男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2009年10月

揺るぎない文化と歴史を誇るフランス帝国と大英帝国。多数の観光客が訪れる名所旧跡には、例外なく戦争の記憶が宿っており、これが「恵まれた島国」日本との最大の違いである。
本書は、欧州で繰り広げられた戦争を軸に、世界を代表する二大都市、パリとロンドンの魅力と、人生を全力で生きた人物の魅力を披露する。

古くはローマ時代の遺跡、城塞都市であるパリとロンドンの拡張に継ぐ拡張。百年戦争とジャンヌ・ダルク。ヴェルサイユ宮殿とルイ14世。フランス革命と全欧州を敵に回しての革命戦争。ナポレオン。エッフェル塔、凱旋門、普仏戦争に始まるフランス国民のドイツへの憎悪の連鎖、その反動としてのヒトラー、ド・ゴール。
蝋人形館のマダム・タッソー、マウントバッテン卿、ウェリントン、ワーテルロー(ウォータールー)、クリミア戦争とナイチンゲール、ノーベル平和賞第一号のアンリ・デュナン、第二次大戦下のジョージ六世、チャーチル。
そして、ユーロスターがイギリスとフランスの歴史を大きく変える。

圧巻は、やはり二人の英雄だ。
ナポレオン。一砲兵少佐からフランス革命を利用し、三階級特進で少将の地位を得た後は、水を得た魚のごとく、勝利を重ねる。陣頭指揮を執るナポレオンの姿は、兵の士気を高め、忠誠心を植え付ける。
凱旋門はただならぬ歴史の場所であることが分かる。
アウステルリッツの勝利、前例を嘲笑うようなノートルダム大聖堂での戴冠式、スペイン・ポルトガル侵略と敗退。
そして、セント・ヘレナ。満足な人生だったろうな。

もう一人はネルソンだ。自らの命と引き替えにイギリスを護った英雄だが、奥さんをほっといて"貴族の愛人"を自分の愛人にして子供を産ませ、その貴族の最後を二人で看取るという、すごい人物だったんだなぁ。(英雄、色を好むってヤツか。)
私生活はさておき、軍歴は華々しい。12歳で海軍に入り、20歳で大佐! フランス、オランダ、スペインを相手に戦い、20代で艦隊司令官の地位に就くのだが、その引き替えに右目と右腕を失っていたとは知らなかった。
トラファルガーの海戦に臨んでは、次の言葉で部下を奮い立たせる。
England expects that every man will do his duty.

そして、フランス軍艦の攻撃で重傷を負い、人生の最後に残した言葉は達観だ。
Now I am satisfied. Thanks God, I have done my duty.

……死ぬ間際に、このような言葉を遺せる人生を送りたいものだ!

で、ネルソンの旗艦、ヴィクトリー号はポーツマスに展示保存されているが、なんと、まだ現役扱いでイギリス海軍に所属し、正式な艦長もいるらしい。
ロンドンとポーツマスに行きたくなってきたぞ。(冬のロンドンは厳寒だろうな……。)

パリ・ロンドン 戦争と平和の旅
著者:辻野功、創元社・1996年6月発行
2009年10月30日読了

アパルトヘイト政策が続く1986年の南アフリカ。ケープタウンの自宅に戻ったミセス・カレンは、ガレージに居着く一人の浮浪者を発見する。
「よりによって、こんな日に……」
こんな日。すなわち、70歳のカレンが"末期ガン"を宣告された日に、だ。

「こんな国」からアメリカに移住させた一人娘は結婚した。一度も会ったことはなく、永遠に逢うことのないであろう二人の孫たちもいる。日常を共有するのは黒人の家政婦とその幼い娘たち。戻ってきた家政婦の長男は「黒人の闘志」と自覚している。その友人の冷たい目。
歓迎せざる者たちが集うようになった我が家。しかし、ミセス・カレンの頼りにするのは、一人の浮浪者のみ。その異臭のする中年男へ、娘への長い手紙=遺書を託す。

