男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2009年06月

1919年にミュンヘンで行われた「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の著者による講演録だ。

20世紀初頭、徐々にアメリカナイズされたドイツの大学。その研究室を資本主義的にとらえている点が面白い。助手は資本主義に特有の「労働者の生産手段からの分離」を例に、助手が労働者=プロレタリアート、研修所長が資本家に例えられる。その報酬も未熟練労働者に近く、週12時間以上の講義を受け持ち、初級学生から中級までの学生を相手にせねばならない。従来の「講義は週3時間のみ。あとは自分の研究に没頭」できる"ドイツ的私講師(研究助手)"との対比を明快にする。(ただし後者は無給で、受講者からの講義料で生計を立てている。当然、大貧乏。)

さて、この講演には、ただ仕事をこなすのではなく"価値ある仕事"を成し遂げるための心構えがふんだんに盛り込まれている。
・いやしくも人間としての自覚のあるものにとって、情熱なしになしうるすべては、無価値である。
・有意義な結果を出すためには、思いつきを必要とする。その思いつき=霊感こそ、人が精出して仕事をしているときに限って現れるものであり、マニア的な限りないの作業と情熱の合体を必要となる。
・仕事に専念する人のみが、価値を生み出すことができる。自己を滅しておのれの課題に執心すること、専門分野に絞り、脇目もふらずに没頭した人物だけが、後世に残る業績を上げることができる。

過去の時代の学問と、今日のそれとの対比も面白い。手探り状態の盲目な大衆に与える光を探求するのが古代ギリシャ、プラトン時代の学問なら、社会生活の中に真実を見いだすのが20世紀の学問とされる。また、近世(16世紀)には、哲学に代わって神への道を見いだすのが自然科学の使命であったのに対し、現代科学で神の道を探求する者などいない。
ただ、学問(と自然科学)は完成するものではなく、後世の新発見により、より進歩を遂げるものである。一生かけて成し遂げた実績も、次の瞬間には新しい業績に取って代わられる。その宿命に覚悟を持ち、学問に邁進せよ、と著者は説く。

・指導者の体験を求めるのでなく、やり方と選び方を習得することこそ、学問の王道だ。
・神学は学問に非ず。合理主義の外部に奇跡や啓示といったものに頼る宗教者=「知性の犠牲者」と学問は相容れない。(とすると、創価学会って、何だ?)
・弱さとは、時代の宿命をまともに見ることができないことだ。

いたずらに待ちこがれているのでなく(=自分探しに運命を任せるのではなく)、職業に就き、その日々求められる仕事をこなしていこう、と著者は締めくくる。
小冊子として気軽に読み始めたが、なかなかどうして。世に残る書物の力、侮り難し。

Wissenschaft Als Beruf
職業としての学問
著者:マックス・ウェーバー、尾高邦雄(訳)、岩波書店・1993年5月発行
2009年6月30日読了

大英帝国のくびきから逃れ、インドと分かれて独立を果たしたパキスタン・イスラム共和国。1947年8月の独立式典で、建国の父ジンナーは、進歩的で穏健な民主主義国家を目指すことを宣言した。
「いかなる宗教的信条を標榜でき、自由であり」、国家とは無関係に宗教施設へ出向くことができる、と。現実はどうか?
2008年、民主主義国家インドとは対照的に、この国は右派聖職者と軍部の支配するイスラム軍事国家となっている。

マドラサ。その、パキスタンの修学人口の10%が通うとされるイスラムの宗教学校では、いったい何が教えられているのか?
驚いたことに、1977年の軍事政権誕生以来、多くのマドラサでは数学や科学といった世俗的科目が廃止されたそうだ。さらに我々が予想する信仰の柱、すなわち祈り、慈善、巡礼といった教育も廃れ、いまでは「非イスラーム的不純物の排除」、「ジハードの義務」についての教育が柱に据えられているという。(191~193頁)
2002年に当時のムシャラフ政権が明らかにした「経済学、コンピュータ、英語、数学等の近代的教育の導入」は掛け声だけに終わった。政府のも積極的に導入する動きはない。

これでは、成人後に依って立つ手段は宗教だけとなる。そして組織が戦士を必要とするとき、暴力機構の一員となる。そしてジハードに赴き、殉教者となる。
それでも、教育・宿舎・食事が無料であるため、全国1万のマドラサで100万人もの貧しい若者が勉学に励んでいるという。
2007年にイスラマバードで起こったラール・マスジッド=赤いモスクでの立て籠もり事件は記憶に新しい。あの武力による強制排除で、何人の学生が命を落としたか。
教育の歪み、では片付けられない。伝統的宗教と社会構造の問題ではあるが、あんまりだ。

