男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2012年04月

ソ連軍を追い出した後、軍閥間の内戦に明け暮れたアフガニスタン。国際社会の無関心さに加え、暴行と略奪行為に手を染める民兵に絶望感を抱いていた市民は、颯爽と登場したタリバンに喝采を送った。1990年代なかばのことだ。

本書は、2001年9月11日の同時多発テロの半年前にタリバンの手によって実行された"バーミアン大仏遺跡の爆破"を題材に、期待に満ちたタリバンの登場と、彼らがビンラディンとアルカイダに乗っ取られてゆく様相を明らかにする。

・タリバンの指導者オマル師が、当初の現実的で国際交渉のできる人物から、"イスラムの来世"を基準に一国の政策を進めるまで変貌する様子が興味深い。権力を手中にした者が"腐る"というよりは、教養無き者が組織の最高指導者に就くことの悲劇の一例といえよう。

・タリバンの"開明派"が次第に中枢から遠ざけられ、イスラム原理主義者の中の"強硬派"が権力を掌握するが、次第に政治・軍事・文化のあらゆる面でアルカイダが支配を強めてゆく。最終的にはオマル師でさえ、なかば拘束されるまでに至る。

・卓越した日本人の活躍する様子が記されるが、あくまでも国連職員としての立場としてである。日本政府の影響力は、この時点では残念ながら、ない。

・中東諸国の名だたるイスラーム指導者たちがアフガニスタンに足を運び、最後の説得を行う中で、タリバンは民主主義を明確に否定する(p275)。国王、首長といった君主とその一族が権力を独占する中東諸国の彼らは「イスラムと民主主義の共存」について沈黙せざるをえなかったわけだが、2011年に民主化要求ドミノ倒しの局面を迎えたことは大いなる皮肉であり、民主主義が現時点で最高の政治形態であることを示すのだろう。

・大仏破壊は、先人の築き上げた貴重な人類遺産を永遠に葬り去った罪深い行為と言える。それを上回る中国共産党による愚行、すなわち文化大革命も、いずれ歴史の審判に委ねられるのだろうが、さて、いつになることやら。

国際社会と相容れることのない"原理主義者"(ムスリム過激派、極右キリスト教徒、中国共産党)といかに向き合うべきか、その示唆に富む一冊だと思う。

大仏破壊 バーミヤン遺跡はなぜ破壊されたのか
著者:高木徹、文藝春秋・2004年12月発行
2012年4月28日読了

ハンガリーの画家、カポイの「収穫の日」がお気に入りだ。初秋、村人総出で農作物を大量に収穫する、幸せあふれる楽しげな作品だ。人物ひとりひとりの表情が良い。……30万円か。う~む。

本展の看板作家はチェコのレタック氏。その代表作「ヴルタヴァ・夜明け」のお値段は、実に294万円。こんなのをポンと買える身分になりたいものだ。

第33回東ヨーロッパ絵画展-伝統と浪漫の香り-
2012年5月1日まで開催

大丸神戸店7階 美術画廊
http://www.daimaru.co.jp/kobe/

明治の文明開化の中、先人たちの伝統と挑戦の融合した近代日本美術も気になるところ。
平成の大修理さなかの姫路城を横目に入館した。(2012年4月24日)
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美人画は1907年に始まった文部省美術展覧会(文会)において登場し、1915年には日本画のジャンルとして確立したという。
大正期には、女性の生活と内面の描出が試みられるようになり、内的生命を宿す美人画の傑作が続出したそうな。

お気に入り作品を何点か挙げよう。
■菊池契月「散策」(1934年)
本展のポスターに選定された作品。二匹の黒犬を散歩に連れ出す断髪の少女。萌葱色の背景に梅の花。橙色の着物の鮮やかさが引き立つデザインが気に入った。

■まつ(窓の心の部分が木)本一洋「送り火」(1916年)
盆の夜、故郷で送り火を焚く三人の娘。末娘は、あまり意味のわかっていない表情を見せながらも、姉二人を真似て先祖の霊を還す儀式に取り組む。
背景を巨大な月が照らす中、上がる煙の向こう側が彼岸に繋がるような、ロマンティシズム溢れる作品だ。

