男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2009年12月

ロンドンに行きたくなり、PEN誌のバックナンバーを購入した。(Amazonの中古商品)

パリとローマは過去と伝統に縛られて変貌を遂げられず、ニューヨークは偏狭な価値観に凝り固まっているのに対し、ロンドンは常に姿と価値観を変え、これからも世界をリードする都市であり続ける、とのインタビュー記事があった。なるほど。

興味深い記事があった。

日本でも市民権を得て久しく、まるで葵の御紋のように"濫用"される「エコ」だが、ロンドンでは、「エシカル」なる概念が浸透している。ethical、すなわち倫理的な、道徳的な、の意味を拡大解釈し「倫理的に正しいライフスタイル」を指す言葉として定着しているらしい。

どこまで理解できているのか、実はよくわからない「地球環境問題」や「人権・人道問題」に対し、まずは身近に実践できることから関与し、個人レベルで貢献しようというものだ。いわゆるエコな生活だけでなく、チャリティやフェア・トレードをも含むのが特徴だ。
大げさに構えず、まずは第一歩から。

エモーショナルな世論に惑わされることなく、自分の意志で「正しいライフスタイル」を実践することが、エコロジーに貢献することになる。個人主義、民主主義の生まれた西洋社会には、まだまだ学ぶことは多いな。

長らく世界第二位のGDPを誇り、世界の大国を意識してきた日本。しかし2010年、ついにGDPが中国に追い抜かれ、世界第三位に転落することが確実となった。この先、産業競争力も低下してインドの後背を観ることとなり、人口も減少して活力を失い、没落するのは目に見えてくるようになった。
決して死滅しないが、緩やかに衰退し、世界から見捨てられ、どうでも良い存在に成り下がる。これを著者は「ポルトガル現象」と呼ぶ。国民に危機感がないとどのような状態に陥るか、そのわずかな例が示されているが、恐ろしいことだ。(434頁)

知の衰退が起こっている。
自分で考えることをしない人々が増え、TVなどマスコミを通じて喧伝されるエモーショナルな意見を鵜呑みにし、これを世論であると錯覚する。深く考えずに意見だけは持つこととなり、これが政治までも左右する。自民党の大勝した郵政民営化選挙や、年金問題に翻弄された参議院選挙が、その典型だ。

記憶力を中心とした偏差値教育の弊害は古くから言われているが、著者は「何より大事なこと」として、"自分で考える力"、"考えたことを実行する勇気"、"結果が出るまで続ける執念"の3点を挙げる(258頁)。これってまさに、仕事を成功させるために、そして自己実現のために必要なこととして当てはまるなぁ。

英語を外国語ととらえることが間違いだと著者は説く。それは標準語であり、これをマスターしないことにはビジネスも政治も学問も外交もできない、と。そのためドイツ、韓国、中国では猛烈な英語教育が行われている。小学1年から教えるのはもちろん、一流大学の授業は英語で行われ、入社資格がTOEIC900点以上ときた。2015年には中国の英語人口は米国を凌駕するそうだ。(295頁)

最終章では、「教養」の定義が変化したことが明らかにされる。これは大変なことだ。
昔ながらの哲学、古典文学、クラシック音楽等が顧みられなくなったことは、実は日本国内に限ったことではなく、世界共通の傾向であると指摘される。
で、21世紀の教養は何か? 著者によると、最近、欧州はじめ世界の指導者との会話で二つのテーマがクローズアップされているとのことだ。
ひとつは社会貢献。たとえば、アフリカ・アジアの貧しい人々のために"自分が"何をしたか。もうひとつは地球環境問題への関与。知っているだけでなく、自分がどう貢献しているか、が問題となる。
つまり、哲学やギリシア神話の知識は重要ではない、ということ。

「現在求められている『21世紀の教養』は、サイバー社会も含めた最新の情報に基づいた"考える力"であり、それによって地球市民としてどのように社会に関わっていくかという意識である。そして、そこから導き出されるアイデアこそ、今後の力の源泉である。またそれが世界の中でリーダーシップを発揮できる源泉でもある」(431頁)

