男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2017年10月

万博を機にパリへ渡り、日本美術の紹介と販売を手掛けて来た林忠正。日本に恋い焦がれた孤高のオランダ人画家、ゴッホ。本書は、忠正の直弟子である重吉とゴッホの弟テオドルスの出会いと友情を縦軸に、ゴッホ兄弟の愛憎、日本人二人の絆を盛り込みつつ、1880年代後半のパリ後期印象派の躍動が、まるでセーヌ川の流れのように描かれる。
オランダ人のフィンセントとテオドルス、日本人の忠正と重吉。この二組のパリでの幸運な出会いは、浮世絵と印象派を新たなステージへと押し上げる。
広重・歌麿・北斎の浮世絵が、ゴッホ兄弟とその作品が、身近に感じられるようになる一冊。

・フランス芸術アカデミーの巨匠、ジャン=レオン・ジェローム、筋金入りのジャポニザンである小説家、エドモン・ド・ゴンクール、若き画家の"パトロン"にして画材商のタンギー爺さん、ガシェ医師、そして、ポール・ゴーギャン。まるで彼らがそこに存在するかのような活き活きとした会話も、本書の愉しみのひとつだ。

・オペラ・ガルニエ宮、カフェ・ド・ラ・ペ、コメディ・フランセーズ劇場、オテル・デュ・ルーブル、建築中のエッフェル塔。現在のパリでもお目にかかれる建物の登場も嬉しい。

・世紀末パリのジャポニスム旋風に乗り、日本美術工芸品を広く紹介した仕掛け人、林忠正。彼もまた孤高の人生を歩む人だ。だから、ゴッホ兄弟を理解できたんだろう。

・「イギリスには、パリがない」(p29) 凛として横顔に風を受け、未来を見据えて輝く瞳。忠正と重吉の出会いはすがすがしく、パリへの想いは熱く語られる。向上心に溢れた日本青年の姿は素晴らしい。

・『タンギー爺さん』制作の現場。背景に据えられた六点の浮世絵。それらを貸し出しながら、決してアトリエに足を踏み入れず、ショーウィンドウ越しに見護る忠正と重吉。良いなぁ(p188)。

・まったく新しい絵画。「絵の具が叫び、涙し、歌っている」(p202)のがゴッホの表現であり、観るものに、どっと押し寄せる「色彩の奔流」(p172)を感じさせずにはいられない。このあたり、著者の表現は見事だ。

天空の下、滔々とセーヌは流れる。FLUCTUAT NEC MERGITUR―― たゆたいはしても、流されることなく、沈まない。フィンセント・ファン・ゴッホが本当に描きたかったものがテオと重吉に明かされるのは、アルルでの「耳切り事件」の翌日のことだ(p315)。

そして「とうとう……成し遂げたんだな」と忠正に言わせた『星月夜』を前に、フィンセントとテオドルス、日本人の忠正と重吉がたたずむシーンは感動的だ(p360)。

たったひとつ、弟のためにしてやれること……(p387)。それが答えだったとしたら、あまりにも、あまりにも哀しい。

読後の余韻に浸りつつ、装丁を眺める。物語の鍵となる『星月夜』と『大はしあたけの夕立』があしらわれ、実に良い。カバーを外すと、よれよれの中折れ棒と、山高帽が現われる。うん、兄弟の運命と名声に叶う、粋な計らいだ。
アムステルダムのゴッホ美術館に行きたくなってきたぞ。

FLUCTUAT NEC MERGITUR
たゆたえども沈まず
著者:原田マハ、幻冬舎・2017年10月発行
2017年10月31日読了

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たゆたえども沈まず
原田 マハ
幻冬舎
2017-10-25


未来の世代のために「いま」われわれがなすべきことは何か。
何度も噂されては政府・財務省の敏腕によって事なきを得てきた国債危機。だが担い手が多様化したことで、従来の回避策は通用しなくなってきている。いまや1000兆円を超える国債のデフォルト、すなわち日本の破滅を防ぐため、総理大臣直轄のImpossible Mission Force、オペレーションZが創設された。
本書は、デフォルトに陥った日本の惨状を描く大物小説家の作品「デフォルトピア」の片鱗を覗かせつつ、財務省の若きキャリアの歳出半減ミッションを中軸に、「あるべき国家観」を深く考えさせてくれる内容となっている。

