男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

迫力ある大判グラフィック写真による80ページもの特集「アラブは、美しい」は圧巻です。
2017年11月オープンの「ルーヴル・アブダビ」(6ページ)をはじめ、政治・歴史、アラブ連盟に加盟する22の国と地域、アラビア語の特徴(難しい!)、イスラム建築、旧市街と現代建築、息をつく絶景、等々。
が、なんといっても2千年の昔から連綿と築かれ、現在も進化し続けるアラブ・カルチャーの記事が圧巻です。
(コーラン写本、工芸品、墓石群と出土品、世界中のアラブ・ミュージアム。)

個人的には、アルモーメン・アブドーラさんと松田嘉子さんの語る「アラブ人らしさ」(p86)に興味を惹かれました。
(私事ですが、昔マレーシアで出会ったイラン人技師の人懐っこさに感心した経験を思い出しました。)

まさに完全保存版。おかげで、2月のドバイ旅行の修正を余儀なくされました。(ルーヴル・アブダビ!)



DSCN3191

彼女(ジュゴン)が人魚姫のモデルなんですね。


■鳥羽水族館へ


7時起床、あいにくの雨だ。
DSCN3150

「鳥羽国際ホテル 潮路亭」の朝食は見目よし、味よし、量もよしで、満足度高し。
DSCN3151
DSCN3152

10時前にチェックアウト。また泊まりたいです。

宿のバスで鳥羽駅へ。コインロッカーに荷物を預け、タクシーで鳥羽水族館へ向かいます。

10時28分に到着。入館料は2,500円。
さぁ、「生き物たちが元気をくれる、感動の世界へ」(ちらしより)

階段を昇ると大きな水槽が現われる。中は色とりどりの魚たち、それに亀だ!
DSCN3164
DSCN3166
DSCN3168

中は広いぞ。
・11:00 セイウチ パフォーマンス笑(ショー)
・12:00 ペンギン散歩タイム
・13:00 アシカショー
の鑑賞を見据えながら、「順路のない水族館」を巡り巡った。


・11時 セイウチ パフォーマンス笑(ショー)
いやぁ、観客を巻き込んでの掛け合いがとても面白かったぞ。
DSCN3184

・彼女(ジュゴン)が人魚姫のモデルなんですね。名前はセレナちゃん(と言っても30歳越え。体重379キロ)。
DSCN3191
DSCN3200

・アザラシも良いなぁ。
DSCN3210

・12時 ペンギン散歩タイム
大行進! かわいいもんだ。
DSCN3212

・ジャングルワールドは熱帯雨林を再現。ピラニアの群れは初めて見た。
DSCN3235
DSCN3242
DSCN3228
DSCN3246


・電気うなぎは今夜、何の夢を見る?
DSCN3231
DSCN3232

・日本近海にもサメはいるんですよね。
DSCN3259
DSCN3254

・13時 アシカショー
あれ、一匹だけ?
DSCN3268
DSCN3284


昼食は管内のレストラン「花さんご」にてカキフライ丼を食す。
これで伊勢海老、鮑、牡蠣を制覇したことになるぞ。
DSCN3288

・タカアシガニ
DSCN3289

・伊勢海老とウツボ、どちらが強いんでしょうね。
DSCN3296


・イカって、こんな泳ぎをするのか。
DSCN3307

・奇跡の森。カメレオン。パッとしないな。
DSCN3310


ここは良かったぞ!

■赤福~餅は、ええじゃないか♪


雨足はまだまだ強い。タクシーで鳥羽駅へ。

あれ? 朝、あんなに積まれていた赤福餅が売り切れだ。ぬかった!

15時31分、近鉄特急・伊勢志摩ライナーは出発。
デラックス席は、まぁこんなもんか。
DSCN3314

ビールを飲み飲みしていたら、いつの間にか鶴橋に到着。17時16分。
JR大阪環状線は混んでいる。

大阪駅の売店で、無事に赤福餅を購入できた。心置きなく、新快速で家路へ。

最後まで拙文にお付き合いくださり、ありがとうございました。






初詣はどこへ行こうかな? 小学校の修学旅行以来の伊勢神宮にしよう! ついでに人魚姫のモデル(ジュゴン)も観に行こう、というわけで平成30年最初の一泊二日の旅です。


【参考データ】
2018/1/7(日)
JR神戸線、大阪環状線経由
近鉄特急・伊勢志摩ライナー(普通席) 鶴橋9:13発~伊勢市10:54着

2018/1/8(月)
近鉄特急・伊勢志摩ライナー(デラックス席) 鳥羽15:31発~鶴橋17:16
JR大阪環状線、神戸線

宿泊先:鳥羽国際ホテル 潮路亭(1泊)



DSCN3135
伊勢神宮・内宮


■2018年1月7日(日) 伊勢市へ


5時45分起床、バスとJRを乗り継いで大阪駅へ。
あれ、新快速電車が途中で停車? 人身事故? 困るんですけど。

結局30分遅れで大阪駅へ到着。早めの電車に飛び乗って正解だった!
環状線に乗って鶴橋駅へ。ああ、JRと近鉄は目の前で連結されているんだな。乗り継ぎが楽ちんだ。
9時13分、近鉄特急・伊勢志摩ライナーはスムーズに発車。2時間弱の列車旅が始まる。
DSCN3083

