男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2007年11月

日本で"市民"と言えば、地方自治体の行政単位である市役所が所掌するところの住民を指すのが一般的であり、欧米諸国と比べて"独立した個人"としての概念は低い。また、マスコミの報じる"市民団体"は、反政府活動家、それも反社会的行為を潜めたイメージさえ帯びているように思う。
グローバル化以前、国際社会のアクターは国家と一部の多国籍企業であり、個人または個人集団としての社会的活動は限られていた。だが、NGO・NPO活動に代表されるように、目的を有する近年の個人集団の存在が年々重みを増し、現在では、公的性格を有する"市民社会"として認知されてきたと思う。
本書は、世界的規模で活動するNGOの活動を紹介し、一般市民が社会運営に参画することの意義を説く。

ユーゴ戦争被害者の遺体を一体ずつ掘り起こし、医学的知識と科学的知見をから身元確認を行う「人権のための医師の会」のメンバーは語る。
「行方不明だった家族の"死亡"が確認されても、生き残った家族は真実を知ることによって、人生を歩み続けられる」

世界地雷除去キャンペーン。故・ダイアナ妃も参加したこの活動も、もう日本では関心の対象から外れたようだが、現在も精力的に活動し続けている。本書では、スリランカとネパールにおける国際NGOの活動が、地元警察・軍関係者・政治家との協議、反政府武装組織との対話等による地道だが綿密に計画された取り組みとして、「地雷廃絶日本キャンペーン」代表である著者自身の体験から語られる。これは圧巻だ。

市民社会活発化の要素としては、一般的にインターネットの普及が挙げられる。著者は、国際航空運賃の低価格化と入国ヴィザの緩和、それに国際機関、財団の資金援助の拡大を理由として挙げる。環境問題への取り組みも、その恩恵を受けているのだろう。
「高い関心を持ち、厳しい目を持つ市民は健全な民主主義に不可欠である」(第四回汎欧州環境閣僚会議の閣僚宣言)

最後は、グローバリゼーションの進化の潮流について。
新自由主義者=市場原理信奉者の推し進める経済政策は、潜在的に一般市民の生活に被害を及ぼす可能性がある。国内政治で為政者を選ぶように、経済面での選択肢が無いことに市民社会が不満を抱きつつあるとされる。
「反グローバリゼーションが提起している問題は、市民生活を直撃する可能性のあるテーマについて、市民の意見が反映されるような民主的決定過程が欠如していることだろう」
グローバリゼーションの長所と短所を見極め、その恩恵を多くの人が享受できる市場経済と、プロセスへの参加が保証された政治体制が求められる、か。なるほどなぁ。

<新世界事情> 地球市民社会の最前線 NGO・NPOへの招待
著者:目加田説子、岩波書店・2004年11月発行
2007年11月22日読了

明治初期、民間人でありながら、独自の方法で文明開化後の日本を近代社会へと導いた「1万円札の人」、福沢諭吉。高等教育、銀行、新聞社をはじめ、現代の平成日本の礎を築いたと言っても過言ではないだろう。
その著書「福翁自伝」を中心に、彼の精神力とポリシーを読み解き、我々の人生に生かしてくれるのが、本書だ。

「独立の章」と「修行の章」では……
・「世間に無頓着」でも「世界の情勢」には無頓着であってはならず、時代の動きをイメージして行動を起こすべし。
・多忙な日常から経験知だけを積み上げ、ネガティブなストレスはキッパリと捨て去る、余裕を確保することで、精神的な病から遠ざかることができる。
・悩むことに時間をかけるのは無駄。それよりも読書と勉強で理解力を深め、経験値を増やせば、思考を複雑化できる。
・独立の気力が無ければ人を頼り、媚びへつらう。そのような依存心は払拭し、自ら率先して事を成すべし。
これらの気質を保持して実践してきたのが、戦後日本を牽引した本田宗一郎、松下幸之助などの優れた経営者であり、現代のIT長者、優れたスポーツ選手にも通じるところがあると著者はいう。
また、読書についても、人間的魅力をつくる上で極めて重要とする。ネット時代における読書の有効性も解き明かされる。

「出世の章」と「事業の章」では、より実践的な教えが開陳される。
・「才能が重要ではない。決断を積み重ね、現実を切り開いてゆくことが大事」で、その積み重ねの中で決断スピードもアップする。
福沢諭吉が留意していたのは「リスクには敏感でいながら細かなことには動じない強靱さ」か。
なるほどなぁ。
(福沢諭吉のスゴサがわかったような気がした。丸善の創設者でもあったのか……)

