男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2008年04月

時代は第一次世界大戦、場所はドイツ国境沿いのフランスの田舎町。砲撃戦のあった日には、火薬と死骸の臭いが町に満ちる。出征して"変貌"を遂げて戻ってくる幸運な一部の"負傷者"、棺に入れられる大多数の若者。そんな最前線に近く、それでも工場勤めが優先されて徴兵免除となった大多数の町の男たちは、今日も酒場を練り歩く。
そんな喧噪とは距離を置き、貴族の生活を崩さない鬼の老検事。彼には、結婚して半年で先立たれた若妻がいた。戦中、新たに赴任してきた若い女教師を見て、検事は驚愕し、狼狽し、淡い恋心を抱く。
前線から送られた手紙。女教師の自殺。そして、ある冬の凍てつく朝に起こった<事件>……。
その彼を見つめ続けた「私」のことが、これも亡き妻に語られる古風な小説。優れた文学のみが有する「人間の奥深さ」。フランス文学界でセンセーションを巻き起こしたこともうなずける。

細かな描写と、最終段の「私」の独白は見事。時間はかかったが、フランス長編文学の正当な歴史観とともに、洗練された訳文をじっくりと味わえた。

LES AMES GRISES
灰色の魂
著者:フィリップ・クローデル、高橋啓(訳)、みすず書房・2004年10月発行
2008年3月18日読了

大女優、吉永小百合さんのデビュー2作目だ。

主人公、石黒ジュンの親父さんが職人気質で良い。
会社が買収され、クビを言い渡された父。組合活動員が退職金の割り増し、過去の事故の労働災害の認定に向けて動くが、赤の手先に世話されたくないと断る。
「ともかくな、男は引き際が肝心なんだ。済んだことをとやかく言われる筋合いはねえ」
決めたことは頑なに守るが、柔軟性に欠ける典型的なガンコ親父。
家族には大きな顔で接するが、職探しではプライドも何も捨て、卑屈にならざるを得ない。
本人の苦悩と、犠牲を強いられる家族が痛々しい。

成績優秀、しかし経済難から高校進学をあきらめざるを得ないジュン。
友達の家で勉強すると嘘をつき、パチンコ屋のバイトにいそしむ。修学旅行もあきらめかける。すべては、高校入学金を貯めるために。
友人宅へ「勉強を教えに」訪問するジュンは、格差を目の当たりにする。自家用車、豪奢な洋風の家、ステレオ・セット、応接セット付きの勉強部屋、ケーキ・セット……。「勉強ができなくても高校へ行ける生徒には負けたくない」との思いは強くなる。

その友人の父の親切により、ジュンの父は大手工場に再就職できたが、それも束の間。
修学旅行に出発する朝、「FA化された工場なんぞで職人が働けるか」と2週間で工場を辞めた父。力なく自宅を出たジュンは、修学旅行の汽車には乗らず……。

万引きに誘われる小学生の弟。ヤクザものと関わりを持つジュン。
「すくすくと明るくのびよう青少年」の市役所の標語がパロディに見える。

少女の苦悩と成長、独り立ちへの決意がテーマだと思うが、朝鮮人蔑視の問題も隠れたテーマだと思う。
「だけどよ、北鮮と南鮮ってなんで分かれてるんだ? 同じ朝鮮人同士なのによ」
「世界の対立だって。東と西のドイツみたいに」
「じゃあ戦争になるかも、北鮮にいたらヤバイじゃん」
「日本もヤバイだろ?」
「そうだよなぁ、川口だって、水爆でイチコロだしな」
「それなら北鮮にいたほうがいいだろ? どうせ貧乏だし」
「そうだ、いまより貧乏になりようがねぇからな、ワハハ~」
「ワハハ~」
小学生同士の会話がこれだ。

貧しさ、東西冷戦、朝鮮問題。政治的なテーマを内包しつつ、吉永小百合さんの"可憐さ"がすべてを超越し、青春映画の名作が誕生したというわけか。

実は、AERA誌(2008年3月24日号)に掲載されていた東京大学大学院教授・姜尚中さんのコラム「久々に見返した名画、若者への温かい眼差しと、吉永さんの思いに気づく」を読み、この作品を知った。「苦しいとき、若者に差し伸べられた周囲の手。現代日本に失われた、そんな暖かみ」の趣旨が記載されていたが、確かに、そんな暖かみはいまでは少ないと思う。