つまり「地球市民」としての社会と環境への関わりが問われる時代になったと言うことか。
くだらないテレビやどうでも良い記事ばかりの新聞に頼らず、ネットをこまめに活用して世界が関心を寄せる共通の問題を把握し、自分の見解を持つことが肝要、と。
よし、チャレンジしよう。

Decline of Collective Intelligence
「知の衰退」からいかに脱出するか?
そうだ! 僕はユニークな生き方をしよう!!
著者:大前研一、光文社・2009年1月発行
2009年11月21日読了

Blu-ray レコーダで紅白の録画予約と年始番組のチェックをしていたら、
 日中共同制作ドラマ「蒼穹の昴」への招待
なる番組を発見した!
元旦、1月1日16:15より放映されるらしい。

蒼穹の昴と言えば、"鉄道員"と並ぶ浅田次郎さんの代表作だろう。この作品を読んだ感動は忘れない。(科挙に合格した梁が、亡き母親を思ってとった行為には、正直涙した。)

時の宰相が蠍の毒により暗殺されるシーンは、命のはかなさが際だっている。あっけなく、本当にあっけなく命を落とし、それまで築き上げた全てが水泡に帰すのは胸が痛い。

かと思えば、イギリス人を震え上がらせる李鴻章の超人さも興味深い。後に権力を簒奪する袁世凱も、ここでは人間味溢れ、李を敬愛してやまない軍人としての姿が描かれる。

これらの「隠し味」がどうアレンジされるのか、いまから楽しみだ。

今年2009年は「坂の上の雲」が連続ドラマになり、「沈まぬ太陽」が映画化された。ADの作り笑いが腹立たしく実に内容の下らないバカ番組(バラエティというのか?)は観る気がしないが、こういった大作のドラマ化は大歓迎だ。

謹厳な養母との二人暮らしからの生活から逃れるように、黒渕家の家庭教師となった園子。東京女学校を出てから出世欲と野心にかられ、数々の求婚者を拒絶して英語学校を卒業するも、虚心にとらわれ無為な日々を過ごすうち、知人の紹介で女学校に職を得てから3年後のことだ。(26歳っても明治30年代のことだから、現在で言う"晩嬢"だな。)

財産家である黒渕家の出自は潔白なものではない、ゴシップ新聞(現在の大半のジャーナリズムもそうだな。威厳があると勘違いしている大新聞も含む)と社交界(現在ではネットか)の風評により、社会的に抹殺された一家だ。そこの長女、富子も26歳で、バツイチ。財産目当てに結婚した法学士・大学助教授には芸者と隠し子がいて、富子から離縁状を突きつけたそうな。
以降は、世を卓越した観念を持って独り暮らしを続けている。財産あるから気楽な毎日だ。

黒渕家が避暑地へ移る際、園子も同行するよう請われ、小田原海岸の別荘の一室に起伏することになる。7月のある日、宣教師で文学者の笹村が小田原へ宿泊していることを知り、園子は胸をときめかす。接吻を交わした仲だから、両思いのハズなのだが……。
砂浜での逢い引きの翌日から、黒渕家の奥方、縞子の態度が急変する。使用人扱いするだけでなく、露骨に侮辱する態度に腹を立てるが、その理由がだんだん分かって来るにつれ、園子の苦悩は深みを増してゆく。

勤め先の校長からプロポーズされ、しつこくつきまとわれ、嵐の夜に操をを奪われ……。

世間の言い囃す"地獄"の中に、自分の信じる道を見いだした園子は、富子に言い放つ。
「人は此の自由自在なる全く動物と同じき境涯にあって、而して、能く美しき徳を修め得てこそ、始めて不変不朽なる賛美の冠を、其の頭上に戴かしむる価値を生ずるのである。否、始めて人たる名称を緩さるるのである」
(26歳の女性の言葉とは思えないが。)

