男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2012年03月

地球の水は誰のものか。
印象的なプロローグ。本編でもあらためて登場するプロモーションビデオの内容は、エンターテインメントで済ますには重すぎる本書のテーマを暗示している。

巨大商社に勤める入社4年目の藪内は、海外入札の失敗の責任を負わされる形で、怪しげな関連商社への出向を命じられる。実に個性的な社長と社員にとまどいながらも、精密機械製造会社のための工場用地確保に奔走する藪内。有望な地下水を有する酒造メーカーの買収劇は社長の辣腕によって鮮やかな成功を見せつつあったが、思わぬところから妨害工作が入る。
物語は水道事業民営化の問題点を示唆しつつ、巨大な利権を巡っての日本の巨大商社、スエズ運河建設当時からの実績を重ねる多国籍水道企業、地方役人の思惑を衝突させながら、9年前のある事件へと収斂してゆく。

「仕事に追われ、自分を追い込み、命をすり減らして散っていった父親」(p297)への思いは僕にもわかる。一生涯、忘れることはない。

それにしても、ゴールド・コンサルタント社長の伊比の攻勢の凄まじさは圧倒的だし、ある意味、憧れでもある。そんな彼が額をテーブルに押しつけて頼み事をするシーン(p284)は印象的だが、最終段階で明かされるその背景も感慨深い。

「正義は我らにある。それを忘れるなよ」(p81)
僕も理想を高く持って生きてゆきたい。

BLUE GOLD ブルー・ゴールド
著者:真保裕一、朝日新聞出版・2010年9月発行
2012年3月9日読了

産業革命を経て都市への人口集中が加速し、革命と戦争を引き起こしつつ新しい文化を築いた19世紀ヨーロッパ。本書は1850年代以降に普及した新しいメディア=写真をふんだんに使い、ベル・エポック期ヨーロッパの社会と都市文化を俯瞰する。

一般大衆が権力に目覚める黎明期であり、女性の社会への進出を目前にした、実に面白い時代だと思う。

・都市の顔、すなわち大通りに面するファサードができれば必然的に裏通りもできる。地上と地下、あるいは光と影の"都市の二重性"がさらに地方住民を呼び寄せ、都市を遊歩するボヘミアンが登場し、都市は複雑さを増してゆく。ダイナミックに動く「流れてゆく都市風景が出現する」(p23)

・各国王室といえども流転する運命には逆らえない。ハプスブルグ家の末期は読んでいても辛い。暗殺者の情報を事前に入手していたにも関わらずフェルデナンド大公がサラエヴォへ向かった理由を知れば、彼が人生最後の時点で幸福感に包まれていたことが想像できよう。(p76)

・服飾モードはパリが他を圧倒している。王侯貴族は流行デザイナーを御用達にしているが、都市居住の一般大衆もディスプレイや雑誌記事などにより、流行を楽しめたようだ。

・極上のエンターテインメント、オペラの黄金時代に好んでテーマとされた「運命の女」たち。ロマンチシズムと偽善性の並立する時代に出現した束の間のあだ花、高級娼婦の生活も興味深い。(p183)

・現在文明に連なる「世界を変えた発明」(中本繁実)は興味深いが記述が物足りない。もう少し内容を充実させてほしかった。

できれば同じシリーズ構成で、戦間期ヨーロッパを対象に一冊発行されることを願う。

レンズが撮らえた19世紀ヨーロッパ 貴重写真に見る激動と創造の時代
著者:海野弘 他、山川出版社・2010年12月発行
2012年3月5日読了

インド住民の血と汗を搾りに搾り、アヘンと茶による三角貿易で巨万の富を築き上げた大英帝国。その代理人として200年に渡って巨大な権力と利益を独占したのが世界初の多国籍大企業、イギリス東インド会社だ。彼らは南京条約締結以降の中国が"自らアヘンを栽培する可能性"を極度に警戒する一方で、中国が独占していた緑茶および紅茶の"種と製法"を盗み出し、インドで栽培することを画策する。