……う~ん。車窓はいまひとつ。こりゃ読書に限るな。

定刻通り9時54分に伊勢市駅へ到着。

コインロッカーが満室なのは予想通り。駅を出て左手にある一時荷物預かり所へ向かう。一個500円なのは良いが、17時までに引き取らないといけない。いま思えば、+1000円で旅館・ホテルへの当日配達サービスを選択しておけばよかったと思う。


■伊勢神宮・外宮


11時15分、伊勢神宮・外宮へ向けて出発。外宮参道は良い感じ。店には後で寄ってみよう(と思うも、時間がなかったので寄れず、少し後悔)。
DSCN3086

で、なんだ、あの長蛇の行列は?
ほほう、外宮から内宮へ出向くシャトルバスの並び行列か。タクシーで行くつもりだから関係ないや。
実は2時間後にはこの苦行に参加することになるのだが。で、この苦行こそ大正解だとわかる!(後述)

外宮に到着。なるほど、正式には「豊受大新宮」というのか。
DSCN3087

まだ正月気分だからなのか、人の多いこと。
DSCN3088

第一鳥居を抜け、表参道をひたすら歩く。おっ、たまゆらが写ってる(違うか?)
DSCN3091

「内宮の天照大神の食事を司る神様」の神殿、「御正宮」へ到着。
内部は撮影禁止ときた。
DSCN3098

お賽銭だと? 大奮発して100円を放り投げた。もちろん多大なる御利益あるんだろうな?
DSCN3099

うん、神社は良いな。
DSCN3103
DSCN3104

階段を昇りに上って「多賀宮」へ。御正殿が公的なお願いを聴いてくれる神殿なら、こちらは個人的なお願いを聴いてくれるという。
お賽銭100円。よろしくお願いします。
DSCN3105

DSCN3108

参道を戻り、第二鳥居、第一鳥居で礼儀正しく一礼して、さて、内宮へ向かうことにするか。時刻は12時10分だ。
タクシー乗り場へ……来ない。おとなしくシャトルバス乗り場へ。バスチケットを購入し、おとなしく並ぶ。

バス会社が総力挙げてシャトルバスを運行してくれている。そんなに待たなくても大丈夫かな……?
結局、立ちんぼで40分も待たされ、ぼろいバスに押し込まれた形。

12時50分、内宮へ向けて出発。
で、途中の交通は「シャトルバス専用道路」に「シャトルバス専用車線」がきちんと用意され、渋滞知らずの運行が実現されていた。このあたり、素晴らしい。逆にそれ以外のタクシー、自家用車は恐ろしい渋滞に巻き込まれていた……。

結局、シャトルバスに乗って正解。感謝しないとね。


■伊勢神宮・内宮


13時15分、内宮へ到着。
宇治橋を見る。なんだ、この人混みは……。
DSCN3110

とりあえず昼食にしよう。「おかげ横丁」に入る。ここも人混みだ。
DSCN3112

適当な食堂へ。
伊勢名物「伊勢うどん」(そのまま)は醤油だれが効いて、実に美味だった。
DSCN3114

時刻は14時。さぁ、内宮へ!

宇治橋。こっちは右側通行なんだな。
DSCN3116

DSCN3117


お神酒。
DSCN3121

手水場。左手、右手、口をすすぎ、左手、勺を洗う、と。
DSCN3122

第一鳥居
DSCN3123


御手洗場
DSCN3124

第二鳥居を抜け、神楽殿を見て……
DSCN3129

天照大御神の鎮座まします「皇大神宮・御正宮」へ到着。さすがに真正面からの参拝はあきらめ、右の方へ。

二拝二拍手一拝。お賽銭100円。
DSCN3130

うん、良い感じだ。「唯一神明造」というらしい。
DSCN3135

DSCN3137



お伊勢さん、よかったな。

シャトルバスにて外宮へ戻り、16時に伊勢市駅へ到着。預け荷物を受け取り、鳥羽駅へ向かう。

16時37分伊勢市駅発、16時54分に鳥羽駅に到着。
なんと、普通電車は二両編成か。


■鳥羽国際ホテル 潮路亭


鳥羽駅1番出口の階段を下りると、各ホテルのシャトルバスが10台以上。
今夜のお宿のバスに乗車します。10分ほどで「鳥羽国際ホテル 潮路亭」に到着。

ここはロビーでお茶をいただきながらチェックインするんだ。

DSCN3140

伊勢の地ビール「神都麦酒」を3本も飲んでしまった。
DSCN3141


ここはこじんまりしたホテルで、部屋も清潔。温泉完備で食事も満点。
気に入ったぞ。

温泉はぬるくていただけない。逆に露天風呂は熱くて……とても、気持ち良い……。

夕食は「味覚」にした。伊勢海老が実に美味だった。アワビは、もう少し大きくしてくれても……。
DSCN3142
DSCN3143
DSCN3145
DSCN3146
DSCN3147

満腹で眠くなったところで、続きます。


僕の初の海外体験は1993年の韓国出張でした。これで海外の魅力に開眼し、はじめての海外旅行先にニューヨークを選び、一人で行ってきたのが懐かしいです。
1994年9月だから、まだテロに遭い倒壊する前の世界貿易センタービルは健在で、屋上にも上ってきました。
過去のホームページ(1999年頃)に掲載した旅行記を公開します。文章がとっても変ですが、そこは御愛嬌です。


