男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2008年01月

英国文学は人生のダイナミズムを描いた長編が主軸であり、個々の断片を詰めた短編は隅に追いやられているそうな。この文学全集には、イギリスにとどまらず、広くコモンウェルス、英連邦諸国の作家の逸品が収録されている。(南アフリカのナディン・ゴーディマも含まれており、楽しみだ。)
その中でも日本人(1989年ブッカー賞を受賞)の作品は、ある意味、異色の存在だ。20世紀初頭の日英連邦の記憶があるとは言え、アングロ=サクソンの文化圏と大きく異なり、第二次世界大戦の敵国の文化圏の文学は、どのように迎えられたのだろう。

没落しつつも、士族の家系を誇りにするような謹厳な父親。典型的な戦前の大黒柱に反抗し、単身渡米した主人公が鎌倉の自宅へ帰ってくる。
大阪で大学生活を楽しむ妹も、父がいなくなると一人の現代少女に還り、笑いを隠さない。
広い庭の古井戸。灌木に囲まれたその一角が、歳の離れた兄弟に亡き母の姿を念起させる。
やがて、3人で夕食を囲む。弾まない会話。母の遺影。鍋の熱い魚。3人一緒に暮らせれば良いとの、年老いた父のか細くも強い願い……。

エキゾチックな情景だ。それは英語文化圏のみならず、2008年に生きる我々から見ても、失われつつある古き良き日本、その姿なのだ。望みの薄い希望を捨てきれず、それでも良くなることを切に願い、ひっそりと生きてゆく。それは、これから先細りするであろう我々の生活にも重なるようで、悲しくも美しい余韻を味わえた。

A FAMILY SUPPER
夕餉
著者:Kazuo Ishiguro(石黒一雄)、集英社・1990年1月発行
集英社ギャラリー[世界の文学5] イギリスⅣ所収
2008年1月27日読了

La Rose de Versailles
大丸神戸店で15日まで開催されているので、行ってきた。

日本社会を席巻したベルばらブームのとき、僕は小学生。さらに男だから興味なし、のはずだった。何を間違えたか、古本屋で手にしたコミックスに「飲み込まれ」、愛蔵版を買いこんだのが10年前か……。

当時の原稿(写植されている)がガラスパネルに多数納められ、それを見るだけでストーリーがわかる。否、懐かしくも蘇った。
無垢な愛くるしい少女だったマリー・アントワネットが、権力におぼれて変わりゆく姿。その母、オーストリア女帝マリア・テレジアの苦悩。ルイ16世の凡庸さ。代々、王国軍を統率するジャルジュ家の理想と現実。フェルゼンとの禁断のXX……。
「さぁ行くぞ、アンドレ!」16歳にして近衛大尉のオスカルは、凛々しさ爆発だ。後に女性の本能に目覚めるのがフランス革命の最中で、最愛のアンドレを失うのも革命の最中。その翌日には自らも絶命することになるのだが……。
王道を行く大河ロマン。本物は、やはり良い。

当時のマーガレット誌の表紙を飾るカラー原稿も見応えがあった。
神戸ファッション美術館(六甲アイランドにある、あの斬新な建築物ね)からは、18世紀フランス上流社会で流行したロココ調ファッションの「250年前の現物」が展示されていた。いま見ると、ある意味、斬新だな。

しかし、原作者の池田理代子氏はスゴイ。この作品を世に送ったのは若干24歳で、さらに47歳で音楽大学に入学し、無事に卒業したとは。侮れないなぁ。

今日、昼間は神戸国際会館で、ウィンナー・ワルツ・オーケストラの宮殿祝賀コンサート(NEW YEAR 2008)。夕方はベルばらの世界。う~ん、18世紀フランス王国とハプスブルグ帝国の世界に浸った一日だった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080108-00000034-nnp-l40

市民に範を示すべき市役所職員が、あろうことか飲酒を重ね、「夜の繁華街で女性をナンパする」ために、時速100キロで鉄のかたまりであるセダンをぶっ飛ばす。これは判決の材料にはならないらしい。
人間が五人も乗った乗用車を川に突き落とし、その場で救援活動を行うことなく、応援を外部に頼むこともなく、「公務員の身分がばれるのが怖くて」逃走し、夫婦が最愛の幼子の絶命するのを目の当たりにし、悲しみのどん底に沈む間、運転を他人に代わってもらい、ほとぼりが冷めた頃にノコノコ現れる。
この行為が「酩酊状態でなく、自己判断できる」と裁判官には映ったらしい。
それになんだ? 飲酒運転ではなく、酒気帯び運転だったから? 危険運転致死傷罪は科せられない?
そのそも12月18日に、福岡地裁から福岡地検に「危険運転致死傷罪から、業務上過失致死傷罪」への訴因変更命令が下されたそうな。
で、求刑25年に対し、判決は7年半の懲役ときた。殺人者である今林大氏は、7年後にはキレイな身になって、晴れて釈放される。
これが、わが日本の法治制度の実態か!

判決後に吹き荒れるであろう俗世間からの非難や、批判めいた報道、何よりも「人の命の重さ」よりも、神聖な法律の厳密な解釈にこだわった川口宰護裁判長。あなたはすばらしい裁判官だ。同僚の裁判所職員や、あなたの家族が同じ被害に遭ったとしても、同じ判決を下すのだろうから。いやぁ本当、裁判官の鏡だわ。
……人として失格でなかったかどうかは、寿命を全うするそのときに考えるのだろうか。

このページのトップヘ