男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2013年03月

毎日のように繰り返されるサイバー攻撃。報道される事案は氷山の一角で、自社のイメージ悪化と株価下落を懸念し、自ら被害を表明する企業は少ない。

2007年のイラン核兵器工場サイバー攻撃事件。米国とイスラエルが共謀し、ウラン濃縮用の遠心分離器の回転数を操作して破壊したとある。
同種の攻撃を日本の中枢インフラに、たとえば複数の火力発電所に向けることもできる。ソフトウェアの操作によるタービンの破壊は長期間に渡る停電をもたらし、生活基盤を揺るがすこととなる。
攻撃者の素性を隠したまま、爆撃とさほど変わらない戦果を得ることができ、弱者にとっては大国を攻撃する最高の兵器となりうる。
すなわち、非対称戦争の究極の形態。

戦争のあり方が大きく変わる。国家間の紛争に「個人」が「勝手」に自宅やオフィスから「参戦」するという衝撃が現実のものとなっている。
サイバー・パルチザンといえば聞こえは良いが、従来の交戦ルールや捕虜規定の範疇を大きく外れ、なおかつ「愛国無罪」な彼らへの対処方法が今後の議論の的になるだろう。

"超限戦"を提唱し、いまや国際社会規範・倫理人道などを無視した攻撃ドクトリンを有する中国共産党人民解放軍。その支配領域に擁する800万人もの民兵をサイバー戦争に動員し、米国・英国・日本などの政府機関・民間企業の機密情報を盗み取っているとされる。だが「われわれこそ被害者である」と言われれば、その虚実を見破る手段の無いのが現実だ。
その中国の情報通信技術レベルは日本をはるかに凌駕しており、もはや民間企業や地方自治体がこれに対抗するのは不可能だ。

では、あきらめるのか。そんなわけはない。
著者は「サイバー戦争を予防・規制するための技術開発の推進」
に力点を置くことを提言する。
米国、中国、ロシア、イスラエルでもない。"遅れてきた者"の立場を利用しつつ、日本発のトレースバック技術で世界標準化を目指すこと。
なるほど、これこそ"平和国家"日本の指針となりうるな。


一般の個人レベルでも、できることから始めたい。
ボットネットに組み込まれるのはイヤだから、まずはスマホとタブレットに市販のウイルス対策ソフトを導入しよう。
本書を一読した以上、間違ってもロシアや中国のソフトは使わないが、国産品がない以上、ノートン先生に頼らざるをえない。歯がゆいな。

「第5の戦場」サイバー戦の脅威
著者:伊藤寛、祥伝社・2012年2月発行
2013年3月30日読了

全ページカラー。歴史的観点から、本の深い世界の一端を覗かせてくれる。

・中世修道士が写本を読み、ペンにより思いを書き込み、思考を進めたキリスト教修道院の一室は特別な空間であり、その姿が描写された絵画により、書斎のあるべき姿を再確認させてくれる。理想型のひとつ。(p70)

・江戸の庶民の読書レベルには少なからず驚かされる。貸本の普及と言い、1600年代の西欧諸国の都市住民を凌駕していたのではないだろうか。(p80,86,89)

・雑誌は書籍と別に発展したのか。(p116)

GoogleやAmazonのおかげで書籍の探索が格段に楽になった。
将来的には、日常の情報収集・調査、ちょっとした小説は電子書籍、長編小説や絵画集などは書斎を飾る豪華本といった具合に、"本の棲み分け"ができるのだろう。
それでも、ページを指で繰ることは読書の充足感に直結するし、この感覚は大切にしたい思う。
漱石全集や芥川龍之介全集は手元に置いておきたい。

図説 本の歴史
著者:樺山紘一、河出書房新社・2011年7月発行
2013年3月5日読了

1851年にイギリスで発行された世界地図をベースに彩色・複製され、1988年に出版された日本語版を購入した。

さっそく日本の頁を開く。ペリー浦賀襲来前らしく、「この国に関する情報は乏しい」と記されている。北海道は"Yezo地"で、まだ日本領と認識されていない。東海ならぬ"日本海"表記なのは当然として、対馬の周囲が"朝鮮海峡"になっていたりするのは、さて、いかがなものか。

