー、エルカナさんによると「彼らはリラックスしている」そうで、なるべく邪魔をしないように車をそろそろと動かします。
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朝食はこんな感じ。栄養が偏っているような気がする。
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■マサイ族の村を訪問 ……二度と行かないぞ!!!

マサイ族の村への訪問を希望し、30USDで連れて行ってもらうことに。
10時、ドライバーのMr.ISACイザックさんと合流し、ホテルの別の車で出発。古いランドクルーザの改造車だ。
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こんな水没した道路もなんのその。
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10時50分、マサイ村へ到着。
マサイ族のガイド氏(名前忘れた)によると、こんな村がマサイ・ランドに360も存在するそうな。
この村は4家族、120人が暮らしているという。
家族と言っても、日本で言う親族みたいなものか。

で、マサイ・ジャンプやダンスで熱烈歓迎を受ける。
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これが住居。内部は照明なし。
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「幸せのおまじない」のために火をおこします。
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家屋内への案内等、彼らの文化や生活ぶりをうかがい知ることができた。

だが、良かったのは前半まで。後半の「マーケット訪問」「スクール訪問」になると、様相ががらりと変わる。ひと言で表せば「マネー」の強要だ。
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歓迎ダンスを披露した者を含め、30人ばかりが地面の上にアクセサリーを並べた名ばかりのマーケットで、マサイ族のガイドが、欲しくもない品を1個ずつ買わせる。口を開けば「フレンド・プライス」だの「ママや子供たちの手作り」だの、気づけば周りは屈強な男に囲まれている。そうしてすべての店から1~2点ずつ欲しくもないガラクタのようなアクセサリーを選ばされ(途中からガイドが勝手に選び出した)、420USドルを提示された! 屋内の椅子に座らされ、男たちに囲まれ、「援助」だの「貧しいマサイ」だのを聞かされ、結局120USドルを供出させられた。
消沈した気分で、次は学校だ。バラック小屋に案内され、歌を何曲か聞かされ、私立学校なので「援助」が必要と、これまた男たちに囲まれる始末。結局、追加で30USドルを「寄付」するはめに。あと、ガイド料を払うのは良いとして、松葉杖をついた男がやってきて「2USドル」と一言。
結局、当初の30USドルとは別に、157USドルを支払う羽目に。
で、ガイド氏いわく「日本人に広く紹介してほしい」とのこと……。
まずは、他人にたかる体質を改めるべきだろう。

それでも子供たちはかわいいもんだ。ジャンボ!
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クワヘリ!(さようなら)
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マサイ・ランド。こんな土地で僕は生きてはいけないぞ。
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11時40分に村を出て、12時10分にホテルへ戻る。
昼食です。ビールが美味い。
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小休止してマラリア予防薬=マラロンを忘れずに服用。


■サンセットの中のゲーム・ドライブ

15時55分、夕刻のゲーム・ドライブに出発です。
晴れたり曇ったり、ころころと天気が変わる。

ウォーターバックの群れ
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インパラのオス。角が立派です。
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象さんの群れは健在
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security birdヘビクイワシ
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あなたはカバですか?
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■オブザベーション・ヒル
アンボセリ国立公園内で唯一、ヒトが車から降りられる場所だ。
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正直、あんまり感動的な景色じゃないなぁ。
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あれはフラミンゴの群れか。
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「象さんandサンセット」
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18時40分、ホテルへ戻る
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明朝のゲーム・ドライブは中止となった。なんでも、アンボセリ~ナマンガ間の道路が水没し、通行止めになっていると。
ならばアルーシャへ向かうためには、大きく迂回して別ルートで遠回りしなければならない。当初予定の3時間ではなく、6時間以上かかるとのこと……。やむをえまい。

19時35分、夕食です。
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今夜も虫が多い。もう慣れちゃったよ。

雄大な景色と、象さんが数十頭の群れでいるのは良いとして、ライオンには1回しか会えなかったなぁ。

続きます。


今回の旅のお供




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