男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2008年11月

時は2001年9月。アメリカ同時多発テロと、第二、第三のテロの恐怖に脅えるアメリカ本土から遠く離れ、取材相手と昼食を採ったある日のこと、相手のささいな質問から、すべてが始まった。
「ヒズボラって何だい?」

著者はワシントン・ポスト氏の西アフリカ支局長。欧米社会にインパクトを与えるニュースの何もないような地域で、ダイヤモンド取引を取材する。
悪名高いリベリアの独裁者、チャールズ・テーラー。彼と手を組んだのが、シエラレオネの非人道的な反政府ゲリラ組織、革命統一戦線(RUF)だ。川床にダイアモンド鉱山が露出した、世界でも珍しい採掘場を支配するRUF。暴力で地域住民を支配・酷使し、リベリア経由で密輸したダイヤモンド原石を、内戦に勝利するための兵器類に変え、シエラレオネの支配を目指す。
そんな彼らの元に、あるアラブ人バイヤーが現れ、それまでの取引とは比べものにならない高価でダイヤを買い漁るようになる。部屋にはオサマ・ビンラーディンの肖像が掲げられ、自爆ビデオを観賞し、アフリカ人に組織への加入を勧める彼らこそ、そう、アルカイダの幹部であった。

かつてのシーア派、スンニ派の壁を越え、世界中で手を携えて西洋世界に挑戦するイスラム系テロ組織。その多様な資金の調達から、グローバリズムを逆手に取ったマネーロンダリングまで、その実態はベールに包まれてきた。

本書は、同時多発テロ後、アメリカ当局の裏をかき、莫大な現金をアフリカでダイヤモンド等の貴金属に、ドバイ等で金に換えるマネーロンダリングの手口を明らかにする。また、西洋の銀行システムと異質な、中東世界古来の送金システムであるハワラを、果ては世界各地に拡がる慈善団体の寄付金がテロ組織に流れるまでの動きを追い、テロ組織の資金のルーツを暴露した。それが故に、著者と家族はリベリア情報機関に狙われ、米国本土への脱出を余儀なくされることになる。

一方で、世界最強と信じられている米国情報機関の、お粗末な縄張り争いと、「断じて自らの過失を認めない」お役所体質をも浮き彫りにし、同胞からも責め苦を受けるハメになる。
これまた互いにいがみ合うFBI職員と財務省職員。その彼らが口を揃えて言うのだ。
「イラク戦争が、対テロ戦争の足を引っ張った」と。

そう。イラク戦争は完全な無駄であり、多くの人命を道連れにしたブッシュ大統領の失策だ。
この戦争が無ければ、必要な人材と資金をアフガニスタンとパキスタン北西辺境州に投入でき、対テロ戦争は効果を上げていたかも知れない。

対テロ戦争が効果を上げていたら?

2008年11月26日に発生したムンバイ同時テロ事件。アルカイダ構成組織に名を連ねるラシュカレトイバが中心となり、インドの若いイスラム過激派が参加したと言われている。対テロ戦争が効果を上げていたら、少なくともその芽は摘み取られていたはずであり、190人以上もの死者を出すことはなかったかも知れない。

で、そのラシュカレトイバは、カシミール地方のインド占領地域での武装闘争を目的に、パキスタン軍事情報部が結成を後押ししたテロ組織と言われている。インドのシン首相は外国、すなわちパキスタンを非難し、これにパキスタン軍部は反発している。2009年初頭から予想される世界経済の大規模な低迷=恐慌が、インド、パキスタン両国の軍事指導者を穏やかでない行動へ誘うのかも知れない。核戦力の使用が無いとは言えない。

米国のミスリードが次の混乱を招くことになる。先進国の自分勝手は許されない時代だ。日本=われわれも他人事ではなく、気をつけないと。

BLOOD FROM STONES
テロ・マネー アルカイダの資金ネットワークを追って
著者:ダグラス・ファラー、竹熊誠(訳)、日本経済新聞社・2004年9月発行
2008年11月27日読了

