男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2014年10月

近世から帝国主義時代、グローバリスムの進展した近代の熟成期において、「世界各地の庶民生活が、世界システムの作用を通じていかに結びつき、今日の状況をつくりだしているのか」(p10)

人々の具体的な生活のあり方と、その世界システム的なつながり。著者はこの二つを縦横に編むことで、歴史を現実に向き合うものとして眼前に現してくれる。

■都市生活文化
・ロンドン一極集中の理由は、イギリス人のライフサイクルにある。近世から晩婚・核家族社会であり、老親を独りにするシステムが、世界に先駆けて福祉制度を導入させるに至った。(p28)
・1530年代の宗教改革により修道院領は国王の所領へ。これが売り出され、新たな地主が誕生する。商才に長けたジェントリだ。国会議員となった彼らが中心となり、1604年にぜいたく禁止法が全欧州に先駆けて全廃される。
・流行の発信地としてのロンドン。差異化の欲望。上流階級のファッションが下位へ、そして地方へと伝わる。身分不相応の服装は都市化の特徴でもあり、やがて国民的マーケットの誕生へと繋がる。(p45~52)

■経済成長こそすべて
・金融と情報の資本主義を重視する新自由主義の立場と、ものづくりを伴う実体経済を重要視する立場の相克は、実は17世紀から存在し(金融のオランダ、工業のイギリス、農業のフランス)、現在ますます先鋭化しているのは面白い。(p104)
・「経済成長」の概念こそ、ヨーロッパを中核として成立した近代世界システムの基本イデオロギーである。
・中世にこの概念はなかった。アジアの帝国と異なり、ヨーロッパの主権国家間の競争が"国民経済の成長"の概念を育んみ、いまやそれは地球規模の至上命題となった。(p87,110,112)

■ヨーロッパ世界システムの拡大
アジアの「帝国」とヨーロッパの主権国家の違い(p96)
・帝国システム:皇帝統治による平和システム。その反面、皇帝以外の武装を許さない。外界の交渉の遮断。ゆるやかな進歩。
・主権国家システム:政治的に統制されない国家間の兵器開発競争、経済競争。そこから生まれる"成長"の概念。
アジアの帝国と異なり、ヨーロッパの主権国家間の競争が"国民経済の成長"の概念を育んみ、いまやそれは地球規模の至上命題となった。「経済成長」の概念こそ、近代世界システムの基本イデオロギーである。(p112)

■なぜ世界最初の産業革命はイギリスだったのか
・産業革命を消費の側面から見ると、なるほど、実に興味深いな。工場での雇用が女性の可処分所得を増やし、それが台所用品などの鉄製品、衣料の生産増大にスパイラル的につながる。(p202)

■帝国の解体
・1926年のバルフォア覚え書きとして知られる。これを明文化したのが、1931年(昭和6年)のウェストミンスタ憲章だ。カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、ニューファンドランド(1949カナダの一州となる)各自治領に完全な立法上の独立を与えた。
・これが帝国の解体に至る嚆矢となる。インド、パキスタンの分離独立、スエズ運河地域からの撤退と中東の放棄、1960年代のアフリカ諸国の独立へと続き、ヴィクトリアの覇権は終焉を迎えることになる。(p226)

小さなエピソードとその背景を知り、歴史の大枠をとらえる。そんな知的好奇心を満たしてくれる興味深い一冊だった。

イギリス近代史講義
著者:川北稔、講談社・2010年10月発行
2014年10月22日読了

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本書は、メアリ・キングズリとフローラ・ショウの二人を軸に、西アフリカを中心とする帝国に活躍の場を見出した女性たちの物語であり、かつ、世界帝国を女性が語りはじめた時代の特徴が著される。

・レディ・トラベラーの四大特徴。女ひとり旅、30代から40代の独身、旅費は自腹、ツアーではなくトラブルを予感させるトラベルへのこだわりか。なるほど。そしてある程度の財産を所持し、教養、特に情報収集力と観察力を有する中産階級の出身であることも条件になるのだな。(p66)

著名な家族と医師を父に持つレディ・トラベラー、メアリ・キングズリ。帝国主義の先兵である軍人や宣教師ですら未踏の西アフリカの奥地へ足を踏み入れ、学術的にも重要な役割を果たし、その旅行記『西アフリカの旅』で著名人となった女性だ。ヴィクトリア時代の女性を特徴づける「厚いロングスカート、ハイネックのブラウス、頭にはボンネット」のスタイルでジャングルを歩き、大河をカヌーで上り、カメルーン山の登頂に成功したという。
・現地人との友情を深く交わしたとあるが、本当だろうか(p99)。食人民族の前では、依存心の転じた半従属の状態ではなかったか。あるいはp102にあるように現地人からは「白人男性」「サー」としての待遇を受けたこともあり、その優越感も働き、「同等」の友人としたのだろうか。
・晩年(といっても享年37歳)はボーア戦争の従軍看護婦として南アフリカに身を置き、捕虜に対するイギリスの待遇について憤慨する。この彼女の怒りが、後日、大英帝国の責務と矜持についての論争を引き起こすことになる。遺したものは大きい。