■秦テルヲ「母子」(大正末期)
幼子を抱く母親。わが子を力強く護る意志の宿った目と細い眉、締めた口元が印象的だ。
作者は初期に労働者と女性をモチーフとした作品を描き、後に宗教画を手がけたそうだが、なるほど、本作も"耶蘇教の聖母と幼子"を連想させるな。

■勝田哲「朝」(1933年)
本展で一番のお気に入り。
上品なベージュの花柄のツーピースに身を包む、これは若奥様だな。起床して着替えたものの、またベッドに横たわり、お気に入りのレコードを聞く。レコードのコレクションは女性の自慢なのだろう。
品良い家具調度を揃えた洋室の窓は開き、レースのカーテンが朝の風にはためく。この心地好さそうな季節は4月か、5月か。
豊かな戦前都市郊外生活の最後の華。昭和モダンの香りは、やはり良いものだ。

麗しき女性の美
2012年5月27日まで開催

姫路市立美術館
http://www.city.himeji.lg.jp/art/

予備知識なしに読み始めた。
群馬県の農村部、"烏天狗"の出没、平家落人伝説、美しき盲目の寡婦。そして、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ。
迷宮入りした忌まわしい事件が、26年の時を経て解明されはじめた。

・人々の慟哭の先には、常にアメリカという巨大な闇が影を落としている(p296)
・人権、人間の尊厳、社会の倫理が崩れ始める音(p347)。
・「そうだ。確かにたいしたことじゃない。人間一人の命の重さなど、国家権力の前には一枚の紙切れにも相当しないのだ。
たいしたことじゃない」(p356)

アメリカの闇、か。ベトナム戦争がらみだから、突然変異か人体実験により生み出されたモンスターなんだろう……。
そんな稚拙な予想など、はるかに超えた感動が、最後に待っていた!

この壮大なスケール感! 久しぶりに読書の喜びを味わえたぞ。

TENGU(てんぐ)
著者:柴田哲孝、祥伝社・2008年3月発行
2012年4月23日読了

南アジア地域では多様な社会風俗、文化、宗教が存在するが、ムガール帝国時代、英国統治時代を含めて政治、経済、社会、文化等あらゆる面でイスラームの与えた影響は大きく、タージ・マハルなど主要観光資源にもその面影が見て取れる。

本書は、中東に起源を持ちながら、土着文化=ヒンドゥーと混淆し、独自の歴史的、社会的要素を内包するに至った南アジア・イスラームについて解説する。

・南アジアに住むムスリムは実に4億人を数え、その影響力にもかかわらず、彼らは二つの意味で少数派となることを強いられてきた。イスラーム世界では非アラブ圏であるがゆえに周縁的存在となり、世界最大人口を擁する民主国家インドでは、9億人を超えるヒンドゥーに比して少数派の地位に置かれる。

・イスラームにおける神の存在に関し、唯一の存在でありながら全てのものの内部に存在する"存在一元論"と、太陽のようにすべてを照らす至高の存在であるとする"目撃一性論"とがあるのか。なるほど。

・イギリス東インド会社の影響は、今日まで影を落としている。ヨーロッパ的近代化とイスラームの伝統との間に揺れながら、ムジャーヒディーン運動、ワッハーブ運動、アリーガル運動などが展開される。南アジア人としての自覚とイスラームとしての意識は葛藤を続け、その間隙にイギリスは狡猾に介入し、これがムスリムとヒンドゥーの分裂を招く遠因となる。

・ヒラーファト運動に関して興味深い記述がある(p59)。同運動はムスリムとヒンドゥーの協調による反英運動として歴史的意義を持つが、イスラーム史では、ヨーロッパ植民地主義政策への反発が汎イスラーム主義の流れを生んだことになるという。西欧諸国とイスラーム主義諸国との軋轢の根は深いな。

・2007年にラワルピンディーで選挙運動中に暗殺された元首相Benazir Bhutto ベーナズィール・ブットー女史のために、すでに霊廟が建立され、聖人と同様の扱いを受けているとは知らなかった。

・タリバンなど武装組織の内部における穏健派と強硬派の軋轢がアフガニスタン、パキスタン、インドの不安定化を生む。過去のバーミアン遺跡の大仏破壊、赤いモスク事件、ムンバイテロ、等々。
2012年4月に発生した在カブール各国大使館襲撃事件も、アメリカとの和平を模索する穏健派を強硬派が牽制したこととなり、この流れに連なるものだろうか。