・第四章、チームOZと厚生労働省との第一回折衝は胸に重くのしかかる。「年金、医療、介護保険給付費をゼロ」(p136)にする。日本を破滅から救う財政健全化のために、国民皆医療制度を犠牲にする――。これを本気でやれと明言する総理大臣の決意は良いが、国民の命を預かる厚生省の反論は正当だ。「生活保護を除く社会保障関係費ゼロとなった場合、想定される事態」(p152)何をもって正しいと判断しうるのか。そも、崖っぷちに立たされると、正しさの定義すら怪しくなってくるのか。

・ワーキングプア、増加する下流老人、疲弊する地方経済、これらをすべて「切り捨て」る決断。日本は民主国家ではない。大蔵貴族と揶揄される高級官僚の思いは正鵠を得ている。

・アルゼンチンや韓国のような小国へのIMFの介入の例はあるものの、これでは世界第三位の経済大国、日本は救えないのか。

・第六章は市町村「地方自治体の存在意義」を真正面から問う。著者の見解は明快だ。無駄な地方公務員の存在、行政のきれいごと、すべてを御破算にすべし。ところで、無神経かつ失礼千万な准教授、宮城のキャラクターは気に入ったぞ。

・第八章、もはや「おそロシア」としか言いようがない。インテリジェンス・スキルの圧倒的な格差。こうやって日本の国益は損なわれてゆくんだな……。

・日本国民の選択。最終章は勇気に彩られつつも、哀しい予感に溢れている。そして心地好いぬるま湯は、エピローグが吹き飛ばしてくれる。

「社会の中で、困った人を可視化するために必要なのは、金でもITでもない。近所や学校、企業内でのコミュニケーションじゃないのか」(p355) 周防の言葉はまったく正しい。仮に国家窮乏の事態に陥ったとしても、近隣との助け合い精神があれば、何とか生きて行ける……と僕も思っていた。

この日本を何とかしなければ、との著者の思いが紙面から強く伝わってくる。
カネがなくなると何が起こるのか。「Z」の意味を知る時、行動しないのは罪だと理解し、書を閉じた。

オペレーションZ
著者:真山仁、新潮社・2017年10月発行
2017年10月28日読了
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オペレーションZ
真山 仁
新潮社
2017-10-20


読書後の静かな余韻。それは女主人公ソーニャの平凡な一生を彩る重厚な物語によるものだ。ペレストロイカ以前のソビエト時代の空気、第二次世界大戦、変わり者の友人たち、そして、世にも希な家族愛のかたち……。

・本の虫の少女時代から電撃的な結婚、愛娘ターニャを囲む芸術家の夫との貧しくも幸せな生活、成長した娘との確執までは穏やか。娘の友人で美女であるヤーシャの登場により、幸せに変節が訪れる。

・家族愛の変節。それでもすべてを受け入れるソーニャの懐の深さはロシア的というものか。

・「光を放つような声」(p20)、「宇宙の星がみな、興味津々といったふうに目を輝かせて」(p91)の表現が気に入った。

・終盤、夫の葬儀を「はじめての個展」に仕立てるソーニャの決断と行動力は印象的で、羨ましくもある(p127)。

ところどころに見出される洗練された表現は、実に心地よい。ロシア文学の愉しみを味わえた。

Сонечка / SONECHIKA
ソーネチカ
著者:Ludmila Ulitskaya、沼野恭子(訳)、新潮社・2002年12月発行
2017年10月24日読了
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旅に何を求めるかによって、その見聞と体験から得た心象は人によって異なり、それぞれの世界認識が形成される。ただ、明治、大正、戦前昭和のP&Oあるいは日本郵船の欧州航路を巡る旅では、西欧近代に追いつこうとする意識が強力に作用していたであろうことは想像に難くない。
本書は豊富な図版、写真、地図とともに、著名人から一般人まで、帝国興隆期に欧州航路を旅した先人たちの物語をふんだんに盛り込み、刺激的な読書の楽しみを十二分に提供してくれる一冊となっている。

・日本人が憧れの地へと向かう欧州航路。それは転じれば、列強によるアジア進出の足跡であり、その寄港地は植民地の主要都市または租借地である。あらためて地球儀を俯瞰すると、20世紀初頭の大英手国のアジア航路と寄港地の規模と、その統治の巧みさには驚嘆させられる。

