男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2011年10月

愛車BMW 320i Mスポーツ・E46型2001年式は絶好調……のはずが、雨の日は加速が弱いし、信号青ダッシュで猛烈にASC+Tが働く。
ミシュランPS2もすでに7年目(2005年9月に装着)……よく見るとフロントタイヤの側面がひび割れている。

交換しないといけないなぁ、と思ってはいた。

日曜日、どしゃぶりの雨の中で垂水の一般道を走っていたら、第二神明道路須磨IC付近で国産FF乗用車に追い抜かれた。タイヤが空回りするイヤな感触! 追いつけない!

で、MICHELIN Pilot Sport 3を注文した。(2011年10月31日)
225/45ZR17 41W、245/40ZR17 91Y各2本、工賃・処分費用含めて総額106,000円。

Pilot Sport 3はPS2の後継ではなく、ワンランク下のPilot Precedeのグレードアップ版のようだが、ウェットグリップは安心できそうだ。価格も予算以下だし。

245/40ZR17は国内在庫無し。タイからお取り寄せだそうで、タイヤ交換は来週だな。
愛車E46、あと3年は乗るぞ。

日本ミシュランタイヤ株式会社
http://www.michelin.co.jp/
タイ工場製……在庫が切れたら価格上がりそう。

鉄道網、国際航路、ホテル等が急速に整備された1920年代、第一次世界大戦による好景気に沸く日本人は、大挙して海外に出向くこととなった。
本書は、世界三大モダン都市、パリ、ニューヨーク、上海を舞台とした小説、紀行文、エッセイを収録する。

■林芙美子 下駄で歩いたパリー
"放浪記"のパリ版。生活の細部まで実に活き活きと描写されている。

・セーヌ川左岸の台所付き安ホテルに宿泊し、メトロや自動車に乗らず、自分の足でめっちゃくちゃに街を歩いた。
・11月下旬に訪問したものだから時期が悪い。正午には夕焼けが始まる、暗い夜から夜の街。第一印象は悪い。

・黒い塗下駄でポクポクと商店街を闊歩する"ジャポネーズ"は、すぐに下町の有名人だ。
米と野菜、三匹の生鰯をバスケットに入れる。イタリア人店主との軽快な会話がはずむ。
贅沢はせずともエトランゼの楽しみを満喫する。

・「下さい、私に、黒いカフェ」「下さい、鉄釜」拙いフランス語と手真似で買い物にトライ。隣室の医科大学生や、夜更けに戻るマガザン(デパート)販売員の美しい娘の話。既製服の充実ぶりに感嘆。オランピアのショー鑑賞。インターナショナルな街に感動し、充実の毎日だ。
・バルビゾンへ足を延ばしては、ミレーのアトリエに感動する。
・若くない女の厚化粧に囲まれ、日本人の健康さを思う。「パリーは華やかに荒み過ぎている」(p17)

・高い汽車賃を払ってモンモランシイへ向かう。片言言葉で田舎を旅すると、必ずと言って良いほどハプニングが待ち受ける。僕も同じような経験があるので、この辺り、楽しく読めた。

・結局、パリでも金に困窮するに至った芙美子は、おそらくパリ史上初めて、絹の日本着物を質屋に持参する。質屋の主人は「これはまさに歴史的だ」と言い、芙美子は"断食"から解放される。面白い。

パリ一般家庭のレストラン利用頻度の高さに目を見張る。女性の家事労働の軽減! そして17歳の娘の理想は「自分の働いた金でをおまえの国(日本)へ行くこと」ときた。結婚と家事に縛られる日本女性を哀れむ芙美子。この旅行は、彼女の意識とその後の作品に影響を及ぼしたに違いない。

■横光利一 欧洲紀行
林芙美子の紀行文に比べるとずいぶん味気ない"日記"だ。
「大きな旅行は一人に限ると思う。万事万端、自分ですると云う事が、何物にも換え難く良いのだ」(p55)には同意する。

■石黒敬七 袋小路ジャポン隊
モンパルナスに集う日本人芸術家の武勇伝をコメディに描く。実に面白かった!
「…殊に巴里が何となく感じがよさそうだ。…マア行きさえしたら男一匹何とかなろう」(p74)この感性、同感だ!
・石黒敬七は柔道家で、十数年間も欧州、エジプト、トルコで柔道の普及に努めた功労者だそうな。
・パリのアメリカ人ならぬ「パリの日本人」も多数滞在していたようで、画家だけで300人を数えたという。
藤田嗣治、長谷川昇、山本鼎、戸田海笛などの大物が服を着回す、食費に窮し○○(^^;)を食す、モンパルナスを裸足で歩く、アトリエで日本刀をブン回す、フランス人モデル=人妻に"病気"をうつし、その亭主に金槌で追いかけられる……。うん、武勇伝だ。

