男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2012年08月

「老歌手」 Crooner
ヴェニスのサン・マルコ広場に面する有名カフェで生計を立てる助っ人ミュージシャン、ヤネク。今日もギターを演奏しながら観光客を見渡すと、幼い日々に憧れた大物シンガーの姿を見つける。"過去の名声"と卑下する往年の大歌手と体面したヤネクは、想定外の頼まれ事を引き受けることになる。
夜の運河を漂うゴンドラ、レストランに集い人生を謳歌する観光客。声量タップリのヴォーカルは蘇り、ホテルの窓を照らすほの暗い灯りに想いを届けようとする。
1935年の映画「Barcarole ヴェニスの船唄」のポスターをイメージさせてくれる情景は、旅の情緒を大いにかき立ててくれる。
それだけに、哀愁に満ちた結末には夢の儚さを感じずにはいられない。

「夜想曲」Nocturne
腕は超一流、でも売れない39歳のジャズ・ミュージシャン、スティーブ。最高の技術と最高の音楽こそ至上と考える彼を周りは許さない。離縁を切り出した妻とマネージャーに促され、人生を変えるため、整形手術を受ける決意をする。
リハビリ中に滞在した高級ホテルで包帯巻きの有名芸能人、リンディと隣り合い、音楽談がやがて、ちょっとした夜の冒険譚に発展する。
「その他大勢の一人に甘んじる必要はない」(p197)の意思を持ち、華やかな人生を歩んできた彼女に接し、スティーブは自問する。
「人生は、ほんとうに一人の人間を愛することより大きいのだろうか」(p208)
人生の転機をどう考えるのか。何が正しいのか。その答えは、この物語の後ろにあるのだろう。

他に「降っても晴れても」「モールバンヒルズ」「チェリスト」を収録。

NOCTURNES
Five Stories of Music and Nightfall
夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語
著者:Kazuo Ishiguro、土屋政雄(訳)、早川書房・2009年6月発行
2012年8月28日読了

ホテルを文化誌の一側面、博物誌的に捉える試み(p15)がなされ、人間味あふれる魅力的な一冊となっている。
従業員の語る著名人の意外な振るまい、一流ホテルの流儀が文学作品にもたらした影響、1920年代の旅行ブームが後押ししたグランド・ホテル、パレス・ホテルの建設ブーム、文明開化を経て西欧と同時代的な発展を遂げた戦前日本の高級ホテル業界、などなど。

・ロンドンのランガム・ホテルに刺激されたナポレオン三世がパリに建設したのがグランド・ホテル。ユージェニー皇妃が列席した1862年の開業式は、さぞや華やかだったんだろうなぁ。

・ホテルは総合芸術の場でもある。ロビーの美術品、室内装飾、食の彩り、庭園、そして音楽。なるほど、この環境が芸術にインスピレーションを与えることも肯ける。(p112)

・意外にも、身近で廉価なビジネスホテルの話題も取り上げられる(p50)。隣の宿泊客の話し声が聞こえる。酒杯片手に友人と会話に興じたり、あるいは家族への電話であったり。それはささやかな、でも大切なひとつの物語だ。
私事だが、父は平成11年に亡くなる前年、それまでの通関関係業務から、損害保険会社代理店業務に従事した。まったく異なる慣れない仕事。出張先のビジネスホテルから母に電話をかけてきて、思わぬ弱音をつぶやいた。電話回線のターミナルとターミナルの繋がりだけが当時の父を支えたのだと、いま「家族の声」の尊さを思う。

・2010年の3月にロンドンのウォルドーフ・ホテルに5泊した。最盛期の大英帝国の残り香を感じさせるゴージャスな造りには、特にダイニング・ルームには、よく見る戦後のシティ・ホテルとの差異が見て取れた。今となっては恥ずかしいが、19世紀ロンドンを意識した古くさいオーバージャケットとハンチング帽スタイルで高級ダイニングルームに、それもディナータイムに足を踏み入れた僕は、いかにも上流な老婦人に「ワーカーズ・スタイル」とバカにされてしまった。悔しい思いと、次に宿泊する際はドレスアップすることを決意したことを覚えている。

・神戸オリエンタルホテルに1889年に滞在したキップリングや、1922年のアインシュタイン、1932年のチャップリン等、戦前日本のホテルに宿泊した著名外国人に関する逸話も興味深く読めた。(p210)