[旅の恥は書き捨て]

壱.New Yorkの巻


何かに”BIG CHALLENGE!”したくなるような、極めてエネルギッシュな街です。まだ一度も訪れていないならば、ぜひ飛んでください。できれば、航空券のみ手配して、後はその日の気分でブラつく(IT'S DAYDREAM TRIP!)のが良いでしょう。
以下、自分の感想など参考までに。

megami1

■The Metropolitan Museum of Art メトロポリタン美術館
museum

芸術にはトンと疎くても、まずはここへ足を運ぶ、と。New Yorkの定番。

巨大なCentral Parkのすぐそばにあるため、ジョギング中のオネーサンなんかが階段に座っていたりする。(思いがけず嬉しかったりする)
神戸市立博物館とは比べものにならない展示量。ゆったりとしたスペース
古今東西の武具も豊富。我国の戦国時代の甲冑は、欧米の子供に大人気。西洋の甲冑は特に豊富。じっくり鑑賞できた。
armer

美術品と言えば油絵。それこそ全作品の鑑賞は不可能ですが、見応えありました。やはり西洋ものでは、キリストの生誕を題材とした宗教画が圧倒的。
seitan

「ソクラテスの死」
sokurate

インドの神「Krishna」

krishna

ところ変われば品変わる。なるほどと思った。タイ、中国、インドネシア。東洋諸国のBuddha像は、基本的に同じ。だけど体格と装飾はみな違っていた。やはり”民族柄”が表れるのか? ビルマの王冠付きのbuddhaなんて初めて見た。

buddha

アフリカ、中南米の神々なんて、初めてお目にかかったゾ。

太平洋諸国の文化は、我々のとはイササカ異なるようで。神像でも人像でも、異様にアレが強調されていた。参考までに、南太平洋の船(CROCODILE)などを。

crocodil

「NO FLASH」の貼紙を無視してバシバシフラッシュをたくのは、ご存じ我らが同胞。Don't FLASH! 案内の職員がとがめても、「エイゴ、ワカンナ~イ」ってか? 日本語で大きな声でキャーキャー笑うのもヤメテくれ。
う~ん。こうやって日本人の評価は悪くなるばかり、と。
あと、大和撫子3~4人のグループで、全員ジーンズにポロシャツ、バックパックの姿はヤメテくれ。横一列で歩くな~。
(注:2018年の時点だと、中国人観光客の姿ですね。)


ちょうど昼食時。MUSEUAM正面玄関前の階段から車道までの一帯を人間が群れていて、屋台が20mおき位に並んでいた。ホットドッグもハンバーガもあったが、せっかくだから別のものを食べようと。みると、オジサンや子供たちが美味そうに食べている。あれはなんぞや?
プレッツェルなるものを初めて口にしたが、一口で「もう、たくさんです」な味だった(泣)。


■Statue of Liberty 自由の女神

megami2

やはり、NEW YORKと言えばここでしょう。USAの「顔」ですから。

女神像の鎮座する”Liberty Is.”へはフェリーで渡ります。約12分。景色が極めてグー!

女神像の中を上へ。”どうせなら冠までイケイケ”コースと、”時間が惜しいが、とりあえずは中へ”コースとがあります。前者は冠まで歩き、後者は像の台座(つまり女神の足下)の展示館巡りとなります。どうせなら、時間を裂いてもSUMMITへ!

長~いらせん階段が待ってます。最初は順調、やがて渋滞に巻き込まれます。
一方通行です ^^; 。しかも途中で急に細くなる! さらに頭が上の階段でこすれる! 体の大きなアメリカ人が、なぜこんな小さな階段にしたのか、いまもってわかりません。
それでもはりぼての中を歩くのは、なかなか楽しかったりします。
megami3


5分の間に5m進む、長~い苦痛が報われる時がきます。やっと冠(展望台)です。

おい! 何でこんなに狭いんだ? 展望台は畳1枚分の広さです。とにかく、下界を見下ろしませう。年代物の窓枠がグーです。

下り階段は順調です。台座には女神像の歴史、アメリカ移民の歴史を展示したAmerican Museum of Immigration アメリカ移民博物館があります。せっかくです。ぜひ一巡を。

Liberty Is.からEllis Is.へはフェリーで約15分。ここにはEllis Island Immigration Museumがあり、この島が移民の受け入れ口だった頃の資料が建物ごと展示されています。
ellis

中には各州の人口の推移、世界各地からの移民の歴史、あなたの祖先は?コーナーなどがあり、外には移民者の氏名の刻まれたプレートが光っています。我々日本人にはなじみが薄いものの、熱心に解説を読み、祖先探し(computerが置いてある)を家族でワイワイやっているアメリカ人を見る。嗚呼、歴史とは? 民族とは? なんて考えたりします。


■Manhattan walk


World Trade Center Building(Manhattanで最も高層の建造物)の売り物、屋上の展望台にはぜひ上りましょう。またしても行列を待つものの、専用エレベータで一気に最上階へ。さらにエスカレータで屋上へ。
ここから眼下を見下ろせば、この島を一望できます。意外に島の小さいことに気づいたり、アッパータウンの高層建築物の群れと、チャイナタウン、ソーホーあたりの違いなどがわかります。
manhatta

World Trade Center Buildingの2階には、TKTSがあります。ミュージカルの当日券がここで安く購入できます(約半額。cashのみ)。ただ、良い座席は期待できません。

小学校ではいろんな人種の子供たちが仲良く遊んでいました。

よく、NEW YORKの地下鉄は汚く、危ないと言われてきたが、実際に乗ってみるとそうでもなかったりする。各地下ホームには監視員らしき人物がいて、一定のエリアを見張っている。つまり、そこにいれば一応は安心と。これではオモシロクないので監視エリア外のホームの端まで行った。危険なし、と。おまけにホームも清潔。車両も、階段も ”beautiful”。
もしかして、悪い面が誇張されてきたのでは?

