男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2017年02月

本書は、1914年に国費留学生としてブリュッセル、パリ、ベルリン、ロンドンを1年間渡り歩いた著者の欧州滞在記と、そこから導かれた東西文明論が展開される。すこぶる愉しい読書体験を味わえた。

・自然をあるがまま、ひとまとめに圧縮したものが日本文化、細部に分解し、その結果を再統合したものが西洋文化とある(p23)。わかりやすい。あと、彼の地では平等思想が勢いを増しつつあるにもかかわらず「驚くべきほどの階級の思想がある」ことを著者は特徴としてあげる。

・個人主義と権利の主張。カフェでの釣銭とチップ問題(p32)。文明国で"家"を有するは日本のみであり、西洋のそれは鍵付き"部屋"である(p43)、犬の茶碗と人間の茶碗(p64)、トイレ問題(p66)など文明比較は多岐に渡る。

・整頓、秩序、組織という文化(p184)と、自由の気風の差異。独逸式と英国風の比較論が興味深い(第3章)。

・パリでは下宿探しに骨を折り、カルナヴァレ博物館の展示物にアントワネットはじめギロチンに斃れた人物の啾々(シュウシュウ)たる鬼哭を聞き、自動車の車掌や荷馬車の馭者に革命の血潮の流れるを感じる(p215)。女権拡張論者のデモに期待して出向くも、期待外れに終わり……と実に面白い。

・ベルリン滞在中にグレート・ウォー=第一次世界大戦が勃発。日本がロシアに宣戦布告したとの偽情報が街に広まり、日本人が大歓迎される様子は面白いが、後に敵国に回ったことが知れると日本人は次々に拘留される。著者はその二日前にベルリンを脱出し、手荷物ひとつでロンドンへと赴くことになる。その逃避行の切羽詰まった様子がリアルに上述される(p137)。

・独逸の興隆を脅威に感じていた英国にとって、ドイツとフランス・ロシアの開戦は好機であり、むしろ好んで対独戦争を遂行したとある(p158)。なるほど、外交も戦争も、イギリスはしたたかだ。

・ロンドンでは、寄席「エンパイヤ」で出し物を観る。1シリングの平土間でコント、女性ヴォーカル、道化師梅など7~8種のヴァラエティを愉しめたとある(p235)。いまは廃れたミュージック・ホールの全盛期を堪能したってことか。日本人出演者、小天一の水芸とは何だろう、気になる。

・最期はロンドンの物価高に音をあげて、ハンプシャー州のチリガミもろくに無いような小農村に家を借りることになる。地主富裕層と労農者のあまりの格差に憤る一方、日英同盟の影響もあって、彼の地でも日本の文物の知れ渡っていることに著者は嬉しさを感じ取る(p244)。

彼の地で遠く日本を顧みて、彼が結論付けたもの。それは日本文化の独自性であり、日本民族の優れた特性である。狭隘な愛国主義に陥ることなく、異国の地で彼我の文明比較を行い、あらためて自らを識ることの意義を知らしめてくれる一冊と言えよう。

西欧紀行 祖国を顧みて
著者:河上肇、岩波書店・2002年9月発行
2017年2月13日読了

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1920年代の服飾が気になり、六甲アイランドへ出向いてきた。
(2017年2月18日)

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神戸開港1868年1月1日から1990年代までのモードの変遷が一望できる展示。洋菓子、木工、清酒、コーヒー、アパレルなどの地場産業の紹介も。
個人的には、1920~1930のものとされるライトブラウン・シルクの「ワンピースドレス」が気に入った。
ビデオ展示では、まさか昭和5年の神戸港大観艦式(潜水艦を含む艦艇160隻、航空機70機)の映像を見ることができるとは思わなかった。

神戸ファッション美術館
http://www.fashionmuseum.or.jp/
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併せて、小磯記念美術館で開催中の特別展『パリに生きる パリを描く』も観てきた。

お気に入りを何点か。

■梅原龍三郎「Paris Landscape 巴里風景」(1965年)
大胆な筆のタッチに街の活気が漲るよう。

■大橋了介「In Paris パリにて」(1929年)
灰色の空から、おそらく冬の午前中の裏路地を描いたと思われる。路地右手を行くは花売り車だろうか。
街の色彩の豊かさが心地良い。

■里見勝蔵「Cafe In Nesles-la-Vallee ネル・ラ・ヴァレのキャフェ」(1924年)
手前左の赤いカフェのみならず、低い空の存在感が特筆される。

■荻須高徳「"Aveille", Montmattre モンマルトル”アベーユ”」(1973年)
もう一度、あの高台に行きたくなる。

神戸市立小磯記念美術館
http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/koisogallery/

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芸術に触れるのは小さな非日常。空間とともに楽しむのが吉だな。

社会的使命、個人的事情、興味と自己満足。理由はどうあれ戦地に赴き、ファルージャの地でイスラム過激派の人質となった5人の日本人の運命を、囚われた男女、イスラム戦士、日本人ジャーナリスト、家族、社会の側面から描き出す。
それにしても「自己責任」、あまりにも政府に都合の良い言葉の暴力にさらされるとは。

・イラク人のためのNGOで働き、囚われの身になってからも他人を気遣い、隣人愛を説いてきた静香の最期は壮絶だ(p189)。励ましあいの『蛍の光』が哀しみの唱歌と化して……。クリスチャンとムスリムの反目は、かように一個人の運命を歪めてしまうのか。

・人質ひとりの殺害に対し、街全体の破壊をもって報復する米軍の恐ろしさもさることながら、作中のイラク聖戦旅団の「人質を殺害する理由」には疑念が生じる。無作為に他人の命を交渉の手段とするは聖戦士に非ず、犯罪そのものであろうに。その意味で、彼らは自らがテロリストであることを自覚しなければならない。

ラスト近く、優樹と海男の運命の分かれ道。その理由の残酷さには、うなだれるしかない。
それにしても、政府は国民を護らない。彼らは彼ら自身を守るための存在でしかない。そんな当たり前のことを再認識させてくれた。

パレスチナ、アフガニスタン、イラク、シリア。戦火と怨嗟の連鎖の続く中で他人の命を想う。それは光明へとつながる生き方となりうるだろうか?


