男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

■ケニア・再びのゲーム・ドライブ

2018年4月30日(月)5時30分起床

西の空では月が隠れ、東の空は明るみを増す。
朝6時のケニア・アンボセリ国立公園は、清々しい空気に満ち満ちている。
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コーヒーを飲んで、さぁ、ゲーム・ドライブに出発だ。

象の家族があちこちに。
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道路を横断する象さんたち。
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赤ちゃん象のラブリーさには脱帽です!
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なんでも、
・赤ちゃん象でさえも体重350kg。
・結婚シーズンなので赤ちゃん象が多い。

で、群れているのはメスの象ばかり。巨大なオスの象は単独行動をとるそうな。
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シルバーバックジャッカル
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ヌー
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ハイエナ。良く見えないや。
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キリマンジャロはまた雲に隠れている。
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サバンナは雨季で、活き活きしている感じ。
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若いオス象2匹、車の前を横断す。おおよそ25歳らしい。
で、象の寿命は60~65歳だそうな。
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で、彼女たちは密集して何をしているのか? 「塩で体を洗っている」そうな。
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ホテルへ戻ります。猿さんたち、邪魔なんですけど。
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ドライバー、エルカナさんによると「彼らはリラックスしている」そうで、なるべく邪魔をしないように車をそろそろと動かします。
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朝食はこんな感じ。栄養が偏っているような気がする。
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■マサイ族の村を訪問 ……二度と行かないぞ!!!

マサイ族の村への訪問を希望し、30USDで連れて行ってもらうことに。
10時、ドライバーのMr.ISACイザックさんと合流し、ホテルの別の車で出発。古いランドクルーザの改造車だ。
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こんな水没した道路もなんのその。
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10時50分、マサイ村へ到着。
マサイ族のガイド氏(名前忘れた)によると、こんな村がマサイ・ランドに360も存在するそうな。
この村は4家族、120人が暮らしているという。
家族と言っても、日本で言う親族みたいなものか。

で、マサイ・ジャンプやダンスで熱烈歓迎を受ける。
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これが住居。内部は照明なし。
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「幸せのおまじない」のために火をおこします。
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家屋内への案内等、彼らの文化や生活ぶりをうかがい知ることができた。

だが、良かったのは前半まで。後半の「マーケット訪問」「スクール訪問」になると、様相ががらりと変わる。ひと言で表せば「マネー」の強要だ。
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歓迎ダンスを披露した者を含め、30人ばかりが地面の上にアクセサリーを並べた名ばかりのマーケットで、マサイ族のガイドが、欲しくもない品を1個ずつ買わせる。口を開けば「フレンド・プライス」だの「ママや子供たちの手作り」だの、気づけば周りは屈強な男に囲まれている。そうしてすべての店から1~2点ずつ欲しくもないガラクタのようなアクセサリーを選ばされ(途中からガイドが勝手に選び出した)、420USドルを提示された! 屋内の椅子に座らされ、男たちに囲まれ、「援助」だの「貧しいマサイ」だのを聞かされ、結局120USドルを供出させられた。
消沈した気分で、次は学校だ。バラック小屋に案内され、歌を何曲か聞かされ、私立学校なので「援助」が必要と、これまた男たちに囲まれる始末。結局、追加で30USドルを「寄付」するはめに。あと、ガイド料を払うのは良いとして、松葉杖をついた男がやってきて「2USドル」と一言。
結局、当初の30USドルとは別に、157USドルを支払う羽目に。
で、ガイド氏いわく「日本人に広く紹介してほしい」とのこと……。
まずは、他人にたかる体質を改めるべきだろう。

それでも子供たちはかわいいもんだ。ジャンボ!
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クワヘリ!(さようなら)
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マサイ・ランド。こんな土地で僕は生きてはいけないぞ。
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11時40分に村を出て、12時10分にホテルへ戻る。
昼食です。ビールが美味い。
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小休止してマラリア予防薬=マラロンを忘れずに服用。


■サンセットの中のゲーム・ドライブ

15時55分、夕刻のゲーム・ドライブに出発です。
晴れたり曇ったり、ころころと天気が変わる。

ウォーターバックの群れ
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インパラのオス。角が立派です。
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象さんの群れは健在
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security birdヘビクイワシ
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あなたはカバですか?
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■オブザベーション・ヒル
アンボセリ国立公園内で唯一、ヒトが車から降りられる場所だ。
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正直、あんまり感動的な景色じゃないなぁ。
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あれはフラミンゴの群れか。
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「象さんandサンセット」
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18時40分、ホテルへ戻る
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明朝のゲーム・ドライブは中止となった。なんでも、アンボセリ~ナマンガ間の道路が水没し、通行止めになっていると。
ならばアルーシャへ向かうためには、大きく迂回して別ルートで遠回りしなければならない。当初予定の3時間ではなく、6時間以上かかるとのこと……。やむをえまい。

19時35分、夕食です。
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今夜も虫が多い。もう慣れちゃったよ。

雄大な景色と、象さんが数十頭の群れでいるのは良いとして、ライオンには1回しか会えなかったなぁ。

続きます。


今回の旅のお供




■アンボセリ国立公園、オル・トカイ・ロッジへ。陸路の移動もまた楽し

2018年4月29日(日)5時30分起床
朝食は関空で買ったパンとホテル部屋のジュースで手早く済ませる。NTT docomoの海外ローミングを開始。手や首への防水スプレーの散布もOK、車酔い止めも服用した。
6時50分、ホテルをチェックアウト。

さて、アンボセリのOL TUKAI LODGE オル・トカイ・ロッジからの迎えの車が来ているはずだが……。

ロビーでドライバー氏と挨拶を交わす。このMr.Elkana エルカナさんと、これから三日間の旅を共にすることになる。

今回の旅行はあくまでも個人旅行・一人旅にこだわったのだが、東アフリカでの移動は事実上、車か飛行機に限られる。サファリの舞台に公共交通機関は存在しないし、旅行会社のツアーに参加すると行動に制限がかけられるだろうから、思い切ってホテル=OL TUKAI LODGE オル・トカイ・ロッジに相談してみた。
そうこうして、
・ナイロビ~オル・トカイ・ロッジ~タンザニアのアルーシャまでの移動、
・3日間のゲームドライブ
を含めて専用車を手配してもらうことになった。費用はかかったが、満足のゆく旅となった。