そう思いきや、甘かった。上記はあくまでアッパータウンでの話。China townの地下ホームは別世界。空き缶ゴロゴロ、ゴミうじゃうじゃ。しかも落書き天国ときた。この世に清掃人はいないってか? おまけに照明はうす暗く、不安になったりする。まあ、無事だったが。

地下鉄と言えば、こんなことも。南へ下る車両の中へ、大きな声を出す男が乗り込んできた。手にビラを持ち、胸のゼッケン(?)には”STOP the AIDS”。乗客一人一人に箱をさし回しながら寄付を募り歩く黒人。コインを入れる老婦人、無視する白人エリート風ビジネスマン。こんな光景、日本ではお目にかかれませんよね?

China townでは、ベトナム独特の三角帽を頭に乗せた人が多かった。もしかして、元難民? 一人、その帽子を被った異常に背の低い男を見た。戦争時、薬でやられた後遺症かも。それなら、自分をこんな目に遭わせた”敵”の国民となって暮らすのは、無情としか言いようがない。

UN本部ビルの前では、3人のグループがUN反対のデモをやっていた。警官はウヨウヨいたが、別に排除するそぶりも無かった。
米軍のハイチ侵攻の翌日、broadwayでは、米国を非難するビラを配る「個人」を何組も見かけた。<br>
自発的に、まず一人で行動を起こす。ここにAmerican Democracyの力強さを感じた。まず主張し、非難ではなく議論をもって話を詰める。ナァナァではなく、互いに議論しつくした上で、妥協しあう。
なるほど。我々の見習うべき点であり、うらやましく思う。

それにしても、世界各地のあらゆるものが入り混ざり、次々と新しいstyle(文化)が生まれるようです。歩くだけで体が活性化させられます。 本当!


■United Nations
un1

United Nations本部ビルはManhattan島の東の端、East Riv.に面した位置にあります。
un2

ちょうど、あの独特なクライスラービルを東へ500mばかり歩けばぶつかります。
chrysler

胸を張って進んだ正面GATEでは、武装警官が歓迎してくれました。「あっちだ、あっち!」 はいナ、北側の観光客用GATEから入ります。

個人で見学できる範囲は限られているので、ガイド付きツアーを利用すべき。20分おきに出発しますが、順番を待つこと約10分。15人のpartyで出発。英語ガイドでした。なお、日本語ガイド付きツアーもあると、リーフレットに書いてました。。。

ツアーでは総会議場、安全保障理事会議場、経済社会理事会議場などを見て回り、UNの存在意義などについて職員より説明を受けます。質疑、写真撮影もOK。但し、総会/理事会開催中は、その議場には入れてもらえません。

なお、外交官食堂は平日の昼食に限って一般客も利用可能です(11:30~14:00)。

ここでしか買えず、ここでしか出せない切手が地下のUN中央郵便局(及び土産物売場)で販売されています。これまた専用のハガキに貼り、ぜひ故郷に送りましょう。

un3


■MUSICAL! AMERICAN DREAM!

マチネ(昼の部)もやってますが、やはり夜でしょう、Musicalは。開幕までの間、欧米人はおおむね着飾ってアルコール片手に歓談してます(離れて見ていても、ゴージャス)。

服装に注意。カジュアルジャケットで非常に浮きました ^_^。(ま、このときは、まわりが年輩の人が多かったもんで) できれば、スーツ又はしっかりとしたジャケットを着用したいですね。

観劇券は、ツアー予約すれば通常2万円(ディナー付)。TKTSでは当日券が3千円~5千円。金がないならTKTS。タイムズスクエアのTKTSは夕刻異常に混むので、都合がつけば前述のWorld Trade Center Building 2階へ。


■MISS SAIGON [THE BROADWAY THEATRE]

miss1

我国でも演っていましたが、いかんせん日本人ではねぇ。その点、こちらは白系、黒系米国人に加え、ベトナム系アメリカ人が出演。限りなく現実に近い劇になっています。
英語なんですが、ポイント的に比較的わかりやすいセリフのせいで、役者の感情がビンビン伝えられます。演出も素晴らしく、感情移入すればしめたもの。必ず泣けます。ハンカチ必携。


[あらすじ・勝手に注釈バージョン]
サイゴンの歓楽街。進駐してきた米国兵は、今日も娼婦と一日を終えます。娼婦仲間で"Miss Saigon"に選ばれたベトナム人少女 Kimは、米国青年Chrisと深い仲に。しかし、Chrisには婚約者=本国で待つEllenがいたのです。
(キム=ベトナム女性。本編の主人公)
miss2

