男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2013年02月

大衆の小さな幸せは、大国の欲望にたやすく踏みにじられてしまう。

2012年の反日暴動。上海で、北京で、瀋陽で、日系デパートや自動車工場が破壊される有様を、われわれはどこか対岸の火事のようにみていなかっただろうか。
フィクションとはいえ、本書を読み進めると、中国の苛烈な侵攻に晒される日本の姿が、反日暴動と重なってみえてくる。
チベット民族やウイグル民族の受難は他人事ではない。

2010年の『中華人民共和国国防動員法』に呼応するような『中国人個人観光ビザ発給要件緩和』に、新潟総領事館問題、尖閣諸島船舶衝突事件。民間出身だがまるで中国の代弁者のような駐中国大使の発言……民主党の売国の軌跡の数々。
『中華人民共和国国防動員法』を巡る日本国内の報道規制は、いったい誰の利益になるのだろうか。

2007年8月ワシントン・タイムズの『ビル・ガーツの記事』といい、『二〇五〇年極東地図』といい、想像を絶する事態が静かに進行中なのかも知れない。

しかしまぁ、新潟市のHPを垣間見ると

http://www.city.niigata.lg.jp/shisei/mayor/tegami_top/tegami/tegami_24top/24_8sonota/kocho201212101045.html
「民有地の売買契約については個人の財産運営上の情報であり、本市からは開示できないことになっております。……今後一層国際交流の拡大に努めてまいります」
http://www.city.niigata.lg.jp/shisei/mayor/tegami_top/tegami/tegami_24top/24_8sonota/kocho201302151040.html
「一基礎自治体として判断できるものではなく、国がしっかりと対応していくものと考えております。なお、中国総領事館によって購入されたとする土地は民有地であり、本市は当事者でないため売買に関しては言及する立場にありません」

とある。見事な売国奴の姿。責任逃れに長けた地方公務員の鑑がここにある。

CHINA INVASION
チャイナ・インベイジョン 中国日本侵蝕
著者:柴田哲孝、講談社・2012年11月発行
2013年2月22日読了

先日、隣席の新入社員(25歳)との雑談で電子辞書が話題となった。伝統的な分厚い辞書なんて学生時代から使っていないとのこと。まぁ、幼少よりPCや携帯電話が存在した世代には当たり前のことなんだろう。
僕自身、レガシーな紙の英和辞書なんて、もう何年も開いていない。
電子辞書は便利だな~、と思っていたのも束の間。昨今はマウスを置くだけで知らない単語を和訳してくれるGoogleツールバーのおかげで、BBCやAl Jazeeraの英文WEBページを読むのが楽になった。

"インターネット・ビジネス"や"eコマース"といった言葉は昔話となり、いまやWEBを主軸とするインフラは月刻みで進化している。本書は、この動きがリアルな「もの作り」に波及し、製造業の世界を変えつつあることを示してくれる。


第2章「新産業革命」の内容は衝撃的だ。
・オンラインでの共有が定着したことが、ウェブ時代の根本的な変化の一つ。これからの10年は"シェア"がリアルな製造業に本格的に展開される。
・メイカームーブメント。もの作りの「デジタル化」と「オープンハードウェア」の二つの潮流が本格的になってきた。
・もの作りのプロセスにウェブ文化とのコラボレーションが持ち込まれた「デスクトップ・ファブリケーション」は従来のDIYをはるかに超える規模で拡がり、小規模でもグローバルになれる力を生み出し、製造業を再構築する。(p30)
オープンハードウェア+カスタマイズ。なるほど、日常品、身の回りの電子機器を、好みのデザイン、機能を付加して1台だけ作る、あるいは作ってもらうことが当たり前となるのか。
・モノが人に"ツイート"するしくみは、なるほど、面白いぞ。(p42)
既存の家電メーカに代わり、「オープンハードウェア」かつ「非プロプライエタリ」を特徴とする新興メーカのオリジナル品が勢いを増すのは確実だな。

ここで疑問が生起する。知的財産の管理はどうするのか、ノウハウをすべて公開するやり方は、既存の製造業のあり方とマッチしないのではないか。いや、ここで従来型企業モデルを持ち出すのは古いおじさん思考なのだろうか。
このあたりの方向性も書かれており(p45,141,272)、昨今のデジタルコピーと著作権の衝突と同様に、明らかに従来型知的所有権と異なる考えが広まるように思われる。民主化と言えば聞こえがよいが、果たして法的決着はどうなるのか。今後、製造業のあり方まで含めて議論が沸騰することだろう。


第3章では「メイカー的な小企業」の姿が提示される。新しい時代の家内工業への回帰。コモディティ市場ではなく、数千人のニッチ市場においてイノベーションで競争する自分だけのマイクロブランド、か。なるほど。(p68)


