「魔都・上海」の名付け親にして1923年の紀行文を遺した村松梢風を筆頭に、吉行エイスケ、芥川龍之介、横光利一、田中貢太郎、内山完造、直樹三十五、開高健ら15人の筆による上海の魅力、いや、魔力を描き出した紀行文と小説のアンソロジーだ。
・吉行エイスケ『上海・百パーセント猟奇』はモダンガールの生態を描く。1920年代の上海の躍動が直に伝わってくるような文体と相まって、優れた都市文学だ。阿片とコカインとコニャック。ジャズの音楽の中で優雅な腰を振って踊っている。「肉の香りのために気が狂いそう」な清朝時代の伝統と、二十世紀の極北の両翼を彷徨う女(p54)。いいなぁ。
・世界各国の文明の影がぐるぐると舞っている港町(p73)。世界のいずれにも属さない特異な都市。田中貢太郎『上海瞥見記』の、私娼の群れにつかまってボッタクられる男の様子が面白い。
・日貨排斥、日本人への攻撃が極限にまで高まった五・三〇運動、そして上海事変。『松井翆声の上海案内』、直木三十五生『日本の戦慄』からは生々しい排撃と市街戦の様相がリアルに伝わってくる。一方で中国人の側に立った鹿地亘『上海戦役のなか』からは、日本帝国主義のあからさまな中国侵略の姿がみえてくる。「ようするに腕まくりの『帝国』おし入ってきて、のさばりかえり~戦争はいつでもここが火元だった」(p261)
・毛沢東の大罪「文化大革命」、四人組の中国。開高健と有吉佐和子の紀行文は、中国近代史のの暗部を抉り出す。

極端なる自由(村松梢風、p359)。帝国主義の繁栄と流浪びとの移入がもたらした、世界に類をみないコスモポリタン都市、上海。複数の視点と時代からその姿を探る本書の試みにより、世界中に分散したボーダーレス多国籍都市のあるべき未来の姿まで垣間見えるような気がした。

上海コレクション
平野純(編)、筑摩書房・1991年10月発行
2018年12月18日読了
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