白人と黒人の絶望的な隔絶。本名を明かさない黒人。躊躇無く発砲する白人警官。黒人を分裂させて支配する"アフリカーナー"。ラテン語も幅広い教養も役に立たない。"ただ善良"なだけでは生きてはいけない、この国の悲しい現実。

弱り切った白人老女を蹴り、口に棒きれを突っ込み傷を負わせるのは、10歳にも満たない黒人の子供。銃と爆発物を扱うのは、15歳の黒人少年。けしかけるのは黒人の指導者たち。
「アパルトヘイトの終焉」や「人種の融和」等の言葉が寒々しい。きれい事ではすまされない南アフリカの闇が、赤裸々にされる。

大人の黒人に闘争の無意味さを説いても、価値観の違い、と一蹴される。それだけならまだしも、黒人少年に、闘争への参加を止めるよう説き、それが聞き入れられず、自宅に踏み込んできた警官隊に射殺されるのを目の当たりにしたことは、ミセス・カレンにとって大きな悲劇だろう。

一方で、白人が黒人を支配、虐待している事実へ自分が荷担していることも意識している。
「白人は灰に、黒人は塊のまま地面に埋まり、その上を白人が踏みつけて歩く」

ブッカー賞を2回、そしてノーベル文学賞。著者のJ.M.クッツェーのテーマは「恥」にある。
抗ガン剤の副作用による幻覚との戦い。女としての弱さ。遠く会えない肉親ではなく、素性の知れない男へ気を許すことの"罪"の意識。いまわの際の描写は、悲しく、はかなく、美しい。

AGE OF IRON
鉄の時代
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅰ-11
著者:J.M.クッツェー、くぼたのぞみ(訳)、河出書房新社・2008年9月発行
2009年10月21日読了

第二次世界大戦が終結して10年後のロンドン近郊、旧イギリス貴族の由緒ある屋敷。新しいアメリカ人の主人から短期間の休暇を与えられた執事、スティーブンスは、西へ向けてのドライブ旅行に出かける。過去に屋敷を去ったミス・ケントンの消息を訪ねると言う目的を持って。

展開されるイングランドの田舎の素晴らしい光景。諸外国の派手さではなく、落ち着き、慎ましさこそ、イギリスの持つ真の美しさである、と思う。
道中に出会うさまざまな人々との会話を通じ、執事としての栄光の日々が思い起こされる。
自らの職業的あり方を貫き、それに耐える能力こそ、品格の有無を決定するとの思いは揺るがない。
そして、品格を体現したという自負心。誇り。
自ら仕えたダーリントン卿こそ、真の紳士。
しかし、過ぎ行く大英帝国の残照が、影を指す。

そして、ミス・ケントンとの再会。過ちの人生がはっきりと姿を現す。

旅を終えて気づくのは、過ぎ去った執事としての栄光の人生。些細なミスの多さが、体力・知力の衰えをはっきり示す。
パックス・ブリタニカの権勢はとうに過ぎ、米ソ超大国に挟まれ、1960年代に植民地の独立が相次ぎ、衰退するばかりの祖国。
そして、もしかしたら歩めたかもしれない、ミス・ケントンとの結婚生活……。
それらが夕焼けの光景に重なり、スティーブンスは静かに涙を流す……。
「日の名残」
タイトルが見事な、美しすぎる物語。
英国最高のブッカー賞受賞作。納得だ。

THE REMAINS OF THE DAY
日の名残り
著者:カズオ・イシグロ(石黒一雄)、土屋政雄訳、早川書房・2001年5月発行
2009年10月13日読了

Alexandre Dumas デュマのCOMTE DE MONTE-CRISTO モンテ・クリスト伯をベースに、西暦5953年(60世紀!)のパリと宇宙を舞台にした2005年の野心作。
数日かけて全24話を観賞した。英語帝国主義にどっぷり浸かっているせいか、フランス語「ボンソワール」が新鮮だ。

恒星間航行を実現して時間がたち、外宇宙で"帝國"と覇権を競っている地球。その中心はロンドンでもニューヨークでもなく、パリだ。大統領制ではあるが、昔ながらの貴族が政治経済を牛耳っている。凱旋門とシャンゼリゼ、18世紀の価値観に、東洋趣味が随所に顔を覗かせる。そんな世界の月面都市で、15歳のモンデール子爵は、東方宇宙からやってきた"伯爵"と出会う……。