2001年9月11日。あの世界貿易センタービルから、わずか数ブロックしか離れていない自宅の寝室で著者は叩き起こされた。ジャンボ機の衝突した轟音は、ニューヨークの光景を、アメリカ人の意識を、世界情勢を一変させてしまった。
本書は、その後の1週間のニューヨークの動きを観察した詳細なレポートだ。自宅から避難しないと腹をくくり、毎日、現場へ足を運ぶ。一晩たっても燃え続け、巨大な煙を上げるビルの残骸。収まらない粉塵の中、鉄とコンクリートと、人の焼ける臭いを呼吸する。次なるテロ=生物兵器による攻撃の予感に脅えながらも、救急作業に全力を挙げる救急隊員とニューヨーク市民の姿。

著者は問う。
テロの予兆はあった。何故、防ぐことができなかったのか。
1993年のテロ事件の際、逮捕された容疑者は「資金と爆薬が足りなかった」と語った。この失敗を教訓に、アルカイダは入念な準備と資金の準備を行ってきた。1996年から2000年かけて中東の米軍基地、海軍艦艇、アフリカの大使館が攻撃された。これだけの予行演習の後、アメリカの中枢への攻撃が実行に移されたのだ。

ただ1機、おそらくはホワイトハウスを目標とした機体がペンシルバニアに墜落した。3人もしくはそれ以上の勇気ある乗客がテロリストと闘ったことが明らかになった。以前、テレビでもやっていたが、感動的な逸話だ。ただ運命に身を委ねるよりも、闘う勇気。見習いたいものだ。

アラブ系アメリカ人への人種迫害。イスラム原理主義や急進主義から離れ、自由の国にやってきたはずなのに、どうしてこのような目に遭うのか。以前、ロサンゼルスで暴動が発生した際、韓国系の店が集中的に襲撃された。暴力の捌け口はマイノリティになるのか。オバマ氏が大統領に就任することで、このあたりは変わるのであろうか。

目撃 アメリカ崩壊
著者:青木冨貴子、文春新書・2001年11月発行
2008年7月28日読了

1918年のパリ。ドイツ軍の空襲に脅え、傷つきながらも人々の日々の営みは続く。
群集心理への軽蔑的な反動から、知的・芸術的自我至上主義へ引きこもるフランスの思想界。3ヶ月後の招集を控え、つまらない日常をすごすピエールも、そんな頭でっかちの学生だ。何気なく乗った地下鉄の中で美しい少女を見初める。駅に逃げ込む空襲の被害者たち。リアルな血染めの男。気づけば、彼女の手を握り、彼女もまたピエールの手を握る。
偶然の再会は一気に距離を縮める。裁判所判事の父親を持つ中産階級のピエールは、貧しい生まれ育ちのリュースにのめり込み、憧れていた兄の戦場の華々しい話にも興味を無くす。どうせあと3ヶ月の命。厭世の気分と投げやりなあきらめが、単調な毎日へと彼を誘う。上空の爆撃機のエンジン音と長距離砲の咆哮にさらされながらも、美しい二人だけの世界を満喫し、永遠を願う。

ピエールの悩み。人を人として愛するのか、所有物として愛するのか。自分の属する中産階級のひからびた人間性、戦争への責任。孤独な精神と思想の王国。

リュースの哲学。贋作を描き、金持ち連中に売りつけるのは生活のため。工場でドイツ人を殺戮する砲弾の製造に従事する母親の行為も正しいのだ。「生きるためには何でもする」のだ。

様々な思いを抱く二人を、しかし、サンジェルベ教会にいる二人を、ドイツ軍長距離砲の砲弾は容赦なく貫く。悲しみで物語は幕を閉じる。

小説に添えられた版画が実に良い。フランス語版では、表紙に版画作家のクレジットも明記されているようだ。

PIERRE ET LUCE
ピエールとリュース
著者:ロマン・ロラン、宮本正清(訳)、みすず書房・2006年5月発行
2008年10月28日読了

タイトルと、南伸坊さんの装画に引かれて購入した。
冒頭から語られるオモシロ人生。自分では認めたくない「失恋による体の変調」の治療のために病院を転々とし、最後にたどり着いた漢方医院。そこの若い先生に憧れを抱き、恋なのか、そうでないのか。31歳アパート独り暮らしの女性脚本家の心は揺れる。

