男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2015年12月

2011年1月チュニジアのジャスミン革命と、ムバラク大統領の退陣が衝撃的だったエジプト革命。これらに続くアラブ諸国の変革。この「宗教よりも、自由・人権・人間の尊重が重視される政変」(p1)は1989年東欧民主主義革命を彷彿させてくれるが、その背景は似て異なる。
本書は、革命の背景となったポスト・イスラーム主義、すなわち新しい政治的・社会的・文化的潮流が形成されるに至る1960年代から2011年にかけてのイスラーム主義運動の変遷を追う。

・独立の興奮やまない1960年代。民衆が期待を寄せたナショナリスト政治指導者は腐敗政権へと堕落し、世俗主義的ナショナリズムへの信頼は急速に失われる(p9)。そして特に急激に増加した貧しい都市住民の支持を獲得したイスラーム主義運動が、マルクス主義者との闘争に競り勝ち、地域ネットワークを通じて1980年代に勃興する。

・1989年にピークに達したイスラーム主義運動の目標、すなわち「イスラーム法による政治制度を持つ国家建設」の非現実性が1990年代を通じて明らかとなる。窮乏化した都市青年層を中心とする一派に政治的調整能力の欠如は明らかであり、彼らの一部はテロリズムへと走り、中間階層と大衆は離反する。そして「神の正義を信じず、戦いについてこない」一般市民をテロの対象とみなす(p54)。

・ポスト・イスラーム主義。それは宗教の政治からの分離であり、イスラームと、個人の自由や選択との連合の思想である(p62)。その政治的合法化を探る主流派が、やがて2011年のアラブ革命を指導し、イスラームをバックボーンとしながらも現実的な政策を掲げた世俗的政権を担うようになる。

・一方でイスラーム法に基づく「想像の共同体」を志向する運動が現われるが、その担い手は、西欧に生を受けたムスリム移民の二世、三世である。生まれながらにしてマイノリティーであり、親の出身国との紐帯を持たない彼等のアイデンティティーは、イスラームにこそ見出された。「言語や文化や伝統などの民族的差異をこえてムスリムとして連帯する、トランス・ナショナルな集団」はクルアーンとイスラーム的慣行にのみ忠誠を誓う。国際的ジハード主義者の根はここにある(p65,80)。彼らにに国への帰属意識はない。自分たちのローカルなイスラムが、ネット空間によってグローバルな世界と結びつくからであり(p87)、それはグローバル・テロリズムを是とする。

無差別テロに走るジハード主義とは一線を画した、穏健派イスラーム主義。インターネットに代表される情報革命を体験し、市民社会的価値観をシェアする自由な社会を求める市民の声。両者の結合がイスラーム社会に「非宗教的な民主主義革命」という歴史上の革新をもたらした。

2015年11月13日に引き起こされたパリ同時テロ事件。この事例でも明白な通り、いまや国際的ジハード主義者はイスラームにとっても敵となった。そして穏健派イスラーム主義者は「われらの側」にある。

イスラームを知る 11
原理主義の終焉か ポスト・イスラーム主義論
著者:私市正年、山川出版社・2012年4月発行
2015年12月27日読了

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アール・デコの魅力。それは装飾的細部の力(p126)であり、グローバルでありながらローカル・アイデンティティの色かたちを併せ持つところにある。
本書は、1920年代から戦後にかけて世界中で建設されたアール・デコ建築の、いまなお現存する作品を観て触れる楽しさを随所にちりばめた、魅力ある一冊となっている。

・1925年に現代装飾美術・工業美術博覧会が開催された本場、パリをはじめ、ロンドン、ベルリン、ストックホルムなどの西欧、キュビズムのチェコ、スターリン様式のロシア、ポーランドなどはアール・デコの宝庫だ。博物館等の公共建築にとどまらず、集合住宅の解説と著者撮影による美麗な写真を楽しめる。

・ニューヨークにはクライスラー・ビル、エンパイア・ステート・ビル、ロックフェラー・センターにとどまらず、5thアベニューをはじめアール・デコが摩天楼にひしめく。『華麗なるギャツビー』の時空に思いを馳せるのは楽しい。

