新興国家クシュ。1960年にフランスから独立した北西アフリカの社会主義国家であり、1968年の軍事クーデターにより政権を奪取した「非常事態革命軍事最高評議会」議長の治めるイスラム国家である。その議長にして終身大統領であり、クシュ陸軍大佐でもある「私」を軸に物語は進む。
・干ばつは厳しく国民は飢える。人道援助に訪れたアメリカ人を火刑にし、前国王を三日月刀で公開処刑し、腹心の内務大臣に裏切られ、年上の第一婦人に罵られ、米国人の第二婦人に悲しまれ、新しい愛人の変心に合う。デタントとはいえ、米ソ冷戦真最中の1970年代だ。領土深い山地に隠された2基の核ミサイルと駐屯するソ連兵。CIAと思われる小集団の襲撃。祖国のためにクーデターで権力を奪取したものの、為政者に心休まる暇などない。これもアッラーの思し召しか。
・1950年代、主人公のアメリカ大学時代。黒人仲間での自由討議(p158~)はなかなか興味深い。ブラック・ムスリムの会合で、ついに彼は「未来の自分の姿」を発見する。それがイスラム社会主義国家クシュの統治につながるのか。
・「斬首エドゥムー廟」を中心に、自分に知らされずに開発されたプロジェクトの存在を知る大統領。国際資本の侵入は容赦できない、国境閉鎖だ。外国人観光客の銃殺を命じる大統領だが、その後に訪問した、自分の名が冠せられた近代都市と石油精製工場を目の当たりにしたときの驚きと怒りは、いかほどのものであったか。そして彼の感性はマルクスとアラーのそれに同一する。「往古の荒涼たる姿を回復せよ」(p296) イスラム・マルクス主義の理想。高尚なエレルー大統領の演説は、彼自信をムハンマドの再来であるように満足させただろう。だが群衆の選択は「アメリカ人技師から無料でふるまわれる一杯のビール」であった。

クシュの旧宗主国フランス、あるいはイギリス、ベルギー、ポルトガルに代わってアフリカ大陸を侵食するはもっぱらアメリカだ。この20世紀最強の資本主義国家が、文化帝国主義の側面を隠そうともせずにクシュを覆い、その過程で「私」の運命も定まるわけだが、伝統と儀式的生活、外国からの援助による開発の相反する側面からみると、(あるかもしれなかった)もうひとつの日本の姿もみえてこよう。

THE COUP
クーデタ
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅱ-05所収
著者:John Updike、池澤夏樹(訳)、河出書房新社・2009年7月発行
2019年2月26日読了
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クーデタ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-5)
ジョン・アップダイク
河出書房新社
2009-07-11