・政治・経済利権と結びついた結果としてムスリムとヒンドゥー間の宗教対立が生じたのであるが、一方で日常においては、宗教、宗派を問わない混じり合った文化が見られるとされる(p111)。
キリスト教世界が宗教改革を経て現在に至るように、伝統的イスラームも現代的解釈と他宗教・文化との混淆により、長期的には変わりゆくに違いない。

アフガニスタン情勢が新局面を迎えつつある現在、タリバン他の残存武装勢力の拠点とされ、米国との紐帯が弛緩しつつあるパキスタンに、次の焦点が移りつつあるように思う。
Kashmir カシミール問題も、再びクローズアップされようとしている。
近年とみに存在を増しつつあるインドと1947年の分離・建国時から対立を続け、複雑な部族地域と強力な軍部の存在に常に左右され、南アジアの"不安定化"に寄与してきたパキスタン・イスラーム共和国に、さらなる関心を持ちたいと思う。

イスラームを知る8
4億の少数派 南アジアのイスラーム
著者:山根聡、山川出版社・2011年7月発行
2012年4月19日読了

原元鼓氏は兵庫県神戸市出身、武蔵野武術大学を卒業した画家だそうで、展示作は若い女性をモデルに神戸を背景とした油彩画が多い。嬉しい限りだ。(2012年4月18日)
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お気に入りを3点挙げよう。
■「音・風・第5突堤」(2009年)
一番のお気に入り。
三宮の浜辺通の南側のどこか、都市高速道路の高架下に金色の野原が拡がる。トランペットを掲げた少女の姿の消え入りそうな、幻想的な構図が良い。

■「神戸大橋・夕景」(2007年)
左右から壁となって迫る赤く錆びた橋梁の鉄骨群と、黒ずくめの若い女性の目ヂカラが印象的。

■「声」(2007年)
夜、都会の中の野原にひとり立つ若い女性。白いシャツが引き立つ。上空に未確認飛行物体、でも違和感はない。

ポストカード等の販売品があれば、なお良かったのだが。

原元 鼓 絵画展 ギャラリーあじさい
2012年4月22日まで開催
http://www1.odn.ne.jp/ajisai/

1920年代のパリに活躍した画家たちの作品展だ。これは行かねば。
曇り空の下、六甲アイランドは小磯記念美術館に出向いてきた。(2012年4月17日)
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■マリー・ローランサン「シュザンヌ・モロー(青い服)」(1940年)
1925年からローランサンの家政婦を勤めた女性がモデル。その表情には、あくまでも日常が宿る。マリーは亡くなる2年前に彼女を養女としたそうだ。信義が信頼を生み、家族愛にまで昇華した好例と思いたい。

■モーリス・ド・ヴラマンク「雪景色」(1937年)
Paysage en Neige
冬の凍える空気感が画面からあふれ出る迫力ある作品。暗い雪中の枯れ木の群れが厳しさを顕している。

■児島虎次郎「和服を着たベルギーの少女」(1909年)
青く大きい目を前方に据えた、長いブラウン色の髪を束ねた落ち着きある若い女性。
壁面には赤い幾何学的な花が描かれ、これも赤色のタイルと相まって、白い和服を引き立てる見事な調和。その和服の白いタッチも力強く、モデルの美しさとともに印象に残る作品だ。
本展中、一番のお気に入りとなった。

その他、Diaghilew ディアギレフ率いるバレエ・リュス(露西亜舞踊団)の、マリー・ローランサンが衣裳デザインを手がけた1924年の舞台「Les Biches 牝鹿」の資料や、1928年夏にParisで初演され、古家新が週間朝日に観劇レポートを寄稿したALICIA MARKOVA アリシア・マルコワ主演作「Le Chatte 牝猫」のプログラムなど、興味深いものが展示されていた。

Marie Laurencin and her Era
Artists attracted to Paris
マリー・ローランサンとその時代展 巴里に魅せられた画家たち
2012年7月8日まで開催

