男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2017年08月

世界遺産・五箇山の合掌造り集落。前々から気になっていたので、思いきって出向くことにした。
そして「サクラクエスト」と「true tears」の舞台である城端(ジョウハナ)を歩くのだ。

【参考データ】
2017/8/26土
特急サンダーバード9号 大阪8:40発~金沢11:14着
IRいしかわ鉄道/あいの風とやま鉄道 金沢12:07発~高岡12:47着
ベル・モンターニュ・エ・メール53号 高岡13:08発~城端13:55着
世界遺産バス 城端14:15発~相倉口14:38着

2017/8/27日
世界遺産バス 相倉口7:45発~城端8:15着
JR城端14:22~高岡15:17着
あいの風とやま鉄道/IRいしかわ鉄道 高岡15:32発~金沢16:10着
特急サンダーバード36号 金沢16:29発~新大阪19:16着

宿泊先:民宿 長ヨ門(五箇山、1泊)


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・世界遺産・五箇山 相倉合掌造り集落


■2017年8月26日(土) 倶利伽羅峠を超えて

8時の大阪駅は、やはり人が多い。時間があるので駅中カフェでコーヒーを一杯。
特急サンダーバードに車内販売はないので、サンドウィッチとJAVAティー、カフェラテを買っておく。
8時40分、サンダーバード9号はスムーズに発車。2時間30分の列車旅が始まる。
グリーン車は広々として快適だ。スマホも充電できるし。
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車内販売は無いくせに、検札はしっかりやるんだ。
寝不足で体がだるくて足も痛いが、何のその。

9時30分頃、近江舞子駅を通過。車窓より琵琶湖の眺望を愉しむ。晴れて良かった。
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10時に北陸へ入った。敦賀駅だ。しばらくすると長いトンネルを超えて、福井に停車。

11時14分、金沢駅へ到着。
昼食は駅構内の蕎麦屋「白山そば」のざるそば(520円)を。この店は金沢駅構内で60年以上も営業しているそうな。

金沢駅のシンボル、鼓門は良いな。
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次の列車の切符を買う。第三セクター線なので、JR西日本では購入できなかったのだ。
倶利伽羅峠を経由して、高岡駅まで820円か。

12時7分、IRいしかわ鉄道の電車は金沢駅を出発。なんと二両編成だ。立ち客も結構多い。早めに並んで正解だったかな。

だんだん山深くなる単線を走るは楽し。倶利伽羅峠を超えるのは初めてだ。

12時47分、高岡駅に到着。大きな駅だな。


■べるもんた53号

城端線のホームに移り、観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール53号」を待つ。JR西日本の窓口で満席と言われて、その夜のe5489でなんとか座席を確保できたのだ。

12時55分頃、べるもんた号がホームに滑り込んできた。
なるほど、絵になるな。
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13時8分、ほとんど空席のまま高岡駅を出発。僕はボックス席に着座。
……新高岡駅でドッと乗り込んできて、ほぼ満席となった。

たった一両に運転手、車掌、寿司職人と販売員、井波法被を着用の2名の女性解説員の総勢6人のクルーだ。
このべるもんた号、数年前に期間限定で試行運用したところ好評なので、継続運用になったとのこと。

砺波市の光景。心和むな。
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立山連峰は……う~ん、雲でかすんで良く見えないや。

13時55分、城端駅へ到着。楽しい解説と唄のおかげで、あっという間の40分だった。


■世界遺産バス

JR城端駅は良い雰囲気だ。
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高岡駅~五箇山~白川郷を結ぶ世界遺産バスを待つ間、駅構内の観光案内所へ。
true tearsのサイン入りパネルや台本、関連書籍が置かれている。

南砺市営「なんバス」。明石市営「たこバス」みたいな地域密着型バスかな。これには明日乗車することになる。
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そして1台の大型バスがやってきた。料金後払いの730円。
14時15分、世界遺産バスは城端駅を後にした。

延々と山道を行き、眼下には遥かな山間の光景が拡がる。本当に山の集落へ行くことを実感させてくれる。
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■世界遺産・五箇山 相倉合掌造り集落

山道をゆっくり進むこと35分、14時40分に五箇山・相倉口(アイノクラクチ)バス停に到着した。
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さて、どうやって行けば良いのだ?