いつもの飲み仲間。自分だけじゃない。ひと癖もふた癖もある彼らにも、深刻な悩みがあることに気づく。新婚半年での離婚、ロマン欠乏症、睡眠薬の大量飲用…。
少し前に"アラフォー"世代が話題となったが、この本は30代の女性の悩みと成長がギュッッと詰められている。

生きる目的ではなく、"真の"生きる目的。それをおぼろげながら理解した主人公は、新たな失恋にも動じない女になった……。

日頃接することのない東洋医学の知識も垣間見れた。韓国の大河ドラマ「ホジュン」の中に出てきた薬草や"気"にまつわるエピソードもあり、それがストーリーに上手くちりばめられ、実に爽快な読後感を味わえた。
第28回すばる文学賞受賞作か、納得。

漢方小説
著者:中島たい子、集英社・2005年1月発行
2008年11月15日読了

小泉政権下、これまで長い戦後日本社会の中で培われた"必要な"規制までが次々と取り払われ、無法地帯が出現した。その犯人こそ竹中平蔵氏であると断言する佐高氏。
村上ファンド、ライブドア、木村剛等、きな臭い人物・組織の暗躍劇。最後の人物だけが無傷なのは、竹中チームの一員だったからか。この点は強く追求はされない。
なぜ、村上氏や堀江氏が逮捕されたのか。誰から見ても姑息な手段で利益を上げ、非難されこそすれ、制限のかからなかった現実。その原因は、審判の役目を果たすべき組織、公的機関まで民営化=利益追求を至上命題とする民間企業に変化させてしまったことにあると佐高氏は説く。具体的には東京証券取引所だ。
JRも同例に挙げられる。
じゃぁ、旧来の親方日の丸、労働組合まみれの国鉄の体質で良かったかというと、そうではないだろう。あの組織は解体されてしかるべきだったし、民営化されたからこそ、腰が低くなったわけだし。

作家の雨宮氏はフリーター取材を通じ、ごく一般的なサラリーマンが容易にホームレスに転落する様を紹介する。特に地方から大都市に出てきてトヨタ、キャノンの期間従業員として働き、いきなり会社からも寮からも放逐され、途方に暮れる間もなくホームレス生活へ直行する現実。国や地方自治体の冷酷な対応。それならば、とNPOが立ち上げたセーフティネットが紹介される。

規制改革、構造改革が進められた結果、われわれが目にしているのが年収300万円以下の個人が半数を占める格差社会とされる。森岡氏は最低賃金の世界的格差についても説く。EUの最低賃金は1300円台、アメリカのそれは1000円台、日本はなんと600円台だ。1ヶ月働いても月15万円台では、たしかに生活できない。

"名ばかり管理職"、"ホワイトカラーエグゼンプション制度"の話はキツイ。他人事とは思えない過酷な労働環境が身近にあることは用心するべきかな。

佐高氏と森岡氏、恐らくは雨宮氏も強調したいことは、政治の力だ。日本経団連等が政策をまとめ、政治献金を行い、自民党と公明党が実行する。大義名分のための審議会が設置され、国会での議論もそこそこに法案が成立する。野党は遠くから非難するだけで、何の力もない。これが日本政治の現実であり、お寒い限りだ。
民主党が大勝した参議院選挙。これで少し状況が変わった。自民党は「衆参ねじれ」現象を嘆くが、これこそ民意を反映しやすい、民主主義制度の極意とも言うべきものだな。

