男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2013年01月

太平洋戦争前夜の東京、横浜、ロンドン、上海を舞台に、お国のために、と勇ましく、架空の共同体にすがりつく男たちを嗤う、無慈悲かつ冷徹な男たちの暗躍が五つの短編に濃縮されて描かれる。
結城中佐の設立したD機関に集められ、才能を徹底的に鍛えぬき、五感と頭脳を駆使した"ゲーム"に興じる異能の個人たち。いや、登場人物の言葉を借りると「十二人の化け物たち」(p19)の信じられない能力の凄まじさよ。
ライトノベルに登場する超能力者などいない。作品に通底するリアルに引き込まれる。

・表題作『ジョーカー・ゲーム』は見事。読み進むうち、いつしか"憲兵たち"に圧倒される佐久間中尉の心境に同化され、超越した組織の存在と本シリーズの骨太さが伝わってくる。

・『ダブル・クロス XX』は時代感たっぷり。そして「とらわれること」の意味を理解した飛先少尉の運命は悲痛だ。否、これも潔さか。

・『魔都』では無秩序かつ猥雑な上海の裏通りの描写に引き込まれた。そして1930年代の欧米列強、特にイギリスの恐ろしさが伝わる。

・『ゴースト 幽霊』も良い。「状況的にはクロ。心証的にはシロ」の疑惑の結末は、苛烈な階級社会を駆け上がった英国総領事グラハム氏の新たな野心を燃えたぎらせる。彼を待ち受けるであろう見えざる陥穽が、なるほど、現実社会でみられる政治家やキャリア官僚の不可解な行動を説明してくれる。

1930年代から帝国瓦解に至る数年間、この面白い時代を舞台とする本シリーズは第三作まで発売されている。長期シリーズにするなら、今後も練りに練った作品を提供されることを願う。

ジョーカー・ゲーム
著者:柳広司、角川書店・2008年8月発行
2013年1月27日読了

『冥土めぐり』
高級ホテルのサロンでスカートを翻し、ひとり踊って遊ぶ幼い母。繰り返される8ミリフィルムのイメージは、奈津子を「あんな記憶」に束縛し続ける。
浪費に疑問を持たない母と弟。栄華を誇った一族の末裔なら、家族や他人に犠牲を強いて平然としていられるのだろう。
「語らない、泣かない、しかし退屈でもない。否定ばかりのこの有様は一体なんなのだろう」(p20)
ホテルから美術館、そして足湯へ。障害者となった夫、他人を疑わないパートナーを伴い、奈津子はささやかな旅路を、記憶の経路をたどりゆく。
他人の人生を受け入れることは、自意識の肯定につながることだな。

『99の接吻』
古くからある町に住まう四人姉妹と母親の近代文学に彩られた家庭に、Sという青年の交わりが引き起こす、ちょっとした事件。
いつかは変化することを予感しつつも、心地よい私たちの家、私たちの町へ闖入するヨソ者に対し、排除しようとする本能の荒々しさが上質な筆致で綴られる。
本作にSNSや携帯の登場する余地はない。

随所に描かれる"女の直感"は、怖い。
「ただ、不安で、納得しがたい、芽衣子姉さんはそうやって漠然と嘘を見抜く」(p133)
葉子と菜菜子の、口に上らない言葉のやりとりもみえてくる。
拡大し、衝突し、いつかは収斂するときを臨むであろう仲良き姉妹のプライバシー。家から巣立つとき、静かな変化の予感を残す終末に好感を得た。

著者:鹿島田真希、河出書房新社・2012年7月発行
2013年1月12日読了

フローラ・トリスタン。不幸な結婚生活の体験が、全女性の隷属状態からの解放を志し、弱者の団結の観点から、労働組合の必要性を説くに至った女性運動家。もし彼女が男であったなら、マルクスの代わりに歴史に長くその名を留めたであろうに。
本書では、1844年4月12日に始まるフランス南部での労働組合設立のための講演旅行を追いながら、ペルー、パリ、ロンドンでの回想を交えつつ、19世紀の女闘志の半生が描かれる。