・最後の臼田氏のエピソードは……読んで体が震えたぞ、怖くて。わかる気もするが、やはり男はバカだな。

■石黒敬七 カイロ沙漠の月
スエズからカイロに到着した自動車から降り立った貴顕日本紳士たちの生々しい一夜を描く。
・埃の及ぶと書いてエジプトと読ます、か。なるほど
・花も羞じらう埃及美人が嬌態の限りを尽くして、腰の柔軟……。
・数百件の吉原区に吸い込まれる日本人。英仏独、バルカン諸国、アフリカ各国の娘子が袖を引く。世界人種博覧会場の観があり、か。
・さすがに色事だけでは顰蹙を買うのか、最後は大ピラミッド鑑賞の功徳を説く。上手い。

■藤森成吉 ベルリンの春
産業機械化。第一次世界大戦で負傷し、戦後も失業した一農夫の苦境と次の大戦への予感を描く。若干の資本主義への批判も含まれるようだ。

■中条百合子 モスクワ印象記
「ロシア民族の持つ深さは、下へ向かって底無しの深さだ」(p197)
「(ドストエフスキーの)作品中から最も異常な一人の存在を見つけて来ても、ロシアにならば其のような人物は実在し得る」(p198)
夥しい哲学者とカール・マルクスを生育させた独逸人と比較し、道徳的見地や公共秩序の欠落したロシア人を辛辣に批判する。

「半年冬籠もりをしなければならぬCCCPの魂が」新文化を創造するアメリカに対抗しうるのか、中条百合子の考察は鋭い。(p219)

■谷譲次 みぞれの街-めりけんじゃっぷ商売往来 六
昭和2年のロスアンゼルス、落ちぶれた留学生や無職男たちが集う日本人街の怠惰の日々を描く。働き口はあるが「それは支那人の仕事」、「日本人の沽券にかかわる」等の口実を設け、今日も仲間内の博奕に一日を過ごすのだ。
露西亜料理店の皿洗いの急募の口。働いていた黒人が逃げだし、その後釜に納まる日本人の流れ者。
本作に表れる「日本人だけで固まって安心し、他を排す」性行は、現代でも残っていると思う。

■雅川滉 ハリウッドまで
昭和5年、女優を夢見る日系アメリカ人の悲劇。この時分には日本人が積極的に排斥されるようになっていたことがわかる……。

■前田河広一郎 上海の宿
無惨な非衛生的な節操の切り売り、最も商品的に取引される人命、単純な無識から来る雷同性、と著者の支那人に対する見方は厳しい。これが当時の日本人の一般認識だったのだろうか。
まぁ、後半部を読めば、納得せざるをえないが。

他に、竹久夢二「滞欧画信」、深尾須磨子「巴里地下鉄物語」、吉行エイスケ「Filipino 瑪麗の愛」等
戦間期にこぞって世界進出した日本の勢いと、内包される憧れと野望、そして文化摩擦の様相が思い浮かぶ。ソビエト連邦の成立により自我に目覚めた労働者と、対する既存支配勢力の軋轢も物語の端々に表れる。民衆の力への追従と反目、その実、自己満足意識は、そのまま現代に伝承されているのかもしれない。

モダン都市文学Ⅸ 異国都市物語
編者:海野弘、平凡社・1991年2月発行
2011年10月1日読了

放浪記を読んだばかりなので、林芙美子の遺した紀行文の抜粋と、彼女の"旅"と"放浪"にまつわる角田光代と橋本由起子のエッセイを収録した本書を手に取った。

・1931年のパリ旅行が芙美子にとっていかに重要であったか、冒頭の角田光代氏のエッセイ≪旅という覚醒≫が明確に示してくれる。
足の裏で旅をする醍醐味! うん、旅は"ひとり旅"に限る。
(観光旅行は複数が楽しいが。特に食事。)

・幼少の九州極貧時代を経て、尾道では恩師に才能を見いだされ、文学の世界を目指す芙美子。初恋相手を追って女学校卒業後に上京するも、待っていたのは破綻の悲しみ。そして男と職の放浪が始まる。
生きることへの執念が極貧と絶望を超越し、経験と才能が幸運をたぐり寄せる。

