男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2018年06月

1885年、ロンドンはナイツブリッジに開かれた「日本人村」。宝飾品詐欺、殺人、放火による全焼と事件は続く。合衆国出身の奥様に、アイルランド人執事、フランス人レディ・メイド、中国人コック、アメリカ黒人キッチン・メイド、、インド人フットマンと実に国際色豊かな使用人たち。「チーム・ヴィクトリア」の活躍がはじまる。
・泥水を飲んで生きてきた女。複雑さと偶然の重なりあった事件の一端が一挙に明らかにされるのは、それまでの物語の進行に比べて性急な気もするが、「……の顔が、眼の中で二重写しに滲んだ」(p251)の件は良いと思う。二重の異人の悲劇か。
・「翡翠の香炉」事件。その終着は、ギルバート=サリヴァン・オペラ『ミカド』の舞台と絡み合い、実に見事(p260)。舞台装置といい、時代考証といい、良く練られた物語だ。
・鹿之助と史郎、そして佐絵。第九章「夢の終わり、旅路の果て」の苦悩は、男ならよくわかる。裏切りに次ぐ裏切り。史郎の振る舞い(p274,288)にはグッと来たぞ。
・幻想のジャポニスムの終焉(p298)。それでもレディ・ヴィクトリアの優しさが溢れるエピローグは実に心地よい。「……善悪の外にあるものとして、ただ平安を祈るものなの」(p301)

人生に希望を持て! 篠田真由美さんの著書ははじめて手にしたが、ヴィクトリア女王の世に、瓦解した幕府の臣民=日本士族を登場させた冒険譚はとても面白かった。

レディ・ヴィクトリア ロンドン日本人村事件
著者:篠田真由美、講談社・2017年3月発行
2018年6月30日読了
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『切符』
みんな貧しい中での、子供のころの人間くさく切ない体験。東京オリンピックで戦後は終わったのか。決してそんなことはない。この短編の中に、浅田次郎の主張が込められているように思う。
「痩せた体じゅうの骨が、こんちくしょうと言っていた」
そして、広志少年と千香子との関係がいつまでも続くように願ってやまない。

『特別な一日』
サラリーマン人生最後の日、それをいつもの一日にしようとする男。昇格、不倫の名残り、出来の悪い部下、会社への愛着心。すべてを「いつもの立ち飲み屋」でコップ酒として飲み干す夕暮れ。
最終段、「特別な一日」の意味が明らかになる。そうなると、飲み屋での「あきらめられない」の意味も明らかになる。切ない物語だ。

『丘の上の白い家』
こころの真っ白な男。誠実で純情で、でも生き方の不器用な青春の終わりは残酷だ。少なくとも「左官屋」のように、現実が真実を追い越す最期のほうが良いな。

他に表題作『夕映え天使』、『琥珀』、陸士時代の不思議な体験を告白した『樹海の人』を収録。

夕映え天使
著者:浅田次郎、新潮社・2008年12月発行
2018年6月22日読了
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夕映え天使 (新潮文庫)
浅田次郎
新潮社
2011-06-26


著者デビュー10周年ということで、買って放置していたデビュー作を読んでみた。
冒頭から最終章までぐいぐいと引き寄せられる展開に、登場人物の意志や性格のあふれ出る骨太の文体。納得の本屋大賞受賞作だ。
・だれしも護りたいもの、信じる者がいて、その思いが叶わなかったときの衝動は千差万別。そこに連綿性が顕われたときに生じた悲劇は、さらに悲劇を生み出す。
・「自分が直接裁いたことをどう思っていますか?」(殉教者)は、社会通念と隠された自己の思いを秤にかけること。重いなぁ。
・「信奉者」の章が秀逸。幼稚にして天才的な少年犯罪者の心理の深淵を覗くことは、われら大人にどのような責任を突きつけられることだろうか。
・「やればできる」のではなく「やることができない」には痛みを感じたぞ(聖職者)。

更生の第一歩。重すぎる一歩を、彼は踏み出せるのだろうか。翻って自分ならどうしただろうか。そんな思いを抱いて最終章を静かに閉じた。

告白
著者:湊かなえ、双葉社・2008年8月発行
2018年6月17日読了
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十代で実家を飛び出し、労苦の果てに零細企業に勤めながら小さな家庭を持つ真次。戦後、一代で確固たる企業王国を築き上げた父との確執。兄の死の秘密。みち子との関係。著者との分身とも呼べる真次の迷い込んだ「地下鉄の運ぶ不思議な時空間」の物語は、哀しくも心地好い余韻のなかで「家族」の意味を考えさせてくれた。