昭和37年封切、浦山桐郎監督、今村昌平脚本、日活スコープ・モノクロ作品。
もしかして、古い映画ってスゴク面白いかも。

昨日の続きです。安彦良和氏の話を抜粋。

[漫画家としての安彦氏]
・明るいキャラは好きではない。アムロ(暗いキャラ)は気に入っている。
(本田氏の質問「暗いキャラが多いのは何故か?」への回答。)
・漫画のネタは、いろいろと思いつくが、寝かせておく。数年たって自分の中に残っていると「こだわり」を感じ、それが作品となる。
・「ノンフィクションの重み」を作品にすることを好む。史実ネタが多いのもそのためだ。
・漫画執筆では、Gペンは使わない。と言うか、使えない。(展示会会場に、この筆が展示してあった。「長年、この中国製の安い筆を愛用している。見つけたら大量に購入しているが、この筆が生産されなくなったら、僕の連載も終わりだ」との説明が気があった。)

[アニメ・機動戦士ガンダムの裏話!]
・シャアのマスクは、スター・ウォーズのダース・ベイダーに着想を得た。顔を隠せば、後々なにかと便利だし、美形キャラとして引き立つ。
・実は、ジオン軍に階級章は無い。シャアが少佐から大佐に昇進しても服が変わらないことで、おわかりいただけると思う。理由は、単に決めていなかったからだ。これが後々、実に困る事態となったが、後で、マント(将校のケープ)とグリーン服の模様等、他のスタッフが階級区分らしきものを考案したようだ。
・シャアと言えば赤。これは良く目立つように、わざと赤い服にした。このキャラデザを見て「赤い彗星」と命名したのも、富野氏その人だ。
・しかし実は、シャアザクは赤色ではなく、ピンク色だ。その理由は、当時のサンライズ社内の事情による。
宇宙戦艦ヤマトは300色もの絵の具を使って制作された。グレーだけでも20色。一方、当時のサンライズには78色しか無く、グレーもたった2色しかなかった。
これではあまりにもひどいので、ガンダムのために4色が追加された。そのうちのピンクと薄いグリーンこそが、シャアザクと一般ザクの色だ。
・ブライト・ノアの腰の妙な周り具合(上半身だけ回転)等がパロディのネタになっている。実は、ブライト・ノアのオーバーアクションは、原画数の少なさ、アニメーターの技量不足を補うために生まれた。当時、テレビ放映をこなすことが精一杯で、ビデオ化され、販売されるとは思ってもいなかった。
だから、背景ミス、構図ミス、色ミス等もそのままにしていた。昨今、昔のアニメ作品を高画質化してDVD作品にする動きがあるが、意味が無いのでは?(笑)
・「人の革新」はテーマになかった。「ニュータイプ」の概念は、番組の途中から富野氏が考えついたもので、これで話を収束することができた。
・シャアは否定されるべきキャラだ。主役を喰ってしまったため、富野氏の中でシャアの役割が肯定的なものに変化した。これは評価しない。

[メッセージ]
・ファーストガンダムの世界観を大切にして欲しい。
・よく、ガンダムは戦記もの、あるいは人類の革新をテーマにした作品、あるいはメッセージを含む作品だと言われる。否、そのどれもが違う。ガンダムは人間ドラマだ。

・クリエータは、広い視野を持つ必要がある。神戸芸術工科大学でアニメーションを教えているのも「狭窄なアニメオタク」に陥らないよう、それを伝えるためだ。
・視野の広さこそ、面白い作品を生む源泉となる。ガンダムを生み出した当時の富野氏がそうだ。それまでの氏の幅広い仕事の実績が、深い人間性の込められた作品を生んだ。
ファーストガンダム以降の富野作品には、その深さが感じられなくなった。

[質問コーナ]
・(作業環境について)絵コンテ、ネームなど集中力を必要とする作業は、音をシャットアウト。それ以外はスポーツ中継等、適当にラジヲを流している。
・(次のアニメ作品)もうアニメ作品は制作しない。アニメ業界は、昔と様変わりしたので見限ったからだ。ただし、ブレイブストーリ、時をかける少女など、良い作品は生まれるので、私が戻る必要はない。

[展示会]
サンピア明石の3階、アートホール明石では、安彦氏の原画が展示されていた。
思ったより数が少なかったが、お気に入りの「虹色のトロツキー」をはじめ、「ジャンヌ」、「わが名はネロ」等、代表作のカラー原稿があった。
ガンダムエースの表紙原画がまとめて展示されていた。こうしてみると、一つの作品のために雑誌が創刊されたわけで、大変なことだとわかる。

