男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2006年12月

近代以降、日本の歴史は太平洋を巡る歴史であったと言える。一方で日本海側へ目を向けると、水俣、沖縄、済州島、新潟……いわば国家権力の犠牲となった多くの人々。その歴史と思いが連ねられる。

<メモ>
・潜水産業は世界に多しといえど、女性が潜るのは日本と韓国のみ。その海女の伝統も急速に廃れつつある。
・ロシアが太平洋国家になるには日本列島が邪魔。対馬海峡を制圧するため、一時的に対馬国を占拠するも、幕府の要請を請けた英国海軍に駆逐された。結局、昔も今もアングル・サクソンの力に頼るしかない?
・韓国はグローバル化に参画しながら、太平洋に背を向けつつある。すでに中韓貿易は米韓貿易を上回り、中国圏に組み込まれた。政治的には将来の日米対中国の対立における仲介役を意識しているのか?
・経済の爆発的発展を期に中国海軍は沿岸防衛から近海防衛に乗り出した。そこでは黄海のみならず、東シナ海、南シナ海まで自国領海と位置づけられており、日中間の紛争は容易に解決しない。
・神道は人と自然の共生を体現し、社会の精神原理とする。そこに日本が世界とアジアにつながる普遍性と宗教性への契機がある。
神道の回帰。すなわち国家神道からの真の脱却こそが、アジアとの共生につながる。
・すでに北朝鮮は中国の経済植民地。ウォンではなく元が要求される。かつてのモスクワではルーブルではなく、ドルがものを言った。それと同じだ。
・古代から連綿と続く東アジア秩序。そこでは儒教の影響により、海は忌み嫌われてきた。よってヨーロッパ文明を揺籃した地中海のように共通の海洋ビジョンは生まれなかった。

東シナ海、日本海、オホーツク海と南シナ海。いわば東アジアの内海に海洋文明を築くには、日本と中国が利害を共有するのがベストだと思う。でも、ますますギクシャクする日中関係からは当面の連携は望めそうもない、彼の国を共産党が支配する間は変わらないのだろうか。

青い海をもとめて 東アジア海洋文明紀行
著者:船橋洋一、朝日新聞社・2005年11月発行
2006年12月26日読了

朝鮮戦争時に「米軍の代わり」として国内治安を主目的に設立された自衛隊。40年に渡る強大なソ連極東軍との対峙、湾岸ショック、カンボジアPKO、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、イラク派遣を経て、その性質は大きく変貌した。
自衛隊と言えども将官は旧帝國軍出身者が占めていたわけで、戦後の防大出身者が陸海空の幕僚長に就任したのは、わずか15年前らしい。大東亜戦争に関わっていない幹部がトップに立ち、国民の自衛隊を見る目もズイブンと変わってきたことで、ようやく諸外国レベルの活動が許される状況となったと言える。
年が明けると防衛庁が防衛省に変わる。自衛隊管理官庁から「政策企画・立案」官庁へ脱皮するわけで、表面の冷静さとは別に「この機を逃さず」に表舞台へ出てくるのだろう。

この本、フジサンケイグループ出版社ならではの「自衛隊ヨイショ。国防軍への昇格を期待」する内容だったが、その筋の通った記述は正論と言える。
石破前防衛庁長官による「他国から誘導弾による攻撃が予想される場合、その基地を攻撃することは自衛の範囲内だ」との発言が大問題となったが、実はこれ、50年前(1956年)に当時の鳩山首相の見解として国会で述べられており、これを歴代内閣が踏襲しなかったことが問題であると提起している。他の重要法案を成立させるため、野党と協議してこの種の安全保障に関わる議論を避け、安易に妥協してきたことの結果が、こんにちの歪んだ防衛政策につながったと言える。
たとえば法律上、海外派遣における「武力の行使」と「武器の使用」は異なるものとされている。また、武器の使用は上官の判断ではなく「自己責任で行え」とも。いざ事態に直面した自衛官に、これを遵守しろと言うのはひどい話だ。諸外国に理解されない法律は改めるべきだ。