・焼け野原の銀座で、ソ連軍の蹂躙する満洲で、ギリギリの死線をかいくぐってきた男たちの姿は、凄まじい生命力にあふれている。「恨みごとなんぞ忘れて、先のこと考えましょう」(9章)
・モダン・ガールの闊歩する昭和初めの銀座の姿は、著者の筆にかかるとここまで艶やかになるのか(19章)。
・「運命というものの正体を、真次は確かにその目で見た」(20章)兄の最期とはいえ、キツイぞ。
・言葉よりも手と体が動く。少年時代の兄に対しての真次もそうだが、みち子の「行動」には、命のもつ輝きが感じられる。

地下鉄の車内で読み進み、13章の「銀座線のあのシーン」では涙が溢れそうになった。温かな気持ち。10年後にもう一度読みたい。

特別版 地下鉄に乗って
著者:浅田次郎、徳間書店・2006年7月発行
2018年6月14日読了
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地下鉄に乗って (講談社文庫)
浅田 次郎
講談社
1999-12-01





本書は、イギリスの実在の探検家、サー・リチャード・フランシス・バートンの半生を綴る。インド、アラビア、スワヒリ=東アフリカ。多様性という言葉ではくくり切れない、帝国世界のあらゆる姿を目の当たりにしたとき、人はどこまでその内部に同化することができるのか。
・イギリス東インド会社の士官としてインドはムンバイ、バローダ、カラチに赴任したバートン大尉。他のイギリス人士官と違って複数の現地語を習得し、ヒンドゥー、ムスリムの分け隔てなく現地人の間に溶け込み、ヒンドゥー神官たちの娼婦、クンダリーニと出会い、シンド州を支配する将軍の諜報網となり……。
・バートン大尉の第一の召使、ナウカラムは、まるで『八十日間世界一周』のパスパルトゥーを彷彿させる。彼と市場のラヒヤ=公認書記の会話とバートン・サーヒブ(白人の旦那様)に仕える愛人、クンダリーニの存在が、インド編の面白さを構成する。そして売春宿と反英ネットワークを見つける手柄を立てるが……。まるで19世紀のインド西部に住まうようなリアルな感覚を味わえる。

「インド出身イスラム教徒」になりすまし、同行者やキャラバン隊に正体を見破られることなく、聖地メッカへの巡礼をなしとげたバートン。『アラビア』の章ではカアバ神殿への巡礼(p418)、ベルゼブブへの投石のシーン(p448)など、興味深い描写が展開される。
イギリス政府のための調査だけにとどまらず、現地人に溶け込むことで、メッカでは真のムスリムへの改宗の衝動にとらわれる点等にも、彼の愛すべき人間性が現われている。

東アフリカ編も面白い。バートンの行動記録と三つの人生を生きたアフリカ人、シディー・ムバラク・ボンベイの語りから物語は進む。
・アフリカ内陸部での幼少期、奴隷狩り後のインドでの生活、解放されてからのザンジバルへの定着。シディーの人生もバートンに劣らず興味深い。
・ザンジバルと内陸の三つの部族は「こんなにも違う」のに、白人は「同じ」と断定する。
・生死を賭けた旅路の果てにタンガニーカ湖を発見した喜び(p597)。そしてそれがナイル川の上流でないとわかったときの落胆。バートンは病に伏す。探検の同行者にしてライバル、ジョン・ハニング・スピークがナイル川の上流とされるニャンザ湖を先に「発見」し、女王と自身の母親の名前である「ヴィクトリア湖」に名付け替えたことは、バートンにとって一生悔いの残るできごとだったに違いない(p630)。
・「長い間考えてやっと、湖や山や川にたくさんの名前があっても別にかまわないだろうって結論を出した」(p631)この多様な人生を生きたシディーの考えこそ、素晴らしいものだと思う。

タンガニーカ湖を発見した功績からSirの称号を得て、晩年は領事としてイタリアに赴任し、そこで生を終える。カトリックの中で、孤独なイスラム教徒として。そして千夜一夜の翻訳家として名を遺した。


DER WELTENSAMMLER
世界収集家
著者:Ilija Trojanow、浅井晶子(訳)、早川書房・2015年11月発行
2018年6月10日読了
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世界収集家
イリヤ トロヤノフ
早川書房
2015-11-20


■2010年3月12日(金)ロンドン塔へ

今度は部屋の鏡台の蛍光灯が切れたのでフロントへ電話。交換しにしたのはアフリカ系の大きく屈強な黒人だ。フロントと客室係は白人、設備係、清掃係は有色人種。なんだかなぁ。
交換前の蛍光灯はGS製(made in Hungary)、新しいのはOSRAM製(made in German)とのこと。