さて、車は4WDトヨタ・ハイエースをサファリ仕様に改造したもので、ドアにOL TUKAI LODGEの文字が入っている。ルーフは全面的に開放される仕様となっており、サファリで威力を発揮する。良いぞ。

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スーツケースを後部ハッチに収納する。このハッチは通常のキーではなく、ゴツイ錠が取り付けられている。「セキュリティのため」だそうな。

出発前にチップとして50USDを渡す。これまで経験してきたが、この「チップの半分を先に渡す」のが重要で、これで相手の気持ちをつかむことができるのだ。

7時に出発。アンボセリ国立公園までの220km、5時間以上のドライブが始まった。
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拙い、本当に拙い僕の英語力で会話を試みる。相手もわかりやすく話してくれる。
・個人所有の乗用車を除き、ケニア国内のすべての車両は時速80kmでリミッターが働く。
 (実際に加速してもらったが、本当にリミッターが働いて強制減速するのだ。)
・トラックが本当に多い。この幹線道路(通称、モンバサ・ロード。港湾都市モンバサ~ナイロビ~内陸のウガンダまで通じる)には数か国のトラックが走る。その距離、なんと1,000kmに達する。あちこちで停車している大型トラックを見かけたが「ドライバーが仮眠している」とのこと。
・ケニアでは中古の日本車が圧倒的シェアを有する。トヨタ車は頑丈かつ保守パーツが豊富なことから、人気が高い。
・ケニアには丘と平地が混在し、起伏が多い。いわゆる山は少ない。
・学校教育は小学8年生+高校4年生。小学生の授業は英語で行われる。だから国民のほとんどが英語を難なく話せる。
・よく聞く「ガリブ」は「ようこそ」の意味だそうな。
・日曜日はジュマピリ。日本の月火水~(惑星)を話すと感心していた。

驚いたことに、このドライバー・エルカナ氏は簡単な日本語を知っている。まぁ、「ありがとう」「こんにちは」「ぞうさん」「シマウマ」「さる」「ひひ」「キリン」の類だが、それでもサファリが楽しくなったことを明記しておこう。
(「zousan&sunset」の写真撮影を薦められる等)
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9時過ぎにEmali近郊の店で休憩をとる。ここはカフェと土産物屋を兼ねており、物色することに。
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ひと足早いが、キリマンジャロ・ストーン製のライオン像を買うことになった。自分用の土産だ。15USD。ついでにスプライトも。2USDは高いなぁ。
9時45分、再出発。
9時55分、モンバサ・ロードからオルイトゥクトゥク・ロードへ分岐。Google mapを見ながら走ると、よくわかる。文明の利器バンザイ。
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ところで、よく見かける木は何か? そうか、あれが「アカシア」でしたか。「アンブレラ・アカシア」「イエローバット・アカシア」が代表的な木だそうで。
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そうこうしているうちに、車は「マサイ・ランド」へ入る。おお、土が赤い。
道路標識「50km/hで走れ。動物のため」をみかけたら、舗装道路は終了。一気にガタガタ道へと変遷した。これは4WD車じゃないと走れないし、酔い止めを服用して正解だった。
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おお、キリンが悠々と。……邪魔なんですけど。
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ロバの群れ。車より動物が優先されるんだな。
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11時15分、アンボセリ国立公園のゲートに到着した。
ここで入場料金都合2日分、120USDを支払う羽目に。しかも現金は不可で、カード支払い専用とな?
つまり、カード所有が当たり前の社会なんだな。
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11時38分、アンボセリ国立公園に入場! ここで車のルーフは開放され、サファリ・モードに。いいぞ!
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大雨季だから覚悟はしていたが、道路の一部が完全に水没している。三日後に、これで泣かされることになるのだが、それは後の話。
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小動物多し。
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あれがうわさに聞く「雨の塊」か。
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12時50分、アンボセリ国立公園内のOL TUKAI LODGE オル・トカイ・ロッジに到着した。
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ロビーはこんな感じ。
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なるほど、部屋は半独立のロッジなんだな。
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昼食は屋外のテラスでバイキング。実に心地よい。
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日本人客も二組いた。そして猿も多い。
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雨が降ったり、突然やんだりで、不安定な天気だな。

■サファリの王道、Game Drive!


さて、マラロン(マラリア予防薬)を服用したし、16時、ゲーム・ドライブに出発だ。

暑い。陽射しは厳しくサングラスを持参したが、車内なのでなくても平気だ。

バッファローを発見。体重800kgか。ライオンは4匹がかりで、バッファローを襲撃するとのこと。
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で、そのライオンを発見してくれたのは良いが、僕のカメラ=SONY ミラーレス一眼カメラ α6000 ボディ グラファイトグレー ILCE-6000 H+SONY標準ズームレンズ Vario-Tessar T* E 16-70mm F4だと、小さくて良く撮影できないぞ。
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ドライバー・エルカナさんが貸してくれた双眼鏡なら良く見えるのに!


【教訓】
サファリには高倍率の望遠レンズこそが必要だ。
今回持参したVario-Tessar T* E 16-70mm F4 は、役不足だった。
広角レンズ(SONY 16mm F2.8+ウルトラワイドコンバーター VCL-ECU2)はほとんど使用しなかった。

あと、服装について。
現地は暑いので半袖。サファリでは半袖一枚+朝にウインドゥブレーカー(パーカー)で十分だった。


アフリカゾウの群れは、この後もたびたび見かけることとなる。ここは象の王国なんだな。
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ダチョウ。
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冠鶴。日本では見かけないな。
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標高5895メートル、アフリカ最高峰のキリマンジャロ山は雲に隠れて良く見えないや。
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18時30分にホテルへ戻ると、蚊帳が準備されていた。
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夕食もバイキングって、ここは三食がバイキングなんだな。まぁTUSKERビールともども美味しいから問題なし。
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部屋へ戻る。この灯りのない真っ暗な感覚は久しぶりな気がする。これが自然本来の姿か。

