男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2015年03月

都市。そこは集う人の意思により、人類史を変革した政治的事件の舞台にもなれば、知識の積み上げられた学術の地ともなりうる。
本書は、ヨーロッパの古都を事績の集積された博物館と見立て、知的センス溢れる文章が綴られる。

・発信する街ジュネーブ。市民自治と国際的主権の伝統を持ち、規模は小さいが大きく開かれた都市は、しかし寡頭民主制を生み、カルヴァンによる神権政治の素地となった。こうしてジュネーヴはプロテスタントの牙城だけでなく、国際的かつ戦闘的な宣教師の供給地となり、スコットランドやオランダへの影響力を強める(p73)。

・そのジュネーヴに生を得たジャン=ジャック・ルソーも、ジュネーヴ市民の身分に誇りを意識しつつ、フランスと生地への思いに揺れながら、やがて『社会契約論』と『新エロイーズ』を世に遺す(p80)。この相反する著作こそ、フランス文化と厳格なジュネーヴ文化との相克によるものといえよう。

・ロマンティック・エディンバラ。この新市街・旧市街の非規則的な建築物とモニュメントの配置をピクチャレスクの視点でとらえ、それらが古画的庭園を演出する小道具の配置に見立てた論述には合点がいった(p143)。

他にヴェネチィア、バルセロナ、ドレスデン、コヴェントリ、グラナダ、マンチェスター、ダブリン。
それにしても、実に"歴史欲"と旅情を掻き立てられるエッセイたち。夏の旅行先に悩むところだな。

都市は<博物館> ヨーロッパ・九つの街の物語
著者:高橋哲雄、岩波書店・2008年9月発行
2015年3月26日読了

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緋色の研究や四つの署名を超える長編。非現実的な要素の絡め方も見事であり、とても面白かった。

・なんと言っても風景描写! 煤煙のロンドンではなく、イングランド南西部の荒涼としたムーアの情景が目に浮かぶよう。それにクライマックス直前、澄み渡った夜空の下、「ムアの半分を覆っていた白いふわりとした霧のかたまり」に包まれる様は、突如として眼前に現れる魔犬の場面を盛り上げてくれる(p323)。

・ステイプルトンの「妹」といい、ライオンズ夫人といい、女性の弱い立場がクローズアップされる作品でもある。時代とはいえ、辛いな。

・先史時代人の石室での再会。ワトスンの心のありようが紙面から伝わってくるこの場面は、本作の見せ場の一つだと思う(p265)。

シドニー・パジット氏による挿画とオックスフォード版の充実した解説により、ホームズ世界を思う存分楽しめる一冊となっている。
スピンオフ作品は数あれど、やはり本家は何かが違う。

訳者あとがきには、本作に現れた作者の深層心理が研究されている。ドイル氏の家庭事情との関連性が詳しく記述されるが、研究者層ならともかく、本書の読者層には必ずしもマッチしないと思う。少し残念だ。

THE HOUND OF THE BASKERVILLES
シャーロック・ホームズ全集⑤
バスカヴィル家の犬
著者:Sir Arthur Conan Doyle、小林司、東山あかね(訳)、河出書房新社・2014年4月発行
2015年3月14日読了

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本書は、フランスの詩人にして20世紀前半のベテラン外交官のポール・クローデルによるフランス本国向け報告書の真髄を捉えた第一級の歴史資料である。

内面を綴る日記でもなく、対外的なプレス発表でもない、いわばプロの手によるフランス本国向けのしたたかな報告。
すなわち、日本国内関係者に見せる大使スマイルでもマスメディア向けリップサービスでもなく、本国への外交書簡にしたためられた怜悧な日本分析は、恐ろしいまでの的確さを持つ。

・外交官試験を首席合格したクローデル氏は、1923年当時の日本の立ち位置を看破した。いわく、日英同盟がイギリス側から破棄され、極東で英米ブロックが構築された上に、アメリカによる対日戦見越してのシンガポール軍港化が進められた結果、日本は「恐ろしく孤立」し、世界情勢の中心軸から外れて立場を失った(p182)。そして、この形勢を利用して、極東におけるフランスの利益拡大を講じる提言がフランス本国に行われている。

・元老、山形有朋と大隈重信の対比は面白い(p55,62)。また、日本ではなかば神格化された後藤新平のことを「非常識で放埓。落ち着きのない、成り上がり」(p188)等とこき下ろしているのも興味深い。

・1922年の平和記念東京博覧会を訪問して、その実質は<征服の博覧会>であると評す。仰々しさの理由として帝国主義的理由を挙げ、台湾館、朝鮮館など植民地展示会場の他に類のない充実さを指摘する。慧眼と言うべきか。同じ報告でその他の建築物や彫刻作品などを小馬鹿にしているのは気に入らない。これが西欧人の本音かも。(p80)

・支那軍閥の懐柔策が考案され、本国に提案される。史実はこの通りに進まなかったが、現状維持と引き換えの期限付き支援、そしてアジア版ロカルノ条約の提言は慧眼的だと思う。(p418)

CORRESPONDANCE DIPLOMATIQUE TOKYO 1921-1927
孤独な帝国 日本の一九二〇年代 ポール・クローデル外交書簡1921-1927
著者:Pail CLAUDEL、奈良道子(訳)、草思社・1999年7月発行
2015年3月8日読了

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東ヨーロッパ政治体制の崩壊からドイツ統合のニュースがホットな頃の著書なので、今日的視点から読んでみた。
ヨーロッパ統合。それは独仏の永遠の和解を前提に成し遂げられた理念的かつ実際的な偉業ではあるが、前後して発生した東欧激動の余波を受け、予想のされなかった問題を内包せざるをえなくなった。

「地域市民権」(p237) 非西欧人への選挙権付与の問題。フランス・ベルギーの移民労働者、ドイツのガストアルバイターに選挙権を付与するのか。「権利の平等と社会参加の促進のために必要なこと」(p60)ではあるが、難しい問題。緑の党や社会主義勢力がいくら力説しようと、理念的には同意、感情的には反対、というのが実情だろう。在日外国人-永住権保有者を含む-に選挙権を与えること。それは自治体運営や国政への参加であり、外国勢力の間接的内政干渉につながることを思えば、ぞっとせざるをえない。
今後、我国においても「大陸からの人の流れ」が大きな問題となるに違いない。

不平等感の問題。たとえばマグレブ移民一世はともかく、フランスやドイツで生まれ、白人と同等の教育を受けながらも隠された差別意識と失業に苦しむムスリム移民二世、三世。彼らが現状と将来に絶望を抱いたとしても不思議ではない。
ならば。
非西洋人として世を送るか、それともムスリムの天国に命を懸けるか。
ISIS等のイスラム過激派に身を投じる欧州生まれの若者たち、その萌芽がここにある。

ひとつのヨーロッパ いくつものヨーロッパ 周辺の視点から
著者:宮島喬、東京大学出版会・1992年4月発行
2015年2月27日読了

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