植民地支配を脱した、理想の新ベトナム建国に燃える青年Thuy。幼なじみのKimに言い寄ります。しかし彼女は言うのです。「あなたとは一緒になれないのよ。なぜなら」登場したのはChrisの息子。青年の去りゆく姿が、印象的でした。やがてKimの家で対決する二人の青年 - 国家を巡って、またKimを巡ってお互い譲れません。そしてベトナム人は、Kimの前から姿を消します。

後日、ベトナム軍将校としてThuyは現れます。自信に満ちた表情。軍服には多くの勲章。Kimに再度言い寄ります。長い問答の末、愛憎から子供を殺そうとする青年を、彼女は撃ちます。命を落とすシーンの青年将校の表情-これは実際に劇場で確かめて下さい。
miss3

敗北必至の米国軍。有名なヘリコプターのシーン。超大国がアジアの小国、いや、ゲリラに敗れた-救いを求めて基地に詰め寄る群衆。彼らを見捨てて、米国は去ります。この国に大きな傷跡を残して。
miss4

もう一つの大きな傷跡 - 米国に渡ったKim。彼女は、Chrisに婚約者(アメリカ人)がいることを初めて知ります。

彼女は悩みます。そして息子を前に、彼女はこう歌うのです。

AS LONG AS YOU CAN HAVE YOUR CHANCE
I SWEAR I'LL GIVE MY LIFE FOR YOU
miss7

最後の瞬間がきました。Chrisと彼の妻に手を引かれ、Kimの元を離れる「わが息子」。そして彼女の選んだ道は……。
巷(ちまた)で論議の沸騰したKimの生きかた……。
ぜひ、劇場で確かめて下さい。彼女たちの人生を。そして、あなたの人生を。


(PS1)
Chrisの元上官の黒人兵(下士官?)は人権活動家に転じます。彼は訴えます。いま、ベトナムで難民となった子供たちを救えるのは、われわれ米国をおいて他にない、と。この時機、米国はいまだ黒人差別の渦中にあったにもかかわらず、勇敢に、です。
miss5


(PS2)
共産色バリバリのベトナム。巨大なホー・チ・ミンの黄金像。指導者崇拝のデカ・ダンス。まるで北朝鮮を彷彿させる、異様な世界観。でも、55年前の日本を外から見たら、きっと同じように映ったに違いない。
miss6

■LES MISERABLES 嗚呼、無情 [IMPERIAL THEATRE]

miser1

ビクトル・ユゴーの大作。1830年の重々しい労役シーンから始まります。
貴族、民衆、それぞれの目標。それぞれの恋。それぞれの人生。コミカルなシーンも交え、大きなスケールで話が進みます。

圧巻は二つ。一つは戦闘シーンです。蜂起した民衆と貴族軍との間で戦われますが、やがて力つきた民衆は全滅します。子供の死にゆくさまが悲しいシーンです。
もう一つ。ジャン・バルジャンに命を救われた貴族。自分たちの社会と彼ら(民衆)の社会。彼は悩みます。解決策として彼が選んだ行動は、非常に哲学的なものでした。

「あっ」と思った演出。垂れ幕に映し出されたキャプションが印象的でした。「第1章  AD1830」等

すみません。セリフがよくわからず、詳しく書けないのです ^^;。(語学力の無さが悔やまれる)


■CRAZY FOR YOU [SHUBERT THEATRE]

crazy1

前2作とはうって変わり、肩の力を抜いて楽しめる上品なコメディです。都会で成功を夢見るも田舎に帰ってきた青年と、農業に明け暮れるPOWERFULな娘さん。田舎の陽気な”アメリカン・ライフ”。青年は、ある企画を村のみんなに提案します。そして成功-こんな物語です。
重ねてすみません。セリフが…… ^^;。でも、爆笑シーンは楽しめました。

(見た本数は少ないけど)個人的には、Miss Saigonがベストでした。もう一度見たいですねぇ。


(PS3)
夜の街とロシア人女性
「時間がない」 あわててタクシーに乗り込んだら、極上の美人が閉じかけのドアをこじ開けた。「ブロードウェイ?」「そうだけど」ニッコリされたから、こちらも笑顔を返すしかない。「乗り合いタクシーでも、まぁ、いいか」
金髪・青い目・白い肌。良いですね~。
「どこからきたの?」「日本から。きみは?」「ロシアよ」流暢な相手の英語に、カタコトでぎこちなく会話を続けた。……が。
「そこで止めて」あれ?「ありがとう」バタン
「男は利用されっぱなし。ここはああいうのが多いよ。
 New York is New York, ha ha ha ha!」
同じような光景を何度も見てきたんだろうなぁ、タクシーの運転手氏。

夜、ホテルからブロードウェイ劇場へ向かうまでの出来事。ちなみに、ここのタクシーは高額紙幣を渡すと「いま、ちょうどツリがない」とか何とか言ってボラレます。予め1ドル札を多数用意のこと!
b_way


長文ご拝読、ありがとうございました!



