元大手都市銀行の支店長にして町金融会社社長、軽部順一は、突然の老中国人からの申し出に戸惑っていた。中華民国総統の密使いわく「100億円を融資しろ」と。昭和20年に船とともに台湾沖に沈んだ金塊のサルベージ:町金融のバックの巨大暴力組織、財界のフィクサー、元大本営参謀を巻き込んでの壮大なプロジェクトが始まろうとしていた。
紳士らしく矜持を保つことの重み。よォーそろォー。よォーそろォー。涙はなけれど男泣きだ。
・自分の意思で何かをなしとげたことなど、ただの一度もなかった人生(上p187)。軽部にとっても、東大卒の新聞記者、律子にとっても、これは転機でもあった。一生を何かに賭けること、ここに人生の意義がある。
・日本とタイを除いて欧米諸国の植民地として搾取されてきたアジア諸国に光を射し込むは、大東亜共栄圏。その夢は、どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。仲間の首席操舵手を殺された一等航海士に「軍人は勝手に戦をして…」(上p245)と言わしめた点にあるのだろうか。
・「喪われた時間」の章が秀逸。弥勒丸。五十六億七千万年の後にあらわれる救世主。すなわち、そんなものは永遠に来ることがないということを知るからこそ、人間の力で助け合うことを教え諭し、自らも実践する元日銀マンの土屋の人生は高尚だ。そんな彼にとって律子との邂逅は、まさに神の導きなのだろう。律子に「何か目に見えぬ力が、頭を下げよと命じている」のもさもありなん(上p372)。そして「帰郷」の章の日比野の言葉に涙する(下p101)。
・「ひとつの志に生涯を賭けた男同士。これを義兄弟という」(上p285)。そして生きねばならぬ理由。老いた三人のフィクサーの来世にこそ幸あれ。
・「そう、すべては人間の意志によるのだ」(下p366)これには強く同意する。
1999年の作品だが、このグローバルの時代にこそ受け継がれるべき日本人の尊厳が紙面いっぱいに溢れている。感涙を我慢してページを閉じた。浅田次郎は最高だ!
Scheherazadeシェエラザード(上)(下)
著者:浅田次郎、講談社・2018年2月発行
2018年4月21日読了