で、部屋ん中は虫だらけだ。蚊帳がなければ悲惨だ。
さすがにバスタブはないか。水もお湯も貴重だし。シャワーを浴びて、早めに寝ます。

続きます。





キリマンジャロ山と大型動物の写った写真を見て、いつかは訪れたいと思っていたケニア。GWを利用して一人で出向くことにした。
そして、イスラムとアフリカ文化の融合した「スワヒリ文化」を体現するザンジバル島、ストーンタウンも歩いてきた。

仕事の都合でンゴロンゴロを断念して、本当の弾丸旅行(6泊8日)になってしまったが、ツアーに頼ることなく、思い通りのひとり旅を愉しむことができた。

【参考データ】
往路便
 2018年4月27日(金) 関西国際空港23時45分発EK317便、ドバイ行き
 2018年4月28日(土) ドバイ国際空港10時15分発EK719便、ナイロビ行き
タンザニア国内移動便
 2018年5月1日(火) アルーシャ空港15時10分発PW425便、ザンジバル行き
 2018年5月3日(木) ザンジバル港9時30分発・高速船Kilimanjaro-6号、ダル・エス・サラーム港行き
復路便
 2018年5月3日(木) ダル・エス・サラーム国際空港16時45分発EK726便、ドバイ行き
 2018年5月4日(金) ドバイ国際空港3時40分発EK316便、関西国際空港行き

ナイロビ宿泊先:InterContinental Hotel Nairobi(インターコンチネンタル・ナイロビ:1泊)
アンボセリ宿泊先:Ol Tukai Lodge Amboseli(オル・トカイ・ロッジ:2泊)
ストーン・タウン宿泊先:Zanzibar Serena Hotel(ザンジバル・セレナ・ホテル:2泊)


■楽しい旅行は入念な準備から

・ケニア入国にはVISAが必要です。
おや、オンラインでVISA申請ができるとな? 便利な世の中になったものだ。
HPから必要事項を記入して、申請代金51USDをカードで支払い……。
メールでの通知はなかったが、なんと翌日にはオンラインVISAが発行された。これを印刷して持参すれば良いのだな。
http://www.kenyarep-jp.com/news/15/150820.html

・タンザニア入国にもVISAが必要
こちらは東京のタンザニア連合共和国大使館か、大阪の領事館での手続きが必要だ。幸い、大使館への郵送申請ができるのでそちらを利用した。
まずは郵送したい旨をメールで申請すると、送付先が送られてくる。
大使館のHPから申請書をダウンロードし、必要事項を書き込む。パスポートと証明写真、それに大使館から自宅への発送料金分の切手を貼った封書を揃えて大使館へ書留で発送したのが4月2日だ。その後、書類が確認できたので以下の口座へ6千円を振り込むよう指示され、その通りにすると、12日にシングルVISAの貼り付けられたパスポートが返送されてきた。申請からちょうど10日後に受領できたことになる。
なお、タンザニア連合共和国大使館の係員の対応は、とても丁寧であったことを明記しておこう。
http://www.tanzaniaembassy.or.jp/Japanese/Consular_Matters_Japanese/visainformations_jpn.html

・黄熱病ワクチンを接種してもらう。
イエローカードがないとケニアからタンザニアへは入国できない。
予防接種の日程は火曜日の午後と決められており、前々週の月曜日に予約した。
電話予約の際に、病歴、アレルギーの有無、服用中の薬等を確認された。
で、4月のさる火曜日の午後、兵庫県は和田岬の端っこに存在する神戸検疫所へ出向き、生ワクチンを接種してもらった。
感じの良い女性医師はいろいろと注意点を教えてくれた。ありがとうございました。
なお、この検疫所で、虫よけ成分ディートが最高濃度の30%包含された「ムヒの虫よけムシペール@30」が紹介されており、Amazonで2本購入した。(1本だと無くなった時が恐いので → 旅行中、本当に1本を使い切り、2本目も半分を消費した。)
https://www.forth.go.jp/keneki/kobe/




・マラリア予防薬。高い!
黄熱病ワクチンを接種してもらったその足で、神戸市須磨区にある「阿部内科医院」へ出向き、マラリア予防薬を処方してもらった。同医院のHPによると日本で処方されるマラリア予防薬には3種類あり、僕は一番副作用の少ないとされる、ただし毎日服用しなければならない「マラロン」を希望し、処方してもらった。
保険が利かないので、1万円を超える支払いとなった。……これも必要経費だ。
http://abe-naika-iin.com/travelmedicine.html

これで準備が整ったぞ。
旅のテーマはは次の三つだ。
1.サファリ・ドライブを愉しむ。
2.キリマンジャロ山の雄大な姿を目に焼き付ける。
3.スワヒリ都市の多国籍文化を肌で感じる。

さぁ、出発!


■2018年4月27日(金)

フレックス制度を活用して会社を早めに退出し、いったん自宅へ戻る。

19時28分、JR三ノ宮駅から関西国際空港行きバスに乗車。
20時35分に空港へ到着。すぐにチェックインを行う。

海外旅行保険はいつもの3千万円コースだが、8日間だから10,760円もした。
190,279円を1,715USドルへ両替。

今回は予備カメラとしてNIKONの防水カメラを持参したので、専用のSDカード32GBを4,050円で購入。これは無用な出費だったとわかるが、後の祭り。

21時16分にセキュリティチェックへ向かう。はじめてFAST LANEを利用した。早くて良いぞ。
21時30分には出国できた。
その足でサクララウンジへ。ビールとから揚げとソーセージの夕食だ。
時間が余って仕方がないな。

28番ゲートはすでに乗客でいっぱい。23時に搭乗開始。777-3OOERだ。
今回は思うところあってビジネスクラスを選択したのだが、やはり良いな。
シャンパンでのどを潤し、ディナーメニューとワインリストを眺める。
アメニティバッグはBVLGARIだ。男性用(ブラウン)は機内使用専用の構造となっているが、女性用(アイボリー)はインナーバッグとしても使えそうで良さげだ。

そうこうしているうちにランディングが始まった。23時45分、スムーズに離陸。
南アフリカ航空と同様、シートにマットが敷かれるんだな。ありがたい。

驚いたことに、スリッパをリクエストしたら「用意していない」との回答。なんだかなぁ。
(トイレに行くたびに靴を履く羽目に。復路便ではマイスリッパを持ち込んだ。)

