男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2018年03月

横浜の開港より遅れること9年、それでも急激にハイカラな街として神戸が発展した理由は何か。それは居留地の外に設定された「雑居地」の存在に他ならない。本書は、欧米人と日本人が日常的にコンタクトし、その中で育まれていった「神戸のコーヒー」の歴史を味わうコンパクトな一冊となっている。

・ブラジル産でもコロンビア産でもなく、神戸にもたらされた最初のコーヒーは英領インド産だったとは意外だ(p12)。
・日本茶店とコーヒーの深い関係。同じ舶来品だから抵抗なく受け入れられたというわけだ(p14)。あと、日本茶を好んで飲んでいたアメリカ人が、日清・日露の戦争で手に入らなくなった影響によりコーヒー党に変わったことから、戦後の日本でもコーヒーが流行するに違いないと踏んだ先人がいたんだな(p74)。
・1927年の元町。大丸百貨店開業、すずらん通り、映画産業の隆盛にコーヒー店の相次ぐ開業……。さぞ活気にみちみちていたんだろうな。
・終戦後、そして阪神淡路大震災からの復興。神戸とコーヒーの深い関係は続く。

にしむら珈琲店、神戸凮月堂、フロインドリーブ、ユーハイム、ゴンチャロフ、伊藤グリル、オリエンタル・ホテル。元町、三宮、新開地、垂水の喫茶店とカフェの数々。ああ、歴史を識(し)ると、店巡りが楽しみになってくるぞ。

神戸とコーヒー 港からはじまる物語
監修:UCCコーヒー博物館、神戸新聞総合出版センター・2017年10月発行
2018年3月17日読了
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神戸とコーヒー 港からはじまる物語
神戸新聞総合出版センター・編
神戸新聞総合出版センター
2017-10-31



戦死でも戦病死でもなく、戦地にはありえない「死亡」。従軍作家の小柳逸馬は事件を検証するよう密命を受け、帝大出身の検閲班長、川津中尉とともに北京飯店から長城の現場に派遣される。
かつて陸上自衛隊に身を置き、「歩兵の本領」を熟知する著者ならではの視点が随所に活かされている。

・著者を彷彿させる流行"探偵"作家の小柳逸馬といい、小田島憲兵曹長といい、意志と人生の経験に熟成された奥深く素晴らしい人間味を醸し出している。「動物的直感は人間的思考にまさる」(p15)
・「尾根を天翔る龍のようにのたくりながら、高く低く、視野の限りに長城が延びていた」(p71)の叙述は、僕も長城を旅行したのでわかる。巨大なのは万里の長城だけではない。他の浅田作品でもそうだが、中国人の懐の深さはとても印象的だし、大陸の巨大さには際限がない。戦いを続けながら「この戦争の大義を探す」日本の姿が矮小に映る。体格も含め、倭人=倭(ちいさい)人か。
・関東軍の謀略に彩られた、勝てる見込みのない戦争。川津中尉も小田島曹長も抱くこの疑問を表面化させることは、しかし、皇軍の兵隊には許されないのだ。
・「良心。懐かしい言葉だ。たぶんその所在を信じた者から命を落とすのが、戦争というものだろうが」(p147)

宣戦布告なき「事変」という名の中国大陸侵略に30万人もの大兵力を投入する無謀さ、いつまでも勝てない事実。これが「死亡」の遠因であり、「組織の論理」が見えざる手となって働く。このあたりの構成は実にお見事。

日本と中国の一般市民が底なしの泥沼に引きずり込まれる「やくざな戦争」(p294)、そして最終ページである人物が言い放つ「どうせ○○○○の戦争だ」。著者が声を大にして伝えたかったのは、このことではないだろうか。

長く高い壁 The Great Wall
著者:浅田次郎、角川書店・2018年2月発行
2018年3月10日読了
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長く高い壁 The Great Wall
浅田 次郎
KADOKAWA
2018-02-28


物語、それは人の生の記憶。絆、それは人の交わり。それが連綿と続くこの世界の美しさよ。
物語には終わりがある。それを紡ぎだすのは、その人の人生観しだい……。
恥ずかしながら、湊かなえさんの著書を読むのは初めてだ。『空の彼方』から『旅路の果て』まで、時に深く感情移入しながら味わい深く読ませてもらった。

・ハムさんとわたし。『空の彼方』で問い詰められるは"人生の選択"。そのラストを読者に委ねるかたちをとりながら、『過去へ未来へ』『花咲く丘』『ワインディング・ロード』『時を超えて』『湖上の花火』へと、それぞれの主人公によるラストシーンが紡がれる。
・42歳のキャリア・ウーマンは自分の生き方を反芻し、家族のために粉骨砕身働いてきた父親は、娘を理解できないまま中年ライダーとなって北海道を駆け抜ける。希望の命を宿すも癌と向き合う若い女性。夢をあきらめるために北海道を訪れた男。それぞれの"人生の選択"と『空の彼方』がクロスする情緒的な瞬間は奇跡といえよう。
・『街の灯り』から『旅路の果て』へと続く流れは、物語地の終着点。"おばあちゃん"が萌を静かに諭す描写は実にハートフル。そして個人的には萌の、「最後かどうかは……」(p348)の言葉に静かに勇気づけられた。

一期一会の出会いによって「物語」が受け継がれ、それぞれの主人公の結末が紡がれる。
そして『街の灯り』と『旅路の果て』において、われわれ読者は、人の絆が醸し出すひとつの奇跡を見出す。連作短篇の醍醐味を存分に味わえた。

物語のおわり
著者:湊かなえ、朝日新聞出版・2018年1月発行
2018年2月28日読了
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物語のおわり (朝日文庫)
湊 かなえ
朝日新聞出版
2018-01-04




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