男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2012年02月

西洋名画から選りすぐった美女絵画の"華麗な競演"、とある。
ティチィアーノ、ボッティチェリ、デ・モーガン、ロセッティ、ラファエロ、ダ・ヴィンチ、ミレー、ウォーターハウス、モネ、ルノワール、ゴーギャン、ミュシャ、等々。

個人的なベストを選ぶと、ドミニク・アングル1845年の作品で"理知的美人"ってな雰囲気があふれ出ている『ドーソンヴィル伯爵夫人』になるな。眼前にモデル本人がいれば、即プロポーズするんだが。
現物を拝見しに、フリック・コレクション美術館(ニューヨーク)まで足を運ぶか。

ロセッティ『最愛の人』『ヴェヌス・ヴェルティコールディア』、ティチィアーノ『ウルビーノのヴィーナス』、アングル『シャルル七世の戴冠式のジャンヌ・ダルク』も好みだな……。

名画 絶世の美女
著者:平松洋、新人物往来社・2011年8月発行
2012年2月16日読了

著者蒐集による絵葉書を題材にした、実に旅心をくすぐるエッセイ集。

第一部ではロンドン、モナコ、ロマンチック街道、ハイデルベルク、旧ソ連圏のシルクロードを、絵葉書と夏目漱石、森鴎外、コナン・ドイルらの文学作品を関連づけて解説する。
・鴎外『うたかたの記』の舞台となったスタルンベルク湖とバイエリッシャーホテル。ホテルの新旧の絵葉書の比較から、100年前と変わらぬ姿で営業されていることがわかる。古い建築物を遺産として保持活用する思想は、古くなった欧州車にノスタルジーとさらなる愛着が生じる感覚に通じると思う。
同作品に登場するライン渓谷の伝説"ローレライ"の地も解説される。
主人公の画工、巨勢にモデル(ミュンヘン滞在日本人)がいたとは知らなかった。
・シャーロック・ホームズ長編『四つの署名』と漱石留学、倫敦塔見物にまつわる解説は楽しめた。

第二部では空港、オムニバス(バス)、ホテル、駅前旅館、海峡連絡船など、19世紀以降の世界各地と明治以降の日本で発行された絵葉書と照らし合わせながら、その発祥と発展の度合いをみる。
・明治から昭和初期にかけての東京の交通事情に関する解説本はよく見かけるが、地方(長野、浜松、山梨、旭川、阿蘇)の道路と交通についての解説は新鮮だった。明治・大正期の先人のエネルギーには感服させられるな。
・鉄道の発達が地方に観光客を運ぶのは良かったが、鉄道高速化は"日帰り客"を増やし、観光地の旅館業に深刻な影響を及ぼし始めた。なるほど、当時の絵葉書から"鉄道&宿泊割引"、"鉄道&食事割引"などの新商品が開発されたのも、この頃のことだとわかる。
・マンチェスター~リヴァプール間に世界初の都市間旅客鉄道が開通したのは1830年だが、早くも10年後にはロンドンでステーション・ホテルが開業した。
いまも営業しているセント・パンクラス駅ホテルやチャリング・クロス駅ホテルには、いつか宿泊したいと思っている。
・sea bathing 海水浴の発祥地は、ドーヴァー海峡に面するブライトン。病気療養が当初の目的だったが上流階層が大挙押し寄せ、一大リゾート地となった。
ついでに書いてしまうと、世界初の電車Volk's Electric Railwayも1887年にこの地に開通したそうな。2012年も健在なのが嬉しい。

明治42年にケルンから著者の祖父宛に届いた絵葉書にツェッペリン飛行船が描かれている。1909年だからLZ4かLZ5あたりだろうか。気になるな。

絵はがきの旅 歴史の旅
著者:中川浩一、原書房・1990年3月発行
2012年2月14日読了

第一次世界大戦前のロンドン。父の影響によりプロテスタントからカトリックへと改宗した9歳のファーナンダ・グレイは修道院附属校へ入学するも、初日から打ちのめされる。
学友は執事付の御屋敷に住み、自分用の子馬まで持つ上流階級のお嬢様ばかり。数少ない中産階級の"ナンダ"は、使用人ひとりの自宅を南イングランド・サセックスの邸宅に、農作業用の老馬を立派な子馬に格上げして話を合わせるが……。

