1920年代の戦間期のみならず、明治後期の日本の若者のフランス志向とその文化への憧憬は、インターネットと電子機器に囲まれたわれわれ現代人の想像をはるかに超越したものがある。
・最盛期の「明星」を縦横無尽に造り上げた与謝野鉄幹の才能! 時代の先端を行く「フランス文芸」の翻訳をいち早く掲載するだけでなく、活字フォントのサイズを巧みに変えて、言葉の響き、ささやき、谺(こだま)を誌上にあらわし、読者の想像力を書き立てる手腕は、一流の雑誌編集者・WEBデザイナーに通暁するものを感じる。文芸と美術の融合という点でも素晴らしい。
・ときはフランス印象派の隆盛期。彼の地の芸術家が「江戸趣味」「浮世絵」に熱中し、本邦の若者(と言っても富裕層と中間層)が「フランスかぶれ」となる傾向には興味深いものがあるな。
・パリの「芸術運動の重なる一要素」である「カフェエ」など東京に存在しない。ならば似たものを探そうと「パンの会」が結成され(p100)、フランス趣味とならんでエキゾチズムとしての江戸趣味が「江戸情緒的異国情緒的憧憬」として捉えられていたのが興味深い。
・「群衆に湯あみする悦楽」「群衆に立ちまじって在る酩酊感」を愉しむボードレールや与謝野晶子に対し、永井荷風はモンマルトルでの孤愁と「女」を愛した(p125)。だから『ふらんす物語』は、いま読んでも面白いのか。
・パリでドビュッシーやダヌンツィオに会い、名優と夜を徹して語り合った日本の文人たち(第6章)。なんてアグレッシブなんだ。
・与謝野晶子『みだれ髪』、上田敏『海潮音』、石川啄木『一握の砂』、永井荷風『腕くらべ』 これらを読む気にさせられた。幸い、手元にあるし。
・戦前日本において「個を圧殺する多数決を善しとしなかった」(p194)アナキスト大杉栄の姿勢は、いまの日本でこそ重要な意味を有すると思う。

「日本語そのものの品格。これは、外国語の流入に直面した明治から二十一世紀の現在までいまだに解決をみていない問題である」(p20)
古語の憂い、文語の威。美文、雅文、躍動感に富んだ口語体(p189)。それらが明治を経て大正期に「新しい日本語」として定着する様相を追うことが、本書の隠された主眼である。西条八十、北原白秋に代表される新しい童謡と昭和の歌謡曲を経て、アメリカ語が席巻する平成グローバリゼーションをわれわれの日本語はついに内包した。権威を離れて、有名人という流行の律動(p249)の傾向はますます加速するだろう。令和の時代に日本語がどう変容・進化してゆくのか、興味深いところではある。

「フランスかぶれ」の誕生 「明星」の時代1900-1927
著者:山田登世子、藤原書店・2015年10月発行
2019年9月29日読了
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