男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2016年03月

19世紀後半から第一次世界大戦期にピークを迎え、現在も姿かたちを変えて存続する帝国主義。本書は、その歴史をホブソン、レーニン、ウォーラスティンらの著作やナショナリズム論、社会ダーウィニズムなどから俯瞰し、世界の一体化と亀裂・分裂といった視点から帝国主義の現代的意義を考察する。

本書の裏表紙に掲載された有名なイラスト、「アフリカ大陸を一跨ぎし、両手を広げてポーズをとるセシル・ローズ」が、何よりも帝国主義の本質を表している。

・自由貿易帝国主義論(p13)、社会帝国主義論(p15)、従属理論(p16)、世界システム論(p22)。これら先人の研究から、16世紀から21世紀にかけての歴史的過程こそ、帝国主義そのものであることがわかる。19世紀後半から1914年までの時期はその典型であり(p20)、20世紀後半の数多の植民地の独立でさえ、イギリスからアメリカへの覇権国の変遷による帝国主義の変化の一つにすぎない(p25)。

・「強国が国境をこえて他国あるいは他地域に政治的・経済的支配や影響力を広げ」、国家間の対立が激化する現象(p24)。これが帝国主義の一面であるなら、今日の金融支配・競争ならびに多国籍企業による広範かつ不透明な途上国への進出こそ、現代的意味を帯びるものといえよう。

・19世紀のグローバリゼーションは世界をどう変革し、今日に何をもたらしたか。インドおよびアフリカの急激な鉄道網の敷設はいっそうのモノカルチャー化をもたらし(p34)、工業製品の一大消費地の役割を増大させた。途上国の貧困の遠因はここにある。

・奴隷貿易の終焉は、その過酷な低賃金労働を中国人およびインド人のクーリーに転嫁しただけでなく、労働市場を巡って先進国非熟練労働者との競争を激化させた。これが後に似非科学的人種差別主義とつながり、AA諸国民に対する排斥運動を生み出す。

帝国主義戦争。特に西欧と中欧の覇権競争から生じた第一次世界大戦は、やがて被抑圧民の意識に変化をもたらす。白人に対する「われわれ」の自我の目覚めと期待。イギリス軍の実に13%をインド兵が占めた現実(p79)。ベルサイユ条約で植民地の期待が裏切られた結果、彼らの自我はナショナリズムに変質を遂げ、大規模な反帝国主義運動のうねりを生み出した。
人間の優劣を人種差におきかえ、少数「優秀民族」による多数「劣等民族」の支配を正当化する帝国主義の時代思想(p86)は過去のものとなったが、いまなお残る世界の「分裂」の不可逆的克服の道のりを強く意識せざるを得ない。

世界史リブレット40
帝国主義と世界の一体化
著者:木谷勤、山川出版社・1997年8月発行
2016年3月24日再読了

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2015年11月13日パリ同時多発テロ。この衝撃は、世界が新しい暴力=野放図な無差別テロの時代に突入したことを意味する。
本書はISによるテロ攻撃、ならびに彼らに刺激を受けて「拡散」した暴力行為のありようを、イラクおよびシリアの内戦、無政府状態にある一部のイスラム圏、世界各地、ひいては「十字軍」である欧米社会を舞台に取り上げる。さらにISの結成に至るムスリム・テロリストの系譜、今後さらに泥沼化=IS化の懸念される地域を予想しつつ、包括的な対応を考察する。

なお、本書p32に登場するパリ同時多発テロ実行犯の協力者=サラ・アブデスラムは、4か月あまりの当局の執念の捜査により、2016年3月18日にブリュッセルで逮捕され、パリへ移送された。事件解明への一助となることが期待されるな。

・ISとは何者か。イスラームを歪曲し、原始イスラムへの回帰とその手段としての戦闘を是とする「サラフィ・ジハード主義」(著者)を、リアル社会で追及する武装集団(p121)である。その極端な活動は、日本人を含む異教徒の殺害を躊躇しない。イラク・シリアの支配地域(北海道より広い!)ではタリバン以上の恐怖政治を住民に強い、イスラム圏においてはフランチャイズ化(p98)を進め、世界中のムスリム・コミュニティでテロ志願者を幇助・扇動する。まさしく、ならず者集団といえよう。

・パリ同時多発テロの実行犯はベルギー系フランス人である。ブリュッセルにIS志願者を多く要する理由の一つとして、著者はベルギー移民社会に潜伏するリビア人過激派人脈の存在を例に挙げ(p35)、今後は、西欧各地に拡散した「抑圧されたムスリム移民2世・3世」によるテロの大流行期に入ると警鐘を鳴らす。ISに賛同した地元民による、グローバル・ジハードの戦列の脅威。奇しくも2016年はアメリカ大統領のレーム・ダック期にあたり、抑止されない現実が見えてくる。

