男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2015年11月

インターネット黎明期の1990年代初頭からSNS全盛の現代まで、中東アラブ諸国をはじめとするイスラーム圏におけるネット空間の発達が現実社会にどのような相互作用を及ぼしてきたのかをテーマとする本書、非常に興味深く読めた。

WEBサイト、掲示板、ブログ、SNSと変遷する情報発信の場。現実世界のテロ行為とリンクした「サイバー・ジハード」は活発になる一方だが、米国企業のサービスに全面的に依存していることは皮肉でもある。

第3章から第4章にかけての「アラブの春」と各種メディアの相互作用の検証が圧巻だ。「フェイスブック革命」などのセンセーショナルな表現の目立った欧米諸国や日本の報道とは異なり、現地でのSNSの果たした役割は小さく、既存テレビメディアと「携帯電話のショートメッセージサービス」こそが重要な役割を果たしたことを著者は立証する。
少なくとも現時点において、SNSはネット世界で有力ではあっても、その利用階層の外にまで広範に訴えかけるには力量不足と言える。ネット空間でのアラブの春の扇動者のその後も音知れず。2015年秋の日本で喧しい反安保法ごっこで話題を振りまいたSEALDsも似たようなものと言えよう。

湾岸戦争やユーゴ戦争などと同様、メディアに都合良く「改変」された「事実」がひろく報道される様子は、これが歴史的事実として永久的に残されることを想うと恐ろしくもある(p99、p106)。メディア・リテラシー、つまりは「情報の質、あるいはそれを見抜く眼力」(p107)が重要であるとは正鵠を得ている。
インターネット2.0時代になって、情報が操作され、事実が作られる恐ろしさは格段に増した。FBやツイッターで発信された「情報」をそのまま鵜呑みにしてはならないってことだな(p79,91,95,98,104)。

イスラームを知る 24
サイバー・イスラーム 越境する公共圏
著者:保坂修司、山川出版社・2014年3月発行
2015年11月29日読了

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福州の港へ向かう商船が南シナ海で遭遇した猛烈な台風。遭難寸前の汽船の中で、個人のありようは、その行動に如実に現れる。
20年におよぶ船員体験を活かしたコンラッドならではの描写が光る海洋中編小説。特に第四章に示される機関室(エンジンルーム)や汽罐室(ボイラールーム)で機関長や火夫の奮闘する場面や、巨大なレシプロエンジンの動作する様子は、まさに圧倒的だ。

・舞台となる商船「南山号」はイギリス船籍だが、航海直前にオーナーの意向でタイ船籍に変えられる。ユニオンジャックに代わって掲げられるライオン旗に不満を持つ若い船員のデュークスに対し「どうでも良いこと」と素っ気ない態度を示すマクファ船長。この、物事をありのままに受け入れる朴訥な性格が、苦難にあって船員を引っ張ってゆく。「海上をさ迷う寡黙の人」(p22)

・海と気象に関する多彩な表現が本作品の魅力だ。
「船の行く手遠くの暗闇は、地球の星月夜を通して眺めた他の世界の夜のやうだった」(p35)
「触れば手に取れるかと思はれる程の濃い眞つ暗闇が、目の前に降りて来た」(p48)
「天鵞絨のやうな暗黒のなかで燃えてゐる血の池」(p87これはボイラー口)

・船橋、上甲板、船倉、船底と舞台は移るが、登場人物(すべて船員)に引けを取らない存在感を示すのが船そのものであり、空、海、そして恐ろしい波である。
「船はまるで世界の涯(ハテ)から陥落するように、波の底へと逆落としに潜って行った。機関室は地震に揺れる塔の内部のやうに、気味が悪いほど前方へ傾いた。鐵の器具類が落ちてくる恐ろしい響きが、汽罐室から聞こえてきた」(p92 大波をかぶって瞬間、水面下に沈みゆく船内の描写)
「機関の運動には、用心深い智慧の賢しさと、強大な力の慎重さとがあった。乱心したような船を辛抱強く宥めすかして、荒れ狂う海を乗り越え、風の中心に向かって突き進んでゆく。それがこの期間の仕事なのだ」(p91)