・「他者性を鏡とすることで、そこに映し出される自己の姿が、心象地図にはクローズアップされてくる」、欧州航路を辿ることで、その船客はいやおうなく、極東の新興帝国である日本、その自意識を強く認識するに至る(p16)。非日常の異文化に触れながら、他者と自分を考えること、そこに旅の意味があることは現代でも変わらない。

・青年層の行動力には舌を巻く。欧州の大衆社会を見んとして外国船に乗り込み、結果的にアジアの下層社会の現実を目の当たりにしたのは、なんと広島の一農民である。

個人的には第五章「一九二〇年代に到来するツーリズムの季節」が興味深かった。欧州航路乗船客のために日本郵船が発行した各種ガイドブック、初めての船旅での、まるで弥次喜多珍道中のような面白エピソード、日本郵船を好んで乗る西洋人の趣向、日本郵船独特のデッキパッセンジャー、和辻哲郎、南部兄弟商会、等々。現代観光旅行と重なるものがあるな。

様々な文化圏との差異や落差を体験しながら、時間をかけてその意味を反芻すること(p279)。飛行機での移動が主流となった現在では失われて久しい旅の"重み"を追体験できた。

海の上の世界地図 欧州航路紀行史
著者:和田博文、岩波書店・2016年1月発行
2017年7月9日読了
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国民党による恐怖支配、大陸渡来の外省人と土着の本省人の確執、台湾の闇社会。1970年代の中華民国を舞台に、秋生の青春が流れてゆく。
殺害された祖父。殴り合いと刀定規を交わす喧嘩、親友のファイアーバード、そして文化人類学的多様性という観点から見ても括目に値する(p130)A片(笑)。序盤は、不思議な「狐火」を交えた物語にぐいぐいと引き込まれる。

・二十年前の切符……(p164)。『彼女なりのメッセージ』の章がおもしろ哀しく、秀逸だ。

・『恋も二度目なら』の「じゃ、あたし、お嫁にいっちゃうね」 毛毛の言葉の深い意味。そのニュアンスを本当に理解した瞬間の、秋生の咆哮には泣けた(p402)。

・意を決しての大陸行。国民党と共産党の内戦の歴史と絡まりあいながら、砂の地で一族と「兄弟分」の運命を、そして祖父殺害の真相を秋生は知るのだ

時代は流れる。大地は動く。魂は躍動せねばならない。エピローグの「わたしの心は、そうやって慰められる」(p486)の件には、ああ、人のありかたを思わずにはいられない。

重いテーマをユーモアとペーソスで煮詰めた傑作。直木賞受賞もさもありなん。


著者:東山彰良、講談社・2017年7月発行
2017年10月21日読了
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流 (講談社文庫)
東山 彰良
講談社
2017-07-14



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・特別名勝、兼六園


■2017年10月9日(月) 金沢へ戻ります。

6時起床、晴れ
加賀屋 雪月花・特別階「浜離宮」の朝食はシンプルだが、どれも美味。満足度高し。

18階のスカイラウンジ「雪月花倶楽部」でコーヒーを馳走になります。

お土産の追加を購い、チェックアウト。加賀屋、また泊まりたいです。
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8時15分発の宿のバスでJR和倉温泉駅へ。8時41分に特急能登かがり火4号はスムーズに出発。
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(隣に並ぶは「のと里山里海」号らしい。)


9時44分、無事に金沢へ到着。コインロッカー(今度は駅構内のものを確保できた)に荷物を預け、昨日と同じ金沢駅東口7番バス乗り場より「城下まち金沢周遊バス」、今度は右回り(RL)に乗車。「金沢・加賀・能登ぐるりんパス」でフリ-パスです。

10時15分、乗車時間10分程度で「ひがし・主計町茶屋街」に到着です。


■金沢 ひがし茶屋街

バス停から東へ向かい、それっぽい角を曲がると、あの有名な光景が現われる。
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公家の京都に対して武家の金沢だから、何か特徴があるかと思ったが、デジャブー。京都に何度も通っていると、いまひとつ新鮮味に欠けるというのが素直な感想。
そんな失礼な思いを抱きつつ、懐華樓(カイカロウ)へ入る。ここも「金沢・加賀・能登ぐるりんパス」でフリ-だ。
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パンフレットによると築195年、金沢で最も大きな茶屋建築だそうで、室内はとても雅だ。
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金箔の茶室!
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ここは良かったぞ!