「自衛隊のPKO活動や国際緊急援助は、日本国の国際的地位と名誉、発言力を高め、そして世界の平和と安定のための任務である」
それはその通りだと思う。だけどこの著者に限らず、最近勢いを増してきた
「憲法前文の精神を追求するためにも憲法九条の改正に取り組まねばならない」
との主張には賛同できない。
なにかと批判はあっても、なにも日本の国際貢献はPKOや実力部隊の派遣だけではない。拡大解釈で自衛隊の活動範囲の拡大は実現できるし、それで日本国民の理念を具体化できるるだから、何も憲法を変える必要はない。
もっと言えば、明治以来こんにちに至るまで、日本には実質的な文民統治の経験は少ない。ヘッポコ社民党を代弁するつもりはないが、「軍部の権力」を抑制する視点からも現行憲法下での自衛隊の管理が適切と言える。

そのとき自衛隊は戦えるか
著者:井上和彦、扶桑社・2004年3月発行
2006年12月15日読了

巷を賑わす「下流社会」論議。所得格差は規制緩和や改革によって是正されることはなく、今後、ますます拡大する。何故か? それはグローバル化の宿命であり、労働市場に間接的に参入する中国、インド等の極端に低い人件費が、我々先進国の高すぎる給与所得を引き下げる。グローバル化に対応できる経営者と高い技術を有する専門職だけが高い所得を維持する。それ以外の者、すなわちほとんどの日本人の所得が低下し続けることが明らかにされる。
その遠因は現在の上級公務員試験にあると著者は説く。真の平等な能力主義社会であった明治時代。その高級文官登用試験は意義有ったものの、昭和になると弊害が顕著となり、やがては日本を崩壊へ導いた。その悪弊は戦後も残り、政治・経済・教育の硬直した日本社会はスローデスへ向かうことが述べられる。
比較としての米国、英国の身分社会とその変遷、特に米国の学歴実力社会の解説は興味深い。
2030年には日本のGNPは中国の半分以下になり、一部を除いて勤労意欲のない若者と年金を打ち切られて悲嘆にくれる多数の老人の群れ、消費税率20%の荒廃した未来の日本の姿は衝撃的だ。
「一億総下流」にならないための道筋がいくつか提言される。特に「グローバルな視野を持った新の愛国者の粘り強い戦いのみが、未来を切りひらく」のであり、日本人全体の教育レベルを引き上げる必要性を著者は指摘する。

這い上がれない未来 9割が下流化する新・階級社会
著者:藤井厳喜、光文社・2005年12月発行
2006年12月10日読了

マキャベリと荻生徂徠の金言を散りばめつつ、リーダーシップ論、教育問題、中東問題(アラファト議長の失敗)、環境問題(貧困・平等問題でもある)、文明間の対話が取り上げられる。
常識を支える教養がなく、発想や比較の範囲が即効性や時事性にとらわれるなら、事態の解釈や知識についてアドホックに対応するだけで精一杯となる。なるほど。その結果が、「世俗的カリスマとしての(小泉元首相の)存在は、政策を通して難事を合理的に解決する希望をあきらめるか、議会討論によって問題の焦点が浮き彫りになることに関心を示さない情緒的な日本人の縮図そのもの」である、か。

大衆政治に陥った民主主義社会からの脱却に最も必要なものは何か? それは常識であり、常識を培養する教養であり、家庭での「しつけ」の在り方に左右される。学校教育は現在の欧米に偏ったものではなく、ましてや「ゆとり教育」等ではなく、イスラム、日本、東南アジア、中国などの多彩な文化に裏打ちされたものでなければならない。教育指導要領が改訂されることになったが、皇国史観は論外として、明治以来の和漢洋のバランスに配慮した点を取り入れるべし、と述べられる。
日本と日本人に関わる歴史軸と、世界の多様性や芸術的感性を正確に認識できる空間軸に自らの活動や経験を重ねることで、責任ある行動をとることができる。これ即ち総合力と大局観、か。

最終章は圧巻だ。「戦争を考えること」は、文明の対話と異文化理解に直結し、それが新しい行動の始まりとなる、と理解した。

政治家とリーダーシップ ポピュリズムを超えて
著者:山内昌之、岩波書店・2001年12月発行
2006年12月8日読了

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