・搾取され続ける労働者のため、精力的に権力と闘う彼女。特筆すべきは、闘いが非暴力によるものであり、労働者に革命ではなく連帯を訴える点だ。
だが自助を惜しむ者には「搾取と貧困が人を愚かにする」「疲れの余り知性の欠片もないような顔つきをした男たち」(p94)「偏狭な信仰心が強く、無知であらゆる知的好奇心に欠け、利他精神の欠片もなければ社会的自発性もない」(p134)と容赦がない。

・随所に、教会が強者と結託して民衆を苦しめている様子が、非難を込めて描写される。
「カトリックではない組織で、それほどの重要性をもつ組織の結成は、社会にとっての大変革を意味する」(p58)「修道会の一番儲かる商売は、死にかけている人に法衣を売ること」(p229)

・「施しというものは、自分が道徳心の高い篤志家であると信じ込むためにしているにすぎません」(p56)

・社会主義に傾倒するブルジョワ、特権階級の崇拝者、ブルジョワを批判しつつブルジョワのままの人、上からの改革を信じ、高みから労働者を見下す人々、等々、サン=シモン主義者への非難はすさまじい。(p50)

・フリーメイソン主催のある講演会で、聴衆の半数以上が雇用主であると判明したとき、彼女は労働者に対する無償の資金提供を呼びかける。反論する彼らとのやりとりが実に面白い。(p87)

・非正規雇用の問題が19世紀中葉から存在するとは(p91)。非雇用者もプライドからか、自分はプロレタリアートに非ず、と信じており、問題解決には遠い。

・暴力的な性生活を強要する夫からの逃亡。父の故郷である新興国家、ペルーで出会った"女元帥"こと、ガマラ大統領夫人に触発される。女も自立できるのだ、と当時としては革新的な思想を抱くきっかけともなった。
「くしゃくしゃの髪に燃えるような目をした女性の威厳に満ちた挑戦的な眼差し」(p313)

・ペルーへの旅は、彼女を変えた。ポルトガル植民地 Cape Verde カーボ・ヴェルデ諸島(人身売買が唯一の産業!)で奴隷制度の惨さを目撃する。「この世の不正義中の最悪の不正義」(p174)を前に、カトリック布教者が黒人売買組織の元締めとなり、商売を邪魔するピューリタンを罵る様子に、めまいを感じたろう。
リマの農園では、サトウキビ畑に縛られた1500人もの奴隷を見る。本国で禁止され、植民地で続いている文明に対する犯罪。(p316)
自分の小さな悲運は、より大きな悲惨に代替された。選民的な理想主義者に「世界の他の人々に背を向けて自分たちだけエデンの園に逃避するなんて利己的」(p176)と言い放ち、フーリエ主義やサン=シモン主義を言い負かす強さは、この旅から生まれた。
「今までとはちがう自分になろう、精神の泉を満たし、知性に磨きをかけ、ありとあらゆる行動を起こそう」(p345)
ヨーロッパ人だけでなく「全人類の救済」を高く目指したのは、彼女が最初ではないだろうか。

・1839年夏のロンドン調査旅行の折り、最盛期にあったチャーチスト運動と邂逅することで、女性解放の唯一の手段が、労働者との連帯であることを知る(p399)。アイルランド独立運動の指導者、オコンネルを「品位と理想主義がきらきら」させる話し方、と彼女は賞賛している。

・「オックスフォード通りのガス灯が歩道を一晩中、明るく照らし出す代償」(p410)は何か? 監獄よりも過酷な下層工場労働者の住居はどのようなものか? あまりにも辛い現実に、フローラは打ちのめされそうになる。

・フランス同様、女性に一個人としての権利が与えられないイギリスでは、男装して国会議事堂や夜の歓楽街を勇敢に歩く。
ウエストエンドの高級歓楽街で毎夜行われる遊戯。この、いかがわしい、否、卑猥という言葉すらかわいらしく思えてくる行為がフローラによって白日の下に暴かれる。パリの読者は口をつぐむが、この体験こそ彼女に「この涙の谷の悪に終止符を打つ」決意を新たにさせたのだ。(p407)

