京都帝國大学を中退し、下級官吏に甘んじて腰弁の毎日を送る野中宗助。借家は狭く子供もいない。世の中なんとかなるだろう、との甘い見通しを重ねる人生。高等学校へ通う弟は、そんな兄と嫂の没世間な生活をうらやましいとは思わない。なにより、学費をどうにかしてもらわないといけないのだが……。
文豪の流麗な文章は読み進めやすく、一等国日本に生きる市井の人の現実を垣間見ることができる。

・宗助と妻の公然たる秘密。それゆえに日陰者に追いやられた過去は辛い。人生の寂寞と哀愁を受け入れながら、変わらない日々を二人で過ごしてゆく。ふとしたことで深い縁となった借家主との交流。このようなささやかな幸せが壊されそうな予感が突発的に生起し、宗助は東京を逃げ出す(十七の四)。
・「これからは積極的に人生観を作りかえなければ」(十七の五)と、宗助の鎌倉への参禅。「今の不安な不定な弱々しい自分を救うことが出来はしまいかと、果敢ない」望みを抱く(十八の五)。
・繰り返される不安、逃げ回るしかない自分(二十二)。結局は、運命は厳しいと悟った宗助の行動が、自らを救うこととなる。

物語当初は英国のキッチナー元帥と自分を比べるなど(四の一)、諦観ともみられる宗助の性格の弱さが目立つ。過去は過去。その過去を含めて自分は自分。運命に立ち向かう強さを知ったとき、道は切り開かれるってことか。

漱石全集第六巻所収
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年5月発行
2019年1月25日読了

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