天井には星が灯され、機内は夜モードに。
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1時30分に夕食が出る。赤いボルドーワインとビーフステーキは実に美味だ。
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まだまだ先は長い。映画『おおかみこどもの雨と雪』を鑑賞。
「泣いてないよ、滴だもん」
ん、良作アニメーションだが、もう少しひねりが欲しいところ。

眠れないが横になる。あれ、フルフラットシートじゃないんだ。いまどきライフラットはないでしょう。

7時30分、機内は朝モードに。
7時50分に朝食が出るが、オムレツに固いクロワッサン……ハッキリ言ってよろしくない。二度と選択しないぞ。
(復路の和食は実に美味だったが。)

8時35分、Gwadar上空。外気温-49℃。

9時10分(4時10分)着陸モードへ。7,600kmの旅も一旦クローズだ。

4時40分、ドバイ空港に到着。

4時55分、セキュリティチェックを抜ける。それにしても広い空港だ。
5時15分、空港2階のエミレーツビジネスラウンジへ。
只酒を飲んで、少し休憩するか。
ゲートC8は遠いので8時にはラウンジを出て歩かないと。こんなに広い空港なら、関空のようなシャトルを導入するべきだったろうに。

パンとコーヒーで朝食第二弾。フレッシュジュースも美味。待ち時間長し。ヘミングウェイの短編集でも読もう。

8時55分、ゲートC8に近いビジネスラウンジへ移動。コーヒーとケーキ。もう腹いっぱいだぞ。
ゲートC8を9時40分に通過し、50分に搭乗開始。今度は777-200LRか。
やはりCクラスは快適。昼便だから窓側のシートにして正解。
機内の撮影には広角12ミリレンズが効力を発揮した。
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A380か……いつかは乗るぞ。
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ドバイからナイロビまで3,561km、4時間33分の旅が始まる。

10時33分take off、まだまだ建設途中のドバイの街を眼下に望む。都心部以外は、本当に砂漠なんだな。
入国カードと税関申告書を記載しておこう。

時速840kmで1万メートル上空を飛行する中、オレンジジュースが美味い。ナッツも温められており、実に良い。
あれ、アメニティグッズは配布されないのか。
昼食は前菜が美味だった。チキンはいまひとつ。
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『In This Corner of the World』(この世界の片隅に)
3度目の鑑賞となるが、何度見ても良い作品はやはり良い。思わず涙ぐんでしまった。
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ナイロビ上空、雲の層が厚い。その下は見渡す限りの草原だ。
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14時2分にランディング、バスでターミナルビルへ移動……曇り空なのに、こんなに暑いとは!
14時25分、オンライン申請しておいたVISAは回収され、拍子抜けするくらい簡単に入国完了。
14時40分、オフィシャルタクシー申請所で車を呼んでもらう。代金25USDは先払いか。

■ケニアの首都、ナイロビは車社会です。

タクシーに乗って街へ向かう。強烈な日差し! 暑い! そして圧倒的な日本車の比率! 乗用車に限っては90%以上じゃないだろうか。
このタクシーもローレルだし、そういえば、右ハンドル・左側通行なんだな。(タンザニアもそうだと後に知る。)

空港を出るとすぐに渋滞につかまった。排気ガスのひどさは想像以上だ。
運転手によると、今日は土曜日だから渋滞がひどいとのこと。
暑いのは当たり前。エアコンが効いていないのか。
それに、信号が本当にないぞ。
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幹線道路は汚いことこの上ない。停車車両にはたちまち物売りが寄ってくる。ペットボトルの水はわかるが、ネクタイ、バナナ、鏡、サッカーボール、ショルダーバッグと何でもありだな。

15時35分、インターコンチネンタル・ホテルに到着。チップとして5USDを渡す。
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驚いたことに、ホテル敷地への入り口ですべての荷物と体のセキュリティチェックを受けることに。
宿泊客ひとりひとりの入退場の際にも、係員が頑丈な扉を開閉することを後で知った。

ホテルのロビーは重厚なインテリア。安心のインターコンチネンタル仕様だ。
チェックインを済ませて、部屋で少し休憩。部屋は大通りの裏手に当たり、残念ながら眺めは良くない。
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ナイロビの街は治安が良くないと「地球の歩き方」に書いてある。
歩くのは最小限に、注意力を臨界にまで上げて、16時45分、小観光に出発だ。

■ケニヤッタ・インターナショナル・カンファレンス・センター

ホテルから歩くこと約10分、この国際会議場はナイロビの象徴的建物で、ちょうど市役所の対面に位置する。
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ビル前のシティ・スクエアにはケニア建国の父、ジョモ・ケニヤッタの像が置かれている。
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敷地入り口でセキュリティチェックを受け、ビル入り口でまたまたセキュリティチェックを受け、入場料金15USDを支払い、エレベータで26階まで上る。
2か所の階段を登り切ると、ビル頂上の展望台だ。
ここからナイロビ市街を一望できる。が、感動するほどではないな。
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ビルの入り口にも、エレベータを下りた階段の上り口にも小銃を持った軍警察官が控えていた。ものものしいし、観光名所にしては寂しい雰囲気だったな。

観光はこれで終わり? 寂しいので、大通りを少し歩き、ガイドブックに「歴史的建造物」と書いてある場所まで歩く。途中、ハロー・フレンドだの、ミスターだの声をかけてくる怪しげな男女はすべて無視だ。
で、「歴史的建造物」はこんな感じ。博物館になっているみたいだが、中へ入る気はしないなぁ。
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ホテルへ戻る。おお、玄関前のポールに日の丸が掲揚されている。嬉しいぞ。
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夕食はホテルの洋食レストランで。一流ホテルなのにディナー・バイキングってどうなのか。正直、メニューもいま一つ。それでも3,650KSH(ケニアシリング)もするとは。不合格。
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満腹になったところで続きます。
明日はゲームドライブ、楽しみです。