購入したポスター類は、ホテルから自宅に郵送してもらうこととした。

さて、ロンドンを見て回ろう。
15系統のバスは後部に螺旋階段のある旧型のダブルデッカーだが、この型がロンドンらしくて良い。
後方から乗車し、車掌の持つハンディ端末にオイスターカードをかざす。2階席へ。

13時にロンドン塔へ到着。入場料は17ポンド。少し高い。でも、来て良かった! 13世紀からの塔の歴史をたっぷり堪能できた。
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・塔内の展示は、王家の武器庫としてのそれなんだな。
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・13世紀から17世紀までの塔の構造の変遷は、王朝の変化と時代ごとのニーズに密接しているんだな。
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・ロンドン塔から眺めるタワー・ブリッジも良い。
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・タワー・ブリッジはどこから見ても絵になる。
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■リージェント・ストリート、ピカデリー広場

高級店が多い、アキュアスキュータム本店、バーバリー、コーチ……。
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ここで、この界隈で、財布の心配をせずポンを買い物をできる身分になることを自分に誓った。

夕食はホテルのレストラン「Homage」で。欧米人ばかりの客層で、アジア人は僕ひとり。見えない壁は、やはりあるんだろうなぁ。


■公共トイレ?
ストランド通りをホテルへ向かって戻る途中、奇妙な光景を見かけた。僕の前を歩く男性が、周りをきょろきょろしながら、壁のようなものに向かってジッパーを下した! なんと、繁華街の歩道の途中に「立ちション」コーナーがある。しかも4人同時に「処理」可能な構造で、互いの顔が見えない工夫までなされている。よくこんなものを置いたなぁ(本当に必要な時はありがたいけれど)。
馬の信号機と並ぶ二大発見だ。

しかし、ロンドンはどこもかしこも工事中だ。19世紀に完成されたインフラはガタがきて、どんどん交換しなければなならいからだ。極端な例では、「地下鉄駅まるごと工事中のため、通過します」なんてアナウンスもあったし。道路もどんどん穴をあけるので、交通渋滞は日常茶飯事だ。

■2010年3月13日(土) 帰国です。

5時40分起床、6時25分にホテルをチェックアウト。40分に地下鉄に乗り込み、7時30分にヒースロー空港に到着。
驚いたことに、早朝の地下鉄は満員だった。ずっと立ちんぼは免れることはできたが、困ったもんだ。

7時45分にチェックイン。今度はプレミアムエコノミーからビジネスへの変更はなし。まぁ、これが普通だが。
係員の対応は実に良い。サービス業、かくあるべし。ホテルTHE WALDORF HILTONのフロントの「レジ係」もこれを見習うべきだ。

で、VATの手続きを終えて、スカイチームのラウンジで朝食を摂ることにした。ここ、ヒースローのビュッフェは種類も量も豊富で良いぞ。でも日本語の新聞も雑誌も皆無だ。C国とK国のはあるのに。
お土産……ハロッズでウエッジウッドの紅茶カップとソーサーを1客分購入してしまった。割らないように気を付けないと。

ヒースロー国際空港からパリまでは約1時間。昼食を食べ終えてすぐに降下だ。

シャルル・ド・ゴール国際空港では、セキュリティ・チェックの列が異様に長かった。そしてボーディングの際にピー音がして、何やら嬉しい予感。わざとらしく「Any problem?」とたずねたところ、「Good news!」とのこと。やった! ビジネスクラスへのアップグレードだ! プレミアムエコノミーを予約して正解だった。早めにチェックインしたのが良かったのかな?
14時15分、AF292便は関西国際空港へ向けてtake off!
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ロンドン上空もそうだったが、CDG空港上空は無数の飛行機雲がまるでアートのようだ。見ていて心地が良い。
ランチにボルドーワインをつけて、優雅な気分。高級ワインはタンニンが美味い!
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しかし往路のAF291便に比べてAF292便のクルーは質が劣る。愛想がほとんどない。

翌3月14日(日)9時45分、関西国際空港へ到着した。日本はひどい湿気だな!