・流行作家になると"遠い親戚"や"友達"がわらわらと登場する。「仕事のゆきづまりとか云った、そんな生やさしいものではなく、妙に目にみえない色々のわずらわしさ」からの解放を求めて1934年、芙美子は北海道と樺太へ逃避する。
「彼女がひとりで遠い北海道を目指したのは、そうした、追い詰められた自身の気持ちから逃れたかったからでした」(p79)
この心境、僕自身の事情もあって、痛いほど良くわかる……。
ところで、樺太の南半分は日本領だったんだなぁ。豊原(Yuzhno-Sakhalinsk)、大泊(Korsakov)、敷香(Poronaisk)……いまでは気軽に訪問することの叶わない土地なので、先人の紀行文を鑑賞するしかない。

・北京では、小さな泥の家に住む民の貧しさを放置し、巨大な宮殿と豪壮な祭壇造りに注力した歴代支那王朝を非難する。あくまでも下層民の視点を捨てない態度には共感する。僕も2000年7月に旅したマレーシアでは、首都クアラルンプール中枢の近代ビル群の麓にバラック小屋が"住宅街"を成す光景に絶望的な未来を感じた。典型的な途上国の都市の姿とはいえ、辛い思いをしたことを憶えている。当時(若かった)はバラック小屋の住宅街に立ち入ってうろうろしたが、いま思えば迷惑な話だ。

・古里を持たない芙美子だったが、著名人となって下落合の高級住宅街に住まう。300坪の敷地か……。川端康成が葬儀委員長を務めた告別式には近所の住民が多数参列し、関係者を驚かせた。「地元」に死す。48歳の早すぎる急死であったが、最後の"旅立ち"は幸せなものだったに違いない。

林芙美子 女のひとり旅
著者:角田光代、橋本由起子、新潮社・2010年11月発行
2011年10月24日読了

1930年に発売された改造社版を底本とした本書、戦後に発売された文庫版よりも著者の瑞々しく生々しい文章が味わえた(ような気がした。何せ初めて読むのだ)。

"格差"が社会問題となっているが、大正・昭和初期のそれは想像を絶する。
行商人の子に生まれ、幼い日は一家で木賃宿を転々とした林芙美子。小学校も途中で止め、モノ売りに専念。上京後は貧しさの中で職と男と住居を転々とする。まさに放浪の記録。
「腹がへっても、ひもじゆうないとかぶりを振つてゐる時ぢやないんだ、明日から、今から飢えて行く私達なのだ」(p44)

・小説家の邸宅に住み込みで子守。2週間で馘首され、わずか2円の給金に震える。(現在の1万円程度か。)
・セルロイド玩具工場。9時間から11時間の労働の毎日。日給60銭から75銭だから二畳間の下宿暮らし。布団を斜めに敷き、茶碗に飯と魚を盛るだけの夕食。生活苦がヒシヒシと伝わる。
・朝4時の新宿で酔客相手に給仕する。暴力事件や犯罪と隣り合わせの日常。チップが収入のすべてだ。
「いつたい革命とは、どこを吹いてゐる風なんだ……日本のインテリゲンチヤ、社会主義者は、お伽噺を空想してゐるのか!」(p53)

カフェ勤めは辛い。樺太は豊春の地下室で生まれ、カフェを転々とする肌の白いお計さん。大学生にチヤホヤされる19歳の処女、実は子持ちで亭主も病気持ちの秋ちゃん……。

貧しさの下には下がある。青島へ売られる15歳の少女、ボロ長屋に十家族も住む朝鮮人の子供は、筵の上で裸になって遊ぶ。稼ぎはすべて男に取られるインバイ女。
貧乏から逃れるために42歳のボウフラのような男に処女と自由を売った18歳の"時ちゃん"を思う。涙がむせるも金がない。駄菓子で空腹を満たすことは出来ない。白いご飯の舌触りを空想しつつ、押し入れの片隅に見つけた白菜の残りを食す。
「何もない。……涙がにじんで来る」(p229)

「テヘ! 一人の酔ひどれ女でござんす。」(p154)
苦しくなると、誇りと引き替えに女が売るモノはひとつだ。
「15銭で接吻しておくれよ!」
夜の新宿で自暴自棄になって叫ぶ芙美子の姿は痛々しい。