東京ステーションホテルのリニューアルオープンが楽しみになってきたぞ。

ホテル博物誌
著者:富田昭次、青弓社・2012年4月発行
2012年8月2日読了

弁護士事務所に勤める34歳の新見。バーで知り合った彼女と親交を重ねるうちに、解決不可能とされた事件のことを知り、深く飲み込まれてゆく。

似たような人生を歩む、似るはずのない他人。
ときに狂気と隣り合わせになりながら、近代人が常に悩まされてきた、見つかることのない人生の意義。すなわち、迷宮からの出口。

後半、彼女によって、事件の真相が一気に語られる部分は安易な気もするが、迷宮を彷徨う自意識の救済策が、日常にこそ存在することを人が発見する物語として、意義深い作品だと思う。

個人的には、加藤さんのたたみかけるような重い言葉(p134)が、新見の人生を穏やかな領域へと差し向ける一助になることと信じたい。

迷宮
著者:中村文則、新潮社・2012年6月発行
2012年8月13日読了

本書は、
・アメリカライズされる社会文化、大衆消費社会
・社会格差の拡大と是正の試み
・大衆民主主義の屈折した発展と挫折
の三つの論点を軸に、戦前昭和の時代と人々の姿を活写し、現代日本社会への考察が加えられる。

・政党とその卓越した個人間の熟成した議論を重ねて物事を決めるのではなく、"スマートな印象"を持つ時代のカリスマに運命を委ねることといい、ハリウッドの影響力、20倍もの年収格差、社会改革をあきらめて"自分たちの趣味世界"に没入する時代思潮、ニート=高等遊民やインテリ失業群、世界=アメリカとの短視観。なるほど、現代と変わらない。
そして「他人まかせの民主主義」は、現在もなお続く。

・昭和モダンを飾る"モダンガール"や、時代がかった"プロレタリヤ"、それに「大学は出たけれど」と東京帝國大学卒業生が嘆く、昭和恐慌の生々しい姿が目前に蘇る。

・1930年のロンドン軍縮会議が"平和と民主主義の頂点"(p113)であり、以降、ナンセンスな二大政党制を大衆は見限り、昭和デモクラシーは日本主義へと変化(へんげ)する。そのきっかけこそ満州事変であり、国家社会主義のへの道のりとなった。
国民再統合の最終的手段、すなわち戦争へとながれこむ経緯の恐ろしさは、現代こそ忘れてはならない重要事だろう。

・ヒットラーに仮装した近衛文麿の写真が掲載されている(p222)。なんと形容して良いのか。大衆迎合の極み、元カリスマ政治屋の末路、理想の雲散霧消した哀しき残滓……。そうか、「吐き気をもよおす光景」か!
あとは軍部の恣ホシイママ。
余談だが、最近も近衛文麿と同じく、国会(議会)をスルーして直接、大衆に語りかける政治家の姿を見たような気がする。ニコニコ動画……だな。国民の生活が第一、って当たり前のことだろう。

・重慶を陥落させても終わらない日中戦争の泥沼化。一方で、われわれが想像する以上に世間は楽観的だったことがわかる。エプロン(割烹着)と"もんぺ"スタイルが推奨され、国防婦人会の活動が最盛期を迎えた時でさえ、洒落たファッションに身を包み、銀座を闊歩する若い女性の華やかさは、2012年の光景となんら変わらない。
ただし、ラジオをはじめ、マスコミは完全に政府の統制下におかれていた。日中戦争での戦死者リストの公表は"自粛"され、英雄美談が協調されたことは、なるほど、わかる。
それでも、太平洋戦争前の1939年においてさえ、日米友好を示すニュースが大々的に報じられ、外交・内政・経済上の困難な局面もやがては解決されるだろうとの甘美な期待すら感じられた。
突如として「鬼畜米英」なる言葉が氾濫するのは、1941年のことだ。
どこで間違えたのだろうか。

われらの祖父の世代、すなわち大正期を経て伝統文化と近代文明の混淆した社会を生きた日本人の精神は、1940年代の一時期を除いて、まさに現代を生きるわれわれに継承されている。これが本書の結論だと思う。

戦前昭和の社会 1926-1945
著者:井上寿一、講談社・2011年3月発行
2012年8月9日読了

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