■はじめてのLONDONの印象

1.やはり先進国! 科学技術分野に限れば米欧日に後れを取るかもしれないが、トータルな社会システム-試行錯誤しながらも人類社会にとっての理想を追う姿勢は、この現代社会において他の国々に先んじているように思う。
2.長い歴史! 種々の君主が戦を重ねて形づくられてきた国。その上で他国と協調し、伝統の上に先進的な試みを重ねるのは、われわれも過去に見習ってきたところであろう。21世紀においてもなお不変であるように思う。
3.歴史の点でもう一つ。過去の帝国主義支配を、社会に内在化させた点は注目するべきだろう。「白人以外もいるだろう」レベルの認識で入国したのだが、とんでもない誤りだった。むしろビジネスの現場、生活の場でも有色人種は英国社会に完全に溶け込んでいた。この点は米国と変わらないのか。否、英国のほうが優れているような印象を受けた。ただし階級意識が残留している点には留意すべきか。肌の色の違いではなく、従事する「職」にして階級差が歴然としている印象だ。街を歩いて、金融・医療・先進工学はTOP、その他エンジニアは2nd、ワーカーは再会のイメージを強く抱かされた。
日本も負けていないはずだが、否、僕自身も見習うべき点は多々あり、今後の成長につなげていこうと思う。良い意味でのエリート社会である英国。なにか他人より秀でた確固たる点を延ばさないといけない。
(と、当時の旅日記に書いてありました。)


それにしても、もっと良いカメラを持っていくべきだった。Kodak V570では力量不足だった。


ここまで駄文にお付き合いくださり、どうもありがとうございました。

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エマ 10巻 (HARTA COMIX)
森 薫
KADOKAWA / エンターブレイン
2014-02-14


■2010年3月11日(木) ベーカー街へ!

ロンドンは大きい。すべてを見るのはとても無理だと悟る。

8時起床。バス139系統に乗り込む。バス2階の車窓から街を観察、と。リージェント・ストリートのグレート・クオドラントは本当に美しい。
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ドーセット・スクエアで降車し、しばし歩く。高級住宅街グロースタープレイスは19世紀の雰囲気をありありと残している。
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郵便ポストはこんな感じ。
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ベーカーストリート駅に到着。1912年に建造。
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■シャーロック・ホームズ博物館

入口で並んで待つこと10分、そして中へ。タウンハウスの内部は狭い。階段も狭い。
(3月は10分で入れましたが、夏は、それはもうひどい順番待ちの行列でした。)
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2階はホームズのリビングと寝室。このカオス感が素晴らしい。メイドさんに写真を撮ってもらえるサービスは嬉しい。
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3階はワトソンとハドソン夫人それぞれの部屋だ。
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4階は、ホームズ物語の中の複数のシーンを再現していた。
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4階の上はヴィクトリア時代のトイレ。どう見ても水洗ではない。

記入帳と覗くと、一日に300人以上来訪するようで、日本人も結構多い。ストランドマガジンの挿絵のポスターとマグネットをお土産に購入した。

■ヴィクトリア&アルバート博物館

入場料金は無料だが、3ポンドを寄付する。内部は広い!
外観も展示品もイギリスの歴史を感じさせてくれる。
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ヴィクトリアン・テキスタイルの「緑の部屋」はカフェに使用されていた。


■陸軍博物館

ロンドン・タクシーに飛び乗り、陸軍博物館へ。客が少ない。
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二度の世界大戦がともかく、ボーア戦争、クリミア戦争の展示に重みが置かれていたのは、さもありなん。
・伝統ある陸軍の赤い軍服は、ボーア戦争の時からカーキ色になったそうな。
・ビルマでの捕虜の扱い。日本兵の姿は醜悪に表現されている。目が細く吊り上がり、怪物のような顔だ。しかたないか。

17時30分で閉館。隣接するチェルシー病院(ロイヤル・ホスピタル)を観る。
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■大英博物館

バス171番と74番を乗り継ぎ、大英博物館へ。グレート・コートは迫力。
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ロゼッタ・ストーン、エジプトのミイラ、王の棺、アッシリア、メソポタミアの遺跡。
良い。とても数時間で廻り切れない。
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ローマ皇帝
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20時30分に閉館。歩いてホテルへ向かう。
ホテルのレストランへディナーを食べに向かうと「閉店」だと?
またまたルームサービスとなってしまった。
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歩数計は……29,487歩。
続きます。

『英國戀物語エマ』DVD BOX(初回限定生産)
冬馬由美
ポニーキャニオン
2010-06-25




■2010年3月10日(水) バッキンガム宮殿

案の定、原因不明のままで復旧させた室内照明が、今朝も点灯しない。すかさずマネージャを呼ぶ。
結局、上級グレードの部屋に替えてもらった。しかし、再パッキングの時間を取られ、朝食を終えて部屋に戻ると10時20分。この時間のロスをどうしてくれるんだ。
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窓の外を見ると、インド大使館の周りにインド人がいっぱい並んでいるのが見える。出発!
ホテル前のAldwychバス停に来たバスに飛び乗る……東行きだった。ええい、このままセントポール大聖堂に行ってしまえ!