この世界の片隅に (特装限定版) [Blu-ray]
のん
バンダイビジュアル
2017-09-15




17の短編と翻訳者による解説が収録される。すべてが骨太かつ不器用な「男の世界」、それでも優しさは存在する。

『The Gambler, the Nun, and the Radio ギャンブラーと尼僧とラジオ』
メキシコ人が銃撃され搬送された病院での入院患者フレイザー氏の体験。これといったトピックはないのだが、ラジオの件が気に入った(p198)。人々の寝静まった深夜、ボリュームを絞ったラジオに耳を傾ける。遠い街の音楽を聴き、DJのトークに聞き入り、その街と人々の情景を思い浮かべ、そして、その街の人になる。デンヴァー、ソルトレークシティ、ロス、シアトル。未明になると時差の関係で、ミネアポリスの陽気なミュージシャンの演奏が始まる……。アメリカ西海岸へ行きたくなるな。
「つづけるんですよ、のんびりとね。で、運が変わるのを待つんでさ」(p206)こういう生き方も悪くないかも。
人民の阿片、についての考察も傾聴に値する(p207~211)。

『A Natural History of the Dead 死者の博物誌』
「ほとんどの人間は動物のように死ぬ。人間らしくは死なない」(p135)
田園地帯の弾薬工場の爆発跡。そこに散乱する数えきれない女性の遺体の描写は激烈だし、第一次世界大戦時の放置された戦死者の様相は異様だ。イタリア戦線の野戦衛生隊で数多の死にゆくものを見つめてきた著者ならではの記述は、実に生々しい。

『The Short Happy Life of Francis Macomber フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』
東アフリカ、あるいは南部アフリカにおける「ゲーム・ドライブ」。こんにちでは大型動物の観察こそ観光の目玉とされているが、1930年代には狩猟が許されていたんだな。だから本当の意味での「ゲーム・ドライブ」か。
風を巻いて草むらを突進してくるライオン(p288)に、怯えの感情を抱くのは人情というものだろう。だがアフリカの世界では逃げることは許されないし、主人公マカンバー氏のように、白人からも黒人からも軽蔑の眼差しを向けられることとなる。そして妻からも愛想を尽かされるハメとなる。
"怖いもの知らず"への変化。これが「男を支える背骨なのだ」(p310)

『The Snows of Kilimanjaro キリマンジャロの雪』
タンザニアに存在し、ヘミングウェイも滞在したケニア・アンボセリ国立公園から、その神がかった雄大な姿を眺めることができるキリマンジャロ山は、この作品によって全世界的にその名を知られるものとなった。
「前方の視界いっぱいに、さながら全世界のように広く、大きく、高々と、信じがたいほど真白に陽光に輝いて、キリマンジャロの四角い頂上がそびえていた」(p362)
そうだ、このスケールからすると、麓で展開される人間たちの呻吟や生死など、どうでも良いことのようにみえてくる。ヘミングウェイもそのことを伝えたかったのではと思う。

ヘミングウェイ全短編2 勝者に報酬はない キリマンジャロの雪
著者:Ernest Hemingway、高見浩(訳)、新潮社・1996年7月発行
2018年5月12日読了
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元大手都市銀行の支店長にして町金融会社社長、軽部順一は、突然の老中国人からの申し出に戸惑っていた。中華民国総統の密使いわく「100億円を融資しろ」と。昭和20年に船とともに台湾沖に沈んだ金塊のサルベージ:町金融のバックの巨大暴力組織、財界のフィクサー、元大本営参謀を巻き込んでの壮大なプロジェクトが始まろうとしていた。

紳士らしく矜持を保つことの重み。よォーそろォー。よォーそろォー。涙はなけれど男泣きだ。

・自分の意思で何かをなしとげたことなど、ただの一度もなかった人生(上p187)。軽部にとっても、東大卒の新聞記者、律子にとっても、これは転機でもあった。一生を何かに賭けること、ここに人生の意義がある。
・日本とタイを除いて欧米諸国の植民地として搾取されてきたアジア諸国に光を射し込むは、大東亜共栄圏。その夢は、どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。仲間の首席操舵手を殺された一等航海士に「軍人は勝手に戦をして…」(上p245)と言わしめた点にあるのだろうか。
・「喪われた時間」の章が秀逸。弥勒丸。五十六億七千万年の後にあらわれる救世主。すなわち、そんなものは永遠に来ることがないということを知るからこそ、人間の力で助け合うことを教え諭し、自らも実践する元日銀マンの土屋の人生は高尚だ。そんな彼にとって律子との邂逅は、まさに神の導きなのだろう。律子に「何か目に見えぬ力が、頭を下げよと命じている」のもさもありなん(上p372)。そして「帰郷」の章の日比野の言葉に涙する(下p101)。
・「ひとつの志に生涯を賭けた男同士。これを義兄弟という」(上p285)。そして生きねばならぬ理由。老いた三人のフィクサーの来世にこそ幸あれ。
・「そう、すべては人間の意志によるのだ」(下p366)これには強く同意する。

1999年の作品だが、このグローバルの時代にこそ受け継がれるべき日本人の尊厳が紙面いっぱいに溢れている。感涙を我慢してページを閉じた。浅田次郎は最高だ!

Scheherazadeシェエラザード(上)(下)
著者:浅田次郎、講談社・2018年2月発行
2018年4月21日読了
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■京劇鑑賞

2017年11月4日(土)夜、Beijing Hotel NUO Wangfujingのハンサムなコンシェルジェに相談します。
「湖広会館で京劇を鑑賞したい」
電話で確認してもらったところ、「本日、湖広会館はクローズ」とのこと。これは以前、北京散歩に相談した時に「湖広会館は経営が厳しく、規定の予約人数が集まらないと開演しない」と聞かされていたので、驚かない。
(こんなこと、地球の歩き方には書いていないぞ。)

で、梨園劇場の席を予約してもらった。グレードは……最高の席にした。580元なり。

タクシーで向かうのだが「心配なので」と、コンシェルジェ氏も乗ってきた。乗車料金50元。
梨園劇場に到着すると、コンシェルジェは劇場事務室に入り、入場券を持ってきてくれた。みると「VIP」とある。良いぞ。
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演目は3劇か。
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着席します。たしかにVIP席で、舞台が良く見える。
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このVIP席にはお茶菓子が用意されている。美味だったがもの足りない。
ビール(15元)2本とケーキ(18元)を注文。
ほろ酔い気分で開演を迎えよう。
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隣のVIP席には老年と中年の女性2人。写真撮影を手伝うと「明日、一緒に観光しないか」誘ってくれた。残念ながら帰国なのですよ……。
名刺をくれた。「Hong Kong Institute od Cantonese Opera Limited 香港○劇文化学院有限公司 Director」女史だそうな。その劇場では広東劇を披露しているそうで、北京のものとは趣きが違うとのこと。
今度、香港を訪れたら鑑賞しよう!