この作品が発表されたのは明治の世。センセショーションを巻き起こしたことは想像に難くない。
永井荷風って人は、その生活もそうだが、本当に自由人だったんだな。

地獄の花
著者:永井荷風、岩波書店・1986年5月発行
[荷風小説一]所収
2009年12月27日読了

"地域興し"なのかな? 通勤経路のひとつになるJR新長田駅の北側にあった活気のない公園を潰し、横山光輝さん原作の鉄人28号の実物大モデルが据え付けられた。2009年11月のことだ。時間ができたので立ち寄った。(2009年12月21日)

第一の感想は「でかい」だ。いわゆるオタク向けの作品ではないので、多数の一般人がカメラを向け、幼子が喜んでいる。健全な光景だ。
神戸で「らき☆○タ」の聖地巡りみたいなことは避けてほしいものだ。

この新長田、平成7年1月17日(7117)の阪神大震災で甚大な被害が出たところだ。
JRの駅もつぶれ、難儀したことを思い出す。当時の小規模な商店街は燃えてしまい、兵庫県と神戸市が中心になり、街の再構築が行われたが、良かったのか、どうか。
わずかに残った細い路地と、決して豊かでないが情緒ある下町の光景は、残しておいて欲しいと思う。

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久しぶりの東京出張だ。昼間の空き時間を利用して丸の内に立ち寄った。(2009年12月22日)
レンガ造りの重厚な東京駅は、外装を中心に改装工事中。近代日本の代表的建築物であり、日本遺産とも言えるだろう。東京ターミナルホテルだっけ。いつか宿泊したいな。

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前から訪れたいと思っていた、新丸の内ビルディングの中を歩いた。7階までは自由に動けるようだ。
昼食休憩にかかる時間帯なので、店頭のランチメニューを覗く。高い! 2千円から4千円のランチが平然と並んでいる。そして、どの店もいっぱいだ。
結局、1,680円の和風とんテキセットにした。ボリュ-ム多いから、まァいいか。
丸の内OL(いまは丸の内レディーって言うのか?)は、みんな美人に見える。幻覚かな? そして外国人が多い。うんうん、丸の内の雰囲気だ。
次回は皇居周辺を散策してみよう。

クリンゴン、スポック、USSエンタープライズの名を知ったのは、すでに廃刊となった電波新聞社の「マイコン」誌のゲームコーナーだ。中学1年だった僕は、近所の商店街の電気店(いまでも頑張っている!)に入り浸り、シャープの"マイコンピュータ"、MZ-80CやMZ-1200の前に座り、スター・トレックのゲームを無料でやっていた。振り返れば実にずうずうしい行為だったが、25年以上前の出来事だから、許してもらおうか。
(あの電気店で、何か買わないと行けないなぁ。)

で、2008年に公開された映画、スター・トレックのブルーレイ・ディスクを購入したので観賞した。
冒頭、いきなりの戦闘シーンは迫力だ。わずか12分間の船長、カークの父親の姿は凛々しい。突然の敵襲から乗組員800人を救った英雄の遺児は、しかし、けんかと女遊びの絶えないトラブルメーカーに成長した。だが、エンタープライズ号を指揮するパイク提督は息子の素質に注目し、鼻血まみれのカークに「宇宙艦隊に志願しろ」と諭す。

さて、エンタープライズ号の処女航海である。ワープアウトした先が、先行した地球戦艦6隻の残骸の漂う中であり、いきなりの敵艦の前だ。スポックの故郷、バルカン星が内側からブラックホールに飲み込まれ、船長は敵に捕らわれる……。

彼我の戦力差をものともしない若き士官候補生、カークの行動力が、論理思考のスポック船長代理を動かす。
そして、母親を目の前でなくしたスポックの、感情の爆発。論理的種族の、あまりにも人間的な行為。

ラストは、まぁいかにもアメリカ的だが、これはこれで良いだろう。
よし。これで、先に買っておいた宇宙大作戦ブルーレイ・ボックスを心おきなく観賞できるぞ!

32インチのアクオスはテレビ放映にはちょうど良いサイズだが、映画鑑賞だと物足りないなぁ。次は40インチを考えるか……。

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