地主の家系にしてフランス貴族を母に持つ敏腕ジャーナリスト、フローラ・ショウ。後に「植民地の奥方」となることでヴィクトリア時代の女性の二つの人生を歩むことになる彼女は、高級紙「タイムズ」記者時代にやらかした「ジェイムソン侵入事件」への関与により、後世に名を残すこととなる。
・彼女の帝国への関わりは、娘時代に親交を得たジョン・ラスキンの講演に始まる。帝国に対するイギリス人の民族的誇りと責任観、帝国支配の精神論が彼女を捉え、植民地支配を正当化する考えが彼女の日常に浸透する(p136)。
・港湾地区の貧困調査は彼女を打ちのめす。人として最低限の生活に追いやられた家族や売春でその日を生きる少女たちを目の当たりにし、苦悩する彼女に、ラスキンの教えが閃く。帝国植民地との交易、あるいは収奪によってロンドンの、ひいてはイギリスの貧民を救うという発想。帝国主義むき出しの思考だが、この時代の空気が、ひとりの女性ジャーナリストを育成させることになる。
・後年、「タイムズ」の植民地欄を任された彼女の筆は、政治家、ひいては世論を左右することになる。ある意味、大英帝国の舵を担ったともいえよう。
・ケープ植民相セシル・ローズとイギリス植民地相チェンバレン。この帝国主義の両巨頭を結ぶ立場になった彼女は、ボーア戦争の引き金となる「ジェイムソン侵入事件」へ関与し、議会で証人喚問を受けることになる(p150)。毅然とした証言はさすがだが、これを契機にジャーナリスト生命は絶たれてしまう。
・50歳にして初代ナイジャリア高等弁務官の妻となったフローラは、しかし、植民地の奥方として退屈な人生には耐えられない。あくまでも「イギリス人からの視点」でしか帝国を観ることのできなかった彼女も、時代の人でしかなかったんだな。


本書の後半は、中産階級出身者の専門職「レディ・ナース」として世界各地へ赴任した看護師と、女性宣教師の人生が語られる。
それにしても、東インド会社だけでなく、セシル・ローズの南アフリカ特許会社、ニジェール特許会社(王立ニジェール会社)など、イギリスの触手の多彩さと「現地介入」の巧みさには恐れ入るな。

女たちの大英帝国
著者:井野瀬久美恵、講談社・1998年6月発行
2014年10月19日読了

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1837年に18歳で即位し、以降、60年に及ぶ長大な治世期間を誇ったヴィクトリア女王。本書は彼女の時代のロンドンに焦点を当て、その都市社会の特徴、連合王国の首都ならびに帝国の中枢としての諸問題、社会インフラ、人民の生活等を深く考察する。

・ロンドンにあって現在に足るまで特別の地位を保持する「シティ・オブ・ロンドン」。1888年にロンドン市議会が発足した際にも、あいかわらず行政の独立を保つことができた。独自の警察機構(1840年)を有することといい、彼らの特権的かつ独立した地位はどうやって獲得し、維持できているのか。金融資本家の力の強大さが垣間見えてくる。(p17,50)

・ユダヤ人、スコットランド人、アイルランド人、カトリック教徒。「ヴィクトリア時代の首都圏の中心部分では、労働者たちは社会主義的になる前に、すでに国際的になっていた」(p50)なるほど、ロンドン労働者階級の活力は移民によって刺激されたのか。

・蒸気機関車を発明し、世界最初の鉄道を開通させたにもかかわらず、ことロンドンに限っては鉄道網の発展は置き去りにされた。ひとえに高額の地価により、鉄道は郊外や他の都市とロンドンを結びつけるだけであり、市内で下層中産階級以下の利用する公共交通は乗合馬車と辻馬車が主流だったんだな。先発の「ロンドン・ゼネラル・オムニバス・カンパニー」と、屋上席へ通じる階段を取り付けた「ロンドン・ロード・カー・カンパニー」の競合は好ましい。(p61)

・1890年に開通し、現在に至るまでロンドン市中の主要交通となっているTUBE地下鉄は「壁に詰め物をした精神病院独房」「箱詰めイワシ鉄道」「下水管」と呼ばれていたのか。ロンドン市内の交通を激変させたのに、この悪名とは(p85)。