第2駐車場を超えると歩道が現われる。森林浴をしつつ、キャリーケースを転がして歩くこと5~6分で、集落の入り口に到着した。
これ、わかりにくいぞ。特に外国人には。
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暑いので、たまらずソフトクリームを求めてしまった(相倉屋)。美味い。

観光案内所(無人)の外側のケースに、案内地図が置かれていた。これは助かる。

そのまま歩むと、合掌造りの建物が現われる。
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うん、良い感じだ。
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宿にチェックインして荷物を置き、お茶と菓子でとりあえず一服。
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15時10分、お散歩開始。集落は想像以上に小さかった。
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・相倉民俗館
合掌造りとはどのようなものかを把握できる小博物館。
アマ(2F)、ソラアマ(3F)へも上ることができ、伝統的な生活道具、農機具などが展示されていた。
そうか、縄は囲炉裏の煙によって強化されるのか。
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・相倉伝統産業館
昭和に入っての生活道具、電化製品、養蚕、製紙道具などが展示されていた。
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これはお盆に祖先の霊を呼ぶ「きりこ」
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相倉集落の全景撮影スポットへ。集落を見渡すとこんな感じ。
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暗黙の了解なのか、17時には観光終了となるみたいだ。


■民宿 長ヨ門

民宿への宿泊なんて数十年ぶりだ。それが合掌造りなんだからたまらない。
近年では、外国人観光客が日本人を上回るとのこと。
僕もBooking.comで予約した身だし、さもありなん。
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寝室は畳敷き。
お風呂場は、民家のものを広くしたような感じ。
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夕食は18時30分から。同宿の日本人ファミリーと囲炉裏を囲みます。こういうのも悪くない。
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イワナの塩焼きが実に美味。鯉の刺身は濃厚な味。豆の天ぷらも良し。

この合掌造り、天井の太く曲がったはりが特徴だ。チョンナバリというらしい。
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外は真っ暗。そう言えば電灯もなかったような気がする、

夜は、せっかくなので虫の声色に耳を澄ませて、自然のままに寝入ります(まだ21時だ)。

ZZZ……(続きます。)

フランス・リヨンに生を受けた日本人外交官の娘にしてフランス語の作家、山田菊。晩年にフランスの国家勲章、レジヨン・ドヌールを叙勲されたにも関わらず、日本ではほとんど知名度がなく、その作品の邦訳もなされていない悲運の女性だ。
本書は、戦間期パリ文壇サロンで"ラ・ジャポネーズ"と呼ばれた若き日の活躍、第二次世界大戦中の日本での苦難の日々、戦後フランスでの二度目の開花と、その栄冠と比べてあまりにも暗い晩年までを丹念に掘り下げた、ある日本人女性の記録である。

・フランス語で思考して話して暮らし、父の影響を受けてカソリックに帰依せずに"個人の生き方"を貫いて育ったキクにとって、帰朝したその目に映った祖国日本の姿は「異星」のようであった。フランス人の母の意志により、群れることに幸福を見出す大衆とは一線を画し、山田一家とその娘はあくまでもフランス流の生活を続ける。
・家庭の事情。16歳からAP通信社にアシスタントとして勤務したキクは、文筆の魅力にひかれる。フランスの通信誌に自分の文章が掲載された喜びはいかほどのものだっただろう。
・早すぎる父の死。1923年のパリへの出発。2年後の著書『Masako』が評判を呼び、キクは一躍文壇サロンの華となる。作家としての講演、日本舞踊の披露、生け花教室の師匠として「ラ・ジャポネーズ」はフランス各地を駆け巡る。
・戦争は個人の人生を破壊する。中国における日本の振る舞いは彼女を「戦争キク」と呼ばせる。失意のうちの帰国は、さらに彼女を打ちのめす。フランス語しか話せない敵性人物。戦前の著作物からスパイ容疑で収監される日々。変わるスイス人の夫……。日本の敗戦こそ、彼女にとって朗報だったに違いない。
・戦後のフランスは、ふたたび彼女を受け入れる。売れたのは大衆向けの『三人のゲイシャ』だったにせよ、亡き母をモデルにした『神無月』の完成度の高さはフランス出版界を唸らせた。そして日本婦人初のレジヨン・ドヌールの叙勲。
・国際交流の発展、特に日本とフランスのそれは、かつて日本文化を媒介したキクの役割に終わりを告げる。過去の作家となったキクと売れない画家である夫の二人に、生活苦がのしかかる。そして、痴呆の発症……。