最後に、パブリック意識と「ミッション」の考え方には共感した。内容は割愛するが、これは会社組織についてもそうだし、個人についても言える。
何度も読み返したい1冊。しばらく机上に置いておこう。

座右の諭吉 才能より決断
著者:齋藤孝、光文社・2004年11月発行
2007年9月25日読了

肥大化する公務員組織は、必要のない仕事をひねり出しては、自己存在の正当性を主張する。いつの時代、どの国でも見られる光景だ。だが、それが市民に害を及ぼすとしたら……。

カフカの三大長編の一つ、審判を久しぶりに読んだ。
高層アパートに住む銀行員、ヨーゼフ・K。若干30歳ながら、類い希な才覚によって支店長の要職にのし上がった彼は、ある朝突然、寝室で逮捕される。
身に覚えのないところで起訴されているという。奇妙なことに、身柄を拘束されるわけでなく、これまで通りの生活に支障も無く、月に1~2回の公判への出頭のみが命ぜられた。
最初の日曜日、9時に裁判所を訪ねたKは、そこが高層住宅の一部であり、裁判所職員の一住居を間借りした臨時の法廷であることを知る。
驚愕は続く。裁判官と下級判事専属の肖像画描き、画家にまとわりつく幼い姉妹、おびただしい数の事務員、彼らすべてが裁判所の関係者だという。さらに、弁護士と裁判所職員のもたれあい、クライアントであるはずの被告人を奴隷のように扱う弁護士、何年待っても進展しない、気まぐれな裁判システム……。
Kは最初は突き放す。やがて一族がかかわり、職場でも周知の事実となり、肉体的、精神的に裁判に深く巻き込まれてゆく。
相変わらずの怠慢な裁判は続く。だが気まぐれか、必然か。その「仕事が完遂」されるため、ちょうど1年後の同じ日に、ヨーゼフ・Kは処刑されねばならなかった。

身近に突然起こる恐怖の光景。ある意味、全体主義のこれは、ドイツ的、あるいは、ゲルマン気質と呼べなくもないだろう。

自己増殖する官僚機構に制動をかけ、適正な姿に戻すのは政治家の責務であり、ひいては為政者を選択する国民・市民の義務でもある。
公務員は必要だろう。だが、公的機関としての役割が低下したのなら、その組織も縮小すればよい。公的組織の必要性を強調するのなら、非営利団体NPOが十分、その役目を果たすだろう。

どこの自治体も、膨大な赤字財政を放置・先送りし、破綻直前になってやっと「行革」らしきものを立ち上げる。兵庫県もそうだ。
今朝(2007年11月18日)の神戸新聞によると、兵庫県「県職員文化祭」なるイベントが、神戸国際会館を借り切って開催されたそうな。
これは兵庫県庁の職員と家族、OBだけが参加できるイベントだ。主催は職員互助会らしいが、その予算1,200万円の半分、実に600万円もの税金が投入されたという。残る600万円は県からの補助らしいが、それも我々の税金だろうが。
賃料もバカにならない「こくさいホール」では、職員によるダンスやバンド演奏が披露されたという。(まさか、仕事そっちのけで練習してたんじゃないだろうね?)
一般の県民にはサービス低下、各種補助金削減という痛みを強いておいて、バカ高い報酬を得る自分たちだけで、ノホホンとお祭りを愉しむのだ。その「まるで特権階級のサロンを思わせる」閉鎖的なお祭りに、われわれの血税が惜しみなく投入されるのだ!

なになに? 「中止も検討されたが、やむを得ず開催した」だって? 楽しみにしている職員が多く忍びない? 1年かけて準備してきたサークルの努力を無駄にしないため? そんなん、知るか!
う~ん。現代日本もある意味、カフカ的世界だなぁ……。

Der Process
審判(カフカ小説全集2)
著者:フランツ・カフカ、池内紀、白水社・2001年1月発行
2007年11月11日読了

豊かさを誇る日本。その景気はバブル時代を超え、自動車産業では「トヨタが世界一に君臨する日」も近いとされる。
本書は、その中の闇、すなわち「豊かさの中の貧困」にスポットを当て、日本社会に警鐘を鳴らす。