・苛烈な船内の状況と並行して、ヨーロッパで安穏に暮らす彼らの家族の生活はユーモラスでもある。亭主元気で留守が良いってやつか。知らぬは主人ばかりなり。

・悲しいかな、「間抜けな支那人ども」(p90)の「苦力の群」(p37)は人間ではなく、船倉にぶち込まれる"荷物"扱いだ。「支那人にはもともと魂などないともいふ」(p128) 20世紀初頭の欧米人が半植民地の中国人をどう見ていたかがよくわかる。

古書店で購入したで旧文字遣いの昭和12年版(昭和13年第三版)は読み応えがあった。現代的には違和感ある翻訳語も散見されるが、これはこれで味があって良いかも。
(一等運轉士=一等航海士、暹羅シャムロ=タイ国)

Typhoon
颱風
著者:Joseph Conrad(Teidor Josef Konrad Korzeniowski)、三宅幾三郎(訳)、岩波書店・1937年2月発行
2015年11月24日読了

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新興国家アメリカは、何故に東洋の辺境国家、日本を鎖国から解かねばならなかったのか。
その強い意志を持った人、米海軍最高幹部としてのマシュー・C・ペリーの視点から「日本遠征航海」が綴られる。

・捕鯨船の補給や遭難者の救助。こういった商業上や人道上の問題もさることながら、米海軍の世界戦略上、日本は最初にアメリカを国交を結ばねばならなかった。すなわち太平洋航路を切り開き、イギリスに代わってアメリカが新しい海洋支配国となるために。

・日本遠征は突然になされたのではない。英雄となった亡兄の重圧を背負いながらも、膨大な予算をかけて米市民やオランダから資料をかき集め、ペリーは着実に準備が進めた。それだけに、海軍省と国務省の文官の存在、駐シナ弁務官の横やりや、列強の干渉はペリーを苛立たせた。ましてや洪秀全による太平天国の乱だ。それらの厄介ごとを豪胆に振り切って、新設なったアメリカ東インド艦隊がシナから日本へ出港する様は痛快ですらある。

・沖縄の米海軍基地化。これを日本開国直前にペリーが始めたとは知らなかった。その地勢から、なるほど、アメリカは彼の地を手放さないはずだな。

・幕藩体制。その支配層の知性と国家統治のありようにペリーが関心を抱く様子は、小説とはいえ、江戸幕府250年の歴史を想うほどに感慨深いものがある。これを「御維新」で過去のものにしてしまったことは、本当に正しかったのか。

・新しい海軍長官が日本開国よりもシナ情勢への優先対応を命じるに対し、現場の機知を持って返す様は痛快だ。そして自らこう手紙に書き記す。「東インド、チャイナ、およびジャパンの諸海域における合衆国海軍司令官」と(p222)。すなわち今日の米海軍第七艦隊の誕生か。

ナポレオンのエジプト遠征。政治的・学術的効果はどうであれ、征服行為そのものに意味を見出すペリー。
「ナポレオンが征服したのは、いわば人類の記憶だった。…ああ、男子たるもの、永遠の価値を求めなければならない」(p101)
兄の軛を逃れ、本当の英雄になるためには、彼個人にとってのエジプト、すなわち日本の開国が必要であったとするストーリーも興味深かった。

ペリー
著者:佐藤賢一、角川書店・2011年7月発行
2015年11月22日読了
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本書は航空技術史・社会史としてではなく、大正・昭和初期の同時代人に多彩な新しいイメージを開かせた文化装置として飛行機の意義を考える。人の意識の変容、イベント、メディアの役割、デザイン、国防論、空中都市への幻想等、多岐にわたる記述が魅力的だ。