信号機の壊れた「格差社会」
著者:佐高信、雨宮処凜、森岡孝二、岩波書店・2008年4月発行
2008年11月11日読了

ダナエ。それはギリシア神話を題材にを描いたレンブラントの主要作。1985年にエルミタージュ美術館で硫酸をかけられ、頭部等が著しく損傷し、修復後も完全な復元には至っていないという。
表題作は、その彼女の出生と息子、ペルセウスにまつわる逸話が、主人公と親族に絡めて進められる物語だ。古色蒼然とした日本の美術界には相手にされず、海外で有名になって凱旋した主人公は、華々しい出生の階段を駆け上がってゆく。財界大御所の娘との結婚は話題を呼んだのだろう。その主人公唯一の人物画、見る人を震えさせる世紀の作品は、硫酸をかけられてナイフで削られ、二度と再現できないものとなる。犯人からの電話、破綻した私生活、アトリエでの空虚な感覚。離縁した前妻への償いきれない想い……。その若い声をから想像される犯人像と、次の狙いとは……。
表題作の他に「まぼろしの虹」と「水母」の中編3作品が含まれる。著者の古巣である広告業界の逸話も垣間見れて興味深い。

著者の俗世に生きる男の心意気。どの作品の底辺にも流れる、その寂しさ混じりのハードボイルドは、心地よい読後感を味わわせてくれる。本当に、もっと作品を書き続けて欲しかった。

ダナエ
著者:藤原伊織、文藝春秋・2007年1月発行
2008年11月9日読了

誰もが安価なビデオカメラ、それもHD画質で映像を記録できるだけでなく、Youtube等のサイトで自分の作品を世界中に披露できる。WEB2.0を満喫中の2008年から見ると、1970年代に巨大ビデオカメラを抱え、両肩には録画装置と制御装置を抱えて活動したビデオジャーナリストは、遠い存在に映ってしまう。
著者はタクシー運転手時代、待遇の改善を求めて労働組合を結成した。ビデオカメラで実態を記録して労働者の力を結集できたことにより、映像の持つ力を確信した。撮影・編集・報道を一人でこなすビデオジャーナリストの先駆けとして、1970年代よりベトナム、ニカラグア、カンボジア、イラクなど、世界中の戦場にビデオカメラを持って乗り込んだ。

その信念は次の言葉に込められている。
「現場を撮影し、それを持ち帰ってアメリカ人に見せるというのは、ジャーナリストとしての義務であるとともに、アメリカ国民としての義務だと考えている」

戦争についての真実が人々に理解されること、特に世界中で戦争を遂行する能力を備えたアメリカ人にとって重要だ、と著者は説く。
マスコミで報道される「大本営発表」では真実は見えず、当局の隠したがる一面をさらけ出してこそ、軍を送る国民の知る権利が保障される。そう言うことか。

アフガニスタンで続く、テロとの戦い。厳格なイスラム原理主義から解放され、女性たちは教育の機会と外出の自由を取り戻し、映画、読書等の娯楽も解禁された。アメリカによる解放。「これは良い戦争だ」そう思い現地へ赴いた著者は、米軍の爆撃によって全滅の憂き目にあった小さな村-同行者のアフガニスタン系アメリカ人の親戚一同の避難先-の惨状を目の当たりにする。
カンダハルだけでなく、小さな子供や女性ばかりが住む疎開先の小さな村でさえ「疑わしき」は攻撃の対象となる。
「何が行われたのかを、アメリカ人は知らなければならない」
この思いは、われわれグローバル化された世界に住む者にとっても同じである。イラク戦争では通信社、新聞社から選抜された従軍記者が同行し、それなりの報道が行われたが、これは検閲済みのクリーンな報道だ。
たとえばジェシカ・リンチ上等兵の嘘だらけの英雄物語、アブグレイブ捕虜収容所で行われた虐待と人権侵害など、人間性の本質が問われる物事は、これら従軍記者の口から聞かれることはない。

伏せられた事実、公の報道に含まれない物事を知ることで、われわれ一般人の意識レベルも進歩できることを、本書を読んで再認識した。

NHK 未来への提言
ジョン・アルパート 戦争の真実を映し出す
著者:ジョン・アルパート、青木冨貴子、NHK出版・2005年5月発行
2008年10月31日読了

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