第8章では「人材のロングテール」と「先端の製造業が今後例外なく向かってゆく、デジタルな製造技術への方向性」(p184)が示される。電気自動車をめぐる動きは加速してきたし、主要幹線道路での自動運転すら視野に入ってきた。現在の愛車は最後の内燃機関車になりそうだな。


エピローグではずばり「製造業の未来」が描かれる。
「グローバリゼーションとコミュニケーションは世界をフラット化し、低賃金の途上国へと製造業を引きつけた」が、オートメーションの進化により、世界は「ふたたびフラット化しつつある」(p288)。
21世紀のもの作り経済の形(p290)。秀逸な訳者あとがき(p310)と併せ読むと、日本を含む先進国の製造業のモデルが見えてくる。


第三次産業革命は始まったばかりで、情報技術が製造業のあり方を変える時代のただ中にある。僕も情報のロングテールのありがたさを享受しているひとりだが、「モノのロングテール」が生活を変える時代が、すぐそこにきているのか。(p82)

実は5年前に職場へ3Dプリンタ(40万円)が導入され、僕もある部品(製品化には至らなかったが)を試作したことがある。正直、高品質の樹脂成型品とは比較できないが、これはこれでアリだと思った。試作検証には十分だし、なんと言ってもすぐに目の前で作ることのできることに意義があると思った。この面白い工作機械が、たとえば全国の小中学校に導入されるとする。若い才能と横溢な創造性が刺激され、新しい何かが生み出されることを思うと、ワクワクさせられるな。

MAKERS : The New Industrial Revolution
メイカーズ 21世紀の産業革命が始まる
著者:CHRIS ANDERSON、関美和(訳)、NHK出版・2012年10月発行
2013年2月17日読了

タゴールがインド人のナショナリズムを鼓舞し、ガンディーが反イギリス運動を展開した1930年代のカルカッタ(コルコタ)を舞台に、作者自身を活写した白人青年と17歳の上流ベンガル人の令嬢、マイトレイの悲劇が語られる。

25歳のヨーロッパン人技術者、アランは、仕事の成り行きから、上司であり尊敬するベンガル人紳士の自宅に住まうことになる。それまで足を踏み入れなかった「くろ」たちの生活と家族の暖かさ。既知の世界を超えた異文化への驚きと憧れは、その象徴としてのベンガル娘、マイトレイへの愛へ形を変える。アランとキリスト教からヒンドゥー教への改宗も視野に幸せな結合を夢みるが、文化の絶壁は決して彼を許容することはない。

幸福の予感からの急転。マイトレイの父親から追放を告げられる場面は圧巻だ。
「たったひとり墓地で目覚めたような、全面崩壊の感覚」(p156)

絶対的なバラモン・カーストの掟。娘を殴る父親、怜悧な態度で娘の顔面に鞭を振るう母親。文明国の理解を超越した世界から追放されるアラン。
「私はひとりだ、ひとり、これが苦痛だ、この現在」(p166)

伝統的なインド社会に持ち込まれた白人の異文化は、それ自体が不幸を招くのだ。
以前の白人社会へも戻れず、ヒマラヤ山中に孤独の安逸を見いだすアラン。ふと、闖入した女性旅行者との邂逅が、彼を濁世へと連れ戻す。
アランの愛を信じるマイトレイの、その純粋すぎた行動は、インド社会で決して受け入れられないものだった。
「むしろ死ぬ方がましだったでしょう」(p201)

「未来は決して見抜くことができず、日々の出来事以外には何一つ決して予見することはできない」(p148)
わずかな期間に急転したアランの人生は、そのまま現代を生きるわれわれ自身の運命となりうる。せめて後悔少なき人生としたいものだ。

MAITREYI
マイトレイ
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅱ-03所収
著者:Mircea ELIADE、住谷春也(訳)、河出書房新社・2009年5月発行
2013年2月11日読了

19世紀後半から20世紀初頭にかけての日本において、ヨーロッパ文明の流入と文化の凄まじい変貌の中、ナショナリズムの感情の果たした役割を探る。
キップリングの日本訪問記、漱石の同時代の論述が題材とされる。また、アジア人初のノーベル文学賞授与者であり、インドの詩聖と讃えられた1916年のタゴール来日時の熱狂を捉え、先入観を排し、テキストとして文学作品を評することも論ぜられる。

・イギリス人初のノーベル文学賞受賞者、キップリング。明治日本の著名な英文学者・最高峰の文豪として外から日本を見た漱石。第二次ボーア戦争と日露戦争。二つの島国の分水嶺となった事変に際しての二人の詩が比較され、支配者たる白人の立場、先進国へのキャッチアップに必死な途上国の姿が浮き彫りになる。どちらも自国中心のナショナリズム的感情が強調されているのは興味深い。