・豊富な図絵と写真が想像力を掻き立ててくれる。雑誌が普及する前の視覚メディアである絵葉書も十分に掲載される。高層都市に飛行機の飛び交う「未来の都市」(p23)や今竹七郎「世界一周大飛行」(p235)が気に入った。

・大正前期に来日した外国人パイロットへの接し方は大々的だ。現在の宇宙飛行士のような立場にあった彼らの事績が本書でも数多く紹介されるが、アート・スミスのアクロバット飛行や、女性アクロバット飛行家キャサリン・スチンソン(なんと19歳、p64に振袖姿の写真)は印象的だ。(3章『飛行機と武士道』)

・昭和に入ると日本人パイロットが活躍を始める。注目したいのは新聞社の果たした役割である。大阪朝日新聞と大阪毎日新聞・東京日日新聞陣営の競って開催した華やかな航空イベントが社会に与えたインパクトは相当なもので、国策とも結び合って、遠くは欧州までの飛行にまで結びつく。部数増が目的とはいえ、小冒険旅行が国策的英雄譚に変遷してゆく様は感動的ですらある。(5章『メディアと航空イベント』)

・日露戦争時の大本営参謀次長、長岡外史の事績が興味深い(p223~228)。プロペラのような長い白鬚が印象的な軍人にして、大正時代に日本の専守防衛を説いたとある。帝國飛行協会の副会長であり、衆議院議員として航空政策の確立を主張するなど、民間航空事業へ尽力。日本初の「エアガール」の審査員であり、これも日本初の「空中結婚式」の媒酌人を務めたとある。死に際しては空中葬を遺言に記し、相模湾に空中から遺骨を投下させた人だ。素晴らしい人生だったんだろうな。

・信じられない数の航空博覧会が開催されていたんだな。個人的には昭和五年の神戸「観艦式記念海運博覧会」が興味深い(p196)。

・スピードの1920年代! 機械技術が日常生活に浸透しはじめた時代(p238)にあって、自動車・飛行機・地下鉄など、それまでの移動感覚をくつがえす交通機関が周囲に出現したことは、当時の人々にいかなる刺激と衝撃を与えたことか。古賀春江、杉浦非水らの機械的なグラフィックデザインは、いまみても新鮮な喜びを与えてくれる。

飛行機が「ある時代に開花した都市文化の源泉」(p266)であり、当時の人々の想像力にいかなる刺激を与えたか。本書を通読することで、その一幕を垣間みられたように思う。

飛行機と想像力 翼へのパッション
著者:橋爪紳也、青土社・2004年3月発行
2015年11月16日読了

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与謝野晶子、中條百合子、林芙美子。日本近代文学を代表する三人の女性作家が敢行したパリまで12,000キロの鉄道の旅。本書は、彼女たちのシベリア鉄道経由ヨーロッパ行きを実際に追跡しつつ、旧社会主義諸国の現地で出会った市井の人々の姿を活写する、素晴らしい鉄道紀行文となっている。
第五章で満州の東清鉄道を取り上げている点も興味深い。

第一章と第二章は与謝野晶子と夫、与謝野寛に関する記述が中心となる。
・実に13人もの子を産み、文筆に家事に精力的に働いた与謝野晶子のエネルギーには圧倒される。『みだれ髪』で著名人となった彼女は、かつての師であり売れない詩人となった夫に対し、パリ遊行による気分転換を薦める。
・「世界の遊民」(p41)としてパリに遊ぶ夫からの書簡には、晶子を誘う文句が満載だ。結婚10年にして熱烈なメッセージを幾度も受け取ったからか、1912年5月「浦潮」より、晶子はシベリア鉄道にてパリへ旅立つ。
・2006年8月30日発のシベリア鉄道、ロシア号は15両編成。欧米人の旅客は多いのに、日本人は著者ひとり(p62)。ヴィザや旅行時間だけではなく、やはりロシア旅行には心理的な壁が存在すると思う。
・「鉄旅」好きの著者による列車内部の描写、それにウラジオストクの街、ハバロフスク、バイカル湖の様子が晶子の記録と相まって描写され、とても興味深い。林芙美子と同様、物価まできちんと記録されている。
・著者に同行したロシア人学生の掲げる「いい男の条件」が気に入ったぞ(p69)。