11時4分、「城下まち金沢周遊バス」(RL)に乗車し、6分後に「兼六園下・金沢城」前で下車。
右手に金沢城が見える。


■特別名勝・兼六園

土産物屋の連なる紺屋坂を上り、桂坂口より入場。「金沢・加賀・能登ぐるりんパス」でフリ-だ。
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・ことじ灯籠
兼六園に来たからにはこれを見ないと。
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唐崎松、雁行橋を見る。
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眺望はまぁまぁ。
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それより、松が見事。
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霞ヶ池を廻り、内橋亭を経る。
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夕顔亭、瓢池。
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蓮池門口より兼六園有料エリアを抜ける。

もう12時だ。昼食は……一番手前の食堂「城山邸」で良いかも。
ここの「治部煮そば」は当たり! まろやかなとろみとジューシーな鶏肉のハーモニーが絶品です。
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■金沢城

兼六園を出て、隣接する金沢城、石川門口へ。
ああ、どこかに数種類の石垣と書かれていたが、本当だな。
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で、このお城、昔から天守閣はなく、二の丸の館が居城だったのか。知らなかった。
石川門の内部へ入ってみる。
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天空は晴れ。三の丸広場を横切り、橋爪橋を渡ると、みごとな橋爪門だ。
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五十間長屋へ入る。
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橋爪橋を見下ろす。
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よくぞ、こんな城を作ったものです……。
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■金沢21世紀美術館

さて、ここからは歩いてお堀通りを10分ばかり南下し、金沢21世紀美術館にやってきました。

エントランスには、何々? 「レセプション関係者は右、一般者は左へ」
素直に左へ並びます。それにしても黒いスーツの男の多いこと。そして、入場制限……。

なんと、デンマーク皇太子ご夫妻がご来場中とのこと。
ロビーには「デンマーク王国皇太子同妃両殿下 歓迎レセプション」と書かれ、報道カメラマンがごったがえしている。

入場チケットを購入(\1,000円)し、待つこと約15分、ついに「デンマーク王国皇太子同妃両殿下」が現われた。
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それはそれで良いのだが、お二人の入場の関係上、あの「スイミング・プール」には入場できないとのこと。ガックシ。

で、第一展示室から順に見ていく。現代美術はわからないのだが……。

おおっ、いまから「スイミング・プール」の地下に入場できるとのこと!
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不思議な空間だなぁ。

デンマーク皇太子の演説をしばし聞き入る。
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14時55分、「城下まち金沢周遊バス」(RL)に乗車し、15時10分に金沢駅へ到着。
お弁当と地ビール、お土産を購入。

16時29分、特急サンダーバード36号は出発。さようなら、金沢。
外は暗い。残念ながら琵琶湖は見えないや。
お弁当「北陸浪漫」は実に美味。百万石ビールは、微妙な味……。
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19時16分、新大阪駅に到着。新快速で家路へ。

最後まで拙文にお付き合いくださり、ありがとうございました。



百万石の武家の古都、金沢を歩き、前から気になっていた和倉温泉、加賀屋に宿泊することとした。
再びの親孝行旅です。

【参考データ】
2017/10/8(日)
特急サンダーバード9号 大阪8:40発~金沢11:14着
特急能登かがり火5号 金沢15:00発~和倉温泉15:57着

2017/10/9(月)
特急能登かがり火4号 和倉温泉8:41発~金沢9:44着
特急サンダーバード36号 金沢16:29発~新大阪19:16着

宿泊先:加賀屋 雪月花・特別階「浜離宮」(和倉温泉、1泊)


■2017年10月8日(日) 金沢行

5時30分起床、バスとJRを乗り継いで大阪駅へ。やはり人が多い。
8時40分、サンダーバード9号はスムーズに発車。2時間30分の列車旅が始まる。
今回はJR西日本の「金沢・加賀・能登ぐるりんパス」を利用。e5489より予約したのだが、便利になったものだ。

琵琶湖を右手に見つつ、10時に敦賀駅、北陸へ入ったぞ。長いトンネルを超えて、福井に停車。
11時14分、金沢駅へ到着。
なんと、コインロッカーがいっぱいだ。駅の外にあるコインロッカーまで100mほど歩く。空いていたので500円で預ける。
昼食は駅構内の蕎麦屋で天ぷらそばを食す。いまいち。

金沢駅のシンボル、鼓門は良いな。
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12時15分、金沢駅東口7番バス乗り場より「城下まち金沢周遊バス」左回り(LL)に乗車。やはり満員だ。
乗車券を買わなくても「金沢・加賀・能登ぐるりんパス」がそのまま使えるので、実に便利だ。

