男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2017年09月

淑女は家でおとなしくしていることが美徳とされた時代に、世界の辺境へと勇敢に旅立った7名の女性の軌跡を活写する。

■イザベラ・バード・ビショップ
日本でも著名なヴィクトリアン・レディ・トラベラー。1880年代からカメラを持ち歩き、ペルシャや中国の奥地・揚子江上流地域の写真を残したアグレッシブな女性だ。
ロング・スカートを翻して、コルセットを締め、どのような辺鄙な土地を行くにも「英国レディの装い」を忘れない彼女の気概には感動すら覚える。だが、蝦夷地でのアイヌとの心温まる交流が、彼女の帰国後の講演では"未開の野蛮人との接触"となるあたり、現代のグローバリズムとは一線を画す時代認識の差=帝国意識の顕現がみられるな。
・42歳にしてロッキー山脈の冒険を果たしたバード。男のように馬にまたがり山を駆け、バンガローに泊まり、ウエスタンの荒くれ男たちと邂逅し、「友情と愛をへだてる微妙な、そして喜びに満ちた境界」(p72)に足を踏み入れ、嵐のような熱情さえも超越した思いで、北アメリカの分水嶺に立つ。ダイナミックだ。
・彼女には立派な『日本奥地紀行』があるというのに、本書では日本に関する記述が極端に少ない。また1894年の日清戦争を指して「ソウルに日本軍が侵略してきた」(p123)とあるのはどうなのか。
・晩年のカシミール行。そしてバグダッド、テヘラン、イスファファンへの旅はエネルギッシュな功績だ。

■ファニー・バロック・ワークマン
ロングドレスに身を包み、頭には豪華な花飾りのハットではなく、探検家の被るトビー帽。このユニークなスタイルで自転車に乗り、19世紀末のインドと北アフリカを疾走したアメリカ人女性がいたという。
・アジャンタ、エローラ、タージ・マハル。インドの巨大建築物を写真に撮り、記録し、評価する喜び。そしてカシミール地方ではスリナガルからラダックを抜けてカラコルム峠に達する力量。想像するだけでも満足感の高い旅だっただろう。
・1899年のスルナガル。彼女の記録にこうある。「毎年、雪解けのたびに古代からの作品を自然が新たによみがえらせる。……昔のカシミールのデザイナーの東洋的な想像力をもって見るべきなのだ」(p208) 僕も2007年に訪れたことがあるのでよくわかるぞ。
・1911年にはシアチェン氷河を探検し、専門的な地図の作製に貢献するなど、最大の成功を収める。カラコルム山脈で『女性に参政権を』のプラカードを掲げて写真に納まる姿はファニーだ(p222)。

■メアリ・キングズリ
著名な家族と医師を父に持つレディ・トラベラー、メアリ・キングズリ。帝国主義の先兵である軍人や宣教師ですら未踏の西アフリカの奥地へ足を踏み入れ、学術的にも重要な役割を果たし、その旅行記『西アフリカの旅』で著名人となった女性だ。
・厚いロングスカート、ハイネックのブラウス、頭にはボンネットのスタイルでジャングルを歩き、大河をカヌーで上る。この「良質の分厚い生地のスカート」が、獣捕獲用の杭穴に落下した際に一命をとりとめる要因となるのだから、何が幸いするかわからない(p392)。
・4人のアジュンバ族と共にカヌーでランブエ川を溯り、人食い族として恐れられたファン族の村を訪れ、現地の粗末な小屋に熟睡する。異臭に気づき「頭の上からぶら下がっている袋」の中身を自分の帽子の中に開けると、「足のつま先と目と耳が数個」……(p394)。知的好奇心がすべての感情に打ち克つことを実証する彼女には、部族民も敬意を隠さない。
・危険と困難がもはや挑戦ではなく、一種の中毒(p412)となる。これは冒険者の宿命なのだろうか。
・イギリスにもどってからの彼女は学会で活躍した後、ボーア戦争に看護師として従軍する。戦地で腸チフスにかかって37歳でこの世を去り、水葬されたとある。太く、満足度の高い人生だったろう。

東アフリカを旅したメイ・フレンチ・シェルドンが出立の際に、チャリング・クロス駅である男性から贈られた言葉が印象に残った(235)。
「たとえどんな犠牲を払わねばならないにしても、その仕事にのめりこまないかぎり、何もなしとげられない」
「一生懸命やって失敗しても、それでおしまいになるわけではない」
ん、勇気づけられたぞ。


Victorian Lady Travellers
世界を旅した女性たち ヴィクトリア朝レディ・トラベラー物語
著者:Dorothy MIDDLETON、佐藤知津子(訳)、八坂書房・2002年10月発行
2017年9月15日読了

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早いもので、購入してもう1年か。特に悪いところもなく快調だが、オイルとワイパーは交換した。
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エンジンフードのカバーを外したところ。4本のプラグが見える。
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ステアリングコントロール。昔と違って電動なんだな。
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これがPHEV車のバッテリーとモーターを接続する電源ケーブル。最大電圧400V。
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シャーシ後方左に制御装置があるとは知らなかった。「防水なので冠水しても大丈夫」らしいが、ぶつけないように気を付けないとね。
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19インチホイールはBMW Individual Vスポーク・スタイリング、255/35R19。交換費用のことは、いまは考えないでおこう。
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カーナビのデータも更新したし、さぁ、また乗るぞ!