そして彼女は「人類を変革するため」の行動を開始する。(p440,459)


さて、本書のもうひとりの主役がポール・ゴーギャンだ。「野蛮人になること」を夢に、ブルジョア生活を捨て、家族を捨て、「人前では口にするのが憚られる病気」に悩まされながらも独りで未開の新世界=芸術の新境地に足を踏み入れた男。

ヨーロッパで忌避された存在、第三の性を有する「男-女のマフー」に原罪、否、西洋芸術の超越を見いだす。その木樵の少年、ジョテファとの"行為"に及ぶ描写(p71)には目を背けたくなるが、異教文明ならではの自然を望むポールにとっては、悦楽の高揚に満たされた様子だ。
このような"常軌を逸した"行為を公然と成す彼は、後世に数多あらわれるボヘミアンの先駆けなのか。そうではあるまい。たとえば、タヒチで中国人経営のアヘン窟に潜り込んだものの、活発な創作活動に取り憑かれている彼にとって、麻薬の幻覚的快楽はあまりに受け身なもの(p22)であったように、内発的なものにこそ生きる価値を見いだしていたのだから。真の芸術家たる所以。

・船員からブルジョアを目指して株式仲買人として辣腕を振るっていた過去を思いだし、ポールは笑う。規範の軛から解放された後の私生活は相当なものだったようだ。先住民の少女に対する「抑制を欠いた不道徳で堕落した行動」を司祭と牧師から非難されたとある。
後に原始を求めて移住したマルキーズ諸島、ヒヴァ・オア島で先住民の村で酋長と交渉し、モデル兼新妻として14歳の少女を買う行為は、なるほど、非難を免れないな。(p331)

・第八章では母親、アリーヌ・ゴーギャンへの複雑な思い、父親が政治的亡命の船上で死亡し、マゼラン海峡の近くに葬られたこと(パナマ運河は未完成か)、ポールが株式仲買人となるきっかけ等が綴られる。夢の中の再会、すすり泣く巨躯のポールの姿。祖母、父母、息子三代に降りかかる運命の残酷さよ。(p162)

・1890年のフレンチ・ポリネシアに「船員、商人、ごろつき、興奮しやすい若者」を含むヨーロッパ人に加え、300人以上の中国人苦力がいたのは驚きだ。「黄色人種の帝国主義」(p274)がフランスに代わって太平洋を支配する、等の主張は窮乏と薬物から半狂乱に陥ったゴーギャンの奇弁だとしても、植民地支配者であるフランス人には半ば同意できたに違いない。

・回想には「狂ったオランダ人」(笑)との論争も含まれる。二人の芸術にかける情熱は、差異を拡げ、フィンセントの左耳切り落とし事件へと発展するわけだが、「文明を拒絶し、想像力と生命を賭して内なる野蛮を引き出す」ことに熱を上げるポールの姿に、アルルの家の男も脅威を感じたに違いない。

・金が尽きると生きる気力も尽きる。山頂で服薬自殺が未遂に終わった後、ゴーギャンは自らの大作を命名する。「われわれはどこから来たのか。われわれは何者か。われわれはどこへ行くのか」(p244) いまもって人々を魅了する、魂の底から沸き上がる漠然とした力、本能の激昂が描かせた命の作品だ。

・ユゴーのレ・ミゼラブルに触れる件。「悪に対して全を勝利に導いた手が神の蘇生した手であるならば、それならば愚かな人間の価値とは何だろうか」(p282) この問いが自画像に現れるのか。
芸術家の使命は自然界を「模倣するのではなく、想像すること」(p284)、「現実の世界とは異なる世界を創ること」(p473)であり、日本の版画家をベタ誉めしている。