砂漠の影絵
著者:石井光太、光文社・2016年12月発行
2017年2月17日読了

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「後世の歴史家は、一九二六年、モダーン・ガールの言葉が新聞雑誌に現れた時を一紀元として、その日本の男女社会を論ずる筆を新しくするであろう」(p403)とある通り、1980年代の日本における男女雇用機会均等法などが整備された遠景に、1920年代のモダン・ガールのセンセーショナルな登場があるように思われる。
本書は16編の小説、9編の論評・座談会と、小コラムから構成され、大正末期から昭和初期にかけて都市に活躍し、悩み、恋して生きたモダン・ガールと周囲の人物の醸し出す雰囲気を堪能することができた。

■堀辰雄『不器用な天使』
都会生活を満喫する若者と女、その揺れる心。スピーディな文章が時代の躍動を感じさせる。

■丸岡明『霧』
別荘地を舞台に女学校出の女子の一ページが描かれる。若い大学講師と会うどぎまぎ感が伝わってくる。モダンな文体をとことん楽しめた。
「こんな神経須弱のニヒリストは、ジャズを聞いて気が狂うといい」(p47)

■吉屋信子『ヒヤシンス』
「おお糧のためには愛する人をも裏ぎる恐ろしい屈辱――」(p146)
没落した中流家庭の子女の運命に、「独立した職業婦人」であるタイピストの置かれた弱い立場。泪の文字が似合う、胸の痛む一篇。

他に、冒頭の少女堕胎手術が衝撃的な龍胆寺雄『魔子』、48歳独身女性の恋愛観を描く深尾須磨子『マダム・Xの春』、ダンサーの悲しい恋を描く村山知義『スパイと踊子』、ステッキ・ガールと円タク・ガールの妖艶さが光る久野豊彦『あの花! この花』、モダンガールを超越した大陸の少女の印象的な久生十蘭『心理の谷』等を収録。

モダン都市文学Ⅱ モダンガールの誘惑
編者:鈴木貞美、平凡社・1989年12月発行
2017年2月12日読了

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神戸が最も輝いていた時代、すなわち大正から昭和初期にかけてのハイカラモダニズムを、文藝の端々から、絵画の片隅から、街を散策しながら、その夢の名残りを確かめる一冊。
明日にでも神戸を歩きたくなる。

・谷崎潤一郎、竹中郁、稲垣足穂、陳舜臣、庄野潤三、久坂葉子、江戸川乱歩、小松益善、横溝正史、妹尾河童、ラドヤード・キプリング。神戸に縁のある芸術家の作品、あるいは紀行文に現れる神戸らしさこそ、著者のいうハイカラモダニズムである。

・江戸末期に開港された旧居留地と山手(北野町・山本通)、異人さんの「発見」したレジャーの地、六甲山。スズラン燈の元町、船長文化の中山手、布引の滝を擁する「瀧道」であった頃の三ノ宮(p113)。芦屋を擁する阪神間から、あるいは須磨、明石まで。それぞれの地域で育まれた文化、特徴が見事に描かれる。

・1907年新築のオリエンタルホテル。客室数73、東洋初のエレベータを備え、キップリングが絶賛したグリル・レストランを擁する(p45)。その名残を夢想し、2010年旧居留地に開業の新しいオリンエタルホテルのレストランを試してみようかな。

・1927年に大丸が開業し、200基の鈴蘭燈が煌々と照らし出す元町の活気(p127)。「戦前の月の美しい夜、元居留地を散策」(p37)「楼上の一室から月夜の神戸港を望み」(p80)はいいな。

・兵庫大仏を擁する能福寺には、キップリングも訪れていたとある(p238)。

・西洋館の並ぶ中山手通りを、ほのかに照らす瓦斯燈。この界隈の住人が育んだ当時の豊かな文化生活の一片でも触れたいものだ(p157)。

・1935年になっても、旧居留地には500台もの人力車が営業していたのか。

・イナガキ・タルホの描くトア・ロードの異国情緒溢れる情景が見事だ(p82)。この視点をもって、ゆっくりと散策してみよう。

・「活動写真と探偵小説。大正末から昭和初期にかけてのそれは……おそろしくモダンでハイカラな、具体的な形を与えられた夢そのもの」の普及に貢献した江戸川乱歩と横溝正史の二人の軌跡(p243)も追ってみたい。

東京一極集中が問われて久しいが、神戸にはいまでも「戦前ハイカラ文化の香り」が残っている。地元民としてもっと歩いてみようと思う。


ハイカラ神戸幻視行 紀行編 夢の名残り
著者:西秋生、神戸新聞総合出版センター・2016年9月発行
2017年2月1日読了

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