英国文学は人生のダイナミズムを描いた長編が主軸であり、個々の断片を詰めた短編は隅に追いやられているそうな。この文学全集には、イギリスにとどまらず、広くコモンウェルス、英連邦諸国の作家の逸品が収録されている。(南アフリカのナディン・ゴーディマも含まれており、楽しみだ。)
その中でも日本人(1989年ブッカー賞を受賞)の作品は、ある意味、異色の存在だ。20世紀初頭の日英連邦の記憶があるとは言え、アングロ=サクソンの文化圏と大きく異なり、第二次世界大戦の敵国の文化圏の文学は、どのように迎えられたのだろう。
没落しつつも、士族の家系を誇りにするような謹厳な父親。典型的な戦前の大黒柱に反抗し、単身渡米した主人公が鎌倉の自宅へ帰ってくる。
大阪で大学生活を楽しむ妹も、父がいなくなると一人の現代少女に還り、笑いを隠さない。
広い庭の古井戸。灌木に囲まれたその一角が、歳の離れた兄弟に亡き母の姿を念起させる。
やがて、3人で夕食を囲む。弾まない会話。母の遺影。鍋の熱い魚。3人一緒に暮らせれば良いとの、年老いた父のか細くも強い願い……。
エキゾチックな情景だ。それは英語文化圏のみならず、2008年に生きる我々から見ても、失われつつある古き良き日本、その姿なのだ。望みの薄い希望を捨てきれず、それでも良くなることを切に願い、ひっそりと生きてゆく。それは、これから先細りするであろう我々の生活にも重なるようで、悲しくも美しい余韻を味わえた。
A FAMILY SUPPER
夕餉
著者:Kazuo Ishiguro(石黒一雄)、集英社・1990年1月発行
集英社ギャラリー[世界の文学5] イギリスⅣ所収
2008年1月27日読了