男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2009年04月

小ブルジョワの家庭で何不自由なく育ち、それが故に祖国、フランスを構成する「大人たちの欺瞞」への行き場の無い怒りを内心たぎらせ、20歳の主人公はひとり、アラブの地へ旅立つ。
ジブラルタルを抜け、地中海を東へ。スエズ運河を渡り、紅海を越えて上陸したのは、イエメン南端のアデンだ。

楽園への期待は不安に、現実は失望をより強くさせる。
漂流者さながら日々流され、無気力なイギリス人とフランス人たち。旅に価値を見いだしながらも、惰性に生きたなれの果て。自らもあのようになりはしないか?
「自由は、現実的な力であり、自分自身であろうとする現実的な意志である。何かを打ち立て、……喜びを生む人間のあらゆる可能性を満足させてくれる力なのだ」(45頁)

気分を変えるために渡ったジブチで見たものは、中世欧州のように、イスラム君主にひれ伏す現地住民たち。忍耐と眠りを何百年と繰り返す、退屈な土地。
「この無力感の上に、宿命というものに対する信仰が打ち立てられるわけだ」(111頁)
宿命を乗り越え、自らの力で運命を切り開くヨーロッパ人の長所が見えてくる。

やがて彼は理解する。この地上に理想郷など無く、濁世の中で強く生き抜くしかないことを。

「ようやく平穏で遠く離れた場所に来ることができたと思っていたときに、この恐怖がアラビアにいる僕にまで達したのだ。逃げても無駄だ。……戦えば、恐怖は消える。
……僕たちの行動のどれひとつにも怒りがこめられていますように」(128~130頁)
資本主義社会の支配者たちと戦い抜く決意がここにある。

著者ポール・ニザンの生き方が活写されたような青春小説。そのニザンは若き日に共産党入りし、ソヴィエトとも親交深く生きるも、独ソ不可侵条約に衝撃を受ける。脱党した後、ナチス・ドイツによる電撃戦への抵抗の中、ダンケルクで銃弾に倒されたという。
壮絶な最期の瞬間、自ら信仰する価値の変転に苦悩した日々を思いだしたのかもしれない。

ADEN ARABIE
アデン、アラビア
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅰ-10所収
著者:ポール・ニザン、小野正嗣(訳)、河出書房新社・2008年11月発行
2009年4月26日読了

自由主義が浸透し、次々と起こる科学技術革新と思想の新潮流。価値観が移ろう20世紀初頭、真摯に世の中を見つめ、悩み抜く生涯を全うした100年前の二人の偉人がいた。夏目漱石とマックス・ウェーバーだ。その人物と作品を引用しつつ、現在を生きるわれわれが、まじめに考え、悩み抜くことの大切さを説く。

文明が進むほどに深刻さを増す、人の孤独感。漱石「こころ」に登場する先生は、世の中から距離を取り、自分の内に築いた城の中で一生を過ごす。死の直前に出会った「私」への手紙には、その寂寞がにじみ出ていた。現代社会の中で孤独を感じる現代人にも共通した感情。
中途半端ではなにも解決しない。真面目に悩み、真面目に他者と向かい合うことで、ひとつの突破口が開ける、か。

共同体の生き方から解放されると、羅針盤を持たない個人は、かえって自由から逃げたがる。大きなモノによりかかる。全体主義、似非宗教、胡散臭いスピリチュアルな世界。
何を拠り所にするのか? 心のストレスが増した時代だ。

世の中の流れには乗っても流されず、ぎりぎり持ちこたえ、時代を見抜いてやろうとする気概。すなわち「時代を引き受ける覚悟」を持て、と言うことか。

悩む力
著者:姜尚中、集英社・2008年5月発行
2009年4月3日読了

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