主人公アシェンバッハは国民的大作家。その生活は堅実そのもの、その作風は謹厳にして実直、青年の人生の模範と称される。50歳に貴族に除せられた後も、ミュンヒェンの自宅に籠もり、創作活動に専念する日々を送っていた。ふとした転機にて訪れたヴェネツィアの海岸にて、アシェンバッハは、ポーランド人の美少年の虜になる。
老ソクラテスが美青年、パイドロスに抱いた感情に重ね合わせ、アシェンバッハの情念は日々高まる。欲望が理念を殺した瞬間、それはコレラ感染の危険を顧みず、波乱の中へ自らを投じるのであった。
明日にも自らの身に起こりそうな、人生が瓦解する描写。
高い精神性が情欲に足を踏み入れると、抜け出せなくなる様子は、欲望の対照を現代の歓楽に置換すると、深い意味を持つと思う。
DER TOD IN VENEDIS
ヴェネツィア客死
著者:トーマス・マン、集英社・1990年11月発行
集英社ギャラリー[世界の文学11] ドイツⅡ所収
2007年9月24日読了