アフリカ北部からケープ植民地の間の広い地域は、なるほど、"白"人類未踏の暗黒大陸となっている。今後、この地域を舞台に英仏それぞれの帝国主義が烈しい衝突を起こすわけだ。

ジブラルタルはじめ、大英帝国の領土は詳しく解説されている。特に大英帝国の屋台骨であり、イギリス東インド会社の支配下にあるインドの記述は興味深い。
20世紀初頭に"The Great Game"の舞台となる北西辺境州とアフガニスタン南東部では、実はこの時代から戦略的重要地点とされていたことがわかる。
現在のイランとパキスタンの南方はバロチスタンと表記され、アフガニスタン同様の扱いを受けていたんだな。現在でもパキスタン連邦政府の支配に反発する姿勢を見せているが、その経緯が明確になる。

まだスエズ運河(1869年開通)のない時代だ。ヨーロッパからインドへの主な陸・海路が示されるが、当時の旅行の大変さが想像される。

発行元のイギリスは、実にヴィクトリア時代の黎明期であり、女王の軍隊、測量隊、実業家、探検家が大々的に世界へ進出した。帝国の栄華を築き上げる上で指針となった詳細な地図を眺められることの満足度は高い。
本書を手元に置き、キップリングやコンラッドの小説を読む。ん、楽しい時間となりそうだ。

元戦場カメラマンの養蜂家、農薬製造会社の研究員、そして若手の農水省女性キャリア官僚。本書の三人の主人公が、帰属する社会集団の掟、背負うべき責任、築いてきた価値観、そして自らの信念を貫きつつ、巨大な流れに対峙して奮闘する。

養蜂家の代田、それに農水キャリアの秋田は、「プライド」に収録された短編作中の主人公だ。その後日談が拡大・融合し、ひとつの結末へと収斂してゆく物語は見事であり、米田や露木ら名脇役の再登板を含めて、実に嬉しい限りだ。

静岡県の茶畑で穏やかな時間を過ごす子ども自然教室に、コントールを喪失したラジコンヘリが農薬を撒き散らしながら飛来してくる。高濃度の農薬に暴露して痙攣し、意識を失う子供たちの惨状から物語は始まる。
・無人攻撃機の攻撃に突如さらされるアフガニスタン、パキスタンの人々の恐怖の情景が重なる。
・被害者の息子の父であり、被害をもたらした農薬の開発責任者でもある平井、農薬の危険性を訴えてきた養蜂家の代田。立場は違えど、二人の責任ある行動は良識ある人物の鑑でもある。

TV番組に出演した代田の不注意から「農薬は第二の放射能」との言葉が一人歩きし、マスコミが騒ぎ立てることとなる。

農薬とミツバチを巡る対立が対話となり、日本の農業の危うさ、ひいては地球規模の食糧危機へと物語は展開する。
・米国企業の尖兵となり、遺伝子組み換え食品をごり押しする国会議員
・減反農地の融通を求める中国のしたたかさ
・力と金を有する国が食糧を強奪する世界。もはや貿易赤字国となった日本はどう立ち振る舞うのか。
・飼料用とうもろこしや小麦粉どころか、遺伝子組み換え"動物"を食用とする時代が迫っていることを知らされると、人の能力を超えた存在=テクノロジーの扱いが問題となる。
ヒトは"文明の進化"にどう向き合えば良いのか。

秋田の行動力、特にエピローグ前のそれに、力を与えてもらった気がする。
なるほど、未来を変えることができるのは行動だけだ。

愛読している著名なメルマガで、農業の輸出産業化に異を唱える見解を読んだ。
国内でほとんど報じられない農業・食糧事情の深刻さと数年先の「日本の飢餓」の可能性を思うと、議論すべき事柄に違いない。
そして、まだ救われる可能性があると信じたい。

TPP交渉参加に動きの出たこの時期、著者の投じてくれた問題は実に重い。
一市民、そして会社組織に身を置く者として、何ができるのかを考えたい。

[補記]
地元ネタで恐縮だが、かつて明石海峡を航行した、たこフェリーの登場が嬉しかった(p260,266)。
作中に「大きなタコが足を広げているイラスト」とあるから、「あさしお丸」がモデルなんだろうな。
(実物は、2010年にタイのフェリー会社に売却されてしまったが。)

黙示
著者:真山仁、新潮社・2013年2月発行
2013年3月2日読了

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