第三章と第四章は『道標』の中條百合子についての記述と、エカテリンブルクの民家とモスクワ滞在の記となる。
・上層中流階級インテリゲンチアの家庭に生まれ、ローティーンでありながら大正の都市文化を十分に享受(p111)した百合子。幼少から社会的名士と接し、使用人との階級差を当然のものとし、好きなことを堪能した。莫大なエネルギーと好奇心の持ち主が『貧しき人々の群れ』で華々しく文壇にデビューしたのは、なんと十七の歳だ。そしてこの多感な時期にトルストイとドストエフスキーの作品に触れたことが、彼女の一生を決定づける。
・湯浅芳子との共同生活(Y・Yカンパニー)は双方に影響を及ぼしあう。「社会主義同盟」ソビエトの理想への共感。1927年11月に二人はモスクワへ向けて旅立つ。
・イルクーツク発モスクワ行き寝台列車「バイカル号」での著者のエピソード。北京大学留学中のフランス人青年が中国における日本人の行為について議論をふっかけてきたという。限定的かつ愛国的教育を受けた中国人の若者から聞いたままの話が「事実」となって定着してゆく。欧米エリート層への親中意識の浸透はともかく、日本国および日本人への歪んだイメージが形成されるのは面白くない(p120)。
・著者の見たロシアでは、秘密警察に惨殺されたニコライ皇帝一家が神のように崇拝されているという(p147)。なにかに縋りつく民衆の姿は、素朴でもあり畏怖の対象でもある。
・モスクワ探索中に、百合子に縁のある「全ソ対外文化協会」の建物を著者が発見する件(p170)や、百合子がモスクワで会った後藤新平(70歳!)に関する論評は興味深いものがある(p174)。

第五章は長春とハルビン。1927年(中條百合子)と1931年(林芙美子)による長春駅の描写の比較が面白い(p213)。
・著者が市民と会って肌で感じた「中国にいまだ言論の自由はなく」、当局の目を気にして、文化大革命などの過去をストレートには語れない事実は参考になった(p243)。

第六章は旧ソ連邦共和国および東欧圏であるミンスク、ワルシャワ、ベルリン滞在記。
・パリと比べての、与謝野晶子の率直なベルリン評は辛らつだ(p285)。

第七章は三者三様のパリ。同じシベリア鉄道経由パリ滞在でも、プチブルインテリゲンチアである中條百合子の「大名旅行」と、ルンペンプロレタリア林芙美子のつましい「三等車生活」とでは、その金銭の費消の仕方には大きな隔たりがあるな。
・1929年に中條百合子はパリ-ロンドン間を船ではなく飛行機で横断している(p313)。ブルジョワ、おそるべし。
・一方で林芙美子は質素な生活をしつつも、劇場やコンサート、美術館には精力的に出かける。生活者目線での観察が秀でている。

気になる点がひとつ。第二次世界大戦中のソビエト連邦の死者数(2千万人)と日本の死者数(3百万人)を比べ、だから……式の記述はどうなのか(p263,265)。人の命は数ではない。著者のバックボーンが社会主義にあり、ソ連・中国共産党に理解を示す傾向はしかたないにしても、これだけはいただけないな。

当時の旅は死の恐れを伴うが、「それでも世界をこの目で見たいという欲望」(p344)は、よくわかるな。
実に充実した内容の本書。巻末の参照図書も参考になるし、素晴らしい読書体験をさせてくれた。


女三人のシベリア鉄道 
著者:森まゆみ、集英社・2009年4月発行
2015年11月8日読了

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