「やっぱり旅はいい。あの濁った都会の片隅でへこたれてゐるより、こんなにさっぱりした気持ちになって……」(p163)
東海道線と内海航路を幾度も行き来する描写が興味深い。
金が入ると飲んで遊ぶのはともかく、思いのままに旅立つ行動力は分かる気がする。

いつも一人ぼっちのくせに、他人の優しい言葉をほしがってゐる空想家(p204)、林芙美子の世界に俄然、興味が沸いた。

≪大人の本棚≫
林芙美子 放浪記
著者:林芙美子、森まゆみ(解説)、みすず書房・2004年1月発行
2011年10月22日読了

快晴の朝だが、不愉快な気分にさせられた。
カーネーションの次に8時15分からはじまる、あさイチ。
朝の連続テレビ小説の後、間髪入れずに番組を開始。民放へチャンネルを回させない工夫が光る。そりゃ"人気番組"になるだろうさ。
19時のニュースの前には、しつこいほどBSの宣伝をするくせに!

で、内容がひどい。たとえば10月18日は"メガ合コン"。わざわざ朝8時台のNHKで取り上げる内容か?
軽快トークを売りにしているようだが、これが実に鬱陶しい。
「28歳でーす」「だね~」等のしゃべり方。
訪問インタビューにしても、相手方に礼を欠いた姿勢もみられ、民放の視聴率稼ぎ突撃番組と変わりない。

実に不愉快だ。公共放送を前面に掲げながら、こんな番組を流して平気なのか?
はなまるマーケットのパクリ、と陰口を言われてもしかたないな。

ついでに言えば、Bizスポはワールドビジネスサテライトを模倣ではないのか。
深夜番組に至っては……下卑た二流お笑いが"公共放送"? 痛々しい。

東日本大震災発生当時の、他局を引き離すモラルの利いた質の高い報道が、影に隠れて薄れてしまう……。
素晴らしい特集番組とキャスターを誇るNHKなんだから、矜持を正して欲しいぞ。

著者は、国内でしか通用しない"明治・大正・昭和の時代区分"にこだわらず、1910年代、1920年代、1930年代それぞれの政治的・経済的特徴を把握し、戦前文化を考察することを提言する。
なるほど、都市部では華麗なモダニズムが花開き、グローバリズムの先駆けとも言える海外貿易・文化交流が盛り上がった"大正デモクラシー"が消沈し、「欲しがりません、勝つまでは」のスローガンの下、国民服を着用し天皇陛下万歳を連呼し、一億玉砕が叫ばれるに至る構図がみえてくる。

・明治維新後、西洋文明が急速に導入されたが、それは産業面と上流社会でのこと。大正10年頃においても和式住居に和服で住まうのが一般的。特に女性の洋装は"変わり者"扱いされていた。カフェの女給も着物にエプロン姿だ。
都市部のサラリーマンはグレースーツが定着していたが、家では和装に戻る。
関東大震災を機に洋式化が一挙に進んだ。

・1920年代になるとデパート、銀座のウィンドウショッピング、キネマと舞台観劇の後、カフェでコゥヒィやソーダを味わう等、夜と休日の娯楽は充実していた。
一方で、家事労働の過酷さは想像以上。炊事洗濯掃除に子守。特に着物の洗濯は、縫い目をほどいて洗い、一枚板に天日干し、非電気アイロンがけときた。まったく気が遠くなる。
大衆の憧れ洋食の三大メニューがライスカレー(肉少し)、コロッケ(申し訳程度の肉)、トンカツ(薄く引き延ばした肉)。現在以上に国産牛は高価だったことがわかる。

・第一次世界大戦は欧州に多大な災禍をもたらしたが、日本でも輸入が途絶えるなどの影響を被った。逆説的にこの事態が各種のイノベーションをもたらし、神戸の造船・機械産業の発展等、重化学工業の顕著な発展につながった。
電気機関車の国産化、工事技術の開発による鉄道路線の飛躍的な延長をはじめ、社会変革と市場需要を掌握した企業家とヒット商品の誕生(カルピスなど)、国産ミシンの開発・普及、松下幸之助の電気ランプ、等々。
やがて巨大財閥と"成金文化"が幅を利かし、やがてインフレと米騒動を引き起こすこととなる。