これ幸いとばかりに、、昨日購入を迷って見送ってしまったポスターをセントポール大聖堂内のショップで購うことができた。結果オーライ。
再びバスに乗ってStrand通りを西へ。このあたりの雰囲気も眺めも実に良い。チャリング・クロス駅が左手に見えたら、すぐにトラファルガー広場だ。

Admiralty Archアドミラルティ・アーチはものものしい。
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アドミラルティ・アーチからトラファルガー広場を眺める。ロンドン・タクシーにダブル・デッカー。いかにも「ロンドン」といった雰囲気だ。
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St.Jame's公園を左手に眺めながら、The Mall ザ・マルを歩く。これは南アフリカ国旗? 誰か要人でも来ているのかな。
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Queen Victoria Memorial ビクトリア女王記念柱の向こうに、Buckingham Palaceバッキンガム宮殿だ。黒塗りのリムジンが出て行った。
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バッキンガム宮殿。良いな。
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■ウェリントン・アーチ~アスプリーハウス

ウェリントン・アーチへ向かう途中、第二次世界大戦の戦没者追悼碑を見かけた。さすが戦争を肯定する国だけあって、この種の碑が多い。
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ウェリントン・アーチ。思っていたよりしょぼい。
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「THE ROYAL FELLOW SHIP」か。うらやましい。
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公園の信号機が面白い。これは人と自転車しかないけれど、馬専用の信号機も存在するのだ(写真忘れた)。
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ロンドン1番地。ウェリントン公爵の公邸、アスプリーハウスに入場。内部は贅沢な調度品と圧倒的な絵画の量だった。
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■Churchill Museum and Cabinet War Roomsチャーチル博物館&キャビネット・ウォー・ルームズ
セントジェームズ・パークを歩いて東へ。チャーチル博物館&キャビネット・ウォー・ルームズにたどり着いた。
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キャビネット・ウォー・ルームズは戦時防空壕内閣閣議室であり、戦時司令部であったという。
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チャーチル博物館も充実した展示、無料のパンフレット類も豊富。
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■Westminster Abbey ウエストミンスター寺院
外観の見学だけでも楽しいぞ。
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ビックベンも見えるこの界隈はロンドン観光のハイライト。クロムウェル先生も。
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国会議事堂の威容は圧倒的だ。
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Millbankを南下し、Tate Britainテート・ブリテンを見る。
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Vauxhall Bridge Rd.を北上するとヴィクトリア駅だ。
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疲れたのでバスに乗車。ハイドパークコーナー経由でピカデリーへ。銀座を超える人と車の量。
フォートナム&メイソンでお土産の紅茶を購入。中国系店員の態度は良くないぞ。
歩いてピカデリー・スクエアへ。これがエロスの像か。地下鉄でコベント・ガーデン駅へ。ホテルへ戻る。

夕食はルーム・サービス。
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歩数計は28,104歩。良く歩いて疲れたので、続きます。




■2010年3月9日(火)

ホテルでの朝食=一人飯でのこと。近くのテーブルのいかにも「白人マダム。60歳代」な二人組が僕を見て話している。食事を終えて席を立つ際、僕の顔を見て「ワーカーズ・スタイル」とか言っていた。言い返せないけど、朝食にドレスコードはないだろうに。やはり「白人支配階級」の意識でもあるのかな? いや、やはり高級ホテルにおける僕の「ヴィクトリア時代の労働者風スタイル」が良くないのですね……。

そんなことはさておき、出発です。
テンプルを目指してFleet Streetを東へ歩く。両sideには、日本では見られないVICTORIA時代の面影を残す建築物が多い。
ガイドブックにない「○○の由緒ある~」「○○が世界で初めて行われた~」等のプレートが嵌められた建物が多い。やはり、歩く価値はある。遠くに見えるは、セント・ポール大聖堂だ。
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■セントポール大聖堂! シティを歩く!

