現地人居住区で凄惨な殺人の犠牲となったのは、インド帝国の白人高級官僚。それも娼館に隣接する路地でのことである。群衆の見守る中で現場検証を行うは、インド帝国警察の警部ウィンダムと、インド人青年にして帝国警察採用試験上位三名内の成績を持つ部長刑事バネルジーのコンビだ。二人は急遽、警視総監に呼び出される。異例尽くしの捜査命令、したたかな娼館の女主人、介入する軍の諜報機関、不穏な雰囲気を醸し出す現地の独立運動……。
48時間を過ぎてもいっこうにつかめない事件の手がかり。被害者の秘書アニー・グラント嬢、ジュート王、牧師、ベンガル副総督。誰もかれもが何かを知っているのではとの疑念は膨れ上がる。突如命じられた郵便列車強盗殺人事件。時期を同じくして起きた二つの事件は、重要なリンケージを持ち……。前半はユーモアを交えつつ、政府高官殺人と列車襲撃事件の容疑者「テロリスト」センの逮捕劇。後半は「愛国者」センの供述にはじまる、イギリスとインドの確執の物語。センは本当に犯人なのか?
「苦労好きな」イギリス人が作り上げた人工の交易都市、高湿・高温のカルカッタを舞台に、物語は少しずつ動き出す。
・20世紀になっても、多くのインド人はヴィクトリア朝時代の英語を使用していたとは、なかなか興味深いな(p121)。
・ベンガル・ルネッサンス(p135)の華やかさと誇りはどこへやら。アニー・グラント嬢に代表されるインド人とイギリス人の間に生まれた「アングロ・インディアン」の存在と、その哀しみが伝わってくる。
・インド人3億人に対し、現地のイギリス人はわずか15万人。支配する者とされる者。白人の優位性幻想と支配原理。アイルランド出身イギリス人の言葉は、ウィンダムにどのような印象を与えたのだろうか(p173)。
・カルカッタの名門出身にしてケンブリッジ大学卒のインド人、バネルジー刑事部長も好人物。警部のジョークを理解できず「理屈」で返答したり(p227)、女性への接し方がまるで子供だったりと、なかなか憎めない。
・「真実にたどりつきたかっただけだ。そういう意味では古い人間なんだろうな」(p402) 額に拳銃を突き付けられながらも、こういうセリフを吐ける男になりたいな。

後半、ウィンダムが自分を問う展開(p260-261)は、同時にイギリス人によるインド統治の根幹を揺るがすものだ。良心に自分を問うとき、それは正義への道となる。
イギリス支配に反感を抱く「愛国者たち」が非暴力運動に転じ、その日暮らしの貧しい民衆の支持を得ると何が起こるのかを、われわれは十分に知っている。だからこそ、戦間期の彼らの苦闘こそ、本書の影の主役であるともいえよう。歴史ミステリの傑作!
ウィンダム警部とバネルジー部長刑事のコンビはまだまだ活躍しそうで、続編が実に楽しみだ。

A RISING MAN
カルカッタの殺人
著者:ABIR MUKHERJEE、田村義進(訳)、早川書房・2019年7月発行
2019年9月12日読了
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