昔の拙い文章は赤面ものですね。どうもありがとうございました。


現代世界の成り立ちを追究すると、19世紀後半の帝国主義の時代にたどり着く。過去の土壌の中に、われわれが生きている世界の根源をたどる試みである(p1)。

・グローバルなシステムを形成する二つの世界、すなわち先進的世界と従属的世界(p25)の結合のありようが、豊かな支配者=貧しき非支配者から成る19世紀の世界を特徴づける。格差の拡大は、たとえば18世紀には欧州を凌駕していた中華帝国を後進国に追いやった。
・自由主義的立憲政治や民主主義を目指す制度的発展は、精神的道徳的改善を示す(p44)。
・19世紀最大の劇的な革新技術、すなわち強力な蒸気機関に牽引される鉄道と電信技術のもたらしたものを概観すると、確かに、前世紀とは隔世の感がある(p40)。
・帝国の時代の世界経済の特質。それは地理的基盤が拡大するとともに、英国独占だった商品経済は世紀を超えて多元化し、一方で金融・商船事業はますます英国のみが突出するに至った。まるで現在の米国の軍事力を見るようだ。技術革命と、それにともなう経営手法への科学的方法の採用、そして政治の漸進的民主化に伴う社会の変革がみられるなど、先進的世界の変化はすさまじいものがある(p72)。
・資本主義が存続して作り出すのは生産物ではない。貨幣である(p57)。
・帝国主義とは、競合・敵対する工業国家間の自然発生的副産物であり、一部の歴史家を惹き付けてきた「インド航路防衛のための」戦略的なものではないと明言する(p94~96)。
・この帝国主義の時代に、内政面では貴族の保守主義、あるいはブルジョワジーによる19世紀的な自由主義から、大衆を基盤とする国家像への変遷が見られた。そのための「伝統」の創生であり、各種記念日や戴冠式などの国家的行事がそれを支える構図。第四章「民主政治」では、支配体制への議会制民主主義の取り込みが完成する様相が記される。

内容は充実なるも、いかんせん、訳文が読みづらい。もう少し工夫してほしかった。

THE AGE OF EMPIRE 1875-1914 Ⅰ
帝国の時代1875-1914 Ⅰ
著者:E.J.Hobsbawm、野口健彦、野口照子(訳)、みすず書房・1993年1月発行
2018年1月14日読了
DSCN3316

帝国の時代 1――1875-1914
E.J.ホブズボーム
みすず書房
1993-01-09





原田マハさんの『たゆたえども沈まず』を読んで、ゴッホが気になっていた。
『郵便配達人ジョゼフ・ルーラン』が神戸にやってくるというではないか。これは観に行かないと!
(2018/1/6)

お気に入りを何点か。

■Washington Allston ワシントン・オールストン
『Moonlight 月光』(1819年)
月明かりに照射される幻想的な光景。影の向きに着目。この絵だけで一つの世界として構成されているような感覚を抱かせてくれる。

■Eugene Louis Boudin ルジェーヌ・ルイ・ブーダン
『Venice, Santa Maria della Salute from San Giorgio ヴェネツィア、サン・ジョルジョ島から見たサンタ・マイア・デッラ・サルーテ聖堂』
大気の表現が見事。コントラストに頼らず、あくまでも自然によりそったような。

■Vincent van Gogh フィンセント・ファン・ゴッホ
『Postman Joseph Roulin 郵便配達人ジョゼフ・ルーラン』
本展で最も印象的な作品。あごひげ、手の甲の年季の入った感触、そして制服の”誇り”といったものに着目したい。
冒険と文化的な刺激を求めて19世紀後半のヨーロッパを訪問したボストン人たちに、印象派とポスト印象派の作品はとりわけインパクトを与えたという。

■Attributed to Torii School 鳥居派
『Theater Signboard Depicting Scenes from the Play "Nishikigi Sakae Komachi" 絵看板 錦木栄小町』
活き活きと描かれた役者たち。いわゆる商業美術だが、数多く展示されていた日本美術、中国美術の中で特に興味を惹かれた作品が、実はこれだったりする。

芸術に触れるのは小さな非日常。空間とともに楽しむのが吉だな。

『ボストン美術館の至宝』展
神戸市立博物館は2月4日まで。
名古屋会場では2018年7月1日まで開催
http://boston2017-18.jp/

DSC_0034
DSC_0035

帝国意識、それは肌の色に代表される「民族・人種差別意識」、他国支配を当然視する「大国主義的ナショナリズム」を軸とする。本書は、そのイギリス帝国に見られる特徴を多様なアングルから探る。

■イギリスの帝国意識(木畑洋一)
帝国意識の二つの要素、すなわち民族・人種差別意識と大国ナショナリズムを概観し、これらが結合したところに生じる「文明化の使命」感をイギリスと日本にみる。アジアの皇民化政策もこの一環であり、帝国支配正当化の機能を果たし続けた。第二次世界大戦後、植民地の早期独立または敗戦によって帝国が消滅し、それから数十年を経てもなお、両国に帝国意識が残存している様相が明らかにされる(p21)。

■コロニアル・ナショナリズムと「帝国意識」(山本正)
イギリスの植民地とされるアイルランドにも、北米植民地に対し、帝国の統治側であるという意識の存在したことが論ぜられる。なるほど、後発の植民者でありながら優位を占めるプロテスタントにとっては、アイルランドは白人移住地であり、イングランドとの一体性をもって他の帝国の支配者であるという二面性の意識が見られたことは興味深い。

