男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2013年05月

2008年11月に発生したムンバイ・テロ。単なる"インドで起きたテロ"ではなく、これから頻発するであろう"都市型無差別自爆テロ"のひな形であることが特筆される。
本書はアルカイダ勢力の縮小後、急速に勃興したLeT、ラシュカレ・トイバの脅威とその活動の肥大化を、ムンバイテロの推移と顛末を交えながら解説する。

衝撃的だったのは、無学で村からはじき出された若者が、金ほしさに軽い気持ちで組織に参加し、洗脳され、指導者に言われるままにテロの実行犯となったことだ。
たかだか十数万円で実の親に売られた青年もいる。
本書92頁から100頁にかけての証言は圧巻だ。

「可能な限りの大勢を巻き添えにして殉教する」フェダイーン攻撃の恐怖。
単なる自爆攻撃ではない。
運悪く巻き添えにされた大勢の人質が虐殺される様には背筋が寒くなる。

テロの温床は拡がっている。
自分への絶望、目標のない空虚な毎日、持てる者への怨嗟。これらが有機的結合すると、暴発するのはたやすいだろう。
日本を含む先進国であっても、コンビニ前でたむろする集団、見るからにドロップアウトしたような10代後半のエネルギッシュな男女が、扇動されてテロ要員に昇華することはないとは言えまい。問題の根は深い。

ここで疑問が湧く。カシミールの惨劇はなぜ報道されないのか。
1990年にジャム・カシミール州で施行された軍事特別法のことが述べられる(p189)。
何が"特別"なのか。カシミール州に駐留する軍・警察軍に"法的手続きの不要な"捜査・逮捕権に加え、殺害行為すら認めているという。これが世界最大の民主主義国家、インドで行われているというのか。
当然ながらインド国内のジャーナリストも"特別"法の対象であり、"事実"の報道は抑制的なものになる。
人権は無い。
カシミールに暮らす一般市民に、人権は、無い。
外国人ジャーナリストが事実を白日の下に晒すこと、その意義は確かだ。

著者はニューズウィーク日本版の記者であり、同誌上で南アジア関連の署名入りニュース記事をたびたび拝読する。本書の充実した内容には満足だし、次回作も楽しみとしたい。


2013年5月に行われた下院総選挙の結果、パキスタン人民党(PPP)はザルダリ大統領のキャラクターもあって敗北し、ナワズ・シャリフ元首相の率いるパキスタン・ムスリム連盟ナワズ・シャリフ派(PML-N)が政権を担うこととなった。
選挙による文民政権から文民政権への交代。これは1947年のパキスタン建国後初のことであり、選挙妨害を試みたテロ組織に対しても国民は絶縁状を突きつけたともいえる。
イスラームを国是とする国に民主主義をどう根付かせるのか、あるいはどう"カスタマイズ"するのか。"外部の目"で注視し続けることが重要だ。

モンスター 暗躍する次のアルカイダ
著者:山田敏弘、中央公論新社・2012年3月発行
2013年4月16日読了

芸術志向と技巧を極限まで追求したファッション・プレート。1920年代に写真が本格的に印刷媒体に使用されてからもファッション挿画本を飾り続け、アート紙に残された品質の高い印刷は、100年の時を経てもなお、われわれの目を楽しませてくれる。

本書はアール・デコ期に創刊された代表的なファッション誌、Gazette du Bon Tonや Art, Gout, Beaute等に掲載された著名イラストレータの作品から著者所有の97枚をB5版の美麗イラストで紹介するとともに、世紀転換後の服飾史におけるアール・デコ・スタイルの革新性が解説される。

・ジョルジュ・バルビエはもちろん、ジョルジュ・ルパプ、ファビウス、フランシスコ・ゴゼら大物イラストレーターの作品を堪能できる。
個人的にはバルビエの『"ああ、なんと美しい時代であることか"パキャンのアフタヌーン・ドレス』(1913年・GBT誌)が気に入った。(p53)

