男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2007年04月

従来、「アメリカ」と題されてきたカフカ未完作の最新訳を読んだ。
30半ばの女中に誘惑されて"結果"が発覚し、プラハの実家から放逐されたドイツ人青年。17歳のカール・ロスマンは単身アメリカへと渡り、さっそくニューヨーク港でトラブルに巻き込まれる。そこへ迎えに来たる連邦上院議員の叔父に救われ、最初から恵まれた生活を手にする。しかし、節制と規律に縛られた生活は、若い魂の潜在意識に"自由への渇望"を刻み込む。そんな中、叔父の知り合いのブルジョア企業オーナーと娘から、1泊の招待を受ける。それが転落の始まりとなった……。
一度は郊外のホテルに職を得たものの、ヤクザ者と愚鈍な男に関わりを持ったがために、すべてが泡と消える。
天衣無縫で不埒な女優、その下男となり、犬のような生活を"天職"と喜ぶ男、狭い職場でわずかな権力を振り回す門衛主任……、まだアメリカン・ドリームが健在の、20世紀初頭の下層世界で繰り広げられる欲望渦巻く露骨で猥雑な世界観……。
物語そのものはカフカ自身が筆を投げたために、完結しないで終わっている。だが、後の"審判"、"城"へと連なる不条理世界を垣間見せてくれたと思う。

Der Verschollene
失踪者(カフカ小説全集1)
著者:フランツ・カフカ、池内紀、白水社・2000年11月発行
2007年3月24日読了

ネット技術の発展とインターネットの普及がコンテンツ産業に与えたインパクトの大きさ、旧弊なシステムを護ろうとする業界とその破綻。異業種と海外資本によるシステムの変革の強要。20世紀末の金融・流通・第二次産業の激変に続き、いままさに変革期にあるコンテンツ産業の問題点と、その展望が示される。ここでも行政の「何も考えずにアメリカを真似る」姿勢が、やがて業界を破綻に追い込むことであろうことが明確にされる。
黎明期から一変したテレビゲーム業界、音楽業界の供給側と販売側の温度差、アニメ業界の"歪み"と日米の取り組み方の格差、等々。華やかな世界観とはほど遠い実態は、「どの業界も大変だな」と思わせる。
それにしても、中古CD、ブックオフ、TUTAYAといった市民権を得た産業と違い、ほとんど「野放し」にされたネット上の闇コンテンツの世界の問題点は、一考に値する。本書を読んだ以上、消費者の一人として、なるべくクリエータの先行きを細めるような行動は慎みたいと思う。

音楽・ゲーム・アニメ コンテンツ消滅
著者:小林雅一、光文社・2004年11月発行
2007年4月7日読了

ときは明治四〇年。一人息子を女手一つで育てる母。自分のような"芸人崩れ"にはさせず、帝国大学に進学させ、将来は立派な月給取りにさせたいとの思いだけが、辛い日々の試練に耐えさせる。その息子は、幼なじみが芸者の道を進むことから、中学校を停めて役者になりたいと言い出す……。叔父の俳諧師に相談ことになるが……。

明治時代に洋行した若き著者。それがふらんす物語、あめりか物語として結実し、小説家、永井荷風を世に知らしめることとなる。
しかし、帰国して目にしたものは、日々劇的に変貌する東京の光景だった。生まれ故郷の変わり行く姿を見て、彼は何を思うのか。
ちょうど世紀末のフランスに発した象徴主義が、荷風に影響を与えているのかもしれない。
荷風本人も書いている。「象徴的幻影を主として構成せられた写実的外面の芸術……叙情詩的本能を外発さすべき象徴を捜めた理想的内面の芸術とも言い得る」と。
自然主義を超え、観念と感性を総合的に表現する世界観を象徴するものを、都会の中にあって日本古来のリズムを失わない、身近な隅田川に求める。墨東奇譚もそうだったが、このあまりにも日本的な情緒が、より味わい深いものにしていると思う。
やがて彼の作品は、文明礼賛から、江戸期~明治初期の情緒を重視したものへと自分の作風を変えてゆく。

失われ行く光景か。
僕は新興住宅地の生まれだから、"田舎"の記憶はない。しかし、多聞(神戸市垂水区)の田舎に生まれ育った父より、高度成長期に山田川がコンクリートで固められ、山が削られて宅地に変わっていった話を聴かされた。「寂しいなぁ」とも言った。
懐かしい古里の光景=記憶が失われてゆく、その喪失感と寂寞感。そんな思いを胸に閉じ、より良い日本を、より良い明日を作り上げるため、賢明に働き続けた父母の世代のことを思うと、自分の惰性に流れる生活が恥ずかしくなる。しっかりせんとなぁ。

すみだ川
著者:永井荷風、岩波書店・1986年7月発行
[荷風小説三]所収
2007年3月17日読了

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