産業革命を経て都市への人口集中が加速し、新しい文化を築いたヴィクトリア朝英国。本書は1850年代以降に普及した新しいメディア=写真をふんだんに使い、大英帝国絶頂期の社会と都市文化を活写した写真が満載の一冊である。
フランスのダゲレオタイプに対する、イギリスの「タルボット氏によるカメラ研究」の一節も愉しい。

・本書の真髄は第3部「変わりゆく街並みと人々」にある。19世紀中葉にイギリスを”都市化”させた鉄道が近世の光景を一変させたが、その様相をとらえた写真が多数掲載されている。解説文も満足のゆく内容だ。
・海野弘さんの「写された英国」では、英国写真協会、1851年万国博覧会とアルバート王子、カルト・ド・ヴィジト、絵葉書に関して解説され、本書で取り上げる時代光景を把握できる。
・建築中のウェストミンスター寺院とトラファルガー広場の写真を見るのは初めてだ(「王都ロンドン古今ロマン紀行」)。
・「人々を魅了した英国美女」のポートレート集も良い。エレン・テリー16歳の美しさときたら……(p81)。
・南方熊楠、夏目漱石、高村幸太郎だけでなく、コナン・ドイルの肖像を描いた牧野義雄や、詩人の野口米次郎のエピソードも取り上げてほしかった(「日本人の見たロンドン」)。
・個人的には、1910年の日英博覧会会場となったホワイト・シティと、活況を呈するコヴェントガーデンの写真を見られたことに満足。

社会の下層を捉えた写真は、本書ではホワイトチャペルの一枚のみだ(p154)。撮影リソースが貴重で高価な時代、どうしても王侯貴族などの華やかな対象を撮影しがちで、そもそも絶対数が少ないのかも。絵入りロンドン・ニュースやパンチなどを併読しないと、写真だけで時代の全体像を切り取るのは難しいってことか。

できれば同じシリーズ構成で、戦間期ヨーロッパを対象に一冊発行されることを切に願う。

レンズが撮らえた19世紀英国
著者:海野弘、山川出版社・2016年8月発行
2019年2月19日読了
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