日本人の生活の細やかな肌ざわりを知り、それをフランス的なものの考え方でで紹介し、「フランス人にとっての日本」を体現したといっても過言ではないキクの人生。晩年はあまりにも辛いが、その華やかな名声こそ、広範囲に日本に伝えられてしかるべきである。

ラ・ジャポネーズ キク・ヤマタの一生
著者:矢島翆、筑摩書房・1990年12月発行
2017年8月29日読了

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旧函館区公会堂


2017年7月18日(火)

ホテル「望楼NOGUCHI函館」の部屋からの眺望はこんな感じ。函館山が見える。
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朝食。トマトジュースが絶品でした。
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ホテルの庭園とロビーはこんな感じ。実に居心地が良い。
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■大沼公園へ

9時45分出発。自動車専用道路を突っ走り、10時55分に大沼国定公園に到着した。
駐車場400円。

まずは15分コースを小手調べ。(大島の路)
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名曲『千の風になって』誕生モニュメント
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遊覧船に乗って小島を巡ります(990円)。大沼湖、波高し。
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ここにある126もの島は、元は駒ヶ岳の噴火による溶岩。冷えて草木が密生したらしい。
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鴨がかわいいぞ。冬は彼らの滑る姿が見られるそうな。
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少し歩いた場所にあるWALDでランチ。
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午後は50分コースにチャレンジ。(島巡りの路)
天候の回復による駒ヶ岳の眺望を期待したが、雲が邪魔して見られずじまい。おまけに時間が押してしまい、夕方の元町散策時間が圧迫されることに。トホホ……。
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15時25分、大沼公園を出発。すっかり遅くなってしまった。。。

■哀愁テーマパーク「土方・啄木浪漫館」

国道278号線・大森海岸沿いにある。昨日、通りすがりに目にして、気になっていたのだ。
1階は土方歳三と幕末関連資料、2階は石川啄木と明治~昭和初期の函館に関する資料を展示している。
特に良かったのは1階。新選組、西洋との邂逅、刀剣、土方歳三最期の鎧、戊辰戦争、開陽丸……幕末浪漫に満ち満ちていた。
1時間もいてしまった……。
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■元町を巡ります。

すっかり遅くなってしまった。摩周丸の雄姿を眺めて、ベイエリアをスキップして元町へ向かう。

旧函館区公会堂
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元町公園~旧イギリス領事館
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八幡坂
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18時40分、観光終了。
やはり、神戸に似ているなぁ。

ホテルに戻ります。グルメもまた楽し。
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2017年7月19日(水)

この光景も見納めか……。
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ホテルからは、函館空港も見えるんです。
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■神戸へ戻ります。

レンタカーを返却。ちょうど100km走ったことになる。
函館空港でお土産を買い込む。
政府の偉い人が出発したのか、背広と20人以上の自衛官が敬礼していた。

で、プレミアムクラス専用のラウンジを探すが……ない! 函館空港にはANAラウンジがないのか、ぬかったぞ。
しかたがないから、ロビーで時間を潰す。

11時35分に搭乗。白ワインと昼食をいただく。
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このプレミアムシートは快適だし、窓外の北海道的な景色も実に良い。
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13時22分に伊丹空港へ到着。大阪城が良く見えた。
少しは親孝行になったかな?

次は登別温泉か、トマムへ行ってみたいなぁ。

駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。



函館。神戸とはまた違った雰囲気の港町らしいので、前から気になっていたのだ。
函館山からの眺望も楽しみだ。

【参考データ】
往路便
 2017/7/17月 伊丹空港9時15分発ANA745便、函館空港行き
復路便
 2016/7/19水 函館空港11時25分発ANA746便、伊丹空港行き
宿泊先
 望楼NOGUCHI函館(湯の川温泉・2泊)


■実は、母を連れての親孝行旅なんです。

2017年7月17日(月)