独立以来、対立を宿命付けられてきたインドが、事実上、南アジアを支配する。その現実への対抗上、歴代の文民・軍事政権は西アジアに軸足を置き、隣国アフガニスタンに親パキスタン政権を確立することを絶対使命としてきた。
1989年にアフガン・米ソ代理戦争が集結した。力の空白に据えようとしたパシュトゥン人の軍閥リーダに見切りを付け、パキスタンが後押ししたのが、タリバンであった。1997年のクーデターで権力を掌握したムシャラフ将軍は、イスラーム化された軍部の全面協力を持ってタリバンを支援した。

2001年9月、「従わねばパキスタンを石器時代に戻す」とのアメリカの”恫喝”により、パキスタンは文字通り「一夜にして」タリバンを捨て去った。後に、ムシャラフ大統領が独りで決断したことが明らかにされている。しかし、カシミール紛争と密接に関連したテロ組織を切り捨てることは難しく、下っ端テロリストの逮捕を数百人単位で逮捕する一方、タリバンとアルカイダの幹部を自国内に匿う「二枚舌外交」を、欧米の非難を受けながらも続けてきた。
そして2007年の、赤いモスク事件だ。総選挙に敗れ、国民の不信が増大する中、ムシャラフ大統領は影ながら養護してきた過激派の切り捨てを決意する。
本当の意味での転機。
かわいさ余って憎さ百倍。以降、今日に至るまで、タリバンはパキスタンをも攻撃の対象とした。ラホール、カラチ、ファイサラーバード。そして首都イスラマバードで、今日も自爆テロの犠牲者は後を絶たない。

巻末。訳者による解説に記された、元駐パキスタン大使である小林俊二大使のコメントが興味深い。大使曰く(2008年より政権の座にある)PPP=パキスタン人民党は、封建的地主の利益を代表する政党であり、零細・土地無し農民をはじめとする庶民の代表政党が存在しないことこそ、パキスタン政治の最大の問題である。
なるほど。軍部によるクーデターが支持され続ける理由が、ここにある、か。
暗殺されたブット氏の夫である現大統領、ザルダーリー氏も汚職の噂が絶えない。欧米諸国から絶大な信頼を誇る現在の陸軍参謀総長、キヤニ将軍の動向が注目されるな。

2009年6月現在、アフガニスタンに隣接する連邦直轄部族地域と北西辺境州を「タリバンの巣窟」と見なし、米軍とパキスタン軍による大規模な対テロ作戦が進められている。市民を含む死傷者、避難民の数は統計すら出されておらず、長い間、治外法権であったパシュトゥン民族の牙城も、瓦解しようとしている。
で、追い落とされたタリバンは、どこへ向かうのか? アフリカのスーダン、ソマリア、騒乱状態にあるケニアあたりだろうか。一部は東南アジアへ流れ、「アメリカの同盟国」日本へのテロ活動も視野に入れることだろう。
目が離せないな。

The True Face of Jehadis
ジハード戦士 真実の顔
パキスタン発 = 国際テロネットワークの内側
著者:アミール・ミール、津守滋、津守京子(訳)、作品社・2008年7月発行
2009年6月28日読了

1989年。ベルリンの壁が崩れた、この記憶に残る年に発生した天安門事件は衝撃的だった。
北京の天安門広場に独裁共産党の機甲部隊が突入し、幾多の学生、市民を殺害した事件は、当の中国では「無かったこと」として片づけられている。大陸の赤いGoogleでは検索の対象外であり、資本主義が中国共産党に屈服した現実を顕現している。

さて、話題の中国人の芥川賞受賞作を読んだ。

前半の舞台は秦漢大学。勉学に励んできた田舎出身の二人が大学生が、テレサ・テンの甘い歌声に胸をときめかし、学生運動のリーダーに連なる「小柄なおかっぱ頭の女学生」に密かな恋心を仄めかす。青春のみずみずしさが見事に表現されている。
北京に呼応して活発化する民主活動。一方で迷惑、「商売の邪魔」との本音も存在し、現実は厳しい。そしてある事件が厳しい人生を二人に突きつける。

そして、亡命中国人たちが煩悶する90年代の日本が後半の舞台だ。日本語の話せない彼らに生活苦が遅う。香港返還を声高に叫ぶ民主活動家は「祝香港返還」を恥ずかしげも無く表明する商売人に変貌した。かつての民主活動は日に日に勢力が衰え、いかにアルバイト賃を上げてもらうか、妻への不満をぶつける等の愚痴を言い合う場に変貌し……。

すべてに絶望し、父親に電話するエピソードは、思わず涙ぐんだ。

随所に散りばめられた伏線が、ラストシーンへと繋がる構成は見事だ。

何度も何度も涙を飲み込み、無念さを乗り越え、現実に立ち向かって生きる姿。「狼の孤高」を限界まで耐え抜き、時を経て、家族愛に満ちた「自らの居場所」を発見するに至る。

政治問題を扱った文学は数多いが、家族愛に満ちた本作の読後感はひとしおだ。

時が滲む朝
著者:楊逸、文藝春秋・2008年7月発行
2009年6月27日読了

どこまで本当なのか。どこからが噂の域なのか?
よくわからない。
でも、人生経験40年。もう、どんな話にも驚かないぞ!