伝統と歴史を重んじるばかりに停滞する中国の姿と、科学技術と個人主義の相乗効果により発展を続け、世界へと拡大する大英帝国の活力とを読み取れた。

東アジア独占貿易権、インド独占貿易権を次々に剥奪され、窮地に立たされたイギリス東インド会社が起死回生策として打ち出した"国際的窃盗"を引き受けたのがプラントハンターの第一人者、ロバート・フォーチュンだ。決して裕福でない中間層に生まれ、自らの力で植物学者の地位と名声と富を築き上げた彼が上海、緑茶工場のある安徽省、紅茶産地の武夷山脈で遭遇する得難い経験は、冒険譚としても一級品だ。
・弁髪を垂れ下げ、ゆったりとした中国服に身を包んだフォーチュンは、"長城の向こうからやって来た高級官吏"になりすまし、上海から安徽省の奥地へと進む。ガイドは"手数料"をかすめ取ろうと画策するわ、かごかきは文句が多いわで、中国人の習性の悩まされながらも、まずは緑茶の産地と製造工場を"視察"する。
・安徽省の農民の住居の描写が興味深い。四つの家族が暮らす粗末な家屋で、四つの竈が室内を煙で充満させることにフォーチュンは辟易する。一方で、農民の知識レベルの高さを見いだし、若者の学問へ真摯に取り組む様子を賞賛する。
・長江の下流の製茶工場で、これまで秘密のベールに包まれてきた緑茶の製造工程を見学する。ちゃっかり製法や原料の一部を失敬するフォーチュンだが、中国人がヨーロッパ向け輸出品に"異物"を混入させている事実こそ、彼の最大の発見の一つだろう。"白い悪魔"が口にする緑茶に、心臓発作や無気力症状を引き起こす化学物質を混入させてやれ、か。数年前のギョーサ事件を思い出させるエピソードだが、100年前の昔も今も中国人の本質は同じってことか。
・その確保された異物=毒性混合物は、なんと1951年のロンドン万国博覧会に出展されるのだ。その結果、緑茶を好むヨーロッパ人は激減し、大英帝国インド産の紅茶が市場を制することになる。まさに因果応報。

無事に上海から香港経由でヒマラヤ山脈の農園へ発送したものの、カルカッタから陸路をゆく途中で、苗木と種は壊滅的な被害を受けてしまう。
・原因は人為的なミス=集団的無責任によるものだが、二人のイギリス人植物学者が責任をなすりつけ合う様子は、今も昔も変わらぬ官僚的体質を感じさせる。
・インドから上海のフォーチュンの手元へレポートが届いたのは、なんと9ヶ月後だ。このあたりの時間感覚の差異が現代と大きく異なる。

最初に送った緑茶の種と苗木はすべて無駄になったが、フォーチュンは不必要に自分を責めたりはしない。科学者として問題の解決に真剣に取り組む。この態度は見習いたい。
「科学が人間の怠惰と失態に勝利した」(p204)とあるように、見事に紅茶の種と苗木をインド・ヒマラヤ山麓に根付かせることに成功する。
・チャノキと茶の製法を盗み出されたことを中国政府が気付いたときには、インド産の紅茶が全世界に輸出されることとなる。以降、紅茶取引の世界では中国はインドに太刀打ちできなくなる。
・中国政府も負けてはいない。インドからの輸入に頼っていたアヘンを国産化するため、ケシの苗木をインドから密輸入して自国で栽培していたことが、これまたフォーチュンの現地調査によって明らかにされる。このケシ栽培の成否について本書では明らかにされていない。

時代を席巻した技術は容易に陳腐化し、新技術を駆使する者が時の覇権を手にするのは世の常だ。本書の舞台となる19世紀中葉でも事情は同じだ。
・紅茶輸送は独占にアグラをかいた東インド会社の帆船からクリッパー(快速帆船)に、さらにスエズ運河の開通が蒸気船にその主役を譲ることとなった。
・従来のマスケット銃に代わるライフル銃は、その装填火薬の梱包紙に浸透させた牛と豚の油脂がインド大反乱を引き起こし、東インド会社の統治を終焉に追いやることになる。
・そして最大の技術革新、すなわち電信と海底ケーブルは上海、カルカッタ、ロンドン間の距離を著しく縮め、アジアの貿易構造を一変させることになる。世界最大のインド植民地と海運ネットワークを擁するイギリスの帝国主義的地位は飛躍的に高まり、19世紀をパックス・ブリタニカへと導くことになる。

著者は「現在の国際ビジネス同様、東インド会社は勝つためならどんなことでもした」(p27)と述べているが、現在もきっと世界のどこかで同じような行為が行われているんだろうな。

For All the Tea in China:
How England Stole the World's Favorite Drink and Changed History
紅茶スパイ 英国人プラントハンター中国をゆく
著者:Sarah Rose、築地誠子(訳)、原書房・2011年12月発行
2012年2月28日読了

1956年発行版を忠実に再現。戦後の混乱期を抜けつつも写真雑誌が稀少な時代、まだ遠い存在だった"巴里"の日常がモノクロ写真にて蘇る。
写真に添えられた文章がとても秀逸であり、写真集の粋を超越している。

・オルセー美術館の開館にも遠い時代、逆ピラミッドのないルーブル美術館は新鮮に見える。
・メトロに一等車、二等車の区分が残っていたとは驚きだ(p43 さすがに現在はない)。
・夏には夏の、冬にはその表情を最大限に魅せるパリ。世界中から観光客が集まるのも納得だ。

それにしても、パリの街にはコートがよく似合うな。

復刻版岩波写真文庫 田中長徳セレクション パリの素顔
岩波書店・2008年3月発行
2012年2月25日読了

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