1945年8月15日の玉音放送。その数日前の上海の緊張感がひしひしと伝わってくる。すでに敗戦の報道は街を駆け巡り、日本当局の統制は緩み、青天白日旗が掲揚され、ほうぼうで爆竹が鳴り響き、支那人は好き勝手な行動に走っていたことがわかる。
記録とは、つねに誰かの目を通してとらえられた「事実」であり、その積み重ねが「歴史」につながってゆく(p348)。優れた日記文学の価値、その希少さが本書にはある。

・8月11日、日本の敗戦が報じられた日の国際都市上海に残留する堀田の決意は固い。「学ぶのは今日この時、学識よりも経験よりも何よりも一番大切なものを見得るのは今日だ」(p24)
・1945年10月、敗戦後の虹口に集められた(捕虜収容所の様相)、白腕章を強制された日本人の生活は劣悪を極めるが、それでも堀田は本を買い集めるなど、知的生活に余念がない。内地への引き上げ、国共内戦、国民党政府の末端に至るまでの腐敗。「銃やピストルを持った巡捕や中国人自警団」(p51)が闊歩し、夜半に銃声が響き渡る中、酒を酌み交わし、日本と支那の今後を語り明かす夜は不安と希望の混淆したものだ。
・「文化の運命について」と題した11月22日の日記。荒涼たる煉瓦の堆積の中の一冊のぼろぼろになった大きな本(p95)。あはれという大和言葉の意味するところは興味深い。
・東北地方に残された日本人婦女子の運命。これを堀田は「戦争犯罪」とし、「戦犯は何も戦敗国ばかりが構成するものではあるまい」と断ずる(p161)。
・日記であるが故に、N女史(後の堀田夫人、中西伶子)への熱い想いはあますことなく綴られる。互いに既婚者である身の上だが、もはや隠すことのない情熱。
・「支那事変は中国にとっては、むしろ内戦の一種であったのだ」は極論かもだが、中国共産党、中国国民党、日本軍閥党の「東方の、アジアの内戦」はわかる気がする(p207)。「恐らく日本は中国問題については永遠に失敗しつづけるであろう」(p233)
・「意味といふものが一切失われる刹那」(p103)、罪と罰、「文学の本質は道徳だ。人間の運命を描いて、道徳に達すること」(p139)、「どれだけ苦しんだかが矢張り決定するのだ、その人の重さを」(p181)、「個人以外のものは信じまい」(p202)、「本当の孤独を今知らなければ、一生知ることはないだらう」(p237)などに、堀田の人生観、文学観が垣間見える。
・本当の歴史には、神の意志ともいうべきもの、筆の細工などにはかかわらないものがあるとする(p245)。堀田の言う「デモクラシイとは、恐らくキリスト教の別の形」(p249)も興味深い。
・中国人には公正の概念がなく救いがたい、「内戦は当然である」(p271)は厳しいな。
・随筆『暗い暗い地下工作』は秀逸だ。

日記の後半には、本物の文学者になる覚悟が読み取れる。いったい俺には、この世でなすべき何があるか(p303)。「乱世」に身を置くことで、文学者としての嗅覚が研ぎ澄まされてゆく。そして「広場の孤独」が生み出されるのである。

堀田善衛上海日記 滬上天下一九四五
著者:堀田善衛、編者:紅野謙介、集英社・2008年11月発行
2018年9月9日読了
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