開演前に役者が化粧をし、衣装を装着する様子をみることができる。
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開演だ。
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言葉はもちろんわからないが、左右の電光掲示板に英語が表記されるので、それほど問題ない。
それよりも、その演技の凄さに魅入られた。
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1時間後の20時30分に終了。良かったなぁ。
土産は……Beijing Operaのマグネットを購入した。
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さて、戻ろうか……、タクシーが全然つかまらない。大通りまで出て10分後にやっと乗車することができた。
夕食は…レストランは20時30分で終了? ガックシ。
ルームサービスにした。いわゆる牛肉めしだ。美味。
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就寝します。良い夢が見られますように。


■天壇へ
2017年11月5日(日)7時30分起床。寝坊したので朝食を摂る時間がない、日本で買ったどら焼きでいいや!

起床してすぐ、部屋の段差で転んでしまった。情けなや。

7時50分に出発。「天壇」へ向かいます。フロントでタクシーを呼んでもらうが、なかなか来ないぞ。

8時35分、天壇南門へ到着。タクシー代50元。寒い!
団体客の多いこと。
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歴代皇帝が五穀豊穣を祈願して祭祀を行った場所、「圜丘」に立ちたかった。
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これが円心石。
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皇穹宇。
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祈年殿。
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天壇北門へ向かう。結構ひろいな。
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龍は皇帝の象徴か。
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天壇北門からタクシーでホテルへ向かう。20元。


■帰国です

11時10分にホテルをチェックアウト。良いところでした。
11時30分にエアポートエクスプレス駅へ到着。タクシー代50元。
空港までの運賃は25元。11時50分に出発し、12時15分に北京首都空港ターミナル3に到着。

13時10分に出国完了。
お土産を選ぶ。月餅餠とシルクのスカーフにした。

昼食はレストランへ。青島ビールと豚肉ワンタンヌードルスープで腹を空腹を満たす(65元)。
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14時5分ボーディング、往路と同じ767-300だ。
14時58分に離陸。

15時40分に昼食が出る。TRUEの『サウンドスケープ』(響け!ユーフォニアム2)を聴きながら舌鼓を打つ。プレミアムモルツも美味い。
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17時12分(18時12分)、関西国際空港へ到着。
18時35分に入国完了。

残金1952元を31,291円に両替。

小腹がすいたのでお好み焼き「ぼてじゅう」で大阪デラックスモダンを食。外国人客も多いはずなのに、この店は日本語メニューしか用意していないんだな。なんて不親切な。
それはさておき、ビールが美味い。で、2500円もした。

神戸・三宮行きバスは空いていた。
19時40分、三ノ宮を経由して、21時20分に自宅へ戻る。


これで弾丸旅行は終了です。中華の真髄を堪能できた気分。

最後まで拙文にお付き合いくださり、唔該!

< 結束 >




■万里の長城へ!

北京に近い八達峯長城は中国人民でごった返しているらしい。それなら少し遠くの慕田峪長城へ行こうと思い、車をチャーターしたのだ。

・万里の長城
北京市内or郊外 8時間貸切チャーター
http://pekinsanpo.com/%e8%bb%8a%e4%bb%98%e3%81%8d%e9%80%9a%e8%a8%b3/

2017年11月4日(土)10時40分、日本語ドライバー、ヤンさんとともに紫禁城=故宮博物院から慕田峪長城へ向かいます。

車中で北京の蘊蓄を聞かせてもらった。
・車には600万台の車が存在
・長城の全長は6,500km、北京市内だけで630kmもある。
・北京地下鉄は2022年の冬季オリンピックまでに1,000kmの長さに達するという。
蘊蓄ってほどでもないか。

う~ん。市内も郊外もスゴイ渋滞だな。土曜日は北京人民は一斉に郊外へ車旅をするので、いつもこんな渋滞なんだそう。インドほどではないが、割り込みもクラクションもすごいぞ。

2時間後の12時40分に慕田峪長城の駐車場に到着。

チケット180元を購入し、バス乗り場へ。土産物多し。ヤンさんとはお別れ。
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大型バスでロープウェー乗り場へ向かう。乗車時間は約10分。
ロープウェー乗り場へ向かうまではスゴイ坂。これ、年配の観光客にはキツイだろうな。
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日本ケーブル?
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13時10分にロープウェーに乗る。景色は気分を盛り上げてくれる。
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稜線に長城が見えて来た。
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5分後に長城へ到着!

■Walking on the GREAT WALL!

毛沢東いわく「不到長城、非好漢」ということで、前から気になっていたのだ。
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二〇〇六年じゃなく、二零零六年か。
それはともかく、このスケール感!
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さぁ、歩こう!
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ロープウェー。あれに乗ってきたんだな。
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しまった! 土曜日なので、慕田峪長城といえどもC国人で大混雑だ!
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野砲も据え付けられていたのか。
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結構、傾斜がキツイ。足に来るな。
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ロープウェー地上へ降りる。満喫したぞ!!
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土産物は……長城マグネットを購入(20元)。
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15時に慕田峪長城を出発。

なんと、ホテルへ戻れたのが17時35分だ。

代金を景気よく支払います。故宮博物院入場料金と高速道路料金込みで1,100元。他にチップを80元。
「ご苦労さま、ヤン准将」

ホテルの自室で顔を洗い、小休止。17時55分に再出発。
続きます。

長く高い壁 The Great Wall
浅田 次郎
KADOKAWA
2018-02-28



■2017年11月4日(土) 紫禁城へ(故宮博物院)

6時13分起床、朝食は西洋食中心のバイキングだ。食べ過ぎた。
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午前は紫禁城(故宮博物院)、午後は万里の長城(慕田峪長城)と、今日は忙しいぞ。
紫禁城(故宮博物院)では一切のかばん類を持てないので、財布などはジャケットの中だ。

で、本日の移動は「北京散歩」さんのお世話になることにした。事前にWEBでコンタクトを取った際に、とても誠実な対応が印象に残ったのだ。

・紫禁城 入場予約代行
http://pekinsanpo.com/%e6%97%85%e3%81%ae%e3%82%aa%e3%83%97%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3%e3%83%bb%e6%95%85%e5%ae%ae%e5%85%a5%e5%a0%b4%e4%ba%88%e7%b4%84%e4%bb%a3%e8%a1%8c/

