男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2006年08月

夜中にTV放映されていたので、録画して見ました。
松田聖子が若い! 1982年頃に流行った"あの髪型"も、いま見ると新鮮です。
でも演技力はZEROだったんですね。
中井貴一も若々しいが、とても好青年には見えません。

映画そのものは完全な松田聖子ファン向け。3倍速で見ることをお奨めします。
乗り気でない見合いの後、暴漢に襲われる……。ランニングの途中に打ち捨てられた荷物を発見した男が、女性を助ける……たちまち恋が芽生える。ヨットレースで見合い相手との「男の戦い」が始まる、と。いまじゃ子供向け番組でもやりません。
ラストに流れた「天国のキッス」は良いですね。細野晴臣先生の楽曲だし。(これだけが唯一の救いだった。)

"反日"奨励に潜む中国の危険な野望、その正体が明らかにされます。首相の靖国神社参拝への非難などは方便に過ぎず、日米が協力して対処しないと取り返しの付かない事態へと発展する……。

戦争責任を取らない"日本の低いモラル"を繰り返し世界中に印象づける。欧米諸国による中国政府への非難の矛先を日本全体へと向け、日米同盟を突き崩し、米軍をアジアから遠ざける。米国の庇護を失い、二流国へ転落した日本の社会システムに入り込み、"中国化"し、本来の中華秩序を復活・発展させる。

アメリカもそれを十分に承知していながら、動きが鈍いのは何故か。経済が緊密になり、おいそれと攻撃できないのは表面的な理由にすぎない。米国の政治家・シンクタンクの天才的な頭脳による分析と予想は、あくまでも欧米的な思考がベースとなっているため、中国共産党首脳の真意を見抜くことはできない、か。なるほどなぁ。

日米は中国の覇権主義とどう戦うか
著者:日高義樹、徳間書店・2005年7月発行
2006年8月22日読了

ライトノベルの良いところは、肩肘張らずに読めることですね。
爆弾テロ予告のためにわざわざ陸自が治安出動を行い、主人公の高卒二等陸士が三等陸佐に昇進し、同級生の美人の嫁さんをもらう等、「ホンマかいな」と言いたくなるのですが、なんでもありの世界に文句を付けても仕方がありません。
レンジャー訓練の記述があまりにも簡単すぎます。「人に訊いた」レベルなのだから仕方がないにしても、「兵士を見よ」の内容とあまりにも乖離しています……。

二等陸士物語
著者:吉岡平、朝日ソノラマ文庫・2003年1月発行
2006年8月16日読了

明治の青年二人、阿蘇山への旅物語。帝国大学を卒業して三年後の漱石は、明治二十九年から旧制第五高等学校(熊本大学ですね)の教授を勤めます。ロンドン留学直前ですね。その頃の旅が本作品のベースとなったのでしょう。

豆腐屋の息子、圭さんは主義主張こそ生きる意味である、といわんばかりの人生を歩む人です。
「田舎者の精神に文明の教育を施すと立派な人物ができる」
「綺麗な顔をして下卑たことばかりやっている。金がない奴だと自分だけで済むのだが、身分がよいと困る。下卑た根性を社会全体に蔓延させるから、大変な害毒だ」

常時、華族と金持ちに対する不平と不満、革命の意義を口にする圭さんですが、周り(この場合は碌さん)に迷惑を掛けていることに気付かない点では、批判対象と良い勝負です。一方、碌さんは学士なのでしょうか、クールな言動と抑制のきいた行動が圭さんと対照的です。まぁ、結局は図太い性格の圭さんに振り回されて終わりますが。

短編ゆえに、見せ場は悪天候の中での登山と、火山灰まみれになっての救出劇だけとなっています。「半熟たまご」のくだりは、これって明治時代のギャクなんでしょうね。

ロンドン留学時の夏目漱石は、本籍族欄に「平民」と明記します。周りは華族・士族が多いのに。そのことが作品に遠い影響を与えたのかなぁ。

漱石全集第三巻 二百十日
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年2月発行
2006年8月16日読了

国連を無視し、独善的にイラクへ「侵略」した米軍。その最精鋭の第三師団第二旅団の自走砲部隊に同行取材した貴重な体験が、日記形式で綴られます。
客観的に見た個々の米兵の姿と行動に関する記述は良しとします。第三者としての素直な感想と「最初の使命感」も評価に値します。が、「進軍」が進むにつれて米軍の行動に関する客観的な記述が薄れ、イラク軍を「敵」と明記するなど、「正義の米軍、ヨイショ」的な記述が目に付くようになります。
きれい事を書いてはいても、やっぱり"情"が入るんでしょうね。
あと、下士官と兵卒、部隊司令官と前線指揮官の記述がゴチャゴチャです。なんだかなぁ……。

