男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2011年07月

第三の男。敗戦後のヴィーンを舞台に繰り広げられるサスペンスだ。有名な観覧車のシーンや地下道での追跡劇だけでなく、没落貴族が生活の糧を得るために太った女(これも没落貴族)の耳元でヴァイオリンを演奏する姿が深く印象に残った。
これら洋画の味わい深いポスターを手がけた野口久光氏の展示会が西宮市で開催されているので、出向いてきた。(2011年7月29日)

JRさくら夙川駅を下車。南西へ歩くこと15分、よく整備された住宅街の中にグリーンいっぱいの庭園が現れる。ここが西宮市大谷記念美術館か。
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中に入る。広大なロビーと窓から鑑賞できる庭園は、これも絵画的だ。

展示場は1階と2階に分かれる。ポスター、映画雑誌、ポートレート等が展示され、当時のフィルムダイジェストが上映されていた。

どのポスターも手書き文字と相まって魅力的だが、次の4点が特に気に入った。
・巴里の空の下セーヌは流れる
・ワルツの季節
・モンパルナスの灯
・最後の億萬長者

「モンパルナスの灯」のフランス版オリジナルポスターも良かったな。2階の奥の会場に大きく展示されていた。

図録とポストカードを購入したぞ。
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ずいぶん昔に購入した「天井桟敷の人々」のDVDを観たくなったな。

西宮市大谷記念美術館 home page
野口久光シネマ・グラフィックス 街の中のもう一つの絵画・追憶の映画ポスター
http://www9.ocn.ne.jp/~otanimus/
2011年7月31日まで!(って、明日か……)

アール・ヌーヴォー、エドワーディアン、カタロニア・モデルニスモ、ユーゲントシュティール、ゼツッェション……。19世紀末の西欧で、世界中の文化・文明が蒐集されて花開いた魅惑的な文化運動を、<都市>と世紀末、<現代>と世紀末の座標からアール・ヌーヴォーの第一人者が語る。

・1880年代から1914年頃までをベル・エポックと懐古されるが、それは「生活の中で美術が求められる時代」(p13)でもあった。近代化が進んで機能が優先されたモダーン都市と異なり、装飾の重視されたことがアール・ヌーヴォースタイルの特徴であり、パリ16区等に世紀末文化の残り香が観られる。

・世紀末モダン・パリでは、都市の光と影、大通りと裏町の二つの面が発見された。世界旅行者の行き交うブールヴァール(大通り)と異なり、自由で貧しい芸術家が集うカルティエ=ボヘミアは都市の新たな魅力だ。

・アール・ヌーヴォーの源流は、日本美術からジャワやケルトにいたる、エキゾチックな世界だ。多様な芸術を受け入れることのできたパリの自由な都市空間がアール・ヌーヴォーを開花させた。

・世紀末のアール・ヌーヴォーは女性的ではあったが、それは男性の目を楽しませるためのものであり、本格的に女性が進出するには1920年代を待たねばならなかった。

・カフェは「人間のネットワークのために現代都市がつくりだした装置」(p45)であり、カフェ・コンセール(音楽カフェ)、カフェ・テアトル(演劇カフェ)等が隆盛を誇り、文化的創造性を担った。モンマントルは1900年の万博で観光化が進み、芸術家や革命家はモンパルナスに集うようになった。

・劇場、音楽ホールとは別に、酒場と劇場、ダンスホールを兼ねたキャバレー(現代日本のそれとは異なる)が世紀末のパリに登場し、西欧に拡がった。ベル・エポックの終焉した1920年代でもキャバレーは盛況であり、秘密めいた前衛芸術を含む華やかな場を提供した。バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)やルヴゥ・ネグル(黒人レヴュー)も、大挙押し寄せたアメリカ人観光客と併せ、1920年代のパリを賑わせた。

・ヴィクトリア時代の封建的な精神を遺すイギリスでも、アーツ・アンド・クラフツ運動が登場し、エドワード朝時代には劇場街、デパート、ホテル、レストラン等の新しい時代を象徴する都市文化が華やいだ。

・19世紀に城壁が取り払われて作られたリングシュトラーセ(環状道路)と、周囲の建築物が都市としてのヴィーンを特徴づける。権威的な芸術からの脱却を試みたゼツッェション(分離派)が、ヴィーン世紀末の華であった。
多民族を内包するオーストリア・ハンガリー帝国の末期に、特異点として表出したのが、世紀末ヴィーン文化だと思う。