・万里の長城
北京市内or郊外 8時間貸切チャーター
http://pekinsanpo.com/%e8%bb%8a%e4%bb%98%e3%81%8d%e9%80%9a%e8%a8%b3/

8時、ホテルのロビーで日本語ドライバーのヤンさんに会う。
銀河英雄伝説の同盟側の英雄と同じ名前だ。見た目も年齢も全然違うが。
http://gineiden-anime.com/

朝の陽光を浴びながら車は東長安街を西へ。5分足らずで天安門広場に到着した。
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天安門周辺は交通規制が厳しく、一時停車などしようものならすぐにしょっぴかれるそうで、少し離れた路地で降ろされた。バッグは車の中に残してゆく。

ヤン准将の説明通り、天安門のセキュリティを抜け、端門を潜り抜ける。
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あの奥に見えるのが「午門」か。
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ちょっとした広場があり、そこの右端にカウンター(取票所)がある。チケットは無事に予約してもらっているが、どうだろう?

8時28分、無事に午門前のカウンターでチケットを入手できた。
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入場行列におとなしく並ぶ。
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入場料は支払い済だ。他に多国語ガイド装置を借りたのは良いが、これが「まるで使えない」とわかった。この国のシステムを信用してはいけない。

いざ、中へ入らん。
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おお、目の前に「太和門」が。ワクワクしてきたぞ。
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金子川、内金水橋を超えると、ちょっとした中国官吏の気分になる。
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立て看板によると、なになに、この太和門は1420年に完成し、いくどかの改築と火災を乗り越えて来たとある。現存するのは1888年・清光緒14年のものか。
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前へ進もう。太和門は観るだけ、右方の昭徳門を抜ける。
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おお、なんて広大な! あれに見える壮大な建築物が「太和殿」、紫禁城の中核、正殿だ!
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1420年に建立され、逐次増築され、1695年に再建されたと書いてある。

歴代皇帝はこんな光景を見ていたんだな。
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銅鶴と銅亀。めでたい。
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銅鼎。良い感じだ。
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これが嘉量=度量衡標準器。なにも正殿の前に置かんでも……。
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中を覗くことができる。人民が多すぎて写真撮影もままならんとは。
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贅をつくした宮殿か。
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この龍の数が多いほど、「偉い」建築物らしい。
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さて、太和殿に続く「中和殿」へ向かおう。ここは皇帝の休息所なのか。
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「保和殿回廊」も良い感じだ。
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「保和殿」は、おお、科挙の殿試が行われた場所なんだな。
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「乾清門」を超えると、そこからは「内廷」になる。
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「保和殿」の後背に位置する「大石雕」が気に入った。
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「乾清門」に置かれた龍には人だかり。御利益あるのかな。
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次は皇帝が日常の執務を行う「乾清宮」って、違いがわからなくなってきたぞ。
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「交泰殿」を見ているときに、後ろから胸ポケットの辺りをまさぐられた。残念でした。財布はファスナー付きの内ポケットに入れてあるのだよ。
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以降、「坤寧宮」「大成左門」を通過して、迷路のような内廷をうろうろ。
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ああ、「珍妃の井戸」は別料金なんだな。時間もなし、あきらめよう。

そろそろ出口です。「天一門」に「澄瑞亭」か。
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宮殿の北側に位置する、勇ましい名前の「神武門」をくぐる。
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これで紫禁城=故宮博物院の観光は終了です。
中国的スケールのでかさに感動。おのぼりさんの団体客にもみくちゃにされましたが。

あれは景山公園か。いつかまた来たいな。

「緊密団結…習近平同士の…核心的中央…奪取新時代…中国特色社会主義…大勝利」
勇ましいスローガンだが、全体主義を彷彿させるな。ベトナム。ホーチミンにも似たようなのが掲示されていたなぁ。
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時刻は10時25分。景山公園左側の駐車場でヤン准将と再会。
これより万里の長城(慕田峪長城)を目指します。

旅の途中ですが、続きます。

蒼穹の昴(1) (講談社文庫)
浅田 次郎
講談社
2004-10-15



秋の三連休を利用して行ってきた。今回の旅のテーマは、ただひとつ、
■紫禁城と長城の雄大なスケールを楽しむ。
ことに尽きる。

【参考データ】
往路便
 2017年11月3日(金) 関西国際空港10時00分発NH979便、北京行き
復路便
 2017年11月5日(日) 北京首都国際空港14時30分発NH980便、関西国際空港行き

北京宿泊先:Beijing Hotel NUO Wangfujing(北京飯店ヌオ・王府井:2泊)
(旧 ラッフルズ北京ホテル)

■2017年11月3日(金) 北京首都国際空港へ!

朝6時40分、JR三ノ宮駅より関西国際空港行きバスに乗車。三連休だけあってほぼ満席だ。
薄雲の向こうから輝く夜明けの紅い太陽が目に染み入る。眠いぞ。SONYウォークマンでひたすら音楽を聴いていたら、7時50分に空港に到着した。中国旅行には欠かせないVPN機能付きWi-Fiルータを受け取り、ANAカウンターでチェックイン。荷物はすべて持ち込むのだ。
海外旅行保険はいつもの3千万円・5430円プランに加入。

49,111円を2,160元へ両替。
9時に出国完了。10分後には14番ゲートへ。シュークリーム、どら焼き、のどあめを購入。
9時30分にアナウンスあり。搭乗開始が遅れるだと? もっと早くアナウンスしてほしかった。
でも15分後にはボーディングできたし、さすがは優秀な日系航空会社だ。
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機体はボーイング767-300。古いが10列シートじゃないので、実は楽だったりする。
後方は結構空いているし、隣も空席でラッキーだ。

10時18分に離陸。おお、眼下に明石海峡大橋!
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10時55分に昼食が出る。飯が美味だ。
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時計を1時間遅らせて……。そうこうしているうちに大陸に入った。
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12時20分に着陸。25分に到着したのに、イミグレのとんでもない行列に並ばされ、入国できたのが13時23分とはひどいな。
9月の大連空港では15分足らずで入国できたのに。