従軍日誌 イラク戦争・兵士と過ごした36日
著者:今泉浩美、日本テレビ放送網・2003年7月発行
2006年8月14日読了

イラク戦争の突入前後に記述された"エッセイ"と言うには重すぎる著述集。
「体制や権力といったものに表面的な批判を並べ立ててはいるものの、その実、大樹にすり寄って恥を知らない去勢されたジャーナリストの群れ」とは一線を画す、強靱な「独立した個人」の強い意志が、吠えるでもなく叫ぶでもなく、太いベクトルを持って記述されます。

"おぼっちゃま"な作者の"ゴーマン漫画"では、辺見氏は"左翼"の代表として悪く書きたてられていますね。社会に対峙する個人としての力量の点で優越を競うなら、氏に軍配が上がる事は言うまでもありません。

すでに「戦後民主主義」なる概念は形骸化したこと。権力と一体化したメディアと、メディア化した権力が手を携え、かつての階級闘争理念を超越し、「情報消費者」と化した何も考えずに流されるだけの国民を巧みに誘導し、「柔らかな全体主義」への移行が成功したことが明らかにされます。

また、いま最も注目されている安倍官房長官のことば「核武装は憲法違反ではない」にも及び、表面的なイメージで物事を判断することの危険性と、拉致被害者家族の心痛を余所に政治利用した結果としての、日本の右傾化が加速した事実が指摘されます。

いま、抗暴のときに
著者:辺見庸、毎日新聞社・2003年5月発行
2006年8月14日読了

行政、政治、産業、マスコミ報道、一般的な国民意識等の点から、自衛隊と国防の問題点が提起されます。

諸外国の軍隊と自衛隊の最大の違いとは何か? 前者が六法の範囲外である軍隊法によって独立した存在であるのに対し、自衛隊は行政機関のひとつにすぎないことがそれであり、有事の際に多大な制約が生じることが示される。それが「超法規的行動」を自衛隊が選択する危険性も起こりうる……。
本書は1999年の出版です。有事法制が制定されたから、少しは改善されたのでしょうか。

また、外務省、財務省に代表される行政機関の問題点が安全保障の点から指摘され、喜劇とも言える状況が納税者の知らないところで展開されていることが明らかにされます。

真の平和を望む者は、政治と軍事に精通しなければならない。なるほど、納得です。

最期に、日本文化の外国への浸透に関しても、もはや現代日本人と縁のないフジヤマ・ゲイシャ・カブキではなく、TVドラマ、アニメ・マンガこそクローズアップするべきであり、それが親日外国人を増やし、安全保障に貢献することが明確にされます。
これには強く賛同します。私事ですが、1993年頃に韓国へ出張した際、当地のゲーム専門誌(ハングルだから読めない)に日本の格闘ゲームやアニメがでかでかと取り上げられて、日本語講座が連載されていることが印象に残りました。

不思議の国の自衛隊 誰がための自衛隊なのか
著者:清水信一、KKベストセラーズ、1999年12月発行
2006年8月12日読了

常識は移ろいやすいものであり、芯を強く持って生きなれれば世間に飲み込まれてしまうことが、多彩な事例とともに示されます。

「欧州は個人主義、日本は家族主義」は完全に間違いであり、欧州は社会制度が家族単位でできている一方、この十数年で日本の家族崩壊は加速した。それに拍車をかけるのが「親の面倒を見なくてすむ」最悪の制度、介護保険だ。

「失われた10年」は責任逃れのための方便であり、日本人の「自分さえよければそれで良し」とする態度を冗長させた。現実にはバブル期より日本経済は肥大化しており、我々の生活レベルも格段に向上している。

これからますます増えるであろう安楽死の問題は、憲法に明記された個人の尊厳に関わることなのだが、医師会、家族、行政すべてが逃げ腰であり、本人の意向はまるで考慮されていない。

日本の国家財政はすでに破綻しており、国債の格下げも当然のこと。世界史に例を見ないレベルとなった1200兆円もの借金は、返済不可能である。
答えは政府の民営化ですか……。日本国の予算の半分が借金でまかなわれ、我々の支払うバカ高い税金の全額が国家・地方公務員(そのほとんどがロクに働かないことを我々は知っている)の給料に費やされ、公務員本来のサービス業務のすべてが借金で運営されていることを鑑みると、なるほど、現実味を帯びてきますね。

率直な「人の希望」を追求することが、やりがいと創意工夫の連鎖につながり、それが社会の活性化することが提示されます。

どこかで憶えのあるタイトルは、バカの壁の著者との対談を行って、意識的に付けられたようです。御愛敬。

常識の壁
著者:菊池哲郎、中央公論新社、2004年1月発行
2006年8月9日読了

このページのトップヘ