著者の実体験がベースとされる本作。聖心修道会をモデルとし、二千年にも及ぶカトリックの伝統と規律ある生活が、随所に散りばめられた多彩なエピソードを通じて伝わってくる。長年イギリスで蔑視されてきたカトリックの厳格さと信者の奥深い一面を垣間見ることができたように思う。

修道院に準じた女学生の毎日は過酷だ。10分単位で決められたスケジュール、質素すぎる食事、最小限の生活エリアに最小限の持ち物。俗世間との接触はもちろん、友人二人との行動も制限される。手紙や持ち物はすべて検閲の対象であり、世濁にまみれた小説などの保持は許されない。
服従こそ美徳。

3年を過ごすうちに、やがて親密さを増す3人の友人。フランスとドイツに係累を持ち、数百年のカトリックの家系を誇る貴族の娘、レオニー。プロテスタント大貴族でありながら、カトリックへの改宗を求めるクレア。王族とも交友のあるスペイン貴族、ロザリオ。
個人的には美貌と富と才能を併せ持ちながら、粗野で雑な性格のレオニーが気に入った。

小説の才能を開花させつつあるナンダ。信仰心こそ至上であり、学問や芸術は永遠の救いのためにあるとする教義に疑問を抱きつつもも、つつがなく毎日を送る。

ナンダ14歳の誕生日は、偶然にもその年の復活祭にあたる。聖週間を控えた数日間は、親友に囲まれて過ごした至福の時間となったが……。
物語の結末はあまりにも厳しい。

ナンダに厳しい処置を下したマザー・ラドクリフが語るように、カトリックの厳格さは人格の独立を許さないものだ。中世では当然視されていた独善的かつ排他的な教え。それが恩寵であり"人への優しさ"だとする価値観に賛同したくはないが、異文化探究の意義深さが強く感じられる。

FROST IN MAY
五月の霜
著者:Antonia White、北條文緒(訳)、みすず書房、2007年10月発行
2012年2月11日読了

日露戦後に"一等国"として急速に隆起し、アジア・太平洋戦争に突入するまでの日本の推移を、内政および国際関係面から概観する。

第一次世界大戦の結果、世界三大軍事大国に名を連ねた日本だが、その経済的実力はいかほどであったのか。英仏二大帝国はおろか、イタリアやオーストリアと比べても絶望的なほど貧弱であり、やがて敵対する米国、英国に依存しなければ国力を維持できないレベルであったことが、冒頭に数字で示される。
1918年に山県元老が、1921年にワシントン会議全権代表の加藤海軍大将、1939年に有田外務大臣がそれぞれ述べたところでも、生産力の諸列強との圧倒的な格差と、資金・資材・貿易を通じての英米との連携に日本の行く末がかかっていることを政府中枢が認識していたことがわかる。
満州、中国、南洋への分不相応な膨張は米英依存を前提としたものであり、それだけにハル・ノートを突きつけられた政府・軍部による対米英開戦の"自暴自棄"さがわかるというもの。

著者はまた、日本の国家権力構造・政治体制の二面性、すなわち専制主義的側面と立憲主義的側面の特徴と構成要素を取り上げ、双方が時代によって優劣を変遷させたため、日本政治の進路が紆余曲折したことを論じる。
日英同盟から日露同盟への軸足の変更、対中外交のふらつき、ロシア革命の衝撃……。

「政府は作戦に関与できず、大本営は出先軍を統御できぬまま、戦線は拡大した」(p55)
責任の曖昧な所在。憲法上、統帥権と国政権が分離されたことが、軍事と政治の両面から日本国民に悲劇をもたらしたことがうかがえる。

元老、枢密院、貴族院、軍部が力を持つ中で、今日では当たり前となっている民主政治を維持することの貴重さと困難さが伝わってくる。
政党は国民より政党自身を優先する。このことが2012年現在だけでなく戦前の事例からも明確になる。