神戸市立小磯記念美術館
http://www.city.kobe.lg.jp/koisomuseum/

わずか数年でガラリと社会構造の変わってしまうことの、その凄まじさよ。自分と家族を支えるのは身分や既得権益ではなく、本人の"気概"であることを本書は教えてくれる。それは2012年の日本でも同じことだ。

『幻燈』
旗本の長男として生を受け、明治維新後めまぐるしい変化をみせる社会に士族として対峙し、やがて新聞記者見習として新時代の生活に臨む助太郎と、横浜の大工の家で町娘として育ち、助太郎に好意を寄せつつ、成金商家に奉公をはじめる種子(タネコ)の物語。

数年ぶりに東京を訪問した助太郎。横浜から新橋への初めての鉄道旅。江戸城前では、栄華を誇った武家屋敷群が廃墟と化した様を目の当たりにして呆然と立ち尽くすが、それでも銀座へ出向く。異人さんの経営する新聞社へ電撃訪問し、この身を雇ってもらう。
あきらめではなく、新時代への挑戦する若い決意は、実に清々しい。

田舎者(薩摩、長州)が支配する新政府の拙さへの批判、兎飼育ブーム、英語学校と漢文学校の書生のケンカと酒、旧弊にこだわり没落する士族と、流れに逆らわず前向きに生きる士族。当時の世相を映し出し、面白く読めた。
木村荘八さんの挿画が多数掲載されているのも良い。

『幻燈(初出短編)』
仄かな瓦斯燈が灯り、夜店のカンテラが狐火のように点々と滲む"ハマ"の馬車道。その飲み屋を出た路上で、与吉はかつての若主人、藤代繁実に出会う。
藤代は扶持を失った旗本の若君。渡欧している間に幕府が瓦解し、親類も友人も"16代様"に附いて駿府へ渡ってしまったことから、藤代は孤独な身を横浜へ移し、清国人に偽装して外国貿易に従事しはじめた。その留学経験を活かし、流暢な英語で米国人との商取引を進める一方、ホテルの自室で硯を摺り、毛筆の見事な漢文をしたためるところには、旧旗本家の教養の深さが窺える。
旧友の悪事を見過ごすことなく、わざわざ山中に舞台装置=屋敷まで建築し、ある女性の無念を晴らす様子は痛快だ。
ラストシーン。散歩にでも出かけるように「亜米利加へ行って住むのだ」と言ってのける姿に、開国後の新しい潮流に乗ってスマートに生きるコスモポリタンらしさを感じた。

大佛次郎セレクション
幻燈
著者:大佛次郎、未知谷・2009年6月発行
2012年4月14日読了

原作者、宮本輝さんの幼少期をモチーフにしたデビュー作の映像作品だ。風情あるモノクロ写真に魅惑され、上映会に出向いてきた。(2012年4月13日)

1956年の大阪、下流近くの河岸で食堂を営む一家に育った9歳の信雄は、ある日、喜一という同い年の少年と出会う。優しい姉の銀子とも親しくなり、おかしな船に住む彼らと交流を始める。"くるわぶね"って、なんだ?
貧しくも懸命な日常と、隣り合わせの死。冒頭の馬車人夫の轢死は象徴的だ。
過酷な満州戦線とシベリアでの強制労働に耐え抜き、第二次世界大戦から生還した男たち。なのに、日常生活であっけなく命を落とす姿には痛ましいものがある。
自宅に招いた喜一が軍歌を歌うさなか、信雄の父親が遠くを見つめるシーンが印象に残った。

"もはや戦後ではない"と、世間は経済成長の波に乗り飛躍するが、取り残された者には、特に、女手ひとつで子育てをしなければならない寡婦にとっては、時代は過酷すぎる。
銀子、喜一姉弟を支える美人の母親もそうであり、その貧しさには目を背けたくなる。
「米びつに手を入れているときが一番幸せ」これは銀子のセリフ。泣けてくる。

信雄の母親と入浴する銀子は、はじめて笑う。喜一も聞いたことのない笑い声だ。小さな幸せを噛み締めるシーンには、いや、瞬きを忘れてスクリーンに見入ったなぁ。

天神祭の帰り道、信雄は喜一に誘われ、彼の家="夜の船"に乗り込む。おばさんの"声"が聞こえる。信雄は、部屋の窓から漏れる灯りに誘導され。興味本位で覗いてしまった……。
行為。"郭舟"の意味を一瞬で理解した信雄。姉弟との友情は、遠ざかってしまう。
去りゆく信雄を振り返る銀子の姿が、あまりにも哀しかった。