・現代服飾の起点、アール・デコ・ファッションの先駆であるポール・ポワレの存在が如何に大きかったか。まさにデザイン史の一里塚。

・現代的な服飾の方向性を示す大衆ファッション誌と一線を画し「芸術性のある伝統的な手彩色のプレートを復活させようとする動き」(p124)は、先人の遺業の一つと数えて良いだろう。
電子書籍の一般的になりつつある現代においても、特に趣向性の高い書籍を対象にすれば極めて有意義だと思う。

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アール・デコの優美なファッションイラスト
編著者:石山彰、グラフィック社・2013年4月発行
2013年5月30日読了

『インドへの道』『ハワーズ・エンド』等の長編作品に通底する著者の信条ならぬ信条、すなわち"多様性を許容する民主主義の普遍性"を軸に、無名性と個性、女性の権利、野蛮な振る舞いをしながら理性を唱える時代における感覚の重要性などが、一級のユーモアを交えて縦横に綴られる。
もっともらしい"日本主義ムード"が昂揚し、周辺諸国との軋轢が拡がるいま、ぜひ手にしたい一冊だ。

■『老年について』
8頁弱のタイトルエッセイ。人生の最高の幸せ、人類の真に重要な歴史とは何か。その"何か"に該当しないことを知り、一抹の寂しさを感じた。

■『私の信条』
有名な「私は絶対的信条を信じない」からはじまる。フォースターの非理想主義的現実主義者としての側面が垣間見られる、本書の中核を成す作品。
発表された年代(1938年)も考慮しても、その主張は2013年の日本でも通用する。普遍性の高い文章はいつまでも語り継がれることの証左だろう。
"民主主義のささやかな美点"は多様性と批判の許容にある。特に後者に関し著者は「批判とお喋りの場であり、そのお喋りが広く伝えられる以上、私は議会を評価する」と記す。
さしずめ2013年の日本ならネット空間での発言が対象とされるだろう。特に"自由"と"匿名性"に関しては議論し続けなければならない。無責任かつ有害な(誰が決める?)内容は受容しがたいが、過度の規制は時代錯誤でもある。国会ですんなり導入が決められた国民総番号制は、この観点で捉えるべきでないのだろうか。

力は究極の現実で、それはたしかに存在する。目を逸らしてはいけないし、迎合する必要もない。むしろ力への衝動を押さえ込み、創造的に活動することこそ重要で、フォースターはそれを文明と呼ぶ。
自衛隊の活動枠を撤廃しようとする勇ましい動きが顕著だが、無制限な力は自身を破壊することを思い出す必要があるな。

■『イギリスにおける自由』
1935年。近隣を席巻したファシズムを見回しながら、それでも、フォースターが"より脅威"を感じていたこと。それが持久的なファシズム、すなわち合法的な仮面をかぶった専制政治の精神だ。これを深化させぬよう重要なのが、普段は非難対象とされる政治あるいは正義の「形式」、イギリス的な本質的自由を大事にする「建前」であると説く。この観点で見れば、ヒト余り参議院も必要に見えてくる。

フォースターは1930年代イギリス文壇に衝撃を与えた不忠誠扇動取締法を例に挙げ、心理的な検閲により、本質的な自由が打撃を受ける様を強く批判する。
日本では、司法の手を経ずに対象者を隔離・監視・軟禁させられる「検疫法」がこの類かもしれない。戦前ではない。2013年に成立した法律だ。ほとんど問題にされなかったが、今後も注視する必要があるな。

■『イギリス国民性覚え書き』
危機管理に際してのイギリス人、イギリス系アメリカ人、オーストラリア人の優越性の事由を理解させられたように思う。

「自由と多様性と寛容と同情に信を置く人間は、全体主義国家の空気を吸ってはいられない」(p50『ヴォルテールとフリードリッヒ大王』)
これからの時代、ますます効率と冷徹さを求められるのだろうが、人間性を喚起する力、勇気と感受性を失わないようにしたいと鼓舞された。

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≪大人の本棚≫
DE SENECTUTE and THE PRINCE'S TALE
フォースター 老年について
著者:Edward Morgan Forster、小野寺健(編)、みすず書房・2002年4月発行
2013年5月24日読了

職場から近い(二駅)のでいつでも行けると思っていたら、もう会期末。混雑する前に出向いてきた。(2013年5月27日)