ワーキングプア。この言葉の意味するところは正直、次のようなものだと漠然と思っていた。
「自分探し? 自分らしさを求めてのモラトリアム? ふざけるな! こっちは21歳から命を削り、ときには午前様で働いてるんだ」
「日本社会の表面的な豊かさ、つまりバブルの残滓と円高デフレに便乗し、社会を舐めて働かなかった奴らがいる。怠け者のそいつらが年齢を重ね、周りとの格差を意識し始めただけのことだろう? 自業自得だ、ざまぁみろ」
「そりゃぁ、まじめに働いても収入が少ない人もいるんだろうけど、それは例外だ……」
本書は、そんな浅はかな思いを吹き飛ばし、衝撃を与えてくれた。「働かない」のではなく、本当に「仕事がない」現実を知った。

「田舎は捨てられちょる。都会なば、ちぃとずつ、良くなってきちょるが、田舎はだめだ。捨てられちょる」
海外移転した大工場。病気の母と暮らす30歳の女性社員は転勤よりも退職を選ぶが、アルバイト求人すらない田舎の現実は、想像を超えて凄惨だ。失業保険の期限切れが迫る中、その母親の落ち着いた、しかし悲痛な叫びが胸を打った。

「お金を持つ人間と持たない人間は、そもそも住む世界が違う。競争も、それぞれの中でしか行われない。自分は現実を受け入れて、この世界で頑張るしかない」
家の事情で進学できず、高校卒業後もアルバイトを続けてきた若者。30歳を過ぎると状況は一変し、日々の食料費さえ欠くことになる。このまま路上生活を続けるしかないのか。

「家があれば生活保護が受けられねぇって言うんだべよ。したら、仕方ねぇ。貧乏人は死ぬしかねえべ」
仕立屋として30年以上の職人人生を生き抜いてきた。地方の崩壊とデフレ経済に巻き込まれ、その結果が「年収20万円」の極貧生活だとは! 妻の介護の負担が重くのしかかり、食費を切り詰めて必死に耐える老人の姿は、涙なしでは語れない。そして、官僚の自己満足のための作文「医療制度改悪」が、ギリギリの生活を営む市井の善良な老人を追い詰める……。

「農業は、もうダメだ。やっていけねぇもの。食べていけねぇもの」
作業場で働く60歳代の夫婦。早朝から深夜まで米を作り、漬け物を作って売る毎日。年中休まずに丹誠込めて田畑を耕し、農作物を世に送り出しても、赤字になるだけ。これが日本の米所、秋田県の現実なのか。
「働いても『給料が安い』なんて愚痴を言っている都会の会社員は、信じられないかもしれないが、『給料をもらえるだけマシ』なのである」か……

他にも「死ぬまで働かざるをえない」老人の哀れな末路、安価な中国製品との競争を強いられるだけでなく、日本製品を作る「時給200円の中国人研修員」に苦しめられる中小零細企業の叫び、家庭環境から、余裕のない生活に追い詰められる子供たちの姿など、深刻な現実が明らかにされる。

最後に、自己責任について。
「大丈夫というか、やるしかないですよね……。大丈夫じゃなくてもやり通さなきゃいけない……」
「あと10年頑張れば、自分の体がボロボロになっても、子供たちは巣立つと思うので、あと10年、自分がどう頑張れるか……どう生きれるか……私が果たさなきゃいけない責任……」
二人の子供を抱える母子家庭の母親は、昼夜のダブルワークで睡眠時間は4時間。児童扶養手当で何とか生き延びてきた家庭を、「児童扶養手当改定法」が容赦なく襲う。国は「自主」「自助努力」「自己責任」を合い言葉に、ほとんど中身のない支援策でごまかすばかりだ。資格を取るための支援策らしいが、そんな時間と学費を用意できる母子家庭が、どこにいるのか? 彼女は力なく語る。
「勉強したくてもできない……。それを簡単に『自助努力』の放棄と言われても……。こうやって生活している私たちは、『自助努力が足らない』ことになるのでしょうか……」
そんなこと、いったい誰が言えるのか?