・1981年日本作品、モノクロ105分
・監督:小栗康平
・出演:田村高廣、藤田弓子、加賀まりこ、蟹江敬三、芦屋雁之助、他

神戸新聞松方ホール
http://www.kobe-np.co.jp/matsukata/

"これからする話を聞いてほしいんだ。"
ホテル"黄金の都プラハ"の給仕見習いとして社会人生活を開始した14歳の少年、ジーチェの立身出世物語。
前半では"熱々のソーセージ"、"ジッパー"、重なって倒れる2台の自転車、セールスマン"ゴムの王様"の持ち込んだ○○人形、<検査室>でくんずほぐれつする老齢の仲買人、等々の下ネタ、面白エピソードが満載だ。

貴族や僧侶、現役大統領の密会に使用される閑散とした"ホテル・チホタ"では、労働の価値を大衆に説く有閑階級の欺瞞と、その金銭感覚を目の当たりにする。少年はカソリック教会のある歴史的取引に立ち会う名誉を得るも、ホテルオーナーの金銭欲の犠牲となり、ここも去ることになるのだが。

プラハの"ホテル・パリ"では理想的な上司=給仕長に出会い、職務に必要な"勘"を日々鋭利にさせる。
300名が列席したエチオピア皇帝歓迎式典では、ホテル前でラクダを殺して丸焼きにし、その腹の中に動物園で調達した二頭の羚羊(レイヨウ)と20羽の七面鳥を詰めた豪快な料理が供せられる。ホテル所有の黄金のナイフとフォークが並べられる中、偶然の所産により、少年が皇帝の給仕に指名される。
報償と勲章は名誉とともに嫉妬をも生む。それも好転し、名誉を回復するまでは良かったのだが……。

中盤より政治的背景が色濃く顕れる。オーストリア・ハンガリー帝国の支配から脱したチェコスロバキアだが、1930年代後半にはドイツによる浸透を受け、民族意識の高揚はドイツ系住民に攻撃の矛先を向ける。女性にも容赦ない嘲笑と暴力が加えられる中、ドイツ娘と親しくなった少年は、敵に通じた売国奴と呼ばれ、ホテル・パリを解雇される。

新しい職場は、ドイツ国境に新設されたナチス肝いりの宿泊施設だ。"新しいヨーロッパを担う高貴なアーリア人を誕生させる"施設での、すべてが科学的に進められる様は異様だが、これも血脈が異常に重視された世相の為せる技か。
プラハで反抗的チェコ人の処刑が行われている間に、主人公とドイツ娘の結婚式が執り行われる。鈎十字の赤い旗が翻り、軍人と親衛隊の見守る中で、"ドイツのための新しい絆"が総統の胸像の前で誓われた。愛によらず、義務と純血と名誉に満たされた新婦の瞳は、ベッドの新郎を失望させるに十分だ。

第二次世界大戦の終焉は、チェコからドイツ人を一掃した。殺戮されたユダヤ人の遺産を悪用し、念願のホテル所有者として富裕層に成り上がる主人公。だが1948年の共産化の波は、強制収容所へと彼を運ぶことになる。

後半は無産階級=労働者となった主人公が、道路工事夫として満ち足りた人生を送る様子を描く。
中盤までのドラマティックな展開から一転し、静かな山村での魂の充足が語られる。
追想することと考えること、わたしの人生の証言。(p223)

出来事を一気に述べ立てる文体と、さりげなく散りばめられたエトス。日々の出来事に生と死を見つめる目は、オーストリア、ドイツ、ソビエトといった大国に翻弄されてきた国民に特有の冷徹な精神によるものだろう。懸命な、それでもユーモアを失わずにいる彼らの平常心は、安穏な日々に浸るわれらの精神を叩き起こすのに十分であるといえよう。

OBSLUHOVAL JSEM ANGLICKEHO KRALE
わたしは英国王に給仕した
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅲ-01所収
著者:Bohumil Hrabal、阿部賢一(訳)、河出書房新社・2010年10月発行
2012年4月5日読了

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