■集団レイプ犯の息子を学童の臨時指導員に据えた大阪府茨木市教育委員会の原田茂樹課長
無期停学期間中の血気盛んなレイプ犯が小学生児童の指導? 何かの冗談か?
休学の理由を知らないわけがない。
書類審査から面接まで自らが行い、採用の決定を下したのも、その父親だって?

「結果的に認識が甘かった。父親として判断が甘く、被害者に申し訳ない」と謝罪? 被害者だけでなく、納税者に対して申し訳ないとは思わない?

職権濫用以外の何ものでもない。
恥知らず、ここに極まる。それでも、公務員だから辞める必要なし。処分すら無し。

その息子も、何もない顔して「社会復帰」して、父親かその同僚のコネで順風満帆な人生を送るんだろうな……。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090605-00000068-sph-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090604-00000550-san-soci

■無免許運転を12年続け、平然と教壇に立つ公立中学の教員

長野県波田町立波田中学校の39歳の教諭。無免許運転が発覚した後も、なんら処分はなく、そのまま教壇の上から生徒を睥睨していたんだから、笑ってしまう。

長野県波田町教育委員会の木下保雄教育長は語る。「3年生の学級担任で、進路指導をしていたので、生徒に動揺を与えないようにと考えた」だって? 本音は? 騒ぎが大きくならなければ、それで良し、だろ?

弱い部分があった? 3月から病気療養中? 笑うしかない。公務員特有の仮病を使って、ホトボリさめた頃に職場復帰? 税金泥棒の自覚ある?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090613-00000033-yom-soci

■友人から聞いた噂
古い話。東大阪市のある職員は「お上」の地位を実感しているかのように、民間業者にキツクあたる。彼の豪語するには「税金で家を建てたぞ」。同僚は何も言わないらしい。おいしい汁を吸うと、みんなで赤信号を渡る?

■別の友人の友人=札幌市役所勤務の女性から聞いた噂
札幌市水道局の職員。自分たちがしていた仕事を「合理化」により、民間に委託されたとのこと。これを「俺たちは仕事をしてはいけない」と解釈したそうで、昼間はやることが無く、ペンや鉛筆を机に叩き、ただただ17時になるのを「ひたすら待っている」。
夜間? 合理化前と変わらない高給で、飲み明かす。
合理化って、何?

■行きつけの店で聞いた話
神戸市職員、38歳のバスの運転手は年収1,000万円。このたびの「合理化」により、職種が一般事務員に変更され「年収が800万円に下がった!」と憤慨していたそうな。
で、合理化って、何?
(民間バス運転手は平均600万円、らしい。)

■僕が実体験した話1
とある関東地方の○○公社。いわゆる「みなし公務員」。
午後1時にアポを取り、スーツにネクタイで出向いた。相手はついたての奥から、少し待てと言う。首を伸ばして見ると、こちらに背を向け、なんと「将棋」をしていた。昼休みは終わってるぞ!
待つこと10分。「お待たせしました」(本当に!) で、将棋盤を片付けるのは、女性のお茶くみ事務員。彼女も「みなし公務員」様だ。あなたたちのようなエライ方々にお茶を出していただき、ありがたき幸せです!

■僕が実体験した話2
こちらも関東地方。△△公社の出先事務所。当然「みなし公務員」。
午後4時に出向く。狭い事務所は所長、副所長、事務員の女性。所長の机には書類の束。女性の机上には何もない。副所長の机上にも何もなく、図書館で借りた本が1冊だけ。
お詫びの報告開始。応対する年配の所長は人の良い感じ。他の二人は知らんぷり。副所長は図書館の本を一生懸命読んでいる。30分後も、やはり本を読んでいる。勤務時間中だよね? えっ? それも仕事のうち? そうでしたか。失礼しました。

自民党に替えて、民主党を政権に据えるか。
……公務員が支持基盤の一部を占める政党だ? ダメじゃん。

こうなったら、幸福実現党にでも投票するか。(笑)
戦後憲法停止。「太陽の法」が新日本国憲法?(笑)

右を向いても、左を向いても闇ばかり!

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