・エミール・ガレ。ナンシーにこだわる彼にとってジャポニスム、「日本」は漠然とした古い文化ではなく、同時代的で、モダンなものであった。(p131)

その他、べル・エポック時代のポストカードの持つ意味、アメリカの写真雑誌、女性ファッションの変遷、ココ・シャネルの革命、ラファエル前派、ロシア・アヴァンギャルド、アール・ヌーヴォーの終焉とアール・デコの登場などのエッセイが収められている。実に興味深い一冊だった。

これは、世紀末の残照を鑑賞に、パリに行かねばならないな!

世紀末のスタイル アール・ヌーヴォーの時代と都市
著者:海野弘、美術公論社・1993年9月発行
2011年7月27日読了

神戸・元町駅を南下すると、国道二号線沿いに栄町"海岸ビルヂング"が現れる。その3階にあるのが、関西でも珍しいエアライン雑貨を主体とするアンテナショップ、NOTAMだ。
Lマガジン別冊KIX MAGAZINEに掲載されて前々から気になっていたが、やっと訪問できた。(2011年7月20日)

こぢんまりとした店内に、洗練されたステーショナリー、バッグ、ポスター、KLM、AF、アメリカン航空等のグッズ等々が満載だ。
エアショーで配布されたコンコルド機のパンフレットや、DHC-3型機(水上機! 一度乗ってみたい)の安全解説書なんてのもあった。予算の都合で購入を断念。

NOTAMでの購入品。まずは1968年度JAL国際線時刻表。当時はファーストとエコノミーの2クラスのみ、ロシア上空は飛ばずにアラスカ経由北回りでヨーロッパに飛んでいたんだな。(しんどそう。)

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羽田空港も伊丹空港も規模が小さい!

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次はイングランドの旅行案内書。1935年発行で、アイルランドは国内植民地のままだ。航空便が不十分な時代だから、旅客船航路が豊富だ。ロンドン~アムステルダム航路も残っている。

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Grand Canyon旅行案内(1935年)、シカゴの地図(年代不明)、ドイツ絵はがき。

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NOTAMオンラインSTORE
http://www.notamkobe.com/

興味のある方は、是非!

日本では戦後長く、帝国の概念、あるいは言葉そのものがタブーとされてきた。社会主義体制の崩壊に伴う小国家群があいつぎ独立し、1990年代のグローバリゼーションが進むと、従来の国民国家の枠内でとらえることのできない問題群が発生した。その解決を模索するに当たり、帝国の幅広い解釈が論じられるようになった。

本書は、オスマン・トルコ帝国とロシア帝国の崩壊から、アラブ世界の理想と現実、アメリカを盟主とする現代帝国主義世界を視野に、歴史、開発主義、民族主義、文化・文明論、ナショナリズムまで幅広く網羅している。

民族自決の理念が優先された結果、アジア・アフリカ諸国においてみられるように、国家の統治に支障を来す事態が生じている。
いまさら帝国主義の理念を蒸し返すわけにはいかないから、国家連合・地域連合の有用性は高まる一方だし、事実、EU、ASEAN、コモンウェルス(旧英連邦)によるメリットは大きい。
・東ティモールなんて、独立下は良いが産業もなく、どうするのだろう?
・アジアは中国がおおきすぎて難しいだろう。支那が分裂すればバランスが取れてより良い世界に近づくのだろうが。)

帝国を顧みる現代的な意味は二つ。(p378)
・国家のゆるやかな結合体ないしは地域協力のシステムを模索する上で、<帝国>の経験と試行錯誤をふりかえること。
・グローバリゼーションの現代を歴史の過去と比較する上で有用な手がかりとなること。

自己中心主義・自己膨張主義は帝国の性格として避けられないが、中央集権化とフランス同化に偏向したフランス・アフリカ帝国よりは、地域自治の割合の高かった大英帝国のほうが、現代帝国主義世界の運営、将来の展望に有用であるように思える。