・フランス式アール・デコの精華と、マヤの造形による意匠の渾然一体となった濃密な造形空間(p56)となったメキシコ宮殿は魅力的だ。

・ヒンドゥー的、イスラム的な要素を持つインドのアール・デコは1930年代のもの。この時期はイギリスからの独立運動が盛んになり、英国式オリエンタリズムからの脱却の意識、半英国運動の一端(p78)と捉えられる、か。

・北アフリカのイスラム世界にアール・デコの溶け込む様(p99)は、その幾何学的要素がムスリム的装飾=キリスト教芸術と異なり、偶像を排し単純な要素を繰り返す造形との一致が見られるのは面白い。

・第9章「日本のアール・デコ建築」には力が入れられている。旧朝香宮邸(東京都庭園美術館)、日本橋三越、「ライト式」帝国ホテル旧館、駒沢大学図書館、武庫川女子大学甲子園会館、大丸心斎橋店など、全国に残る建築物が紹介されている。

・そして氷川丸。横浜港に係留されている戦前の大型客船だが、これがアールデコの内装を持つ唯一の現存する船だとは知らなかった。貴重だな。

老朽化により、あるいは耐震性などの理由により、当時の暖かみある面影を遺す建築物は取り壊される運命にある。現存するうちに鑑賞しておかねば。


図説 アール・デコ建築 グローバル・モダンの力と誇り
著者:吉田鋼市、河出書房新社・2010年10月発行
2015年12月18日読了

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地球環境を巡る議論にインテリジェンスは欠かせない。本書は地球温暖化をめぐる議論のポイントから、世界に冠たるグローバル企業の情報組織力、先進のEUと超大国アメリカ、そしてアジアの事実上の覇権国となった中国の動き、環境面では世界一の技術大国である日本の取るべき道が語られる。

ただし東日本大震災前の対談なので、そこを加味して情報を受け取る必要がある。

・旧西ドイツの緑の党が主張した環境政策。そのムーブメントをドーバー海峡の対岸からが見護りつつ、次の世界システムの構築へと動いたのがイギリスであり、「排出権取引」、すなわち廃棄物に金銭的価値を見出した革命的な構想力が特筆される。1997年の京都会議では開催国日本そっちのけで議論を実質的に取りまとめ、新しい概念「カーボン通貨」を創出し、EU共通政策を経て世界覇権を目指す。老大国イギリスのシステム構想力と強大な影響力はときにアメリカを凌駕する。

・中国の動向には要注意だ。システム=気候変動の枠組みに後から参加し、日本から多数を搾り取ることができる構図(p71)が明らかである以上、どう対抗できるかが問われる。

・民主主義の礎(p138)でもある、情報を受け取る側の「メディア・リテラシー」の重要さが随所で述べられる。報道に接するに、世にいう解説者・研究員の立場・所属組織・バックボーンを把握した上で、メディア組織「内部の論理」も理解し疑いつつ、自分の言葉で咀嚼するのは難しいことだが、確かに重要だな。

・代議制民主主義の本旨(p162)にはまったくの同感。国民投票を主張する勢力による「民主主義の押しつけ」には注意が必要だ。

・「陰謀説」の魅惑と危険、それへの唯一の対抗策=深く考えること。ここがとても参考になった(p118)。「思い込み」による未来予測の難しさも(p121)。

EUに圧倒的に有利な京都議定書は、21世紀最大の不平等条約でもある。インテリジェンスの苛烈で冷酷な世界。戦略なくして加盟した日本には悲壮な覚悟が必要だ。だが嘆いてはいられない。
COP3京都会議からCOP15"コペンハーゲン・ショック"を経てCOP21パリ会議へ。「影響力の大国」(p169)へのチャレンジ。次なる世界システムへの日本の構想力が問われるな。


武器なき"環境"戦争
著者:池上彰、手嶋龍一、角川SSコミュニケーションズ・2010年9月発行
2015年12月8日読了
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