昭和2年建築の最先端でモダーンな住居、同潤会代官山アパートメントの三階。"その部屋"に重心を置き、70年におよぶ時の流れに生きた、ある一家の四代にわたる物語がつづられる。
・1927年から1997年まで、ほぼ10年刻みで短編が重ねられてゆく。八重と妹"愛子"、その婚約者である竹井の悲劇とはじまりを描く『月の沙漠を1927』、戦前昭和の事実上最後のクリスマス、そのプレゼントをめぐる感動の『恵みの露1937』は胸に染み入る。
・ほうぼうに手を尽くして、完成したばかりの、しかし規則づくめで窮屈なアパートメントを新婚宅に選んだ、亡き妹の婚約者=八重の夫、竹井の理由とは。それこそが究極の愛のかたちだ(p35)。
・『銀杏の下で1958』、『森の家族1988』では八重の強さと包容力が光る。
・「神戸、震度6」(p228、数か月後に震度7に訂正された)を記録した1995年の激震、阪神・淡路大震災の災害の様子もさりげなく、的確に盛り込まれている点は、地元民としてポイント高し。
・「嬉しいことも、悲しいことも……」、無邪気な子供の声が明るいリビングに響き渡る。そして"鍵"。最終章『みんなのおうち1997』のラストシーン(p243)にはぐっときた。

『プロローグ』と『みんなのおうち1997』前半部分が見事にシンクロし、『月の沙漠を』の歌詞と相まって、思わず涙を誘う。"その部屋"は彼ら=竹井と八重と"愛子"にとって、特別な場所。永遠の幸せのかたちは、きっと奇跡だ。
昭和東京と平成神戸の二つの大震災、近しい人の死に直面しての「悔しさ」、家族のかたち。様々な要素が最終章に向かって収れんしてゆくさまは、極上の読書感を味わわせてくれた。ありがとうございました。

同潤会代官山アパートメント
著者:三上延、新潮社・2019年4月発行
2019年5月16日読了
DSCN4236