・大量生産と大量消費による、1920年代の華やかな日本。ホワイトカラー族=サラリーマンの間では舶来の万年筆、懐中時計、カメラが人気を呼ぶ。

・阪神モダニズム。本書を読んで嬉しく思ったことは、意外に京阪神地区、特に神戸に関する記述の多いことだ。旧居留地、ユーハイム、モロゾフ、オリエンタル・ホテル、トア・ホテル、阪神電気鉄道、阪神急行鉄道、郊外住宅地としての阪神地区=芦屋、香櫨園、御影の開発、宝塚大劇場、甲子園球場、六甲山リゾート、海水浴、阪急百貨店、有限責任灘購買組合(コープこうべ)……。
工業地帯であった大阪と神戸が、同時に対中国向け綿糸布の輸出港、内外海運の中心であったこともあり、大衆的な大量消費市場とレジャーによる充実した市民生活のスタイルを形成したことが示される。

・デパートの"土足入場"が可能になったのは、1926年の大阪三越と大阪大丸かららしい。それまではスリッパに履き替え……文字通り、大衆には敷居が高かったんだな。

・ジャーナリズムの発展は競争を即す。過酷な販売競争の結果、時事、報知、国民等の旧来の新聞は廃刊に追い込まれる。そして性格は変化する。
中立性を掲げ、その実、権力追随の姿勢が大新聞の基調となった。現在の朝日、読売、毎日、日経、産経の系譜。大本営発表=記者クラブ会見発表の追随と、上から目線の購読者への態度は、このころから形成されてきたんだな。

・結局、大正文化とは何か。都市の市民の自由な生活感覚と孤独感を基調としつつ、アメリカの大衆文化と伝統的社会のモラルが接木されたものと著者は示す。政治的成熟は道遠く、極端な一派(サンディカリスト、アナーキスト、共産党)を除き、リベラリズムは皇室中心主義との衝突を回避し、取り込まれ、サンディカリストの思想を転用したファシズム、そして軍部中心の世界観へと日本社会は引きずり込まれてゆく。

・"実務"が"政党"を制圧した。行政サンディカリズム。1920年代、国民の政治への関心の低下がこの事態を招いたのだ。そして、国家総動員態勢へ!(p208)
内閣単位で交替する大臣と異なり、上層に君臨するキャリア官僚の権力が増大するのは当然。この点、局長クラスまで交替させられる米国の政治制度は合理的かつ賢明だ。


今日、自画自賛的な響きを持つ"クール・ジャパン"と呼ばれるそれは、流行に左右される表面的なエンターテイメントでしかない。「娯楽であると同時に、知的な挑戦」(p13)のない限り、それは廃れるし、その兆しは見えつつある。
二大政党の泥沼化が定着して久しい。民主党は期待外れだけでなく、むしろ害悪をもたらしたと言える。自民党も力の所在が感じられないし、政治離れは止まらないだろう。

今日、強力な指導力を持つ軍部はない。天皇中心史観も表面化していない。だが、アメリカ政財界と、財務省や経産省のキャリア中枢部の意向に、政治はたやすく左右される。

「大戦期以後政党政治にたいして国民が不満をもっているのに乗じて、軍部は天皇を中心としたユートピア国家をつくるようなイメージを描きながら国民の同意を組織しつつ、しだいに独裁体制をつくりあげていった」(p156)

「震災復興という国民的合意の下で異端を排除し、人々は天皇を中心とする新しい国づくりというユートピアに熱中し、一方で現実肯定的で楽天的なアメリカニズムを追いかけた。」(p197)

周りを見ずに、上を見る。流されることなく生きてゆきたい。

大正文化 帝国のユートピア 世界史の転換期と大衆消費社会の形成
著者:竹村民郎、三元社・2004年2月発行
2011年10月12日読了

関東大震災の直後、伊藤野枝と共に東京憲兵隊に殺害された無政府主義者、大杉栄(オオスギエイ)。その1923年のフランス滞在記だ。面白い。

本来はベルリンで開催予定の"無政府主義者国際会議"出席のための洋行だったが、パリでのドイツ入国許可取得に手間取り、パリ北郊外はサン・ドニのメーデー集会で演説したために逮捕され、日本へ強制送還されることになる。
第一次世界大戦後、フランスがルール地方を占領したばかり。ドイツに関係する物事はことごとく敵視・警戒されていたのが祟ったのだな。

・東京と神戸での監視をすり抜け出国するも、船内と上海でも官憲はつきまとう。パリでも制服警官が監視する。その目をかいくぐって活動し続けると、なるほど、慣れてくるのだろう。一度や二度の逮捕・拘束もへっちゃら、らしい。