お気に入りの作品を何点か。

『The Music Lesson 音楽の稽古』1662-65年
一番のお気に入り。
壁面の汚れ具合から、オランダ・デルフトの豪商の年季の入った屋敷での光景か。
鍵盤楽器ヴァージナルの練習に余念がない少女の後ろ姿。楽器手前の鏡に映る表情には、先生への"仄かな想い"が垣間見える。これが本作の主題だな。

革張り椅子のブルーとスカートの鮮やかな赤色。ヴァージナルのくすんだ金箔色がそれらを引き立て、前景のタピストリーが"重し"なり、画を安定させている。
印象的な市松模様の床がフェルメールの二点透視画法を際だたせる構図だ。

本画はバッキンガム宮殿で女王の不在となる夏期のみに入室・鑑賞できるらしい。夏のロンドンはAIRもHOTELも劇高だが、是非観たいな。
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『Lady Standing at a Virginal ヴァージナルの前に立つ女』1673-75年
窓から差し入る日光に背を向け、楽器でポーズを取る女。カメラ目線じゃないか。
本作では、壁の床に接した部位に貼られたタイルが気になった。二十数枚すべてが異なるデザインだ。狩猟、魚採り、荷役など労働者の姿百景? 当時の流行だろうか。

また、ヴァージナルって近世オランダ女子の教養だったのかな?
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『The Astronomer 天文学者』1668年
良いのだが、これは本物をルーヴル宮で鑑賞したいな。

『The Lacemaker レースを編む女』1669-70年
これもルーヴル収蔵の傑作品。
申し訳ないが、複製だと"デフォルメ"と"焦点"の技法が活かされていないような気がする。

『Soldier and Laughing Girl 兵士と笑う女』1658年
全体にくすんだ色彩でブルーなし。兵士の赤い衣服が鮮やかなアクセントだ。
丁寧に書き込まれた大判の地図が本作の主役のようだ。
本作はフリック・コレクションの門外不出の作品だそうで、ニューヨーク旅行時に観に行くようにしたい。
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リ・クリエイト。要は複製だが、オリジナル本来の色彩の再現を試み、欧州と北米に散らばるフェルメールの全作品37点を一堂に集めたのは画期的だろう。
額装を含めて一望できたのはありがたい。
でも、この内容で1,000円+音声ガイド500円は高い。
あと、本展の総合監修者・大学教授の等身大パネルなんていらないから!

フェルメール 光の王国展
2013年6月2日まで
神戸 ハーバーランドセンタービル
http://www8.kobe-np.co.jp/blog/vermeer/

ドコモのツートップに替える大チャンス! との宣伝文句に乗せられた。
Android 2.1(笑)からやっと脱出できた。

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春機種のXperia Zは大きすぎたので見送った。
ポイントの有効期限切れ間近を狙ってか、5000円割引クーポンが送られてきたので、販売店に出向いてきた。(2013年5月24日)

気になる機種代金は、
販売価格83,370円 (Xperia Zより高いじゃないか!)
 ▲11,600円 ドコモポイントと補償ポイント
 ▲ 5,000円 クーポン
 ▲ 2,930円 販売店独自割引とオプション契約割引
  docomoごり押し、いやお奨めオプションのセット契約割引らしい。
  翌日にすべて解除した。
 ▲63,000円 キャリア販促(月々サポート・スマホ割)
 頭金  0円
残額は840円(笑)。これを24回分割で支払えば終わりだ。
まぁ、得したと思っておこう。

Walkmanアプリもごきげんだ。
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Xperia Zはすでに生産中止。秋冬には6インチ版Xperiaが発売されるらしい。タブレットとの境界がますます曖昧になるな。

従来のミュシャ作品展と趣向を変え、今回は「ミュシャその人の思考」に主眼を置いた展覧会らしく、数年先まで関西で開催されないこともあり、神戸から東京まで出向いてきた。(2013年5月28日)

うん、六本木ヒルズ・森タワーは壮観だ。
チケット売り場、52階へのエレベータ前、展覧会入口の3箇所で待つこと実に60分。開場後30分でこの混雑か。

■パリでの衝撃デビュー
下積み絵師の時代から一転、サラ・ベルナールのポスタ-を手がけての鮮烈な跳躍。いま見ても華やかな装飾と人物像のデフォルメ術は新鮮だし、広告デザインの先駆者といわれる所以か。