■東インド会社とヘイリーベリー校(浅田實)
東インド会社によるインドのイギリス化(p118)。インド高等文官を輩出する教育機関、そして会社存続の意思として設立されたヘイリーベリー校の特質が論ぜられる。
ムガール帝国からの地方諸侯の離反と並立。これが18世紀以降、イギリス政府の思惑とは別に東インド会社が現地権力を興隆させてゆく要因の一つであり、会社社員によるあり余る富の収奪のはじまりであったという(p99)。まるで満洲を食い物にした関東軍の様相だな。

■ニューラディカルの帝国意識とアフリカ(竹内幸雄)
自由主義を前提とし、人道主義・博愛主義の流れが存在する帝国主義の諸形態(p123)が、イギリス流の帝国主義といえるのか? その是非の検証として、「帝国主義論」のホブソン、「西アフリカの旅」を著したメアリー・キングズリー、ベルギー王レオポルドの私有地「コンゴでの犯罪」を糾弾した若きジャーナリスト、モレル。本論はリベラルの先を行くニューラディカルの3人の活動を取り上げる。
ホブソンは民主主義と帝国主義の相容れないことを明確にする。またモレルらはドイツ、ベルギーら後発の過激な帝国主義を非難しつつも、先発の「健全な」イギリス「商業」帝国主義を擁護する立場にあることは、その時代に生きた人物の限界と言えようか。

■メアリ・ホールの植民地幻想(井野瀬久美惠)
1903年の旅行記「ある女性の旅-ケープからカイロへ」を中心に、白人女性のアフリカひとり人旅を検証する。
ケープ植民地、ベチュアナランド、南ローデシア。そして北ローデシアからドイツ領東アフリカ、ウガンダ・ケニアを経由してスーダン、エジプトを行く壮大な旅(p154)。女性ひとりとは誇張で、実際には40人近い現地人を引き連れての大名旅行だが、それでも、旅程中の部分的な短距離とはいえ、白人男性のエスコートもトマス・クック社のアレンジもなしに彼の地を行くというのは、当時としては(現代でも)画期的だったのだろう。
だがしかし、それはアフリカに植民地を有する大英帝国に裏打ちされた「安全性」であったことが結論付けられる(p164)。
礼儀正しい現地部族民の酋長も、すなわち帝国政策への協力者であり、その意味で、未踏の地を女性一人で踏破したことの幻想性が明らかとなる(p172)。

■植民地エリートの帝国意識とその克服(秋田茂)
帝都ロンドンへの留学とジェントルマンの真似事、南アフリカにおけるイギリス的生活者から反帝国主義者への変遷。世紀転換期のガンディーのイギリス帝国観を明らかにする。

他に、「シェイクスピアとロックが見た在英国人(平田雅博)」「生活文化の『イギリス化』と『大英帝国』の成立(川北稔)」「白人移民社会の形成と帝国意識(北川勝彦)」「イギリスの戦争と帝国意識(佐々木雄太)」「自治領化とコモンウェルス(旦裕介)」を収録。

大英帝国と帝国意識 支配の深層を探る
編著者:木畑洋一、ミネルヴァ書房・1998年12月発行
2017年12月30日読了
DSCN3017




近代ミステリーの原点、シャーリック・ホームズもの最後の長編小説。
危機を予告する暗号手紙を解読したホームズとワトソン。するとその場へ報じられたのは、地方の名士の惨殺事件だ。現場となったバールストン村へと出向く第一部では、ホームズの冷静な頭脳が意外な結論を導き出す。それにしてもバーカー氏とダグラス氏の友情は見事だ。
第二部はダグラス氏の手記によるアメリカでの物語。胸を突くようなどんでん返しが魅力的な、これだけで一つの探偵ものとなっている。
・溶鉱炉の白熱の炎を吐く鉱山、鉄の結束「自由民団」に半ば支配された谷あいの村、自由の国で司法組織の機能しない恐怖の谷。20年前のある出来事が、ロンドンの惨劇に結びつく。
・見えない強敵、モリアーティ教授。二人の天才の盤上での頭脳戦はすさまじい。

仲間をかばう「優しいうそ」、そして運命を自覚して抗い続けた男の潔さは美しい。ホームズとワトソンにとって辛い結末ではあるが、「決着」に向けての決意は揺るがない。

THE VALLEY OF FEAR
恐怖の谷
著者:Sir Arthur Conan Doule、延原謙(訳)、新潮社・1953年8月発行
2017年12月24日再読了
DSCN3082

恐怖の谷 (新潮文庫)
コナン・ドイル
新潮社
1953-08-07


ディケンズの生きた時代≒ヴィクトリア朝初期~中期にかけてのロンドンの街と人々の様相が、彼の若き記者時代の記事、小説作品とエッセイ、同時代を生きたヘンリー・メイヒューのインタビュー作品、ジャーナリストのジョージ・サラの記事、外国人旅行者の手記等を通じて活写される。まるで当時のロンドンに足を踏み入れたようなリアルな描写に溢れ、読んでいて実に愉しい気分にさせてくれた。
「街の風景」「ロンドンの人々」「買い物事情」「ロンドンの勤め人たち」「交通事情」「娯楽」「貧困層」「罪と罰」「お上品な人々」から構成され、巻末には地名ガイドと詳細な索引が付く。