・当時の上海はアジア最大の政治都市だ。共同租界やフランス租界では共産主義者、社会民主主義者、無政府主義者の会合と反目が演じられ、モスクワ、パリ、ベルリン、東京との連絡拠点となっていた。ここで大杉は朝鮮反日勢力、支那抗日勢力のアジトを訪問する。
・すでに1920年の段階で「抵制日貨」が始まり、朝鮮人街では日本人の排斥運動が盛んになっていたことがわかる。

・パリでは、フランス無政府主義同盟機関『ル・リベリテール』(自由人)社を訪問する。
・カルト・ディダンティエ。パリでは外国人、内国人に限らず警察署発行の身分証を携帯しなければならない。所持しない外国人は即刻追放だ。これは現代日本でも取り入れるべき正しい政策だろう。

・パリの衛生事情は日本人には耐えられないものだ。最高級ホテルでない限り宿にトイレはなく、シャワー室すらない。大杉の宿泊した労働者街の"高級ホテル"では、2階の階段下に傾斜したタタキと穴があり、それがホテル唯一のトイレだと言う。閉口した彼の自衛策もとんでも無いが、他に方法は無い。パリジャン、パリジェンヌの入浴は2~8週間に一度、街中の風呂屋に通うのみと言う。"花の都"の名折れか。
・安ホテルでは部屋に電灯すらない。昔ながらの石油ランプ。
・街中でタクシーに乗るも渋滞、渋滞で歩く方が早い。1920年代からそうなのか。

・パリの赤裸々な風俗事情! キャフェで飲食すると、若い女が色目を流してくる。街を歩けば、目を奪われるような白人女や混血女が声を掛けてくる。近くの劇場へ隠れると、ぼったくりキャバレーだったりする。慌てて出る。"街の女"の多いこと!
・貧しい女店員や女工(ミディネット)の生活事情。週給60フランでは生活は成り立たず、年間に不足する2千フランをどうやって捻出するのか? 昼休みや夜間に本業以外のアルバイトをし、食費を削り、被服を削り、遊興をあきらめ……。ある者は「お友達の男」と会う。涙ぐましい努力。そして日常化する堕胎……。当時の他の日本人洋行者=ブルジョア階級出身者の作品には決して表れてはこないだろう。

・監獄(未決囚監獄)の独房の様子が細かい。案外とノンビリした印象を受ける。八畳間の半地下窓付き独房には、ベッドだけでなく机と椅子付き。特段の監視もなく、昼間から白ワインをチビリ、チビリとやる。気楽と言うか、監獄慣れしているな。
もっとも、外部のレストランからディナーを"お取り寄せ"できたのは金のある最初のうちで、後はミジメな監獄食に頼ることになる。3週間後の公判で禁固3週間の刑罰が下り、即日釈放=国外強制退去となった。

・「外遊雑話」では往路の船旅の様子が記される。日本人には良く理解できない欧州人の"ユダヤ人差別"が船上でも繰り広げられ、ベトナムで威張り腐る水兵の正体は職にあぶれた貧しく粗雑なフランス人だし、サイゴンで必要以上に白人にへりくだるベトナム人の姿に、大杉は辟易する。
支那人学生の集団が「安南(ベトナム)をフランスから取り返さなければ」と息巻く姿もある。まだ民族自決の概念が習熟していない時代の、半植民地人の喜劇的な勘違いか。大杉も「救いはこんな愛国者からはこない」と的確な評価を下す。(p189)

・余談。同棲者である伊藤野枝との間に生まれた長女の名は"魔子"って、思い切ったなことをしたんだな。(さすがの猿飛を思い出したぞ。)

日本脱出記
著者:大杉栄、土曜社・2011年3月発行
2011年10月15日読了

「私みたいなのは税金納め続けて孤独な貧乏人でいつづけろってこと?」
小さな宴席で両目から幾粒もの涙を流す登場人物のセリフだ。不況は生活困窮者を追撃する。恋愛運に恵まれない女性だとなおさらのことか。

冒頭に示される、持たざる者の選択肢。最後のページまで行き着けば、
「現実を受け入れ、つましく生きることが現実的」
と読める。

登場人物のセリフだ。
「一生手に入らない富と栄光を追い求めて嘆くより、身の丈に合った楽しみを満喫する方が、いい人生なんじゃない?」

そうだろうか?
嘆くのではない。上を見て、努力するところに人生の価値があると思うのだが。

余談。著者の"空鳥"の文字は、JISに割り当てられていないんだな……。

東京現代貧窮問答歌
著者:影山くう鳥(くうは"空鳥")、東京図書出版会・2009年5月発行
2011年9月30日読了

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