結局、セント・ポール大聖堂に着いてしまった。
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内部に入る前に周りを見る。何か門がある。
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どうやら、中世のCITYの城門らしい。もともとStrand通りにあったそうな。
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尖塔の頂上は展望台となっている。
狭い階段を500段も上がる。……非常に疲れたが、ロンドン市街を一望できる眺望は素晴らしい。
(まだ、EU一高いビル、ザ・シャードは建築されていませんでした。)
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ショップではネルソンのポスターを購入するか迷い、見送る(翌日、購入することとなる)。
そして大聖堂の内部へ入る。
オーディオガイドの途中で操作を誤り、途中から各ポイントごとでの説明しか聞けなくなってしまった。
ドーム内は、この世のものとは思えないゴージャスな造りとあるが、心を奪われるほどではなかった。
1階には、メインのドーム内の豪華さはないが、南面に設けられた「ミドルセックス連隊の戦死者追悼」のコーナーに興味が湧いた。「THE 2ND BATTALION DUKE OF CAMBRIDGE IS OWN (MIDDLLSEX REG)」の指揮官と6人の士官と107人の兵士が眠る、とある。すなわち、南アフリカ戦争(1899年~1902年)で殉職した将兵の名がプレートに刻まれていた。
第二次世界大戦で戦死した33,000人の海兵の名前もある。

そしてドーム中心の直下には、ネルソン提督(HORATIO・VISC・NELSON)の墓が安置されている。あの提督最期の言葉「ENGLAND EXPECTS EVERY MAN TO DO HIS DVTY(DUTY)」が棺の下部に刻まれている。
床のモザイクは19世紀の女性受刑者によって敷かれたもの。で、このネルソンの棺は18世紀の別の有力者のためのものだったのだが、その彼が国王と対立したために、未使用で保管されていたという。ネルソンの遺体を葬る必要に迫られ、急きょ、この棺が持ってこられた、とあった。
ウェリントンの棺は、大聖堂の床に穴をあけて下したらしい。他にも、中世からの王族の棺なども置かれているみたいだ。
長居してしまった。14時10分だ。

いきなり予定変更になってしまったのは、道を間違えて目的の地下鉄駅にたどり着けなかったからで、まるで僕の人生みたいだ。……テンプルは明日以降に行こう。

次はGuildhallへ。正直、ここは何をする場所かわからなかったのだが、ロンドンがまだウェストミンスターと分かれていた「City of London」の時代に、重要事を決めていた場所だという。いわば自治体のはしりの議会の役割を担っていたわけか。このホールで決議された刑罰などが表示されていた。現在でも市議会が開催されているそうな。
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内部の展示は歴史的価値はあるのだろうが、正直ピンとこない。ギルドの組合だけあって、職種別の旗が多数、展示されていた。
ここを退出しようとしたら、周りの係員が慌ただしくトランシーバーで何か話している。取り巻きを多数率いるなんだか偉そうな人物が通る……エライ人を迎える緊張感は、どこの世界でも同じだなと思った次第。

で、ギルドホールの横の門から出て、王立証券取引所の玄関前広場へ。第二次世界大戦の戦没者を悼むメモリアル像が目立つ。その向こうのローマ柱の上にはANNE女王がどうしたこうしたと書いてある。
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次はBank of Englandへ。ここには博物館が併設されている。いざ、中へ。
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「こっちじゃない。横だ」と係員。どうやら銀行の正面玄関に入ろうとしたらしい。すみません。
側面に回り、目立たない入口へ。これじゃわからないよ。
ギルドホールもそうだったが、ここでもセキュリティチェックが行われる。
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イギリス初の、すなわち世界初の銀行制度が発足した1694年からの銀行の歴史、金貨と紙幣の価値の優劣などが紹介されている。

顧客帳なんて百科事典を4冊並べた大きさだし、(銀行の)憲章なんて、新聞紙3枚を拡げたような用紙に細かな字がびっしりと書き込まれている。マグナ・カルタみたいに1枚に書き切る必要でもあったのだろうか? それとも製本技術が未熟だった、とか?
ヴィクトリア(イギリスの擬人化)はローマ時代の西暦400年から健在だったとは知らなかった。

次は東へ。ロイド銀行。
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古い中世の教会と、最新技術の粋を集めたガーキン。この対称性がたまらない。
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ロンドン・タクシー(内部は広い)に乗り、次の目的地へ急ぐ。


■HMSベルファスト号

ここは当たりだ。少なくとも男にとって。入場料金16ポンド(パンフ込)の価値はある。重巡洋艦だ。第二次世界大戦後で活躍し、1965年に退役となったらしい。
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内部は軍隊の生活感まるだし。以前に観た海上自衛隊の護衛艦と同じような狭さだ。
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砲塔内部は初めて見た。
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魚雷
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あれ? 艦橋(コンパス・ブリッジ)を見ている途中なのに「終了時間です」って、まだ17時45分。公務員のやることは万国共通だな。
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■テームズ南岸を歩く

市役所の斬新な外観と、タワー・ブリッジの対比が良い。まぁタワー・ブリッジにしても、建設された当時は斬新的とされたに違いないのだが。
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歩いてミレニアムブリッジへ。テームズ川沿いを西へ歩くとシェイクスピア・グローブ・シアターだ。本日の公演は「マクベス」で、チケットはソールド・アウト。当然か。

歩行者専用のミレニアムブリッジを渡って、今度はフリート通りを西へ。インド大使館のそばを通るとすぐにホテルだ。
このAldwychオルドウィッチ界隈は気に入ったぞ!