全政治政党は解散させられ、大政翼賛会が成立する。ここに至り、日本国民は基本的人権と市民的・政治的自由を剥奪され、総力戦へと動員されることになる。帝國瓦解への第一歩は、政治への関与の浅さから始まったと言える。

1910-30年代の日本 アジア支配への途
【岩波講座 日本通史 第18巻 近代3】所収
著者:江口圭一、岩波書店、1994年7月発行
2012年2月6日読了

世界中の主要都市で近代的な生活文化が花ひらいた1920年代、東京だけでなく地方都市にも近代化の波が押し寄せた。明治時代とは明らかに異なる消費革命は、人々の日常生活と意識をどう変えたのか。本書は、著者の膨大な"紙モノ"コレクションを基に、電化と都市化が急速に進んだ大正・昭和初期の日本の光景を振り返る。

電気照明と家電製品の浸透、関東大震災を契機としたラジオ放送の急速な普及、カフェー文化、モダン・ガール、美装員、"キス・ガール"、盛んに開催された博覧会、定期観光バス(はとバス)、郊外旅行、宝塚、新温泉リゾート、ヤマトホテル、自転車(昭和初期に爆発的に普及)、流線型デザイン、等々。モダニズム文化が浸透しはじめた時代の気分を味わえた。
なるほど、絵葉書、パンフレット、企業チラシなどは貴重な資料だ。

帝都・東京と大阪の記述が中心だが、個人的に神戸のオリエンタル・ホテルと六甲山の記述が嬉しかった。

モダニズムのニッポン
著者:橋爪紳也、角川書店・2006年6月発行
2012年2月5日読了

関東大震災後の東京再建に目処が付きつつあった1930年、自立した"職業婦人"のための専用住居が建築された。本書は、モダン昭和に光輝を放つ、ユニークなコンセプトに基づいて誕生した大塚女子アパートメントと、そこに集った独身女性たちのドラマチックな人生を描く。

電気とガスが配され、戸締まりのできるドア付きの洋室、エレベータ、給仕付き食堂、シャワー付き大浴場、水洗トイレ、専任者付の洗濯室、来客用応接室、ピアノと蓄音機とラジオが備えられた音楽室、サンルームなど、キャリアウーマンが不自由なく日常を過ごせるよう、当時としては最先端の施設が用意された、豪華で堅強な6階建てのコンクリート建築。
高額の家賃だったそうだが、独身女性たちは、モダーンなライフスタイルを気ままに謳歌したんだろうな。

食パンを斜めに切った三角形のサンドイッチを日本で初めて考え出したのも、このアパートの店舗エリアにあった商店らしい。(p44)

断髪と洋装と洋風の化粧をし、丸の内のオフィスに勤め、銀座を闊歩する若く独立した学歴ある女性たち。「経済力があれば、自分の人生の決定権をもつことができる」(p85) 時代の先端で輝いている、都市文明の創造者でもあるモダンガール。彼女たちの遍歴書としても興味深く読めた。

第三章では谷崎潤一郎の女性遍歴にも触れられる。この偉大な作家って……足フェチだったんだな……。蛇足でした。

大塚女子アパートメント物語 オールドミスの館へようこそ
著者:川口明子、教育史料出版会・2010年10月発行
2012年2月3日読了

大正、昭和初期の小説、コラムから国内外の旅を主題とした作品が収録される。列車や船に留まらず、飛行船・飛行機や"思索"を対象とした作品もあり、帝國最盛期の雰囲気を味わえた。

「まるで見知らない自然の風景に接することは、それこそ旅の無上のよろこびである」(p12 三宅やす子『北海道の旅』)

■鈴木彦次郎『七月の健康美』
下北半島の山林に赴任する学生。木こり人足の純朴な生活、木材を乗せて走るトロッコ、廃墟となった炭坑などを軽やかなリズムの文体で綴る。
数十人の男が寝起きする丸太小屋に流れるレコード音楽は、意外にもドヴォルザークだ。
イギリス人宣教師の娘、若さはじけるメリイが水着で夕日の砂浜を駆ける様子の描写が素晴らしい。

