時代は第一次世界大戦、場所はドイツ国境沿いのフランスの田舎町。砲撃戦のあった日には、火薬と死骸の臭いが町に満ちる。出征して"変貌"を遂げて戻ってくる幸運な一部の"負傷者"、棺に入れられる大多数の若者。そんな最前線に近く、それでも工場勤めが優先されて徴兵免除となった大多数の町の男たちは、今日も酒場を練り歩く。
そんな喧噪とは距離を置き、貴族の生活を崩さない鬼の老検事。彼には、結婚して半年で先立たれた若妻がいた。戦中、新たに赴任してきた若い女教師を見て、検事は驚愕し、狼狽し、淡い恋心を抱く。
前線から送られた手紙。女教師の自殺。そして、ある冬の凍てつく朝に起こった<事件>……。
その彼を見つめ続けた「私」のことが、これも亡き妻に語られる古風な小説。優れた文学のみが有する「人間の奥深さ」。フランス文学界でセンセーションを巻き起こしたこともうなずける。
細かな描写と、最終段の「私」の独白は見事。時間はかかったが、フランス長編文学の正当な歴史観とともに、洗練された訳文をじっくりと味わえた。
LES AMES GRISES
灰色の魂
著者:フィリップ・クローデル、高橋啓(訳)、みすず書房・2004年10月発行
2008年3月18日読了