男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2011年06月

世界経済の軸足が西欧からアジアにシフトした。そんな言説が出て久しいが、現場では何が起きているのか。アジア通貨危機とリーマン・ショックを経て一躍躍り出たタイの製造業、"原油ビジネスの次"を狙う産油国の大量投資、広大な中国を対象に熾烈さを増す環境ビジネス、黄金の巨大イスラーム市場・インドネシアからの生々しいレポートが届けられる。
以前にNHKで放送された番組から内容を充実させた書籍版だが、日本企業・日本社会に身を置く自分にとって、辛く過酷な前途を予想しうる読後感を得た。

で、1,400円。神戸メリケンパークオリエンタルホテルのケーキセット1,500円よりも安いのだから、書籍は実にリーズナブルだと思う。

■脱日入亜 ものづくり国家、タイ
縮小する経済と人口。技術と粘りで経済を支えてきた中小企業が次々と倒産する。大企業も生き残るのに必死。そんな日本を横目に、アジア諸国とFTAを締結し、倍々ゲームで製造業を発展させるタイ。すでに製造技術世界一の座が「タイに取って代わられた」現実は実に衝撃的だ。

明日は今日よりも良くなると信じ、ローンを組んで一戸建て、マンション、複数の自家用車を買い求める、膨張するアジアの中間層。希望と消費意欲に溢れた若い世代。……かつての日本の姿が重なる。

「ものづくり日本」が掛け声だけに終わっている現実。あるいは近代以前の「高級軽工業品」分野でのみ生き残ることが出来る……。そんな実感とともに胸苦しい思いを味わった。

技術大国、日本。そんなプライドをひとまず横に置き、アジアの中でしがみついて生きるしかない。

■MASDAR マスダール 産油国のゼロエミッション都市
次世代エネルギーの主導権を握るべく、毎年国庫に転がり込む10兆円ものオイルマネーを活用して環境技術やクリーンエネルギー技術を集積し続けるのが、アラブ首長国連邦・アブダビだ。その象徴が、砂漠の中に出現した未来都市、マスダール・シティだ。
EV(ドイツ製)のみ運行できる都市内の電力は、ビームダウン型集光太陽熱発電システム(日本製)によって供給される。都市内の企業と大学が次世代エネルギー技術を協同研究し、パテントを産業化し、途上国へ輸出する。将来のアブダビを環境技術輸出立国に転換させることを視野に入れた、壮大で野心的なプロジャクトだ。
率いるはアブダビのエリート、スルタン・ジャベル氏。本書にたびたび登場するが、彼のリーダーシップは実に魅力的だな。

20世紀の近代産業が飽和した中、すでに始まった第三次産業革命、環境・エネルギー革命の時代。2030年には需要の40%をクリーンエネルギーが占めると言われる中、エネルギー資源を巡る富の争奪戦は本格化する。アブダビとアメリカの鞘当ても予想され、競争は熾烈さを増す。
日本企業の生きる道はどこにあるか? 
「新エネルギー革命の覇者となるべく、激しい競争が渦巻く中東の地に食い込んで、彼らを支える立場であり続けることが、日本企業の生き残りの道なのである」(129頁)。 本命はスマートグリッドでの主導権確保だが、参考にはなる。

■イスラム人口2億人 黄金のインドネシア市場
人間の多さに息むせそうな過剰人口都市、ジャカルタ。高度成長期の日本が彷彿されるモータリゼーションが進むこの都市では、一日に200台の車と900台のバイクが増え続けているという。
急成長を続ける新興市場を舞台に、三井物産系バイクローン会社、BAFとインドネシアみずほコーポレート銀行の顧客開拓の現場を取材する。

高い湿度に晒され、日本と異なる商慣習と消費者の嗜好。華僑の牛耳る経済と複雑な政治環境に躊躇することなく、インドネシア語を猛特訓して習得し、島の奥深くまで足を伸ばす。日本の企業戦士の姿はいまも健在だ。

今後も日本企業の海外進出は増加し、国内の雇用は減少する。国内産業の空洞化は避けて通ることが出来ない。労働者も海外進出を迫られる事態が、そこに迫っている予感すらする。

■中国緑色市場を巡る日韓戦争
市場規模80兆円と目される中国環境市場。"政府主導"で進められる韓国企業の進出を横目に、日本企業は孤軍奮闘を強いられ、受注にはつながらない。"日本の環境技術は世界一"と自惚れている間に、ビジネスの現場では韓国企業に圧倒されてしまった。
半導体と液晶に続く、第三の敗北。巻末にその要因が分析されている。