やはり有名どころは華がある。以前は『GISMONDA ジスモンダ』(1894年)が好みだったが、この日は『LA DAME AUX CAMELIAS 椿姫』(1896年)に魅せられた。額装ポスターを土産に買ってしまったぞ。
鑑賞のたびに発見する悦び!
もちろん『SALON DES CENT, Juin 1897』も好きだ。

■パリでの華やかな活躍の時代
舞台広告、商品パッケージとポスターのデザインを次々と手がける一方で、出身地チェコスロバキアへの想いは水面下で募る。
1900年パリ万博の広告『オーストリア館』は良い構造だが、シンボルの女性の表情は暗く、喜びは見られない。あからさまなオーストリア=ハンガリー帝国批判。よくこんなの政府が許したな。

■『百合の聖母』(1905年)
チェコ民族衣装をまとう少女が佇む。半ばあきらめの表情か、そのすまし顔を見下ろすマリアの存在には気付かない。ミュシャの想い。その決意の萌芽。

以降、成功を捨てて渡米し、チェコ独立を目指して数々の絵画作品を手がけるミュシャ。超大作『スラブ叙事詩』の展示こそなかったが、スラブ色・チェコ色満載の作品が多く展示されていた。
『モラヴィア教師合唱団』(1911年)が良い。構図といい、女性の表情とポーズといい、赤の使い方といい、実に気に入った。ミュシャ展ショップで本物のリソグラフが販売されていた。お値段は四百万円。……また来ます(笑)。

実に良かった。
展覧会はこれから新潟、松山、仙台、札幌を巡回するらしいので、機会があればまた行ってみたい。
関西にも来て欲しいなぁ。

ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り
2013年5月19日まで開催
森アーツセンターギャラリー
http://www.ntv.co.jp/mucha/

オスマン様式建築の壮観なブルジョア的地区、庶民派地区、新興ボヘミアン・リッチの集う地区などの様々なパリの姿を、伝統的なカルチェではなく、パリジャンの日常的に意識する"区"単位として、生粋のパリジェンヌであり、日本とも深い関わりを持つ著者が紹介する。

・1区といえばルーヴル宮。それ自体が一つの世界であり、パリの特徴であるシンメトリーを表現する。ここから観るパースペクティブ(これもパリの特徴)は壮観だそうな。
歴史と日々の暮らしに詩情と芸術とが混ざり合ったシテ島、ノートルダム大聖堂=ベル・ダム(麗しの女性)への著者の想い。これはパリ市民に通底する心情なのかも知れないな。

・古きパリのマレ地区を擁する3区と4区。パリの歴史を紹介する"カルナヴェレ博物館"と1977年に建築され賛否両論の渦巻いた"ポンピドゥ・センター"の対照も面白い。

・18区モンマルトル、14区モンパルナス、6区サン・ジェルマン・デ・プレ。それぞれ世紀末ベル・エポック、戦間期エコール・ド・パリ、50年代に知的・芸術的生活の中心を成した地区であり、その名残が今も随所に残り、パリの魅力を醸し出している。
そうか、モンマルトルは1860年まではパリに隣接する村だったのか。"風車"は時代の名残だな。
温故知新ではないが、これらの場所を訪れ、何らかの知的刺激を受けることができれば、旅行の成果にもなりうる。

・17区は"コンシェルジェがいるアパルトマン"の件に興味を惹かれた。近代化の名残を今に伝える建築物に数十年も居住する住民。
観光地でなく市街中枢でもないが、さらけ出されていないパリ市民の姿が垣間見られる区域だと思う。遠くから眺めるだけになるだろうけれど。

心底パリを愛する想いがシンプルかつ美しい文章で綴られる。われわれは"異邦人"として訪問するわけだが、少しでも同じ目線を共有することで、グローバルにしてローカルな都市、パリの真髄に触れられたら嬉しいと思う。

Paris par arrondissement
パリジェンヌのパリ20区散歩
著者:Dora Tauzin、ポプラ社・2007年3月発行
2013年4月22日読了

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