4時50分起床。キャリーバッグを転がして駅まで歩く。散歩している人が結構多い。
母と肩を並べて歩くのは、何十年ぶりだろう。
7時10分、三ノ宮駅より伊丹空港へ向かうバスに乗る。
関空バス便と違って往復割引はないんだな。
7時45分、伊丹空港着。名称が大阪"国際"空港のままなのが哀しい。
時間があるので屋上展望台を試したが、暑いだけだった。
9時10分、搭乗開始。ANA745便はボーイング737-800だし、狭い。

9時25分テイクオフ。機内でガイドブック「ことりっぷ 函館」を読む。
この若い女性向けのガイドブック、実は使いやすくて愛用しています。

10時45分、函館空港に到着。晴れて良かった。
レンタカーを借りて、さぁ出発。……慣れない日本車と函館独特の道路の運転に戸惑う。なにせ、大きな市電が真横を通るものだから、気を抜けないぞ。

今回は旅のテーマを決めていない。のんびりと函館の雰囲気を愉しむのだ。


■五稜郭。幕末ロマンって良いなぁ。

11時30分、五稜郭タワーへ到着。平日だから空いているぞ。展望台の代金900円は高いな。
でも、この景色なら納得か!
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土方歳三。後で写真を拝見したところ、もっと、こう、イケメンでした。
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正面に見えるは函館山だ。
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エレベータの中も工夫されており、本州と異なる「函館に来た」って感じにさせてくれた。
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昼食です。創業80年を超える老舗店、五稜郭タワーすぐ横の「麺厨房あじさい」で塩ラーメンを試す。「おいしさの秘密は道南産昆布ダシのスープ」だそうで、並んだだけあって、実に美味い!
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食事を終えて外へ。外は暑……くない。函館、涼しくて快適だ!

歩いて五稜郭城内へ。もらったポストカードによると、ここは「幕末の見果てぬ夢の象徴」だそうで。
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ここには旧箱舘奉行所が復元されている。リーフレットによると、1854年の日米和親条約によって箱館と下田が開港し、奉行所が置かれたとある。西欧の城塞都市をモデルに日本人技師が設計した城郭が、すなわち五稜郭か。
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72畳の大広間は圧巻だ。
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表座敷。お奉行様の部屋だな。
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函館タワーに戻って休息。ソフトクリームは美味。

■函館山へ!

市街中心部へ移動。元町界隈を散策するつもりだったが、快晴なので一転、山頂を目指すことにした。

駐車場は……ロープウェイ利用者専用の無料駐車場あり。実にありがたい。

ロープウェイの代金は往復1280円。これを超える価値がここにはあった。
なるほど、支柱は無いんだな。
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津軽海峡! 夜景も綺麗かもしれないが、この陽光の下での光景こそ、僕のお気に入りだ。
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向かって左は函館湾だ。
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■想像を超える絶景に満足し、湯の川温泉へ向かいます。

車でわずか15分。津軽海峡沿い(国道278号線・大森海岸)を走って山側へ入ると、そこは湯の川温泉郷だ。今回は奮発して良いホテルにした。
かけ流し温泉付きの部屋だ。
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夕食は18時30分から和洋食のフルコース。部屋ごとに専用の食事室が用意されているのか!
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お腹いっぱいで、続きます。

法の外にある集団、あるいは国家の支援によるテロリズムをどう規制し、対処するべきなのか。
20世紀のテロリズムはわかりやすかった。政治的要求によるハイジャック、シージャック、企業を狙った爆弾テロ等に対し、国際社会は都度、対抗策を練ってきたし、いまでは主要先進国でその種のテロの発生する確率は格段に低いものとなっている。
無差別テロ。21世紀初頭の911同時多発テロを含め、2015年のパリ同時多発テロに至るまで、一般市民を狙う卑怯な国際的犯罪は規模を増すばかりである。

本書は、「国際社会は何を基盤として、テロに対処すべきかの岐路に立っている」(p195)として、安易に国家暴力=軍事力に頼ることなく、これまで人類が積み重ねて来た人道・人権の理念を踏まえつつ、知性と規範(p189)を持ち、国際法を整備して無差別テロに対処するべきであることを示す。