12時30分、香林坊に到着。金沢東急ホテルの横を通って、武家屋敷界隈へ出る。

■長町武家屋敷跡

加賀藩に出仕する武士の住まいの跡。楽しみです。
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・武家屋敷跡野村家
ここは欧米人が興味深げにガイドの解説に聞き入っていた。
庭園も良かったが、2階の茶室とその窓から見える草木の景色が見事だった。
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・旧加賀藩士高田家跡
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・金沢市足軽資料館
足軽と言っても、きちんとした家を与えられ、結構良い生活をしていたんだな。ちょっとイメージが違った。
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名もない長町武家屋敷跡界隈が印象に残った。
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2時間なんてあっという間。もう移動時間だ。「城下まち金沢周遊バス」右回り(RL)に乗車して10分強で金沢駅へ戻る。
15時に特急能登かがり火5号に乗車・出発となった。


■和倉温泉、加賀屋は素晴らしい!!

15時57分、和倉温泉駅に到着。なんだかしょぼい駅だな。
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駅前には各旅館の送迎バスがずらり(6~7台?)。加賀屋グループの大型バスに乗り込む。
この和倉温泉、何か寂れた感じの街だな。

16時18分、加賀屋に到着。大勢の仲居さんが出てきて、荷物を持ってくれる。フロントへ。

雪月花を予約したのだが、雪月花・特別階「浜離宮」にアップグレードしてくれた。やった!
旅館HPから直接申し込み、海側の部屋をリクエスト(別料金1万円)していたからかな?

吹き抜けのロビーもすごいぞ。
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専用エレベータで18階へ上がると、そこは「浜離宮」専用のフロア。階段で19階へ。
その上の20階は皇族の宿泊する巨大なフロアだから、事実上、一般人が宿泊できる最高の部類の部屋となる。

この部屋、12.5畳+6畳+洋室の構成で、実に広い。
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部屋からは七尾西湾が一望できる。
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ツインブリッジのとも見えるぞ。
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さっそく大浴場「恵比寿の湯」へ。おお、三層構造になっているんだな。
露天風呂は……気持ち良いけど、寒いや……。

夕食は「月見茶寮」と呼ばれる別室でいただくのだ。

日本三大珍味「干しくちこ」は冬の七尾湾で収穫されるナマコの卵巣を何本も重ねて陰干ししたもの。絶品。
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お造り10種盛りと能登牛陶板焼きも美味。
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満腹になったところで、1階のお楽しみ処「錦小路」に出向く。
ここは土産物屋が軒を連ね、一種の商店街となっている。
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その奥には祭小屋、さらにはシアタークラブ「花吹雪」と、夜のエンターテインメントも充実している。
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■「雪月花歌劇団レビューショー」を鑑賞

もと松竹歌劇団のメンバーから成る加賀屋専属の劇団だ。
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45分のショーは充実。特に「和風カルメン」は愉しめた。

ロビーラウンジでピアノ演奏を聴き、お土産を買い、時を過ごす……。

部屋に戻ると、カットフルーツ盛り合わせのお皿が! ありがとう、担当仲居のSさん!

就寝前にもういちど大浴場へ。ビールとハイボールのほろ酔い気分で、いい湯です。

洋室のベッドに横になります。おや、隣室の水回りの音が……年季の入った建物だからしかたがないのかな?
改装の際には、しっかりと防音にしてもらわないと。

続きます。

2016年2月に永眠した現代イタリアの知の巨人、ウンベルト・エーコ。彼の遺した最後の小説は、あるメディア王の権力拡大のために画策された日刊紙「ヌメロ・ゼロ」の発行準備に追われる編集部と、戦後イタリアの陰謀史を交差させ、厳正に生きる者に「記憶すること」の意義を問いかける。

・新聞準備号の編集部を舞台に、読者の意図を汲んだ表現手法、告発者の信憑性を落とし方、取材者との取引、ターゲットとする人物の貶め方など、メディアの「空恐ろしい情報操作のテクニック」の数々が披露される。こんなものを日々われわれは読まされているわけか。

・50男の主人公が見出した、30歳の女記者との幸せな日々。だが、ムッソリーニ生存説、バチカン銀行、ローマ法王暗殺事件、情報機関「グラディオ」など、戦後イタリア史の闇の部分を追究する一記者が殺害されると、事態は急変する。