中国市場で常に壁となるコストの問題。解決策の一つが合弁企業による現地生産だが、技術流出の問題が常につきまとう。
入手した日本企業の技術を「参考にし、自主開発した」と中国人は宣い、あげくのはてに米国で特許を申請するのだから。(新幹線の話。)
それでも、現地企業と提携しないと現実的に環境市場に参入できないというジレンマ。どう折り合いを付けるのか、実に難しい。

新興市場への進出に国家支援が必要なのは明白。本書にも、"市場経済での自由な企業活動"を言い訳にし、放置したままの日本政府への非難が読み取れる。

ナンバーワンを目指すのではなく、オンリーワンを肯定し、競争から逃げてしまった日本。
SMAPの歌う「世界でひとつだけの花」で自己満足し、相対的に沈み続けて20年。情報産業は米国企業に制覇され、製造業では"世界一"との幻想を胸に、アジア諸国の後塵を拝するハメに陥ってしまった。
製造業のノウハウの蓄積を活かし、医療と農業分野での飛躍を急ぐしかないな。

NHKスペシャル 灼熱アジア FTA・TPP時代に日本は生き残れるのか
著者:NHKスペシャル取材班、講談社・2011年4月発行
2011年6月26日読了

著者の潤沢な人脈を駆使して集約され、分析され、タイムリーに開陳される情報が満載の本書、その第二章「アメリカ軍はなぜ全力をあげて日本を助けたか」と第三章「中国はアジア覇権確立に大震災を利用する」の内容は圧巻だ。

トモダチ作戦。空母ロナルド・レーガンを中心に多数のアメリカ海軍の艦艇が東北沖に集結し、史上最大規模の災害救援活動が実施された。孤立した村落に救援物資を搬送し、老人と抱擁して立ち去ったヘリパイロットの勇姿は鮮烈な印象を残した。

で、横須賀を母港に西太平洋にプレゼンスを誇示してきた航空母艦、ジョージ・ワシントンと機動部隊は、どこで何をしていたのか? マスコミでは長崎沖で訓練中、とのみ報道されていたが。

"親中"民主党政権の報道管制により、われわれに知らされないことは多々あるのだろう。
その一つが、大震災後の米軍の動きと、"国民の目に触れさせまい"とする政府の姿勢だ。

実に10万人もの自衛官が動員され、40隻もの海上自衛隊艦艇が災害救助に運用された。必然、国境は手薄になる。力の空白は、別の力が埋めるのが道理だ。

著者によると、第七艦隊の"長崎沖での行動"は表向き訓練、その実態は実戦配備であり、尖閣諸島周辺で中国軍を牽制していたそうな。
アメリカ軍・太平洋軍司令官(大将)は横田に臨時前線司令部を設置して着任し、第七艦隊司令官(中将)も旗艦ブルーリッジに乗艦してグアムから日本にやってきた。無人偵察機グローバルホークも横田から飛び立ち、中国軍の動きを探査していたという。

表向きの報道とは別に、米軍では実に臨戦態勢が取られていたという。

仙台空港の復旧は海兵隊員が投入された。その数、実に1,000人! 機能不全に陥った管制塔の設備は、米軍提供の無線設備で代替された。仙台空港の早期復旧が実現したことにより、東北への物資の搬送がより増加できた。
日本政府は、海兵隊のマスコミへの露出を制限するだけでなく、復旧後には追い出すように撤収させたという。
これらのことは、日本のマスコミで報じられたのだろうか?

北朝鮮と個人的な繋がりのある国会議員を多数抱え、中国よりの姿勢を隠そうともしない民主党政権。"日本びいきではない"オバマ大統領の政策と相まって、不安定な日米中の関係が続いてきたが、大震災を機に変わる可能性を著者は示唆する。次回の大統領選に確実に影響を及ぼすであろう"ティーパティー"の躍進もあり、共和党政権が返り咲けば、米中対立が一挙に表面化し、日本の立場もハッキリすることになるな。
もうしばらくの辛抱か。

How the Japanese are Mere Spectators to Global Change
世界の変化を知らない日本人 アメリカは日本をどう見ているのか
著者:日高義樹、徳間書店・2011年5月発行
2011年6月16日読了

大英帝国の絶頂期、インドでの局地戦(北西辺境州部、ビルマ国境)、南アフリカ・ボーア戦争、スーダン戦争などを背景に、インド育ち・従軍経験のあるノーベル賞作家、キプリングが発表した数々の詩から34編が収録されている。