・いったい、テロリズムとは何であろうか。平時における無差別殺人(p43)。政治的目的追求のための、一般市民へ恐怖心と心理的衝撃(p163)を与える手段……。恐怖をもって対象となり組織や政府の方針を変えること(p6)。では、国際的な定義はどうか。著者はテロ資金供与防止条約の第二条第一項が近いとする。長いがここに引用しよう。「文民又はその他の者であって武力紛争の状況における敵対行為に直接に参加しないものの死又は身体の重大な障害を引き起こすことを意図する他の行為。ただし、当該行為の目的が、その性質上又は状況上、住民を威嚇し又は何らかの行為を行うこと若しくは行わないことを政府若しくは国際機関に対して強要すること」(p148)とある。要するに、軍隊が関与せず、刑法犯罪に含まれない政治性を持つ暴力行為(p178)ってことか。

・原発テロ(一部の電気系統に故障を起こさせるだけで良い)、サイバーテロ(技術のイタチごっこ)、バイオテロ・化学テロ。すぐに起こり得る、これらのテロに対し、会議を開く余裕はない。法体制も追いついておらず、現場レベルの判断が重要であると著者は説く(p20)。とすると、非常時の権限の委譲をどうするのか、平常時から決めておかないといけないな。

・オウム真理教(オウムの会、オウム神仙の会)。国内では特異な宗教団体とされがちだが、国際的にはアルカイダなどと同様、多数の高学歴保持者を擁する、政治的意図の高いテロリズム集団として捉えられている(p37)。

・無差別テロは悪であるが、それへの対応は必ずしも善ではない。暴力の連鎖は次なる悲劇を生み、被害者は決まって無辜の市民である。犠牲者の補償をどうするのかも重要であるが、日本では被害者はメディアや政治に利用される面が大きく、欧米に比べて十分な補償が行われていないことが示される(p49、第2章)。

・オサマ・ビンラディン殺害のニュースは衝撃的だった。だが主権国家パキスタンの国土に無断で特殊部隊を送り込み、事後にパキスタン政府へ通達するなど、米国の行動は超法規的であったとされる。「テロ対策」を名目に軍事大国のどんな行動も許容される世界が出現しつつある。法の支配を基盤とする民主主義への打撃(p85)である。

第5章「テロの定義確立を目指す国際社会」が秀逸。1996年にインドより国連総会に提起された「国際テロリズムに関する包括的条約案」は、締結されれば素晴らしい効果を発揮するであろうが、その実現には困難を伴うことが解説される。条約の適用範囲、国家テロと国家支援テロの扱い、民族解放闘争とテロとの相違政治犯の扱いについて先進国と主にイスラム諸国の意見対立が影を落とすが、何より「テロの定義」に関する議論が重要とされている。著者が繰り返し主張するように、なるほど、これを規定しないと、これまでのように「法の継ぎ足し」の繰り返しとなってしまう。
民族解放闘争とテロリズムの区別についても本書p158~161に明記される。権力側による恣意的なテロの定義を防ぐためにも、包括法の成立が望まれる。
ゲリラ(交戦権が認められている)との類似性と本質的な差異も参考になった(p163)。

ただ、本書では国家テロを包括的なテロ対策の範囲から外すことを示しているが、北朝鮮、ロシアの関与が取りざたされている大規模なサイバー攻撃、中共によるウイグル族・チベット族の無差別殺戮、ロシア政府の関与が疑われる核物質による元情報工作員の殺害といった事案こそ、広範囲の無差別テロに含まれると思う。
その意味で、人権条約と絡めての法案の議論が望ましいと、素人的に考える。

無差別テロ 国際社会はどう対処すればよいか
著者:金惠京、岩波書店・2016年1月発行
2017年8月19日読了

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加盟国数54、総人口20億人の規模を有する英連邦、(ブリティッシュ)コモンウェルス。それはイギリス国王を首長または象徴として受け入れる国家間の自由な連合体であり、「大使」ではなく相互に「高等弁務官」を派遣しあう、相互に「外国ではない存在」。このような、主権国家からなる近代国際体系から逸脱したシステムが、この21世紀においてもイギリスを中心に存在し続けるという事実は、とても興味深い。

・「諸民族の家族の多様性と統一」(p11)植民地会議にルーツを持ち、20世紀初頭の帝国会議から英連邦首相会議を経て、現在の2年おきに開催される英連邦首脳会議へと引き継がれる。当初、それは自由主義・自由貿易や民主主義の価値観を保ちつつ、イギリスにとって「より持続的かつ安価に帝国の一体性を維持していくための手段」として考案され(p28)、白人定住植民地の自治領が形成されることとなる。