・スエズ運河のポート・サイド、南米チリのバルパライソなど、世界中のあらゆる民族が集う港町の活気が描写される様が気に入った。(p146,p187)
・フローラの最晩年、ルモニエ夫妻の献身的な姿は感動的だ。(p448,460)
・随所に出てくる「楽園遊び」が、なるほど、本作のキーワードでもあるのか。


エコノミスト誌かニューズウィーク誌だったか、数ヶ月前、フィリップスが中国のラジオ組立工場を閉鎖するとの記事を読んだ。殺伐とした雰囲気の、昔ながらの姿で働く数百人の労働者の写真も印象的だ。まさに人海戦術。で、整理解雇されて途方に暮れるcoolie 苦力に代わるは、本国オランダの最新工場で24時間稼働し続ける先進的な無人操業ロボット群だ。米国のテスラ工場も同じだったと思う。
世界の工場、中国は終わりだな、ざまあみろ、と言えない事態が世界中で進行中だ。
無人化は世界の趨勢とはいえ、近代の熟練労働者から知的労働者を基盤とする、都市中間層の縮小が加速されることになる。
常に新しいシステムを構築しつづける上級技術者と資本提供者のグループと、与えられた環境でその日暮らしを強いられる下層労働者のグループに二分化されるのは確実だな。
あるいは、ゴーギャンのように芸術を極めんとする者、あるいは厳しい現実に背を向け、気ままにボヘミアン的な人生を選択する者も出てこよう。

2003年のペルー文学作品が、19世紀の過酷な労働者の世界が21世紀中葉にも現出しそうな予感を与えてくれるとは。そしてフローラ・トリスタンをはじめ、社会改良主義の先駆者の行動が、社会改善に向けて先手を打つべきことの指針を、成すべき行動を示唆してくれるとの、実のある読後感を得た。

EL PARAISO EN LA OTRA ESQUINA
楽園への道
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅰ-02所収
著者:Mario VARGAS LLOSA、田村さと子(訳)、河出書房新社・2008年1月発行
2013年1月5日読了

20世紀最大の出来事といえる二つの世界大戦。その戦間期の様相を含めて"現代の30年戦争"と捉え、遠因と経緯、影響を著す。

・列強の支配する表層の平和、19世紀末からの長期経済成長
・政治指導部の手詰まり意識と無力感、将来構想の欠如
・将来への不安と対外強硬論の台頭
これらがThe Grear War を誘発する遠因となる。(p7,10)

・地域住民の自決権は"民族自決権"に昇華、あるいはすり替えられ、複数民族の共存・共同体の可能性は遠ざけられた(p39,46)。これには帝国支配への反動としての側面もあるだろう。だが民族的同質化の概念は、国民の囲い込みによる戦時運命共同体(p74)を形成し、第二次世界大戦に至って総力戦の攻撃対象に含まれようとは、1930年の段階で誰が予測し得ただろうか。

・チェンバレンの宥和政策(p57)は長らく非難の対象とされてきたが、インドに自治を仄めかしたこと(p24)、パレスチナ住民とディアスポラ・ユダヤ人に二枚舌外交を展開したことを含め、おそらく帝国維持の観点から、当時の国際状況下(p56)ではベストの選択であった、と英国支配層は信じているに違いない。

・電撃的な独ソ不可侵条約が英仏に与えた衝撃(p61)。その遠因が日ソ間のノモンハン"戦争"であり、ソ連は現実的な選択をしたことになる。ユーラシアの東と西で災いと思惑がリンクしたわけだが、後に及ぼした影響を冷静に俯瞰するならば、関東軍の冒した行為は限りなく罪深い。

特筆すべきは、帝国維持のための種々なりふり構わぬイギリスの振る舞いだ。これを"政策"と言い張る厚顔さが1947年まで続くことになるのか。否、その後遺症が、2013年のいまもパレスチナ・インド・パキスタン・アフガニスタン・キプロス住民の命を代償に続いていることを思うと、政治の非情さに嘆息せざるをえない。

世界史リブレット47
二つの世界大戦
著者:木村靖二、山川出版社・1996年9月発行
2013年1月2日読了

このページのトップヘ