独特の世界観に加え、デジタルアニメ特有のエフェクトが"SF悲劇"を効果的に盛り上げる。
恨みを晴らすために悪魔的なものと契約する行為は、ゲーテのファウストを彷彿させてくれる。
そして、幼なじみのモンデール子爵を心配するフランツ男爵の思い切った"行動"は、やはり賞賛されるべきものなんだろうか。

Jean Jacques BurnelのOPテーマ、EDテーマも良い。フランス語じゃなく英語だが。
MONSTERと並ぶ良作だと思うのだが、あまり売れていないのかな?

待望の「犬夜叉 完結編」の放映が始まった。
原作単行本36巻から最終56巻の内容が半年間(全26話)で放映される。
で、この作品。まるで前例のないかたちで世界公開されるそうな。

「犬夜叉 完結編」 日本テレビ放映直後に全米でネット配信
http://animeanime.jp/news/archives/2009/09/post_949.html

日本テレビでの放映後、数時間以内に北米でのライセンスを有するVISインターナショナル社によりインターネット配信されるというもの。日本テレビ=東京地区での放映は土曜日深夜。一方、読売テレビ=関西での放映は月曜日深夜だから、東京ー>北米ー>関西の順に放映されるわけだ。
さらにアジア各国でも、日本放映後5日以内に配信されるそうで、これも、九州地区の放映と同じタイミングになる。
高橋留美子作品のグローバルな展開はうれしいが……。著作権侵害から護るため、必死ってことか。コンテンツビジネスも大変だ。

この試みは重要も知れない。将来のテレビ放映が先細りし、世界インターネット同時配信の先駆けとなるか?

そのうち、新番組はインターネット配信が当たり前になるかもしれない。テレビの前に座るのはじいさん、ばあさんばかり。スポンサーも激減し、番組は時代劇や1980年代トレンディドラマの再放送ばかり。局アナウンサー=テレビタレントとなり、安定経営(?)のNHKだけがやりたいほうだい、か。

『犬夜叉 完結編』
http://www.ytv.co.jp/inuyasha/#

2008年12月公開作品をDVDで観賞した。
小笠原地震がきっかけで海底のメタンハイドレードが融解し、海面温度上昇による突発性巨大台風が東京都心部を襲う。台風よりも、冒頭の津波の恐ろしさが圧巻だ。

あれだけの大津波なんだから、品川駅周辺だけに被害が集中するはずがないし、元隊員を助けるために、数十人規模のハイパーレスキュー隊員が一生懸命になる。「他の地区の一般住民の救助は?」と訊きたくなるが、まぁ、そっとしておこう。

香椎由宇が良いなぁ。でも、気象庁職員が職場ほったらかしで消防庁現場本部に詰めるのは、ありなのか?

CGの出来は良かったが、人情これみよがし、性善説に依った作品で「普通」だな。
もっとこう、脳天に"ガツン"とくる作品はないのかな。

法律に則り、地方自治体どうしが互いに敵と見なし、計画的に戦争「事業」を遂行する。この突拍子のないアイデアを純文学スタイルに仕立てたのはスゴイ。
最初の方は違和感を憶えながらも読み進む。
知らぬ間にはじまり、終わる戦争「事業」。地元住民への形だけの説明会、役場の序列、お役人体質、条例、議会決議、役所独特の文書。

中盤の「査察」は圧巻だ。たった一夜の逃避行が、長く感じられる。恐怖と開放感。日常と紙一重の戦死。
後半は、定めた者たちの人生が随所ににじみ出る。会社の主任、香西さん、そして山道の地蔵。

第17回小説すばる新人賞受賞作か。映画化もされた。
"香西さん"の公務と私情の狭間で揺れる心情が、鎮守の森で、砂浜で、偵察分室で垣間見える描写には、何度もうならされた。

となり町戦争
著者:三崎亜記、集英社・2005年1月発行
2009年10月3日読了

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