・著者は記憶を失うこと、無関心になることに警鐘を鳴らす。「Xという事件も情報の大海におぼれてしまうわけだ」(p156)、「でも、私も忘れていたのよ。新しい暴露があるたび前の暴露が消されてしまうかのように。全部引っぱり出すだけでよかったのよ」(p193)

・主人公を含む新聞編集部と影の出資者以外、すべての関係者が実名で登場する。影の出資者ですら、ベルルスコーニ大統領のことを想起させてくれる。どこまでがリアルでどこからがエーコの生んだ世界なのか、あるいは想像とは現実世界と紙一重であるのだろうか。

「世界そのものが悪夢なんだよ」(p197)、情報操作の現実的恐ろしさは、ある日を境に突如報道されなくなる官僚関係の微妙なニュースや、Google検索から削除される事件の痕跡など、われわれ日本人にとっても無縁ではない。
濁世の中で生き抜くこと。第四の権力者であるメディア報道の真の意図を見抜き、自己を護るためにも、確固としたリテラシーだけでなく、個人なりの哲学が必要ってことだな。

NUMERO ZERO
ヌメロ・ゼロ
著者:Eco UMBERTO、中山エツコ(訳)、河出書房新社・2016年9月発行
2017年10月15日読了
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ヌメロ・ゼロ
ウンベルト・エーコ
河出書房新社
2016-09-21


世界旅行の創始者といえばトマス・クック社が思い浮かぶが、日本ではどうだったのか。日露戦争後、まだジャパン・トラベル・ビューローが創設される前の1906年に、満洲韓国周遊旅行と初の世界一周旅行を企画・催行したのが朝日新聞社であった。本書は、そのメディア側の事情と歴史的・社会的背景、新興帝国としての日本人の心理を明らかにする。

・イベントとしての観光旅行は新聞記事のネタとなり、世間の話題となり、ひいては新聞の広告収入や発行部数のアップにつながる。その流れが現在まで続いているんだな。

・最初の満州・観光国旅行において、観光客は何を見たのか。それは日清・日露戦争の戦跡であり、その土地の風習・歴史にはほとんど無関心な旅、すなわち自己の形成した枠組みの中での旅行となった(p85)。自分の2017年9月の大連・旅順旅行がまさにそうであり、この枠組みは日本人の枷でもあるな。

・西欧と北米を対象とする1908年の日本初の世界一周は、帝国を代表(p109)しての旅行であり、「同じ」文明国としての矜持を求められた。服装、言葉遣い、立ち居振る舞い……「見られる」ことを意識しての毎日は窮屈だったかもしれない。

・日露戦争後の帝国意識が、最初の海外観光旅行を生み出す契機となった(p47)。欧米帝国主義国では、世界旅行はみな、最初から「見下ろす観光旅行」であった。一方、日本の場合は異なる。従属国、植民地を傘下に収める帝国になったという意識(p45)、1900年代後半の高揚感。それは「見られる」自己、特に先進帝国主義国家である欧米諸国に対する劣等意識と、未開の国々に対する優越意識が混交する。その屈折した感情が世界旅行での訪問先や、訪日観光団を迎えての演出に反映される。

・良く知っているものの発見がツーリズム、良く知られていないものの発見がトラベル、知られていないものの発見が冒険か(p9)。その意味で、今日の観光旅行は、秘境でさえあっても観光旅行者が主催するものは、過大な広告宣伝によってみなツーリズムになる。個人旅行はトラベルよりと言えるな。

1910年、ロンドンで開催された日英博覧会の訪問を目的に募集された第二回世界一周旅行では、参加者による自主的なアレンジが加えられ、結局は第一回と変わらない旅程となる。主催者の目的と参加者の意思のずれが、参加者の世界一周旅行に求めるものを露わにする。できるだけ多くのものを観たい、知りたいという欲求。「未知未見の異郷に遊ぶ快楽」(p187)これはわかる気がするなぁ。


海外観光旅行の誕生
著者:有山輝雄、吉川弘文館・2002年1月発行
2017年10月7日読了
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・夜の大連駅

2017年9月17日(日) 旅順一日ツアーの続きです。


■川島芳子の旧邸宅(旧粛親王邸)
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■旧旅順ヤマトホテル
旅行社になって廃墟となり、撤去されるそうだ。もったいないな。
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■旅順博物館