・黒田清輝の「裸体婦人像」が引き起こした論争が取り上げられる。西欧的価値観と伝統的な日本的感受性の対立を浮き彫りにした事件は、遠くロンドンの漱石の耳にも届くこととなる。道徳上の価値と芸術上の価値の対立をいかに克服するのか。近代文明に共通するこの問題は、現在も問われ続けるテーマではあるな。

・帝国主義者と批判されるキップリングだが、当時の言いようでは好意的な面が内包されていた。ノーベル文学賞受賞理由の一つに「世界にまたがる帝国の市民としての姿」とあるように「視野の広さを指す言葉であった」(p40)ことに注目したい。
彼の抱いた、国境に阻まれることなく、理想としての大英帝国の姿をあまねく地表に伝播したいとの思い(p24)。これは、ウェストファリア条約以来の内政不干渉の原則に取って代わりつつある、人道的介入を是とする理論と行動の萌芽と見て取れないだろうか。

"英国の自由"を人類に普遍の価値であるとしたキップリングの思想は、インド人には許容できないものだったことは容易に理解できるし、タゴールの発言にも現れている。だがそれは、アジア・アフリカ諸国の独立・民主化を超えて、"アラブの春"にまで及ぶ民主主義の理念に受け継がれてきたものではないだろうか。ナショナリズムの創造的側面を深化させる方策の地道な探究が望まれる。

比較文化叢書6
ナショナリズムの明暗 漱石・キプリング・タゴール
著者:大澤吉博、東京大学出版会・1982年10月発行
2013年1月20日読了

大正ロマンのイメージ形成を担うこととなった夢二の、当時の民衆生活の現代化に直結した"モダン"なデザイナーとしての一面に光を当てる。

美術学校を経ずに独自路線を貫いて時代の寵児となった夢二。セノオ楽譜や大正期に出版部数を伸ばした雑誌、とりわけ婦人誌、少女誌、児童誌の表紙画と挿画、文芸出版物の装幀には心惹かれるものが多い。
日常生活を彩る小物に和洋折衷のデザイン性を持たせるという、当時としては画期的な仕事を成し遂げた。元祖"カワイイ"が若い女性の心を掴んだというところか。

個人の自由が市民権を獲得した大正という時代に向き合い、結婚と離婚、駆け落ちと同棲を繰り返し、43歳の洋行を含め、人と違う何かを追い求め続けた夢二の49年の人生には、見習いたいものがあるな。
藤島武二を師と仰いで"夢二"と名乗り、時代の寵児となりながら、なお美術界から異端児扱いされる身の辛さを彼はいかに克服したのか。独自の芸術志向を高めつつ、淡々と仕事をこなすことで、自分を鼓舞し続けた、と思いたい。

竹久夢二 大正モダン・デザインブック
編者:石川桂子、谷口朋子、河出書房新社・2003年11月発行
2012年12月8日読了

中東におけるイスラームの成立からアジア、アフリカへの拡大、異宗教との衝突、911後の欧米諸国での露骨な嫌イスラム、タリバンの復活、そしてアラブの春までを概観する。

・カリフ、ハディース、スーフィー、ホラーサーン、タウヒード、ヒズボラ=ヒズブ・アッラー等々、わかりやすい解説はありがたい。

・民族主義と異文化の共存を図るイスラーム帝国システムと、異文化との共生を妨げる西欧的民族主義、その違いは鮮明だ。
"不平等下での共存"を内包してきたイスラーム帝国の租税制度、ザカート、サダカ、ジズヤは、これからのグローバル化された社会システムを構築する上で現実的なヒントになりうると思う。

・アフガニスタンで執行された"イスラーム的でない"刑罰に関する記述は納得できなかった。パキスタン北西部のトライバルエリア(FATA:連邦直轄部族地域)へとまたがるパシュトゥーン族の土着の習慣・風習、あるいは文化にイスラームが混淆したのだから、場所ごとに刑罰は異なるのではないか。
欧米諸国の偏見や先入観はともかく「ムスリム側のでたらめなイスラーム法の運用」(p39)は、非難されるべきではないだろう。

・1989年の東欧の民主化は記憶に新しい。民主的な選挙を経て民主的な政権が誕生するのは素晴らしいことだし、"アラブの春"に寄せる西欧諸国の期待も高まろうというもの。だが畢竟、中東での民主的な選挙は、イスラーム政権の誕生につながり、西欧の期待は見事に裏切られることになる。民主化のジレンマか。
根底にある民族主義の枠組みから脱却し、国民国家からイスラームへ回帰すること、すなわち「自らの価値の体系にしたがって民主化を進めること」(p238)こそが、イスラームの民主主義を実現する鍵である、か。なるほど。

イスラームから世界を見る
著者:内藤正典、筑摩書房・2012年8月発行
2013年2月3日読了

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