従来、「アメリカ」と題されてきたカフカ未完作の最新訳を読んだ。
30半ばの女中に誘惑されて"結果"が発覚し、プラハの実家から放逐されたドイツ人青年。17歳のカール・ロスマンは単身アメリカへと渡り、さっそくニューヨーク港でトラブルに巻き込まれる。そこへ迎えに来たる連邦上院議員の叔父に救われ、最初から恵まれた生活を手にする。しかし、節制と規律に縛られた生活は、若い魂の潜在意識に"自由への渇望"を刻み込む。そんな中、叔父の知り合いのブルジョア企業オーナーと娘から、1泊の招待を受ける。それが転落の始まりとなった……。
一度は郊外のホテルに職を得たものの、ヤクザ者と愚鈍な男に関わりを持ったがために、すべてが泡と消える。
天衣無縫で不埒な女優、その下男となり、犬のような生活を"天職"と喜ぶ男、狭い職場でわずかな権力を振り回す門衛主任……、まだアメリカン・ドリームが健在の、20世紀初頭の下層世界で繰り広げられる欲望渦巻く露骨で猥雑な世界観……。
物語そのものはカフカ自身が筆を投げたために、完結しないで終わっている。だが、後の"審判"、"城"へと連なる不条理世界を垣間見せてくれたと思う。
Der Verschollene
失踪者(カフカ小説全集1)
著者:フランツ・カフカ、池内紀、白水社・2000年11月発行
2007年3月24日読了