講演(対談)が終わり、「安彦良和氏のサイン入り図目」が販売され、手を挙げた。抽選のはずが、数が足りたらしく(40冊くらい?)、無事に購入することができた。図目購入時に受付テーブルを見ると、出席簿(?)がむき出しで置いてあった。それによると、参加者は116人か。全員参加じゃないようで、90人程度かな。

日本最高峰のクリエイターの一人である安彦氏。その話を直接聞くことができた。ガンダム再放送がブレークした当時、中学生だった自分に自慢してやろう。

兵庫県明石市(神戸市の西隣)に、あのガンダムの安彦良和氏がやって来る。地元民として、中学生時代にガンダムの洗礼を受けた一ファンとして、聴き逃すわけにはいかない。新聞記事を読んで、すぐに予約し、2008年4月6日10時前に会場に着いた。
(長いので2回に分けます。)

さて、会場(サンピア明石)に到着すると、
「安彦良和氏と本田純一氏の対談」
との看板があがっている。対談相手は地方新聞の記者? 20年前から日本のアニメ業界の神様的存在である安彦氏とは、全然釣り合わないのでは?
この疑問に対する答えは、最初の"なんとか会会長”の棒読み挨拶で解けた。よくわからん年寄り連中、行政・教育界に長い間身を置いている"お歴々"には、30代の地方新聞記者のほうが格上に映るようだ。ただ、この神戸新聞記者も心得ているようで、一ファンとして、インタビュアーの立場を取って安彦氏を盛り立てていた。(この辺りはさすがだ。)
それはさておき、安彦良和氏の話を抜粋すると……。

[アニメ業界入り]
・高校時代から漫画を描いていたが、プロになる自信はなく、集団作業を行うアニメーターを目指した。1970年に虫プロダクションに入社。動画ではなく、最初から設定を担当した。
・虫プロは1973年頃に倒産し、300人が路頭に迷った。その後、虫プロの仲間が新設した創映新社に入社した。(サンライズの前身だ。)
・当時のアニメーションは原作付きが当たり前。新興会社には原作付きアニメの話はこない。しかたなく、オリジナル・ロボットアニメを制作することとなった。
しかし、ちょうど石油ショックの時期。アニメ番組のスポンサーは次々と撤退したが、おもちゃ業界だけが支援してくれた。これは「作品=商品広告」の構図が成り立つためでもあるが、かろうじてロボットアニメのテレビ放映枠が確保された。
・サンライズ2作目のアニメ作品「勇者ライディーン」のキャラデザインを任された。当時は「メカデザイン」の概念はなく、「すたじおぬえ」の大河原氏が片手間にメカデザインをしていた程度。ほとんど、キャラデザが兼任していた。
・ロボットアニメは「おもちゃ屋の手先」、「質の悪いアニメ」との悪評が先行していた。それがいまでは、日本のロボットアニメに触発されて、ロボット工学を志す若者が多いと聞き、実に感慨深いものがある。

[ガンダム、富野由悠季氏(富野喜幸氏)]
・富野氏とは虫プロ時代から一緒に仕事。絵コンテを描くスピードが早く、他社の仕事も請け負っていた。
・世間の評判と違い、リアル・ロボットアニメの草分けはガンダムではなく、ライディーンだと自負している。
・勇者ライディーンは富野氏が監督、安彦氏がキャラデザ。この構図はガンダムに引き継がれる。
・良く訊かれるが、安彦氏はキャラ担当。ストーリーには加わっていない。
・ガンダムは、世界観、モビルスーツのラフデザイン等を含めて、すべて富野氏が創り上げたものだ。しかし、カリスマ化されて以降の富野氏の姿を、安彦氏は評価していない。ファーストガンダムと、それ以降のガンダムとの乖離に、違和感を覚える。
・だから、ガンダム誕生20周年を機に、「本当のガンダムをオレが描く」ことを決意した。