・ウエストエンドは英雄ウェリントン公爵の住まいである「ロンドン一番地」アプスリーハウスから、東と南のスラム街まで。尽きることのない若き日の好奇心がディケンズにロンドンの隅々まで散策させ、作品の礎を築き上げたんだな(p37)。
・紳士の象徴であるシルクハット(トップハット)。1797年に初めて同帽子を被って街を練り歩いたのがヘザリントン氏とされる。彼は「臆病な人々を怖がらせるためにわざわざ艶出しの光沢剤を塗りつけた丈の高いもの」を被って街の治安を乱した罪で逮捕されたとある。時代の先駆者に苦労はつきものか(p57)。
・英国王室御用達、ハロッズが開店した当時は、ナイツブリッジ一帯は「二流紳士と二流店舗の街」と呼ばれていたそうな(p86)。駅の売店ウィリアム・ヘンリー・スミス商会、老舗書店ハッチャードなど、18世紀にルーツを持つ企業の紹介も面白い(p93)。
・19世紀中葉の勤め人の朝の出勤光景は現代とそう変わらない。金持ちは自家用馬車、中流層はオムニバス、豊かでない者は徒歩で通勤とくる。その通勤ファッションは意外にも派手な色彩やデザインに溢れていて、オレンジの手袋、深紅のズボン吊り、千変万化するカフスボタン、上着のボタンホールに薔薇の花をさす等、実におしゃれだったんだな(p121)。
・ストランド街の開発、トラファルガー広場の建設は1829年から着手されたのか(p35)。
・ディケンズの作品から馬車旅行の大変さが紹介されるとともに、19世紀に数年間とはいえ定期運行された「蒸気乗合自動車」(p161)など、第5章「交通事情」は面白い。ドーヴァー港が建設されるまでは、ロンドン市内のある駅が英仏海峡横断汽船の出発地となっていたのか(p163)。
・ミュージックホールが流行する前のロンドン市民の娯楽は、もっぱら舞台劇場だったそうで、富裕な者も貧乏人も(質屋を利用してまで)劇場通いをしたそうな(第6章)。
・貧困層、ニューゲイト監獄(p335)、そして公開処刑。「光を! 光を持ってこい!」と叫ぶ死刑囚(p343)。人権意識の発達しただけでも、この濁世はマシというわけか。
・ハイドパーク、ロットン・ロウで乗馬の腕前を披露する若き女性貴族の姿は、さぞ可憐だったのだろうなぁ(p364)。そして舞踏会で「高貴の君」をつかむための血のにじむような努力は滑稽なほどだ(p379)。
・それにしても、ヴィクトリア時代の人々は、現代のわれわれからすれば信じられない習慣をもっていたんだな(p371書斎の"トイレ"、p382トイレットペーパー制作作業)。

解散前の東インド会社に関する記述が多く収められており、個人的に興味を惹いた(p28東インド館、p125、p147チャールズ・ラム)。資料館(p208)の収蔵品が散逸したのには悔やまれてならない。一部がV&A博物館で観られるだけ良しとするか(p210)。

19世紀ロンドンには、イギリス人だけでなく「近代化を経験してきた我々自身のルーツがある」(p405)か。目から鱗。
欲を言えば、巻頭にカラー図絵が集められるだけでなく、本文中にも関連するイラストや写真を収録してほしかった。

VOICES FROM DICKENS'LONDON
図説 ディケンズのロンドン案内
著者:Micheal Paterson、山本史郎(訳)、原書房・2010年3月発行
2017年12月17日読了
DSCN3081

図説ディケンズのロンドン案内
マイケル・パターソン
原書房
2010-02-24




『ガラスの仮面』展を観るついでに、世界遺産二条城、京都御苑、鴨川付近を散歩してきた(2017.12.16)。


■二条城
外国人の人気が高いようで、感覚的に拝観者の40%が外国人。国籍も中・韓・台、イギリス、ベトナム、イスラエル等々20か国を超えていた。


DSCN3018

東大手門
入退場はここから。代金600円なり。
DSCN3022


唐門
なんと雅やかな!

DSCN3026

DSCN3029

DSCN3031

国宝・二の丸御殿


DSCN3039

DSCN3037

DSCN3036

二の丸庭園
DSCN3049

天守閣跡から見下ろすと、こんな感じ。
DSCN3052

DSCN3053

本丸御殿は閉鎖中。開館が待ち遠しい。
DSCN3055

DSCN3056

抹茶ビールと白玉ぜんざい。京都らしさを求めるとこんな組み合わせに……。
DSCN3057

京阪電車に乗って出町柳駅へ。


■鴨川、出町枡形商店街

とあるアニメ作品の舞台のモデルとなった場所だ。意外と小さいんだな。

DSCN3060


DSCN3061

DSCN3062

DSCN3064

そのまま歩いて御苑へ向かう。


■京都御苑と京都御所

冬の京都御苑は人影わびしく、木枯らしが似合う感じ。カラスが多かった。
DSCN3066

DSCN3065

御所は皇宮警察がガッチリとガード。ああ、15分までに御所の入場は閉め切られていた。残念……。
DSCN3070

京都駅ビルはクリスマス一色。
DSCN3075

DSCN3073

冬の京都もなかなか良いものだ。また出向こう。





このページのトップヘ