■木村荘八『愉快な小旅行 -だがあの馬車馬は気の毒だ-』
導入部の「我々はねすごした」に、何か共感を抱いた。朝7時に乗船するはずが、起きたら7時30分。目覚まし係なのに寝坊して、布団の中でシクシク泣く弟(荘十三)に、「汽車で行って汽車のないところは歩けばいい」と言い切る主人公。
道中、偶然見かけた馬車に乗り込むが……やせ馬がヒイヒイ引く様には、頼りなさを越えて同情の念すら抱かせる。

果たして旅先の友人の住居は寺の中にあり、建築中の部屋には天井すらない。暗い部屋なのに圧迫される感覚。翌朝確認すると、部屋は不気味な骨壺や仏像で満たされており、友人の剛胆さにあきれる次第。

■江戸川乱歩『虫』
T型フォードを購入した富裕層青年による婦女誘拐殺人物語。
有名女優への憧憬が所有欲を呼び、有閑であるがゆえに実行に移させる。永遠の所有への渇望が、屍体愛(ネクロフィリア)に変節するおぞましさ。
「(主人公は)この世の除けもので、全く独りぼっちな異人種……、この世の罪悪もおれにとっては罪悪ではない」(p335)
これも世紀末デカダンスの系譜か。

■鈴木政輝『大都會スピイド狂想曲』
機械化された都会の階下へなだれ込む市民の群れ。回転式乗車口に硬貨を投入し、肘木が上がる。彼らを飲み込む全鋼鉄製の地下電車の存在こそ、先進国の何よりの証だ。
そして、高架鉄道省線(現在のJR東日本)の先進設備。時速70キロメートルで疾走し、2分ごとにホームに入ってくる列車の停車時間はわずか30秒、全車両の自動開閉扉が一斉に開閉し、吐き出される乗客と乗り込む群衆の渦、渦。
これぞ東京の公共交通事情、まさに1930年の、スピード時代。

・寺田寅彦は『電車の混雑に就て』にて、最初の満員電車にどうしても乗り込む人と、次の余裕ある電車を待つ人に分類し、人生の行路についての考察を著している。ああ、心当たりあるなぁ。

■広津和郎『自働車で』
関東大震災後、ハイヤーに代わり「メートル(料金メータ)附のあの低級車」、すなわちタクシーが増えたらしい。
後部座席に座る"男女"ともう一人男。KYな男は迷惑がられているのに気付かない……。苦笑せざるをえない。

・Austin オースチン社の広告や試乗記も掲載されている。「英國製小型高級自動車、サルーン型」で2,980圓(1934年)か。いまこのデザインの車で街を流したら、注目の的だろうな。

■八木秋子『ツエ伯号 女人藝術・聯盟』
君はツェッペリンを見たか?
1929年、ドイツ・ツェッペリン伯号LZ127が世界一周の大イベントを敢行した。全長237メートルの巨体を5基のエンジンに委ねて、欧州からウラル山脈、シベリアを経由し、北米へ。8月には北海道を縦断し、東京上空を旋回、霞ヶ浦の飛行場へ着陸している。
本コラムは、東京日々新聞社の便宜により長谷川時雨、尾上菊子らと東京から自動車で取材に出かけた様子を書き伝える。
「悠々と空を圧し近づいてきた銀灰色の偉容を、明朗として音楽的な爆音を……あまりにもそれは大きかった」
「世界は、時間と空間と国境に対する観念をすべて置きかえなくてはならない必要を感じるにちがいない。輝かしい科学の将来は…世界民族の日常の現実となるであろう」(p409)

飛行船、一度でいいから乗ってみたいなぁ。

他に、宇野千代『新京行特急』、兼常清佐『ツェッペリンを見る』、木村庄三郎『車』、谷崎潤一郎『蘇州紀行』等を収録。

モダン都市文学Ⅴ 観光と乗物
編者:川本三郎、平凡社・1990年5月発行
2011年12月11日読了

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