文句はさておき、13時55分に飛機場快速列車に乗車。荷物検査は面倒だが、安心の裏付けではある。
料金は25元もしたのに、満席で立たされる羽目となった。

このBeijin Airport Express、地上を走るのは良いが、窓からの陽射しがきつくて暑い。カーテンもブラインドもないのか。
車内は、日本の列車内以上にカオスと言える。科学技術文明が発達したとはいえ、今読んでいる魯迅の作品に登場する人物、世界観が21世紀までそのまま残っている感じがする。

14時25分に終着駅の東直門駅に到着。地下のプラットホームから地上へ出ると、おお、北京のものすごい交通渋滞を目の当たりにできる。
なんとか道端でタクシーを拾い、ホテル名を告げる。ここまではまだ良かったのだが、本当にひどい渋滞だ。
信じられんことに、ホテルに到着したのが15時5分だ。30分近く乗車して40元。まぁこんなものか。

Beijing Hotel NUO Wangfujing(北京飯店ヌオ・王府井)は、1年前はラッフルズ北京ホテルという名前だった。なんか感じが変わるな。
ドアマンは良い感じ。後日、この係員に世話になることになる。
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カタコトの日本語が話せるフロントの係員曰く、部屋をグレードアップしてくれるそうで、準備するのでクラブルームで30分待てと。
他のスタッフのことを「同志」と紹介するのには笑みを漏らしたが。

クラブルームは、特別室に宿泊客のみ入室できるそうで、コーヒー、サンドイッチ、菓子類を飲食し放題。それは良いのだが、クラブルームの「同志」2人組はスマホと雑談に夢中で、仕事への情熱ゼロだな。
何が30分だ! 15時55分になってやっと迎えに来た……。

スイートルームは2階正面に位置する立派すぎる部屋だが、広すぎて逆に困る。
翌日、段差につまづいて転び、年齢を自覚して哀しくなったりもした。
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さて、観光に出発しよう! 16時15分になってしまった。
ホテルは王府井の一等地にあるので、とても便利だ。わずか10分で天安門広場の入口に到着した。

セキュリティチェックの列……。

おお、天安門広場! 中国的名所だけあって外国人だけでなく、中国人のおのぼりさんの多いこと!
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北京のランドマークだけあって、東京ドーム10個分の広さは伊達じゃない。

夕方になり、掲揚された国旗の降納の段になると、共産党の軍隊がわらわらと出てきて隊列を組み、儀式めいたことをやって……。この中華帝国の人民にとっては誇らしいのだろうな。
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東長安街。歴史を感じさせる良い名称だ。この大通りの広い歩道を東へ向けて歩く。
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王府井をうろうろ。人民の海に呑み込まれてしまいそう。
時計台は日本の銀座のパロディだろうか。見てるこっちが恥ずかしい。
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有名な王府井小吃街。強烈な匂いも作用して、ゲテモノ売り場にしか見えないのだが。
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生きたサソリを口に入れる? ~~!!
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ところで、まだ18時なのに暗いのは、首都なのに照明がほとんどないからか! とても北京の銀座通りとは思えない暗さと危なさ。軍備よりもこういったインフラを整備するべきだろう。

本屋に入ったが、2件とも期待外れだった。雑誌が置かれていない。

夕食はホテルの中華料理。一人用セットメニューが実にありがたい。
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あれれ、ビールを飲みすぎたかな? 部屋へ戻ろう。
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ほろ酔い気分で部屋の入り口を見ると、何やらプレートが……。
そうか、シャルル・ド・ゴールくんも宿泊した部屋なんだな。同志よ!(酔っている)
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VPN付きWi-Fiルータのおかげでグレート・ファイアウォールの外部=西側世界のインフラ=規制のないインターネットにつながるのは実にありがたい。おかげで寝るのが遅くなってしまった(25時30分)。

明日はグレート・ウォールだ。

続きます。



暗黒大陸。この言葉に込められた、アフリカの歴史を否定する見解から脱却し、黎明期からの独自の地域史・交流史を探求する動きをコンパクトに紹介する一冊。アフリカ入門書としても適切かと。

・驚くのはその歴史教育だ。1922年にイギリス領・ウガンダに設置された大学に歴史学講座が開かれたのは1949年、その内容はヨーロッパ史とイギリス史のみで、かろうじて「熱帯アフリカ史」科目が設けられたのは1951年だ。その内容も奴隷貿易、アフリカ探検家、特許会社、キリスト宣教師、アフリカ分割と第一次世界大戦と、アフリカ社会に発起する分野は何もなかったのか(p17)。アフリカの年と呼ばれた1960年に、自国と自民族の歴史の奪回が悲願であったことは大いに納得できる。
・第3章はアフリカについての記述の歩みを概観する。15世紀まではヨーロパ人(ヘロドトス、プトレマイオス)・アラブ人によるものに偏っており、16世紀になるとアフリカ人自身の記述が登場する。初期はイスラームの影響でアラビア語だが、後に各王国が独自の文字を登場させる。大航海時代の探検家の記録は、やはり偏っているなぁ。植民地時代~1950年代は黒人に対する差別が当然とされた時代でもあり、ヨーロッパ人は人文社会よりも自然に重点を置いていたらしい。アフリカ人自身の歴史の記述は、例えばジンバブエ遺跡が現地の住民によって建設されたことは、独立以降にやっと認められたという。
・アフリカ各地に存在した王国と「帝国」は、必ずしも西洋的な尺度の当てはまらない。それでも、緩やかな連邦制の帝国が西洋文化の影響を受けて中央集権制へと変遷する様は面白い。人種・文化の多種多彩なコスモポリタン都市を抱えたスワヒリ文明の考察も興味深い。

アフリカだけではない。彼らの肩を持つわけではないが、朝鮮民族の歴史は1945年の独立以降に正当化されたし、現在中国共産党の圧政下にある各少数民族の歴史は闇に隠されたままだ。規模はそれぞれにせよ、民族自決の実現したときにこそ、「本当の歴史」が明かされるということだな。

アフリカ史の意味
著者:宇佐美久美子、山川出版社・1996年9月発行
2018年4月7日読了
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アフリカ史の意味 (世界史リブレット)
宇佐美 久美子
山川出版社
1996-09-01



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