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・城端 今町通り、旧野村家の土蔵群


■2017年8月27日(日) さようなら、五箇山集落

5時30分起床。朝食は質素だが山の風味あり。こごみの胡麻和えが美味だった。

7時20分チェックアウト。また来たいです。

早朝の集落の光景はすがすがしい。
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7時48分、世界遺産バスに乗って、昨日と逆のルートを進む(730円)。
8時10分、JR城端駅前に到着。
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コインロッカーにキャリーケースを預ける(500円)。
慌てなくて良いよう、金沢までの切符を買っておこう。自販機はなく窓口購入か。1,400円なり。

■城端の街をおさんぽ

許可を得て、ホームの光景を撮影させてもらった。
(サクラクエスト1話の場面ね。)
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8時20分、観光開始。
城端橋を超えて、市街中心部へ向かう。

四方を山に囲まれた土地。冬は冠雪で綺麗なんだろうなぁ。
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あれれ? どのカフェも喫茶店も開いていないぞ。観光地じゃないのか?

旧野村家の土蔵群は絵になる。
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善徳寺。この寺を中心に町が出来上がっていったそうな。
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川島地区の機織り工場。良い雰囲気です。
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こういった土蔵が数か所存在し、地区ごとの「曳山」が保存されているらしい。
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■曳山会館

9時オープンなので入場(JAF割引410円)。
曳山の展示が圧巻だ。
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会館内の土蔵には城端地区の歴史・文化が収れんされている
・1500年代に寺を誘致して村が拡大し、その後、一向一揆の拠点となる。
・「城の鼻」→「城の端」→「城端」か。なるほど。

55分間の鑑賞は終了。お茶のサービスが嬉しいな(3杯もすみません)。

井波屋でどらやき(車輪焼き)1個を求める。お茶もサービスしていただいた。

■じょうはな織館

織機や実演を見たかったんだが、日曜はやっていないみたい。いま一つ。
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まぁこれを見られたから良いか。
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駅へ向かう途中、カフェANGOでシュークリームとコーヒーで一服。


■桜ヶ池へ

11時7分、城端駅前より城端さくら線「なんバス」に乗車。
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11時20分に桜ヶ池クアガーデンバス停に到着。ここは城端サービスエリアに隣接し、人出も多い。

南砺市クリエイタープラザ・桜クリエ内のカフェ・トリアンで「間の山観光協会出張PR」「サクラクエスト月替わり原画展」が開催されていた。
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よろこぶそうめん(納豆入り)。味はまぁまぁ。
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桜ヶ池を散策。兵庫県立明石公園の「剛ノ池」とは印象がずいぶん異なる。四方を山に囲まれているからかな?
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桜ヶ池神社
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「ヨッテカーレ城端」でお土産を購入。城端ビール(エール)は変わった味だった。

■旅の締めは寿司でしょう。

13時18分、バスで街中(善徳寺前)へ戻る。公共交通機関の便の少なさには困ったものだな。

井波屋でお土産を購入し、今町通りを散策。
寿司屋「寿司惠」に入店。ビールと蟹、雲丹、烏賊などを愉しむ。
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14時22分、JR城端線で高岡へ。このディーゼルさんは各駅停車か……しかも単線だから駅での対向車待ちもあり、時間がかかった。55分後に高岡駅到着。
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あいの風とやま鉄道/IRいしかわ鉄道に乗る。15:32高岡駅発~16:10金沢駅到着。
金沢駅でお土産とお弁当を買う。

時計を見ると……16時25分?
特急サンダーバード36号大阪行きは16時29分に出発です。改札口へダッシュ!!

滑り込みで乗車できた。あぶないなぁ。
サンダーバード号のG車は、復路は5番、7番などの座席が良いようだ(窓が大きい)。

夕方の琵琶湖は、朝とはまた違った姿を愉しませてくれる(ような気がする)。
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この「おこめキッチン・あんやと弁当」は美味だ。
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19時:16分、新大阪駅に到着。新快速で家路へ。今回の旅は乗車時間多し。疲れました。

最後まで拙文にお付き合いくださり、ありがとうございました。

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