外国人の入館にはパスポートが必要って、おおげさな。
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工事中とのことで、目玉でなる本館2階の展示は見られない。まぁいいや。
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むしろ別館のほうが面白かったりする。
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■関東軍司令部跡

旅順博物館のすぐ横にあるのに、見向きもされないんだな。
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こちらは憲兵隊司令部跡
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■旅順駅跡

ここは日本人、中国人の個人観光客が多かった。
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■旅順口、白玉山塔

乃木希典と東郷平八郎が日本兵の慰霊のために建立したのが、この白玉山塔だ。
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旅順口の景観は良し。
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実は右手に潜水艦隊の基地があるのだが、撮影はやめておいた。スパイ容疑で拘束されたら困るし。


ツアーは終了。星海湾大橋を通って大連中心部へ戻る、と。
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最後に無理を言って、大連港へ連れて行ってもらった。
ここは完全に再開発され、観光地となっていた。
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満鉄マーク入りのマンホール蓋。まだ現役なんだな!
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17時10分にホテルへ戻る。ツアー代金1,350元と、チップ50元×2を渡す。

18時30分に再出発。今度は中山路を西へ向かうのだ。
まぁ、すごい繁華街というか、百年城などの大型デパートが軒を連ねている。不景気になったらどうするんだろう?
それにして、毛沢東・人民服時代の中国とは隔世の感があるなぁ。

大連駅へと通じる地下街は巨大な神戸・元町の高架下のイメージ。小さな店がごちゃごちゃと……。

大連駅は、上野駅をモデルに建築されたそうな。
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しかし、しかしだ。何かきれいではない。ごちゃごちゃ雑然とした雰囲気は、やはり中国というべきか。

中山路の北に位置する繁華街を通って、中山広場経由でホテルへ向かう。
途中、コンビニでビールを買ったが、店員のオバハンは「日本人」と露骨にイヤな顔をした。こっちこそイヤなんですけど!

20時10分、ホテルへ戻る。クタクタだ。
夕食はルームサービス。
・紅焼牛肉麺 68元
・鮮下水餃子 68元
って、想像より美味しくなかった。

で、VPNルータを使ってGoogle、Yahoo!をチェックする。まさか神戸・明石に台風18号が再上陸するとは思わなかった。とても心配だ。


■2017年9月18日(月) 帰国です

最終日、ゆっくり過ごそう。
朝食を昨日にも増して食べ過ぎた。苦しい。
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新華書店は閉まっているし、朝の中山広場でヤマトホテルを見納めて、ホテル近くの土産屋へ。
海鮮のお菓子と干し魚で25元。
店員は信じられないくらい無愛想。なるほど、中国だな。

チェックアウトし、地下鉄(4元)で空港へ向かう。
11時8分 友好広場駅発、11時38分機場到着。
空港行きの車内は満席。スマホとおしゃべりでものすごい活気に溢れている。

で、大連空港に着いたは良いが、迷って国内線のほうへ入ってしまった。
国際線に到着したら12時になってしまった。案内もないし、わかりにくいぞ。

12時10分に出国完了。
お土産を選ぶ。月餅餠(136元)とお茶(80元)にした。

復路便はビジネスクラスにしたので、ラウンジへ……あれ? しょぼいぞ。
おつまみ数種類とドリンクのみか。
そう言えば、青島ビールばかり飲んでいるな。
……酔ってしまった。

13時40分ボーディング、おお、ANAのCクラス席は快適だ。
14時19分離陸し、眼下の大連の街を見る。山を削って新しい街をどんどん造成し、発展しているんだな。
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あっ。窓から星海湾大橋と星海広場が見えるぞ。
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昼食は和食をセレクト。TRUEの『サウンドスケープ』(響け!ユーフォニアム2)を聴きながら舌鼓を打つ。白ワインも良し。
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関西国際空港が見えてきた。
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16時10分ランディング、16時35分に入国完了。

残りの残金は……2,571元(43,700円)か。11月の北京旅行のために取っておこう。

小腹がすいたのでラーメンを。1,000円の割には美味しくないな。

神戸・三宮行きバスは超満席。補助席まですべて埋まるとは。
19時35分、三ノ宮を経由して、20時過ぎに自宅へ戻る。

これで弾丸旅行は終了です。幸い、自宅に台風の被害はありませんでした。
最後まで拙文にお付き合いくださり、唔該!

< 結束 >



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