シェークスピアのように"至高の芸術"扱いはされないが、下っ端の陸軍兵士や貨物船乗り、街で生活に呻吟する若い女性を題材に、20世紀初頭のヨーロッパ人だけでなく、21世紀初頭に生きる日本人にも共感できる内容になっていると思う。

初版は昭和11年だから旧字体。それが内容にマッチしており、実に味わい深い。

『兵隊』
経済活動に従事せず、訓練にあけくれるは軍隊の定め。たまの休日に居酒屋へ出向けば「兵隊に出す酒はない」と追い出され、女たちにもバカにされる。芝居小屋では"酔いどれた連中"でもちゃんと席があるのに、兵隊は立ち見席へと追いやられる。民間人がベッドの中で兵隊を嘲り笑う時間にも、重い銃器を携行し、夜間行進訓練に明け暮れる俺たち。いまに見ていろ、戦争が起きれば、俺たちはヒーローだ……。

平時には邪険にされる一兵卒の心情がよく書かれている。自国政府の首脳にも"暴力装置"と揶揄され、有事にのみ感謝される自衛隊も、同じ思いなのかもしれない。
ついでに、マスコミには書かれない話を書いておこう。
東日本大震災に派遣され、一般人の従事しないガレキ除去、遭難者救出、遺体捜索に全力を尽くす10万人の自衛隊員。母の友人の息子さんも現地に派遣されているが、「360度、腐爛死体の山」で、壮絶な現場とのこと。溺死を強要され、苦しみのままに一生を終えた人々の姿を目の当たりにし、若い隊員の多くが嘔吐するという。震災に遭った子供のPTSDが問題とされているが、現場の自衛官、消防隊員、警察官もケアが必要だろう。

『ウヰンゾルの後家さん』
ヴィクトリア女王のことを"寡婦陛下"と呼ぶのか。戦前の日本だったら連行されるな。
ヴィクトリアの息子達=兵士の苛烈な戦地での働きに見合わない惨めさ、貧乏さと、大英帝国と世界の半分を支配するウィンザー家の格差を皮肉った内容だ。

"後家さんの御屋敷萬々歳、
極から熱帯にまで渡つている。
私ら軍隊で護つているその御屋敷萬々歳。
哀れな乞食=兵士は死ぬまで本国に帰れない"
古今東西、防人の心情は変わらないな。

『若きブリテン兵士』
"半人前の新兵が東の國に出て行けば、赤児のように行動し…"
インド、アフガン、ビルマ戦線で"ひよっこども"を迎える古参兵の歌。
コレラ、女、土人兵、酒、砲火、敗北。希望のない世界で、それでも生き抜くための知恵は、どんな教則本よりも貴重だ。
兵隊の心得が次の一説にある。
"士官が死んで軍曹が眞青な顔してゐたら、
よく憶えてろ逃げ出せば身の破滅だといふことを。
だから散れして、伏せして、頑張り、
援兵を待て兵隊らしく。
待て、待て、待て兵隊らしく……"
19世紀の軍隊に限らず、21世紀の組織の教訓でもあるな。

『一日たつた五十銭』
かつては栄光の軍曹長。騎兵二個中隊を指揮し、ラホールやペシャワルを転戦した歴戦の勇士。それが病身となり、軍から放擲され、いまやホテルの手紙の使いっ走り。報酬は一日五十銭。
悲しみとあきらめ。
最後の"年金に期待し、女王陛下を持ち上げる"節は愛嬌だな。

『東と西の歌』
"ああ、東は東、西は西、両者の出会うことあらず、"
で始まる、キップリングの最も有名な詩だ。
よく、アジアと西洋の文化理解の難しさ、さらに融合の難しさを象徴するのに取り上げられる、内容はまるで違うのだ。アフガン戦線での若い指揮官とアフガン人武装勢力の長、両者の"人徳と男気"がもたらした相互理解が誇らしげにうたわれ、敵ながら尊厳を傷つけることなく、次の戦場での邂逅を期待する、といったところだ。

ヨーロッパはもちろん、インド、アフガニスタン、ビルマ、南アフリカを舞台に、大英帝国のフルスケールを実感できる作品たち。帝国主義文学者とも称されるキップリングの世界観を存分に堪能できた。

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キップリング詩集
選訳:中村為治、岩波書店・1936年5月発行
2011年6月11日読了

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