ネルー像
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■トラブルです。

ホテルの部屋へ。あれ、天井灯が点かないぞ。エンジニアに来てもらったが、ブレーカをOFF/ONして復旧。「原因はわからない」って、ふ ざ け ん な。マネージャを部屋まで呼ぶ。「フルーツはいるか?」いらん。ホテルのクオリティを問うと「(僕の英語が)わからない」と。

夕食はルームサービス。サーモンサンドウイッチ、ストロベリームース、ガス水で20ポンドか。
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歩数計を見ると28,095歩。良く歩いた一日だった。
続きます。




19世紀に帝国主義を推し進め、いまなおThe CommonwelthとUnited Nationsを通じて世界に影響力を駆使するブリテン=大英帝国。その首都、ロンドンはローマ時代から戦争を通じて集積、熟成された文化の都でもある。いつか旅したいと思っていたが、ようやく現実のものとなった。

はじめてのロンドンだ。小難しいことは考えずに、まずは歩いて楽しむこととした。
ロンドン塔、バッキンガム宮殿などの定番コース、シャーロッキアンな観光名所、さすがに充実している複数の戦争博物館を訪れた。
ロンドンは何回も訪れる価値がありそうだ。

※古い旅行記ですが、せっかくですので公開することにしました。

【参考データ】
往路便
 2010年3月7日(日) 関西国際空港12時20分発AF291便、パリ行き
 2010年3月7日(日) シャルル・ド・ゴール国際空港19時00分発AF1880便、ロンドン行き
復路便
 2010年3月13日(土) ヒースロー国際空港10時15分発AF1081便、パリ行き
 2010年3月13日(土) シャルル・ド・ゴール国際空港13時40分発AF292便、関西国際空港行き

ロンドン宿泊先:THE WALDORF HILTON(ウォルドルフ:6泊)


■2010年3月7日(日)ロンドン行き

服装には迷ったが、ロングコートではなく、ブラウンの尻丈ジャケットを選択した。ハンチング帽と合せて「ヴィクトリア時代の労働者風スタイル」の完成だ。で、この姿で高級ホテルに泊まったものだから、旅行中、すごく後悔することとなる。

バスで9時50分に関西国際空港に到着。エールフランスのカウンターへ。えっ? プレミアムエコノミーは満席? ビジネスクラスに変更? ありがとうございます!
(いまじゃ考えられないくらい、良い時代でした。)

現金は480ポンドを用意した。11時5分に出国し、34番ゲートで待つ。
11時40分ボーディング。

座席は6D、エンジンの前。良席だ。
でかいエンジン。ボーイング777-300ERはかつての747ジャンボジェットに代わる各航空会社の旗艦となる。
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シャンパンも赤ワインも美味い。
ランチも美味。
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シベリア上空は-60℃。地表が雪と氷に閉ざされ、機体の窓にも氷が付着している。とても住めないぞ。
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夕食は魚を押しつけられた。あまりおいしくない。
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フランスの大地を上空から俯瞰した第一印象、それは「農業大国」だ。広い大地に邸宅がポツン、ポツンとあり、集落には小屋と思わしき小さな家が密集している。農地の色も異なり、中世の三分農園法を思い出したぞ。
あの「荘園」や「身分制」が形を変えて存続しているんじゃなかろうか。かつての荘園主が地主・企業主に変わり、労働者はあいかわらず、という。(妄想)
まぁ、この大地が、住民のアイデンティティを形成したんだろうなぁ。

で、パリ郊外の住宅地の上空を多数の777が飛ぶのか。うるさいだろうに。

16時40分、シャルル・ド・ゴール空港に着陸、ターミナル2Eに到着。
ロンドン行きも同じターミナルだ。
このCDG空港、すでに6つもターミナルがあり、さらに増設工事中とある。