帝国と国民
著者:山内昌之、岩波書店・2004年3月発行
2011年7月16日読了

冒頭から衝撃を受けた。半裸の民族衣装を纏い、右手に長槍、左手に携帯電話を持ち、ケニアの平原を駆ける"ITマサイ"。
羊の放牧中にライオンに遭遇し、急遽仲間を呼んだことで被害を出さなくて済んだなど、実にインフラ完備の都市部よりも有効活用されている。
オンラインの発達していない東アフリカでは、携帯電話網が銀行決済の主要な役割をも果たす。、ケニア国民4千万人、携帯の普及率は実に50%! プリペイド式の安価なシステムを構築したことが成功の秘訣といえる。
テクノロジーはライフスライルを変革する。"携帯メールでつながる"ことから、旦那の都市部への単身出稼ぎも急造し、家族の絆を大切にする伝統文化もグローバル化の波に飲み込まれた。

アパルトヘイトの終焉した南アフリカ、経済の破綻した"独裁国家"ジンバブエ、内戦の傷痕の生々しいルワンダ、ゴールドラッシュに沸くタンザニア。それぞれが独自のやり方で後進国を脱しようとする姿にはすさまじいモノがある。

南アフリカの"ジンバブエ移民活用政策"は一時的に効果を出すだろうが、貧しい自国民の放置は火種となり、問題を起こすに違いない。日本も移民の受け入れは制限しなければならない。

アフリカは金銀銅、ダイヤモンド、タンタル等の貴重資源の宝庫でもある。
かつてはセシル・ローズのデビアス社が牛耳っていた市場も、21世紀に入ると俄然、中国の存在感が増した。無尽蔵とも言える国の資金を縦横に活用し、タンザニア、ボツワナの鉱山を次々に開発する中国企業。世界銀行に頼る必要のないことから、受け入れ国にとって歓迎される構図がそこにあり、従来の欧米企業は苦戦を強いられる。"世界ビジネスルール"に照会しての正当性はともかく、がむしゃらに世界中の資源の確保に走る中国人の姿は、ある意味、不気味に映る。
しかし、アフリカで働く中国人の環境は過酷だ。有名大学を卒業しても就職率は50%! やむを得ずエチオピアやザンビアで働くしかない若いエリート中国人にとって、国家の存在こそ縁(よすが)とも言えるのだろう。
悔しいが、日本は完全に負けている。政治は機能していないし。

アフリカ 資本主義最後のフロンティア
著者:「NHKスペシャル」取材班、新潮社・2011年2月発行
2011年7月7日読了

携帯電話とインターネットが社会を変革して20年。次の20年のキーワードが"Renewable Energy"、再生可能エネルギー・自然エネルギーであり、ガソリン車に変わる自動車、新規格住宅がITによって融合される社会の実現が目指される。
「文明の大きな転換点。RE、IT、EVの3つの技術の"相関"と"相乗"によって、グリーン・ニューディールはIT革命を越えるほどのインパクトをもたらし、世界を変える」
寺島氏の的確な表現だ。

州政府の権限の強いアメリカ。地域特性を活かした太陽光発電、大規模風車発電のダイナミックさは実にうらやましいし、オバマ政権の環境政策への力の入れようはダイナミズムそのものだ。翻ってわが日本では、電力会社の既得権益に縛られた経済産業省と新設された環境省の動きはバラバラで、環境問題に注目させまいと世論を潰す傾向すら感じられる。
で、気づけば、かつての太陽光発電先進国の地位から転げ落ち(2009年は6位)、慌てて自然エネルギーの固定価格買取制度を制定する有様だ。

本書にも明記されているが、アメリカ等と違って、日本の弱みは"全体最適を目指すシステム構築力"の不十分さにある。三菱重工の風力発電設備がテキサス州ロースコー発電所の3分の2を占めるなど、日本企業の高い技術力は健在だ。半導体、液晶パネルの二の舞にならないよう、産官学一体となって「グランドデザイン」を描く必要があるな。

それにしても、pHV、EV、スマートグリッド、V2G(Vehicle to Grid)、ソーラー発電の改良、家庭用蓄電池など、この先10年で社会インフラが大きく変わる。実に楽しみだ。
2年前の出版だから状況は変わっているだろうが、概要をつかむのにちょうど良い分量だった。なんとか仕事に活かしたいな。

グリーン・ニューディール 環境投資は世界経済を救えるか
著者:寺島実郎・飯田哲也・NHK取材班、日本放送出版協会・2009年6月発行
2011年7月2日読了

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