・貧乏人御用達の街頭市場のたくましいまでの卑俗さが、郊外居住者や田舎者とは異なる「ロンドンっ子」を育み、後のミュージック・ホールを発展させた精神の土壌となった。(p92)

・底辺労働者だったユダヤ人の雑貨商は、いつの間にか下層中産階層を凌駕する金満家となってゆく。彼らが移住したケンジントンでは「地価が下がる」と煙たがられ、それでも躍進を続ける、と。(p94)

・ホワイトリーズの逸話はすごい。服飾店から万事屋へと発展した百貨店の草分けであると同時に、市内バス運行も手掛ける。極めつけは、「企画部門」で、彼らの手がけたイベント(アルバートホールでの慈善氷上大会)と特殊な納品物(教会へ4時間以内に象を納品、印度の王族へ鉄道一式と蒸気船艦隊を納品)からは、総合商社の一面も見える。(p108)

・女性の地位に関する問題。カップルその貧しさゆえにが最終的に結婚できず、同性を恥じた女性が醜業婦に身を落とす様は悲劇的だ(p154)。中産階級から大いに同情されたとしても、本人の空腹を満たすことにはならない。本職の女性からは迷惑がられるし。「親の同意」を必要とする年齢が1885年に16歳に引き上げられる前は、13歳だったとは驚きだ(p153)。

・娯楽の少ない時代だから、劇場の大俳優やミュージックホールの「スター」(文字通り夜間興行だから)は、現代の芸能人より注目を浴びたことだろう。特に英国独自に発展したミュージックホールは、上層労働者階級や中産階級のみならず、上流階級の紳士も足を運んだことで「階級間を隔てていた格差を、わずかであるが軽減した」(p188)。これはどんな社会的調査よりも労働者階級の社会的地位の改善に寄与したことだろう。
 できることなら、ギルバートとサリバンの作品をこの目で鑑賞してみたいものだ(p187)。

・1851年のthe Great Exhibition大博覧会、1862年の第二回博覧会に続き、1886年には植民地ならびにインド博覧会が開催された。ヴィクトリア時代にはこれら公式の大博覧会だけでなく、あるいはそれに先駆けて民間のジオラマやパノラマ、映写機を利用したアトラクションが盛んだったとある(p204)。これらを通じてイギリス国民は帝国の一員であることを肌で感じ取ったわけだが、これらの集大成が1897年のダイヤモンド・ジュビリー、ヴィクトリア女王即位60周年式典だ。女王の行進の中に植民地の多数の代表団が加わり、これらを直接に見たロンドン市民の意識に「自国の領土がまぎれもなく、世界の果てまでも」拡がっていることを強烈に植え付けた(p217)。
 それにしても、オレンジ色や深紅色、淡青色に塗られた(p200)鉄の枠組みを持つ巨大なクリスタル・パレスを、この目で観たかったなぁ。

特筆すべきは第七章『家庭の団欒』だ。その後半は無名の中産階級男性(退役軍医)の詳細な日記から引用され、実に興味深い一節となっている。26歳年下の身分違いの女性を娶ったこと、妻は9回妊娠し、成人したのは5人、子育てとクラブ通いの日々。辻馬車(タクシー)には乗らずもっぱら乗合馬車(バス)や地下鉄を利用し、運賃や車掌の態度にクレームをつける様子などは面白い。また、同じ中産階級でも未亡人家庭や若年士官(准尉)の苦しい家計事情や、彼らへの支援、そして良質なメイドの雇用には実に苦労した様子が窺える(p164~p175)。

惜しむらくは文節の区切りが適切とは思えないことで、小見出しがあればさらに読みやすい一冊になったと思う。
それはともかく、世界帝国を打ち立てた英国全盛期のロンドンの広い描写を楽しめた。

LIFE IN VICTORIAN LONDON
ヴィクトリア時代のロンドン
著者:L.C.B.Seaman、社本時子・三ツ星堅三(訳)、創元社・1987年10月発行
2014年10月14日読了

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明治・横浜のレトロな日常と「ちろり」嬢ちゃんの心情が丁寧に描かれる叙情画。
それは「かもめ亭」で丁寧に淹れられる一杯のコーヒーのよう。

この6巻では、マダムとちろりの「絆」がテーマのようです。

『新月』
眠れない夜。波の音とともに押し寄せる不安の連鎖がちろりを追い込みます。マダムの思い遣りに気付かなかった自分を顧みつつ、かき消された感情を振り払い、"その味"と星空を楽しむちろり。良いです。