・カナダ、オーストラリア、ニュージーランドと言った白人自治領は、イギリスのパートナーとしての自覚を持ち、帝国の強化・拡大に貢献する(p31)。それは本国よりも厳しい人種差別的な制度を有するものであった(白豪主義 p41)。

・第一次世界大戦は、自治領全体で100万人を超える兵員の供給、イギリスへの食料供給等を通じ、イギリスとのパートナーシップを強化するだけでなく、自治領の独立を促進し、国際的役割を増進させた。ヴェルサイユ条約の発効によって発足した国際連盟にはイギリスだけでなく、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカの各自治領が、英領インド帝国とともに、原加盟国として加わった(p62)。このとき、帝国の内部だけでなく「世界においても独立である」と表現した南アフリカのスマッツ将軍が、「英連邦」の表現を用いたとされる(p62)。そのスマッツ将軍の像が、マンデラ元大統領とともにロンドンのパーラメント・スクエアに立ち、広場と街を睥睨している(p229)。

・カナダ自治領政府がワシントン(1926年)、パリ(1928年)に続き1929年に東京に公使館を開設たことは興味深い。すでにオタワに日本大使館(1928年)が開設されており、イギリス本国とは別に自治領政府と外交関係を樹立したことになる(p68)

・バルフォア報告書(1926年帝国会議)とウェストミンスター憲章(1931年)にて「王冠への共通の忠誠」「内政・対外政策両面での相互平等性」が確認され、イギリス本国と六つの自治領の対等な地位が法的に承認された(p71、74)。

・ナチス・ドイツに対する悪名高いイギリスの宥和政策。その背景に、イギリス本国の財政難と軍備拡充の遅れ、市民の平和志向、孤立主義を取るアメリカへの不信感に加え、帝国と英連邦を重視する伝統的な戦略思考があったとされる(p92)。日独伊が直接、イギリスの権益を脅さない限り、大規模戦争を回避する、と。なるほど、一国ではなく帝国ブロックで考えると、その「無行動」にも納得できるものがあるな。そして「対日戦争」はその捕虜問題(p110)が根深く尾を引き、戦後、特にオーストラリアとの厳しい関係が続くことになる。

・レスター・ピアソン氏。カナダの外相と首相を務めたこの人物は、国際連合・PKOの分野で名高いが、戦後の英連邦の運営においても特筆すべき実績を残していたとは知らなかった(p125インド共和国の英連邦残留問題、p165スエズ戦争からの撤退)。傑出した人物が世界システムを支える、その実例だな。

・帝国記念日=英連邦記念日が、1977年まで5月24日、すなわちヴィクトリア女王の誕生日に定められ、加盟国各地で記念行事が催されていたことは興味深い(p178、現在は3月の第二月曜日)。

・1965年には英連邦事務局が設立され、英連邦各地出身のSecretary-General事務局長も就任する(p199)。ローデシア問題、ベトナム戦争、スエズ以東からの英軍撤退、南アフリカ問題、インド-パキスタン戦争とバングラディシュ独立、グローバリズムの深化、途上国の経済・社会問題などに当たる英連邦の姿は、まるで活性化したUnited Nations国際連合のようであり、その役割の重複と違いが気になる。

国連他の国際機関と比べた英連邦の特徴も、本書に提示されている。すなわち、歴史や文化、言語、そのほかの様々な法的・社会的制度の共有を背景に相互の協力を推進しようとする、その姿である(p251)。
「白人の植民地帝国を人種の英連邦へと変化させる過程」について、「人類の歴史上、これ以上に崇高な変化は記録されていない」と、英労働党は1964年総選挙のマニフェストに提示した。
ときに機能不全に陥る無力な国連などと異なり、英連邦は国際的な存在感の低下を露呈しつつも、その影響力を駆使してきた。それはイギリスの大国意識と、欧州に限定されない世界的な関与への志向を支え続けている(p259)。この、旧日本帝國との大きな差異には、羨望を禁じ得ない。

英連邦 王冠への忠誠と自由な連合
著者:小川浩之、中央公論新社・2012年7月発行
2017年8月13日読了

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