外気温は4℃。やはり日本よりも寒いな。

セキュリティではベルトまで外させられた。いやだなぁ。

エールフランスのラウンジへ。コーヒー+ピザ+フルーツに抑えておく。

あれ、19時発ロンドン行きのAF1880便が19時30分発になったぞ。
で、A321機にボーディング。シート8Aは最悪だ。ビジネスクラス~プレミアムエコノミー~エコノミーはカーテンで仕切られるが、そのカーテンが目の前。窓側だから足元は狭いし。

夕食が提供されたが、なんだ、これ? で、食べ終わらないうちに降下しはじめた……。
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GMT20時10分にヒースロー空港に到着した。
入国審査はスムーズ。なるほど、エレベータで地下に下りると地下鉄のターミナルか。
オイスターカード(3ポンド)に、運賃17ポンドを入金する。

で、看板がある。何々? 3月の6日から7日にかけて部分工事中で、時間がかかります? しかたないなぁ。
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21時15分、地下鉄に乗車。Heathrow Terminal4駅を出発し、Osterleyで降ろされて連絡バスに乗り換え、Hammersmith駅へ。そこからCovent Garden駅に到着した。
これも、また楽し!

Covent Garden駅で地図を見ていると、係員が親切に教えてくれた。
ホテル目指して歩く。気付かなかったが、すぐ右手にRoyal Opera Houseが優雅な姿でそびえている。
この辺りは劇場街か。
Strand Theatreの右隣が、今回お世話になるThe Woldorf Hiltonだ。すごく立派で困るぞ。
607号室はこんな感じ。
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あれ、変換プラグはもちろん、歯ブラシもないぞ。困った。
(海外ホテルでは歯ブラシセットは置いていません。)
さらに有線インターネット接続は24時間で15ポンド(2,100円)ときた。
(当時は、WiFiは普及途上でした。)

なんだかここまでくるのに疲れた。スケジュールは明朝立てることとしよう。


■2010年3月8日(月)3月のロンドンは、それはそれは寒いんです

われらがThe Woldorf Hilton Hotel
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8時30分起床。ホテルの朝食は良い。食べ過ぎた。そして歴史あるホテルの内装は実にゴージャス。
天気が良い! 出発だ。
これだ、求めていたのはこんな「ヴィクトリア時代っぽい」光景だよ。
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ホテルを出て、近くのSt.Mary Le Strandへ。閉まっている。
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イギリス空軍記念教会。ダウディング司令官の像がある。
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それにしても寒い! マフラーをぐるぐる巻き付ける。
次はウォータールー橋(ワーテルロー橋!)を渡って、テームズ川の南岸、ウォータールー駅へ。
日本の駅とあまりにもかけはなれた内部に少なからず衝撃を受ける。
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この国で「戦争」とは、第一次世界大戦を指すのだとわかる。
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ロンドンアイ。誰かと来たいな。
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ウエストミンスター橋。ここからの光景は実に気に入った。
(実はこれ以降、ロンドンを訪れるたびにここで写真を撮っています。)
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ロンドンの象徴、ビッグ・ベン
(当時はまだエリザベス・タワーと呼ばれていませんでした。)
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さて、トラファルガー広場に向かって歩こう。
ダウニングストリート10番地
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ホース・ガーズ
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第二次世界大戦に関するモニュメントか。
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こんな銅像がたくさんある。
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良い感じ
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ついに来た! トラファルガー広場だ。
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ネルソン提督は何を睥睨するのかな?
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チャリング・クロス・ホテル。美しい。
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チャリング・クロス駅構内。
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スタンフォード書店。今回はここでKashmir map、世界地図、各種地図を購入した。
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王立オペラ劇場。いつか鑑賞するぞ。
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コベントガーデンへ。ここで古い雑誌を購入することができた。
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いつかは入りたい、シンプソンズ・イン・ザ・ストランド。
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一旦、ホテルへ荷物を置き、再び散策へ。時刻は17時か。
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さて、ミュージカルのチケットだ。tktsへ行こうか迷ったが、直接劇場へ出向いた。
Queen's TheatreでLes Miserablesのチケットを42.5ポンドで購入。
で、夕食は劇場街の近くにある中華料理店に入店。……どこも同じ感じなんだな。

19時30分、ミュージカルは開演。1994年にニューヨークで観たのとは、また違った雰囲気だ。
・コゼットの母親が病死する、最後の最後に手をつなぐシーンが印象的。
・ジャンの最後の場面では、家族のだれにも看取られず、一人で死んでいった父のことを思い出し、思わず涙が出た。
座席は前から5列目の端のほうだったが、役者の息遣いまで伝わってくるよう。大きな感動を味わえた。

観劇の余韻を胸に携え、次回に続きます。

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