仕事への「誇り」、人間としての「誇り」が奪われている、か。
本当、久しぶりの快作に出会った。
偶然の成り行きでこのブログを読んでくださった皆さんにも、是非、読んでいただきたいのです。

ワーキングプア 日本を蝕む病
著者:NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班、ポプラ社・2007年6月発行
2007年11月15日読了

AFPニュース等によると、11月3日、パキスタンのパルヴェーズ・ムシャラフ(Pervez Musharraf)大統領=陸軍参謀長が全土に非常事態を宣言したそうだ。憲法は効力を停止し、非常事態宣言を差し止めた最高裁のチョードリー長官は解任され、大統領の息のかかった新長官が任命されたそうだ。

http://www.afpbb.com/article/politics/2306636/2309890
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071104-00000040-san-int

1999年10月のクーデターで実権を把握したとき、彼は腐敗政権に嫌気をさしていた国民の支持を得た。これは「内政問題」として仕方がないのだろう。だが、前年にインドとパキスタンがともに核兵器の保有を宣言した直後でもあり、「核兵器を有するイスラム軍事政権の誕生」により、世界は緊迫度を増した。(当時のニューズウィーク日本版1999年10月27日号の表紙「核の危機 アメリカ議会は核実験禁止条約を拒否し、核保有国パキスタンでクーデター」の大きな見出しは鮮烈だった。)
結局、強硬な制裁は行われず、なだめて現状を維持する政策を主要国は選んだ。

その後の「9.11」では、米国とイスラム諸国の板挟みに遭いながらも、国益を優先して対テロ戦への参加を表明し、唯々諾々と軍事作戦を遂行することで、米国から事実上の承認を得た。これが、ムシャラフ氏の地位の盤石化に作用したのだろう。

だが、公約であったはずの「陸軍参謀長の辞職」は実現していない。最高裁長官の罷免騒動、選挙へのあからさまな介入、ライバル政治家の帰国問題が次々と持ち上がり、軍部の強硬派とイスラム原理主義者との確執も解決していない。
支持を得ていた国民の間では、毎月のようにデモが繰り広げられている。
先日の大統領選挙の結果、ムシャラフ氏は3期目の就任を果たした。だが、これは暫定的なものであり、参謀長を兼任したままの大統領就任の憲法上の判断が下される最高裁判決が、目前に迫る。無論、良い結果は期待できず、国政は一挙に混乱に陥るだろう。

そこで、今回の戒厳令だ。反大統領派の最高裁長官の解任が目的とも言えるこの変事を、いったいどう収拾するのだろうか。
そしてパキスタン国民は思うだろう。
「そこまでして地位にしがみつきたいのか?」

それでも、ムシャラフ氏のパキスタンは興味深い。軍事クーデター後のイスラム国家で強権政治の発動となれば、反欧米、イスラム原理主義へ傾倒しそうなものだが、実際には現実的な国際協調路線を貫いてきた。
なぜだろうか。
イスラム教徒が大半を占める国にありながら、ムシャラフ氏はキリスト教系の高校、大学を卒業した。さらに父親は外交官、母親は国際労働機関(ILO)の職員であったことを鑑みれば、国際感覚が十二分に養われたことは、想像に難くない。
ライバル政治家の支持者を中心とする反体制派への弾圧を除けば、経済改革を推し進めるなど、内政も比較的リベラルだ。これも、これまで国民の緩やかな支持を集め続けた要因だったのだろう。

ブット元首相との確執もさることながら、ナワーズ・シャリーフ前首相とのいがみあいもまだまだ続く。アフガニスタンとの国境沿い、事実上の無政府状態が続く北西辺境州でのアルカイダ系テロリストの暗躍に手を焼く状態が続くようなら、米国が黙っちゃいない。
英国(ブット氏亡命先)とそのメディア、エジプト(シャリーフ氏亡命先)はじめ中東諸国、対テロ戦争の"同盟国"であるブッシュ米国の思惑を含め、三つ巴の様相は、その先が見えてこない。

クーデターの原因として、カルギル紛争を巡り、インドとの対話で収拾させようとするシャリフ首相と、あくまで軍事作戦で片を付けたいムシャラフ参謀長の間の確執があったとされる。
そうであれば、だ。今回の危機が長引いて国民の批難が高じれば、「国民の目を外部に向け、内政の失敗をカバーする」との定石に則り、カシミール地帯の紛争を再燃させる可能性も否定できない。
当面はホットな状況が南アジアで続きそうだ。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/472997.stm
http://www.presidentofpakistan.gov.pk/

英国BBCニュース
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/7077310.stm

こっちはアルジャジーラ・ニュース
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/CE10D815-2B86-4AF4-8D76-D1C74AB114AD.htm

で、これが国民に向けて戒厳令を発令するムシャラフ氏
http://www.youtube.com/watch?v=ya86zLFxHrs

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