ドイル『ボヘミアの醜聞』のスピンオフ。
女性の自立なんて「とんでもない」時代、その自由闊達さと冴える知恵と気転を武器に美貌のアイリーン・アドラーが活躍するさまを、"牧師の娘"ペネロピーがワトスンよろしく相棒の視点で綴った実録物語となっている。
緋色の研究(緋色の習作)のあの復讐者の登場は、序盤の嬉しいサプライズだ。
女探偵(ただし副業)として、アメリカ宝石商ティファニー氏よりマリーアントワネットの秘宝「ゾーン・オブ・ダイヤモンド」の探索を持ちかけられたアドラー。
ティファニー氏をバックに社交界に華麗にデビューし、オスカー・ワイルドら英国文学・演劇界の著名人、ロンドンを賑わすボヘミアの音楽家アントニーン・ドヴォルザークの後押しを得てメジャー歌手への階段を駆け上る姿はなるほど、逞しい。
そして、あの名探偵との邂逅。面白くないわけがない。
「ヴィクトリア朝推理冒険大活劇」の宣伝文句は大げさだと思うが。
後に良き伴侶となる法廷弁護士ゴドフリー・ノートン氏。その人柄はとても魅力的だし、「ゾーン・オブ・ダイヤモンド」の消失にからませて本書のキーパーソンとした手腕はなかなかのものだと想う。
なかでも上巻p198~199にかけての「幼少期のゴードン氏の決意」が印象に残った。
「ぼくの哀れな家族にとっての真の幻の宝はなんなのか教えましょうか?」
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個人的にはドヴォルザークがロンドンでアイリーンの才能を見抜き、ミラノ、ワルシャワ、そして運命のプラハへと導くくだりが印象に残った。スラブ舞曲とユモレスクが身近に思えてきたぞ。
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下巻はボヘミア、プラハに舞台を移す。皇太子の求愛が危険な執着へと変化ヘンゲするおどろおどろしい感情が目を引く。
オーストリア=ハンガリー二重帝国の軛への反発が強まる中、ボヘミア王室は、プラハの愛国者の罠を見破ったアイリーンに対し仇を持って返す
王侯貴族に特有の性質と追っ手を振り切り、ロンドンへ逃げ帰ったアイリーンとペネロピーを暖かく迎える男性とは……。
男はかくあるべし。
そして煙幕に包まれるサーペンタイン・アベニュー、『ボヘミアの醜聞』へ!
パリが舞台(サラ・ベルナール!)の続編も気になります。
Good Night, Mr. Holmes
おやすみなさい、ホームズさん アイリーン・アドラーの冒険(上下巻)
著者:Carole Nelson Douglas、日暮雅通(訳)、東京創元社・2011年11月発行
2014年3月8日読了