世界経済の軸足が西欧からアジアにシフトした。そんな言説が出て久しいが、現場では何が起きているのか。アジア通貨危機とリーマン・ショックを経て一躍躍り出たタイの製造業、"原油ビジネスの次"を狙う産油国の大量投資、広大な中国を対象に熾烈さを増す環境ビジネス、黄金の巨大イスラーム市場・インドネシアからの生々しいレポートが届けられる。
以前にNHKで放送された番組から内容を充実させた書籍版だが、日本企業・日本社会に身を置く自分にとって、辛く過酷な前途を予想しうる読後感を得た。
で、1,400円。神戸メリケンパークオリエンタルホテルのケーキセット1,500円よりも安いのだから、書籍は実にリーズナブルだと思う。
■脱日入亜 ものづくり国家、タイ
縮小する経済と人口。技術と粘りで経済を支えてきた中小企業が次々と倒産する。大企業も生き残るのに必死。そんな日本を横目に、アジア諸国とFTAを締結し、倍々ゲームで製造業を発展させるタイ。すでに製造技術世界一の座が「タイに取って代わられた」現実は実に衝撃的だ。
明日は今日よりも良くなると信じ、ローンを組んで一戸建て、マンション、複数の自家用車を買い求める、膨張するアジアの中間層。希望と消費意欲に溢れた若い世代。……かつての日本の姿が重なる。
「ものづくり日本」が掛け声だけに終わっている現実。あるいは近代以前の「高級軽工業品」分野でのみ生き残ることが出来る……。そんな実感とともに胸苦しい思いを味わった。
技術大国、日本。そんなプライドをひとまず横に置き、アジアの中でしがみついて生きるしかない。
■MASDAR マスダール 産油国のゼロエミッション都市
次世代エネルギーの主導権を握るべく、毎年国庫に転がり込む10兆円ものオイルマネーを活用して環境技術やクリーンエネルギー技術を集積し続けるのが、アラブ首長国連邦・アブダビだ。その象徴が、砂漠の中に出現した未来都市、マスダール・シティだ。
EV(ドイツ製)のみ運行できる都市内の電力は、ビームダウン型集光太陽熱発電システム(日本製)によって供給される。都市内の企業と大学が次世代エネルギー技術を協同研究し、パテントを産業化し、途上国へ輸出する。将来のアブダビを環境技術輸出立国に転換させることを視野に入れた、壮大で野心的なプロジャクトだ。
率いるはアブダビのエリート、スルタン・ジャベル氏。本書にたびたび登場するが、彼のリーダーシップは実に魅力的だな。
20世紀の近代産業が飽和した中、すでに始まった第三次産業革命、環境・エネルギー革命の時代。2030年には需要の40%をクリーンエネルギーが占めると言われる中、エネルギー資源を巡る富の争奪戦は本格化する。アブダビとアメリカの鞘当ても予想され、競争は熾烈さを増す。
日本企業の生きる道はどこにあるか?
「新エネルギー革命の覇者となるべく、激しい競争が渦巻く中東の地に食い込んで、彼らを支える立場であり続けることが、日本企業の生き残りの道なのである」(129頁)。 本命はスマートグリッドでの主導権確保だが、参考にはなる。
■イスラム人口2億人 黄金のインドネシア市場
人間の多さに息むせそうな過剰人口都市、ジャカルタ。高度成長期の日本が彷彿されるモータリゼーションが進むこの都市では、一日に200台の車と900台のバイクが増え続けているという。
急成長を続ける新興市場を舞台に、三井物産系バイクローン会社、BAFとインドネシアみずほコーポレート銀行の顧客開拓の現場を取材する。
高い湿度に晒され、日本と異なる商慣習と消費者の嗜好。華僑の牛耳る経済と複雑な政治環境に躊躇することなく、インドネシア語を猛特訓して習得し、島の奥深くまで足を伸ばす。日本の企業戦士の姿はいまも健在だ。
今後も日本企業の海外進出は増加し、国内の雇用は減少する。国内産業の空洞化は避けて通ることが出来ない。労働者も海外進出を迫られる事態が、そこに迫っている予感すらする。
■中国緑色市場を巡る日韓戦争
市場規模80兆円と目される中国環境市場。"政府主導"で進められる韓国企業の進出を横目に、日本企業は孤軍奮闘を強いられ、受注にはつながらない。"日本の環境技術は世界一"と自惚れている間に、ビジネスの現場では韓国企業に圧倒されてしまった。
半導体と液晶に続く、第三の敗北。巻末にその要因が分析されている。
中国市場で常に壁となるコストの問題。解決策の一つが合弁企業による現地生産だが、技術流出の問題が常につきまとう。
入手した日本企業の技術を「参考にし、自主開発した」と中国人は宣い、あげくのはてに米国で特許を申請するのだから。(新幹線の話。)
それでも、現地企業と提携しないと現実的に環境市場に参入できないというジレンマ。どう折り合いを付けるのか、実に難しい。
新興市場への進出に国家支援が必要なのは明白。本書にも、"市場経済での自由な企業活動"を言い訳にし、放置したままの日本政府への非難が読み取れる。
○
ナンバーワンを目指すのではなく、オンリーワンを肯定し、競争から逃げてしまった日本。
SMAPの歌う「世界でひとつだけの花」で自己満足し、相対的に沈み続けて20年。情報産業は米国企業に制覇され、製造業では"世界一"との幻想を胸に、アジア諸国の後塵を拝するハメに陥ってしまった。
製造業のノウハウの蓄積を活かし、医療と農業分野での飛躍を急ぐしかないな。
NHKスペシャル 灼熱アジア FTA・TPP時代に日本は生き残れるのか
著者:NHKスペシャル取材班、講談社・2011年4月発行
2011年6月26日読了