『ブラウン夫人』
腰を悪くし外出できない常連のたっての頼み。「かもめ亭のカヒーが飲みたい」に応えるべく、お屋敷へ出かけるマダム。当初のそわそわした不安にとまどいつつ、その原因に思い当ります。かもめ亭になくてはならない存在……。そこへ現われたちろり……。
お屋敷のベッドから想いはに馳せ、香りと「かもめ亭」の情景とを愉しむブラウン夫人……。
真のサービスに触れた、云々の評論を超えた物語。

次巻では、ちろりに恋の自覚が観られるか? 楽しみです。

馬車通り(現代化されすぎていますが)を南下し、日本郵船横浜支店の壮大な建築物に魅入り、山下公園を散策し、氷川丸を眺望し、ホテルニューグランド本館の姿を楽しむみつつ、「ちろり」の時代を想像する。先日試してきましたが、なかなか良かったです。


ちろり 横濱海岸通り21番地-B 海の聴こえる喫茶店にて 6巻
著者:小山愛子、小学館・2014年10月発行
2014年10月13日読了

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ヴィクトリア時代のイギリス大衆社会の特色がコンパクトにまとめられている。

・絶対的な階級社会。世界最初の産業革命を経て帝国主義への道をひた走る英国。拡大する経済利潤の恩恵を被るのは70%の国民だ。中流階級は上流の生活様式に憧れ、上層労働者は中流を模倣する。置いてけぼりの底辺労働者に救いの手が差し伸べられるのは、ヴィクトリア朝末期を待たねばならない。

・伝統的な自由放任主義は、やがてナショナル・ミニマムの思想へと変化する。ロイド・ジョージによる国民保険法の成立は1911年だが、ヴィクトリア朝末期に福祉国家の基盤が築かれる(公衆衛生改革、工場法、初等教育法)。

・帝国の拡大は国内労働者に恩恵をもたらす。特に一部の上層労働者は下層中流階級の年収を凌駕し、彼らが新時代の政治(労働党・自由党連立政権)、経済(大衆消費ブーム)、文化(ミュージック・ホール、旅行などのレジャー)を牽引する一大勢力となった。

・19世紀末には「帝国の中枢」の末席を占める熟練上層労働者に「特権意識」「帝国意識」が現われる。これにより労働者階級の体制内「取り込み」が行われ、階級対立が緩和される結果をもたらした。植民地に犠牲を強いての階級間和平の実現。

イギリスにおける奴隷貿易についても述べられ、現在に続く格差社会を理解するにも手ごろな一冊と言える。

大英帝国 最盛期イギリスの社会史
著者:長島伸一、講談社・1989年2月発行
2014年10月9日読了

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フランス革命前後のロンドンとパリを舞台に、ある悲しみから始まる家族愛と復讐を描くロマン長編。
一級品の歴史ミステリーでもある。

バスティーユ牢獄に18年間幽閉されたのち、とあるパリの民家に保護されたマネット医師。もはや年月を忘れたかのように"靴づくり"に精を出す魂の抜け殻だ。
そんな彼を救い出すのは堅実な銀行家であり、一家の終生の友人となるローリー氏だ。
同行し、初めて見る父を優しく抱きかかえる娘ルーシーの仕草はあまりにも可憐だ。

いわれなきスパイ容疑で裁かれるチャールズ・ダーネイ氏。後にルーシーの夫となる彼は、以降、何度も死地をくぐり抜けることになる。
スチャラカな弁護士シドニー・カートン氏は、ルーシーへの本物の愛を保ちつつ、終盤のキーパーソンとなる。

フランス革命の足音は、幸せなロンドンの一家を突然に襲うのだ。
パリで酒屋を営むドファルジュ氏は、マネット医師のかつての家僕であり、牢獄から解放されたかつての主人をかくまっていたのだが……。
革命の狂気は天地を逆返し、かつての関係をも覆してしまった。

幾重にも張られた伏線が回収される様はさすがだが、人の首が、命が、数字に置き換えられることの狂気には戦慄が走る。
そして「編みもの」に勤しむドファルジュ夫人の恐ろしさよ。

本書の終盤は一気に読ませてくれる。
一家のパリ脱出の緊張と「編み物の終わる」シーンの凄味には、声も出ない。
最終章のシドニー・カートンの"手記"は、だめだ、涙で視界がうるんで読むことができなかった。

650ページの長編を読了し終えた今、とても充実感を得ることができた。
復活する人生に祝福あれ、捧げる美しき人生に永き幸あれ。

A TALE OF TWO CITIES
二都物語
著者:Charles Dickens、加賀山卓郎(訳)、新潮社・2014年6月発行
2014年10月5日読了

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