1500kmにおよぶ極地行。たどり着いた南極点で、しかし他国の旗を見る無念さよ。
その果てに、生還できたものは一人とてなく、彼らの遺した「記録」のみが、人類の英知を賭けた極限への旅を物語る。

本書は、男たち自身の日誌による冷静な、しかし過酷で残酷な旅の記録である。

・極点からの復路、最も頑丈な若者「水兵エバンズ」の思いがけない死に直面し(p156)、それでも「帰還」という使命に敢然と向かうスコットたちを、悪天候は容赦なく急襲した。

・正午の気温はマイナス42℃、北からの強い向い風。死を意識しながらのローペースの行進。意識は朦朧となり、日付すら怪しくなる。日誌に「神よ、救いたまえ!」の文字が多く表れる。(p170)

・「人間の立ち向かえるものではなかった。私たちは力尽きようとしている」(p173)とは、もう一人の仲間であるオーツ大尉の「勇敢な男の、イギリス紳士としての選択」(p172)、すなわち、ひとりでブリザードの中へ消え行った最期を見届けたスコットの言葉だ。死に未練はない。ただ栄達に届かない無念さよ。

・食料も燃料も尽き、全身が凍傷にやられ、吹雪の中でテントから一歩も動けない最後の四日間に、スコットは仲間の家族や親友に手紙をしたためる。選択するは行進途上の自然死。有意義だった冒険の人生を想いつつ、英雄は人知れず息絶える。

・日誌に書かれたイギリス国民へのメッセージは感動的ですらある。遠征に後悔はない。イギリス国民が困難に耐え、互いに助け合い、毅然として死に臨むことを証明してみせた――。(p180)そしてイギリス国家の慈悲による、残された家族への援助を最後に乞い願う――。


探検とは、知的情熱の肉体的表現なのだ(p254)、とはその通りだ。挑戦のレベルはどうあれ、未知の「何か」への興味を失わないよう生きたい。


THE WORST JOURNEY IN THE WORLD
ANTARCTIC 1910-1913
地球人ライブラリー
世界最悪の旅
著者:Aspley Cherry-Garrard、戸井十月(訳)、小学館・1994年11月発行
2015年7月9日読了

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