・2015年からメディアに現れたトルコ・欧州への越境難民。その原因はISではなく、シリア政権による「自国民への無差別爆撃」にある。親子二代に渡って恐怖政治を強いてきたアサド家は、中東における「北朝鮮の独裁政権と同じようなもの」(p165)。自国民の処刑者は10万人以上。このような状態が放置されているのは複雑な要素=クルド人、イラン、パレスチナ人、ヨルダン、アメリカの協力、抗争が重層的に絡み合い、シリア政権を強力に支持するロシアとイランの存在によるものだが、この無秩序と、アサド家による反体制派自国民への軍事攻撃を「テロとの戦い」と言わせるための方便が、ISをここまで増長させた主要原因である。著者はアサド政権の放逐(p161)こそ、IS弱体化の必須条件であると強く説く。

・「アラブの春」で独裁政権を倒したリビアとイエメンが危ない。特に無政府状態に陥ったリビアは「北アフリカ全体のイスラム過激派の聖域」(p100)となりつつあり、リビア版ISの誕生が懸念されるという。

・ISではなく、イラク北部のクルド労働者党の拠点を空爆するトルコ。同国政府とクルド人勢力の対立が激化し「トルコ国内で大規模なテロが頻発する懸念」(p114)の通り、2016年3月19日にもイスタンブールでテロが発生した。EU加盟なんて遠い夢でしかないな。

著者は、今後発生する地域紛争に国際社会の介入が行われず、泥沼化する可能性を警告する。国力を増強したロシアによる、アメリカ主導の世界秩序への挑戦。いまや安保理は機能せず、国際紛争解決に支障をきたす状況が顕現しているという(p116)。これに中共が加わり、冷戦期同様の状態になるとしたら……。「無秩序状態の常態化」(p117)。PKOでは無秩序な武装勢力への対応は困難を極めるだろうし、紛争地域における「非人道的な」恐怖社会が野放しとなる可能性すらあるのか。
たとえそうであっても、過激思想の集団(p195)へは対峙するしかない。

2015年11月に創設された国際テロ情報収集ユニットに頼るだけではなく、日本国民の取り組むべき指針が本書にはある。「暴力を止める国際的な努力」(p205) たしかに傍観してはいられない。

イスラム国「世界同時テロ」
著者:黒井文太郎、KKベストセラーズ・2016年3月発行
2016年3月21日読了
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タイトルから政治エンターテイメントを予想していたが違った。1907年に発表された、世界屈指の大都会ロンドンを舞台に繰り広げられるコンラッドの群像劇は、ひとの弱さと悲劇を見事に描き切る。

作品の内容からみて、タイトルは"密偵"ではなく、"シークレット・エージェント"のほうが良かったのかもしれない。

世界帝国イギリスのひとつの象徴でもあるグリニッジ天文台の爆破。それが長年、"某帝国の密偵"を務めたヴァーロック氏に課せられた新しい使命。
3人のアナーキストに爆弾魔、国会議員とその私設秘書、スコットランドヤード屈指の辣腕刑事と、その上司である警視。みながみな「私的な理由」で正義を追及する世紀末の濁世において、ひとり純粋さを保つunbalanced manと、その姉にして密偵の妻。11章の殺人シーンは圧巻だ。

・「手段を選ぶ際して逡巡を捨てる決意。破壊者の名を公然と受ける強さ。人間のための永遠の死を志願し、腐敗した世の中に蔓延する諦めきったペシミズムに染まらない者たちの集団」を夢見る(p63)老アナーキスト、ミケイリスの語る理想の集団は、ISISの迷い宣うところに似ている。
・プロレタリアートの先導者を自認する社会革命家を「社会の因習の奴隷だ」と蔑む爆弾魔"プロフェッサー"は「絶対に一人で仕事をする気概」(p103)を持ち、コートの下に爆弾を常時携帯していることが自慢だ。「遵法という迷信めいた信仰を打破すること。警官が白昼堂々、社会主義者を射殺するような世界」を夢見て「完全な起爆装置」の発明に執念を燃やす人生。これもひとつの人生か。
・中央赤色委員会の指令下、秩序だった社会が顕現する未来。これがオシポンの理想。テロリストといえど、崇めるところは三者三様か。

計画に失敗し、グリニッジパークで誤爆する爆弾。木っ端微塵となった爆弾所持者。捜査中に発見した衣類の切れ端に縫い付けられたネームタグから、ヒート警部はヴァーロック氏の住居兼店舗にたどり着くが……。

読み進めるに従い、本作の主人公はヴァーロック氏でもヒート警部でもなく、ある女性であることがわかってくる。それはコンラッド自身による「作者ノート」にも記されている。
悲しい運命の人、ウィニー夫人と純粋なスティーヴィーの魂に安らぎあれ。


THE SECRET AGENT
密偵
著者:Joseph Conrad(Teidor Josef Konrad Korzeniowski)、土岐恒二(訳)、岩波書店・1990年6月発行
2016年3月15日読了

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