本書は22編の短編小説と小コラムを収録する。喫茶店の二階から、銀座のペーブメントから街ゆく人を観察し、彼らの精神を想い、幻想を視る。機械とスピードの時代に直面した都会人の非現実が展開される。

■谷崎潤一郎『青い花』
性病に侵されやせ衰えた30代の岡田は、銀座から舶来好きが通う横浜・山下町へショッピングへ。死の幻想に惑わされつつも、溌剌なモダンガールに洋服、帽子、靴を買い与えるは、幸せな日常なのだろう。若い女性が和装から洋装へ変える時代の都会の様相が描写されている。

■豊島与志雄『都会の幽気』
蒙昧と浮遊し男にまつわりつく気配。夜間のそれが昼間に姿を見せ始め、人の姿となって夢にまで現れて……。大正13年の幽玄な作風が新鮮に感じられる。

■林房雄『絵のない絵本』
アラブの千一夜物語ならぬ、天空の月が語る1920年代の十夜の物語。北京、ベルリン、ニューヨーク、東京、インド、ローマ、パリ、ロンドン、フィンランド、革命後のロシア。労働者の苦悩、植民地の悲劇、革命後の朝。近代化された生活の諸相が興味深い。

■松永延造『ラ氏の笛』
横浜外国人居留地に隣接する地に育った主人公のインド人の友人の物語。死に臨むとき、不幸の中の幸福をどう捉えるのか。

■芥川龍之介『歯車』
本書の短編群の中でもさくさくと読み進めることができるのは、昭和初期の作品だからか、作者の手腕によるものか。
「十年前の僕も幸福ではなかった。しかし少なくとも平和だった」(p144)
目の前に突如現れるは半透明の廻る歯車の幻影。レエン・コオトを着た男。復讐の神。
読み進めるに従い、精神病院へ通う作家であり語り手でもある"A先生"なる人物が、芥川自身であることが明らかにされる。これは読みごたえがあった。

■牧逸馬(谷讓次)『第七の天』
1928年の丸の内のとあるビルディング。人の世に「デビュー」したばかりのモダン・ガールの幽霊(ちっとも怖くない)と電化器具輸入会社社長による深夜の懇談会。「馬鹿らしくて物々しく、悲惨にまでユウモラス」な幽霊体操(p232)により、非喜劇が訪れる。形而上vs形而下、霊魂vs物質、父vs息子の戦いは滑稽に続く。風邪をひいて外套を貸してくれと頼む幽霊は初めてだ。
機械に電流の流れる音を「RRRRRR」と表現するあたりは新鮮。スピード時代の特徴なのだろうか(p260)。

■深尾須磨子『都會の雑音は生活の大交響楽』
溌剌たる生活の音楽、静止を知らぬ機械文明の叫喚、丸みを帯びた西方の都会の雑音について述べる。「都会が発する雑音を自然のままに取り入れて、そこに活動面を開展させることも、トオキイの技の完成した今日、あながちに至難ではなかろう」(p362)とはなるほど、面白い。

他に、神戸・聚楽館を舞台にした衣巻省三『鉄の箱の中』、ジュール・ヴェルヌのSF作品『二十世紀のパリ』を想起させる佐藤春夫『のん・しゃらん記録』、詩人の直覚する超現実を説く萩原朔太郎『猫町』、零落した人々の運命の儚さを幻想的に描く丸山薫『蝙蝠館』、稲垣足穂『私とその家』、井伏鱒二『夜ふけと梅の花』、内田百閒『東京日記』等を収録。

モダン都市文学Ⅳ 都会の幻想
編者:鈴木貞美、平凡社・1990年3月発行
2019年1月16日読了
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