[ガンダム・ジ・オリジン]
・角川書店の編集長によると、連載の目的は、米国にガンダムを売り込むことだった。(アメリカ人は長いテレビアニメ全話なんて見ない。劇場版アニメは編集されすぎて、世界観が理解されない。外国人は「まずマンガありき」だ。)
・2000年に、富野氏と会い、「1978年当時の、富野氏の本来の世界観のガンダムをマンガにする」ことを伝え、了承を得た。(これ以降、富野氏とは会っていない。)
・連載中の「ガンダム・ジ・オリジン」はモビルスーツのデザインを独断で変えた。
・連載は、最初の予定より話がどんどんふくらんだ。前史はシャア・セイラ編のみで1巻を考えていたが、ルウム戦役を加える等、結局は6巻分にも及んだ。
・ファーストガンダムのキャラは、皆すべて気に入っている、しかし、オリジンの連載を始めてから、ランバ・ラル大尉とハモン、ドズル中将が気に入っている。だから大いに活躍させた。ハモンに片思いのタチ中尉には、感情を込めて描いた。
・ファーストガンダムは本来、子供向けの作品として生まれた。このガンダム・ジ・オリジンは最初から大人がターゲット。ぜひ、味わって欲しい。

話の中で感慨深かったのは、「ジ・オリジンの連載では、タチ中尉の活躍に気を配った」と安彦氏が述べていたことだ。脇役に過ぎない情報士官だが、ハモンのためにすべてを投げ打ち、叶わぬ恋に命を捧げる……。僕の好きなキャラなので、この話を聴けただけでも満足だった。

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ARIA The Originationのテレビ放送が終わってしまった。
最終回は、COMIC BRADE 2008年4月号(買ってしまった)の内容とほぼ一致。幻想的な演出で追加されたのは、アリシアの引退セレモニー。そのセリフは極端に少なく、晃の二言、三言が画面を引き締めた。

主人公=水無灯里のプリマ昇格の感動がもっと表現されて良かったと思うが、意外と淡泊だった。まさかの"飛び級昇格"を果たしたアリスの話(最高の出来だった)と比べると、あっさりしすぎの感があるが……。
これは、ダブル(見習い)からシングル(半人前)へ、そしてプリマ(営業資格者)の地位へと至るプロセス- 努力、仲間との叱咤激励、協力的な地域住民の支援と触れ合い、そして培われる人格と技量とセンス -こそ、作品のテーマだからだ。
(と勝手に推測しておこう。)

それにしてもこの作品、舞台もストーリーも地味目で、ドンパチがあるわけでもなく、恋愛要素も極端に控えめで、昨今のアニメとしては珍しい。ここ十数年で蔓延した「受け」を狙わない、しっかりした作品だったと思う。(だから1stシリーズと2ndシリーズのDVDを全巻購入した。)

火星をテラフォーミングし、地球温暖化の影響で水没する都市を移築して観光名所にする。このアイデアにはやられた。燃料電池、惑星間旅客機、重力制御(地表を1Gに保つ)、惑星の気候制御(人類の生存条件=地球と同じ気候を保つ)等、24世紀の科学技術基盤は水面下に隠し、20世紀中葉のアナログ的な要素でできた惑星と、そこに暮らす住民と、さまざまな観光客の織りなす物語。実に面白かった。

http://www.ariacompany.net/

南北戦争が終わり、19世紀末から20世紀初頭にかけて急速に変貌するアメリカ社会を題材に、中産階級の台頭と、彼らがもたらした初期大衆消費社会の姿を描く。

まず驚いたのは、すでに1920年の時点で、アメリカ合衆国での自動車の普及率が50%を超えていたことだ。西欧でこの数字に達するのは1970年代であり、"車社会アメリカ"を印象づけられた。

19世紀最終期には、酒屋や雑貨屋といった小規模商店と「お得意様」の時代は終わりを告げ、企業広告・商品広告により、消費者と大企業が直接結びつく大量消費社会が到来する。
その原動力となったのが、安価な印刷が可能になったカラーポスターと、従来の高級文芸雑誌に代わる「大衆雑誌」の広範な普及とされる。

一方で、「企業の歯車」と成り果てた中産階級の男たち。彼らは生き甲斐を娯楽に求め、これが映画産業の発展に結びつく。女性の進出はメイドを激減させ、これが若い男女の交際に変貌をもたらした。いまでは信じられないが、19世紀後半まで=ヴィクトリアニズムの時代には、娘の自宅での、親の監視付き交際が当たり前だったそうな。今日の屋外でのデートは、メイドの減少が遠因と、なるほど。

家電製品の普及が女性の家事負担を増加させたのは、何とも皮肉で逆説的だ。また、それが離婚率の上昇をもたらしたのであれば、文明化は万能とは言えないな。

なんかまとまらないが、今日の我々の生活スタイルの原型が、20世紀初頭のアメリカ中産階級にあることは間違いなく、興味深く読むことができた。

世界史リブレット48
大衆消費社会の登場
著者:常松洋、山川出版社・1997年5月発行
2008年4月1日読了

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