明治四十二年の高等遊民、長井代助。この上流階級にして帝大卒三十男の気ままな日常は、本人に言わせば「世の中が悪いから」働かない(p101)。そんな彼が友人のため、実はその嫁、美千代のために金を工面してやろうと実家の父、兄、兄嫁を頼る過程で、自分のいい加減な性格が暴露されるも、本人は気にも留めない。
文豪の流麗な文章は読み進めやすく、一等国日本の上流社会の夢と現実を垣間見ることができる。

・この代助、なかなかの哲学を有しているようで、たとえば人を怒らせることについては「怒った人の顔色が、如何に不愉快にわが眼に映ずるかと云う点に於て、大切なわが姓名を傷つける打撃に外ならぬと心得ていた」とある。人の罪と罰についても同様で、これはなかなか新鮮だ(九の四)。
・経済問題の裏面に潜んでいる、夫婦の関係(八の四)。わずかな借金が人生を変えてしまう局面は古今東西変わらずか。
・美千代とその兄、そして代助。5年前の幸せな世界はすでにない。思い出と現実社会を混淆し、それを無理に溯ろうとするところに、代助の弱さがある。

「二人は孤立の儘、白百合の香の中に封じ込められた」(十四の八)のは一時のこと。自然の児になるか、意志の人になるか。夢見る男、代助の最後の決断は甘いと言わざるをえない(十四の一、十四の七)。「個人の自由と情実を豪も斟酌して呉れない器械の様な社会」と戦う覚悟(一五の一)はどこまでが本物だったのか。すべてが赤い世界に彩られても、なお、彼は自分の決断を支持しただろうか。

それから
漱石全集第六巻所収
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年5月発行
2018年9月4日読了
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それから (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社
1985-09-15